六日目 雪ん子、家出する
はぁぁ、ハムスターってなんて愛らしいのでしょう!
小さくて、丸くて、ふわもこで、温かくて。種を頬張ってる姿がとても可愛いです。鼻血ものですよ!
二匹揃って無防備で寝ている姿なんて、それはもう!
「よく飽きないですね……」
「可愛いですから」
「まぁ、それは分かりますけどね」
寝そべりながら二匹を観察していると、呆れたような声が斜め上から降ってきた。
「今日は家でゆっくりしますか?」
「ん?どこか行くんですか?」
今更ですけど美亞葵、お仕事サボってて良いんですか。毎日私の側にいますけど。
「昼前に仕事に行くので、お留守番をお願いします」
あ、休暇中だったんだ。
「ご飯はどうすれば?」
侍女さんが持ってきてくれるんですかね。それか、自分で作るとか?
美亞葵君の手料理、楽しみにしてたのに。
「冷めてしまってもいいなら作っておきますけど……」
全然構わない。むしろ冷めたご飯の方が好きだから。火傷の心配がない。
「まるで雪女ですね」
ぎくん。
「……雪女はもう全滅していると聞きましたが」
え……?
私の里以外の、雪の一族が既に滅んでいる?それは真実なんですか。タチの悪い冗談とかじゃあ……。
「もしかしたら隠れているだけかも知れません。ですが昔、交流のあった雪女の村が、人間至上主義を謳う、愚か者どもに焼き尽くされたそうです」
「そんな……嘘でしょう!?だって、だって、皆あんなに元気だったもの!それに、脆弱な人間に負けるほど私たちは弱くない!」
「春姫、やはり貴女は……」
しまった……!言うつもりは無かったのに!
どうしよう、どうしよう!どうすれば良い!?
「春姫!?どこへ……!」
✻ ✻ ✻ ✻
走って走って、走って。今まで来たことの無い、遠い場所まで来た。
闇雲に走ったものだから帰り道は分からない。
「チュー!チュー!」
「ユキちゃん……」
大声で起きてしまったのね……ごめんなさい。気遣う余裕なんて、無かったの。ここまで追ってくるの、大変だったでしょう?
「キュー……」
「ごめんね、のど、渇いたよね。待ってて、もらってくる」
どこか、飲食店は──。
と、そこで、前に会ったことのある人を見つけた。まずい。美亞葵君に情報が伝わるかもしれない!
「んお?おー!嬢ちゃん、こんな所でどうした?散歩にしちゃ遠かねぇか」
うぅ、見つかった。そこそこ距離があった筈なのに。
「なんだなんだ、喧嘩でもしたのか?」
「そんな、感じです」
喧嘩……じゃなくて、私が勝手に飛び出してきただけ。
「マジか。あいつ、人を怒らせるようなこと、言わねえと思うんだがな。さては、喧嘩じゃねぇな?」
ハロルドさん……鋭い。正しくその通りでございますよ。
「私が、いけないんです」
「まぁ待て。それよか、何か探してたんじゃねぇの。きょろきょろしてたろ」
そうでした。お水……どこに行けば貰えるでしょうか。
「何、のど渇いてんの」
「あ、私じゃなくて……」
ユキちゃんが待っている場所まで案内した。
ハロルドさんも動物が好きみたいで小さな頭を撫でている。
「こいつ、懐っこいなぁ。よし、俺ん家に来い。美亞葵が来ても追い返してやるから。今の嬢ちゃんには考える時間がいるだろ?」
「ありがとう、ございます」
だらしないように見えて意外と優しい。他人のことを考えてあげれれる性格のようだ。今はそれが、ただただ有難い。
✻ ✻ ✻ ✻
わりとすぐ近くにハロルドさんのお家があった。こじんまりとしてて可愛らしい。
美亞葵君が別格なだけで、他の軍人さんはこんなお家なんでしょうか。
「いや、だいたいは寮暮らしだな。個々に家を持ってるやつは少ない」
「ハロルドさんはどうしてここに?」
「ん?あぁ……俺は門番の時以外は諜報してんだよ。分かりやすく言えば盗聴だな。あとは、さりげなく情報を聞き出したり」
なるほど、寮で生活していては不便なこともありますもんね。
ふらふらしていたという事は、休憩中ですか?
「怒らねぇ?」
何かやらかしたんですか……。
「サボってた」
それ、どうなんです?軍人として。
ついでに言うと、良い顔して宣言することではないですよ。
「う、ん……まぁ(美亞葵のヤツが血相変えて見つけたら保護するように頼み込んできた……なんて、言えねぇわな)」
「美亞葵君、泣いてるでしょうか?勝手に出ていってしまって」
私がいなくなった事が気に掛かりすぎて、お仕事に集中できない、とか。なんだかありえそうで罪悪感がひしひしと……。
「大丈夫だろ。凹みこそすれど、業務を疎かにする奴じゃあねぇよ」
だと、良いんですけど。
私の知ってる美亞葵君は、笑ってるか照れてるか、泣いてるかくらいですから。
もし、怒っていたら私、どうしたら。命は助かるでしょうけど、精神が耐えられない気がします。
「いやいや!嬢ちゃんの中の美亞葵って、鬼なわけ!?」
「違うんですか」
彼のお説教、なかなか堪えましたけど。うっすら微笑んでいて、とにかく怖いんです。真顔よりも。これでもまだ、本人は怒ってはいないと宣う。
思い出したら体が震えてきた。無意識に腕を擦る。
「程度の低いお怒りしか経験したことなくて」
「あったらあったらで問題だけどな……お茶、飲むか?」
「この子のお水もお願いします」
テーブルの上を駆け回るユキちゃんを眺めて待つ。
「ほらよ、昼飯だ。あとお茶と水な」
何か作っていると思っていたら、昼食を作ってくれてたんですね。何から何まで、ありがとうございます。
これは……なんという食べ物ですか?
「グラタンだ。好きなんじゃねぇか?こういうの。ま、食べてみろ」
「はい、いただきます」
ふーふー、はむ。ん?熱いと思ったら少し冷めていた。
「雪女は熱いの苦手だろ?」
「!」
どうして貴方がそれを。何故知っているの。
「髪の色」
髪?髪の色がどうか……。
「それと、白すぎる肌。赤に近い目。これは雪女の特徴だ」
知らなかった。雪の一族だけの色だったなんて。
じゃあまさか、美亞葵君は最初から私が雪女だって、分かってた?その上で街に入れてくれた?
「確信はしてなかっただろうな。けど、嬢ちゃんの正体がなんであれ、あいつは嬢ちゃんを放っておけなかっただろうさ」
何故?雪女を匿っていると露見すれば、美亞葵君まで彼らに殺されるかもしれないのに。
「心配ねぇって。鎖国の奴らは決して外に出ることはしないから。外に出た瞬間、牢屋行きだ」
なんでそこまで知ってるんですか。
「んでもって、あいつ……美亞葵は軍の中でも飛び抜けて強い。確か二番手だったか?伊達に十四で将校に抜擢されてない」
そんなに強かったんですね……。また一つ、彼を知ることが出来た。
「あいつは嬢ちゃんより強い。だから、安心していい」
お友達であるハロルドさんが言うのなら、そうなのでしょう。
「……美味いか」
「とても」
とろとろしてて不思議で、チーズ部分が焦げてちょっとほろ苦い。
この丸くて細長いのはなんだろう。ぷにぷに柔らかい。
「そりゃ、マカロニだな。パスタの一種さ」
これもパスタなのですか……!?可愛らしい形ですね。
このグラタンという料理、美亞葵君も作れるでしょうか。
「多分な。つーか、当たり前のように美亞葵美亞葵って言ってるけど、好きなのか?」
「そりゃそうですよ。なんと言ってもお友達ですから」
「……そうかい(こりゃあ、分かってねぇな。自分の気持ち)」
「ご馳走でした。美味しかったです」
「おー。ところで嬢ちゃん」
はい。なんでしょう?
「家に帰れるか?難しいなら泊まってっても良いけど」
でも、それじゃハロルドさんは何処で?
「俺、結構ダチ多いんだぜ?てまぁ、それはさておき、女は男に甘えるもんだ。素直に泊まってけ。俺はダチの家で寝る」
まだ一言も言ってないのに自己完結しちゃった。
本人もあぁ言ってるし、お言葉に甘えて今日は泊まっていこう……。