四日目 雪ん子、引っ越す
「絶対、絶対に戻ってきてくださいね?」
「分かってますって」
「絶対ですよ?」
「しつこいですよ」
両手をしっかり握られていて引き抜けない。
もう三十分ずっとこの調子である。いい加減に行かせてください。
「あんまりしつこいとハロルドさん家にお世話になりますよ!」
「お?いいぞ?」
「ダメです!!」
「何ムキになってんだよ……」
本当に。帰ってくると言っているのに、まったく。
「でも」
ちょっと黙ってください。
「春姫……?」
顔を引き寄せ頬に口付ける。すると、一瞬で大人しくなった。
「……!っ!!……!」
「ひゅ〜」
そんなに驚かなくても……ちゃんとした西洋の挨拶なのですし。東洋では馴染みないものだけど。私も初めてしたましたし。
「良い子で待っててくださいね。分かりましたか?」
「はい……」
呆然とした顔で見送られ、今度こそ自国へ戻った。
「……俺、空気?」
✻ ✻ ✻ ✻
たった数日しか経っていないのに、既に我が家が懐かしい。特段恋しくは無い。
さて、荷造り荷造り。
お金をまとめて箱に入れ、音がならないように敷物を詰めておくことも忘れない。
御神刀……これは美亞葵君に預かってもらいましょう。私が持っていては何かと危険ですから。
私、刀を持つと豹変してしまうんですよね。
小さい頃に岩を切ってしまった事があって、一族の皆に『刀を持つのは自分の身に危険が迫った時だけにしなさい』と厳重注意された。伝家の宝刀ですね。
あとは、つげ櫛を。この櫛、実はだいぶ古いんです。私が生まれる前から一族に伝わっていたとか。これはさすがに置いてはいけません。
ふぅ。こんなものですかね。
刀を腰に括り付け、櫛を専用の箱に仕舞ってから更にお金が入ってる箱に入れた。
そろそろ出よう。街に着く頃には夜になっていそうだ。
美亞葵君、泣いてないと良いですけど。
……心配になってきた。早く戻ってあげましょう。
✻ ✻ ✻ ✻
すっかり暗くなってしまいました。お月様が昇っている。位置からして深夜二時を越えてしまっている。
「もう少しで着きますからね、美亞葵君」
本当にあと少し、この道を真っ直ぐに進めば、門が見えてくる筈。
「──!──い!」
誰か、呼んでる?
「おーい!」
この声、ハロルドさん?どうして。
「嬢ちゃん、良かった、無事か」
「ちゃんと帰ってくる言ったでしょう?疑ってたんですか」
「そうじゃねぇよ。ふぅー」
何か、あったんですか?こんな夜中に。美亞葵君が号泣してるとか?
「いや、それもあるけど、人喰い鬼が出たんだよ」
「人喰い鬼?」
「あぁ、始末したんだが……他にもいるかも知れねえからな。見回ってたんだ」
成程、それで。というか、やっぱり泣いてるんだ。予想を外さない人ですね、まったく。
「大丈夫ですよ、私、強いので」
「…………おう」
釈然としない様子。ここは一つ、力を見せておきましょう。
「精一杯、防いでください……ね」
「へ?うぉ!ちょ、ま!早……!」
四合も数えないうちに勝負が付いてしまった。
「参った。嬢ちゃん強いのな……見くびってたわ」
「三つの時点で岩を切るほどには強いですよ」
「岩って、マジかよ。待て、実際にやってくれるなよ?」
ちょっとカチンときたもので。
「女だからといって、舐めてかかっては死にますよ」
「わ、分かった」
無駄な事をして時間を潰してしまった。早く美亞葵君の所に行かなくちゃ。
「荷物は俺が家まで運んどく。美亞葵が待ってるから会いに行ってやってくれ。最初に通した部屋は知ってるな?そこだ」
「ありがとうございます。行ってきます!」
急いで部屋に向かったのは良しとして、何と言って入室すれば良いのか。緊張する。
至って普通にただいま?それとも謝罪?待っててくれた事に対する感謝?頭がぐるぐる回る。
──コンコン。
勇気を出して扉を叩くも無反応。
そっと扉を開くと、テーブルに突っ伏して眠っていた。涙の跡を残して。
恐らく泣き疲れたのだろう。まさかと思うけど、ずっと此処で待っていた?ちゃんと食事は摂ったのでしょうか。そこが心配です。
起こさないよう、慎重に涙を拭う。
「春姫……」
お、起こしちゃった!?あ……なんだ、寝言。驚いた。
それより、こんな体勢で寝たら身体が痛くなると思うんだけど……。
「美亞葵君、帰ったよ」
「ん……」
起きないので暇つぶしに唇をなぞってみる。
わぁ、ぷるぷるだ!乙女の敵、敵がここにいますよ、全国の女性の皆さん!
「うん……?」
起きたかな?おはようございます。春姫が帰ってきましたよ〜。
「はる、ひ?」
「はい。ただいま戻りました」
「春姫……!!」
「く、くるぢい……」
余程心配していたのか、痛いほどに抱きしめられる。
うぅ、息が。止まりそう……。
「心配、したんですよ」
「ごめんなさい」
頭を擦りつけられて若干痛い。もう少し腕を緩めてくれません?肺が軋んでる。
「嫌です」
即答だった。え、あの、苦しいんですけど。おーい。
何度言っても同じことを言われてしまう。まるで子どもの我儘ですね。
背中を撫でてよしよしするも、逆効果だったみたいで、すすり泣き始めた。これ、どうすれば良いんでしょう?
「離してくれないと嫌いになりますよ」
「それは……困ります」
ようやく解放された。肩に手を置かれているけれども。
ハンカチで涙を拭っていると、ふとこんな事を聞かれた。
「怪我はありませんか」
「…………ないです」
「春姫?目を見て言ってください」
痛いところを突かれた。これがバレたら一人で外出が出来なくなる。
何を隠そう、正規の道を通っていない私の脚は、荒道によって擦り傷だらけなのである。
拭っていた手を緩く握られ、笑顔で告げられた。
「しばらく外出は禁止です」
そ、そんな。制限がつくどころじゃなかった!もしかして明日の約束も白紙に!?
「行きますよ、約束ですから……怪我はどこです?見せてください」
指示に従い、スカートを捲って擦り傷を見せると怒られた。目元が赤いのは何故。
「異性にそんな場所を見せてはいけません!せめて事前に言ってください、驚くでしょう!」
言われたから見せたのに。むぅ。
ん?見せると宣言してからなら怒られなかったのかな?
「そんな訳ないでしょう……」
「でもさっ「とりあえず、ソファに座って待っててください。薬箱持ってきます」
あ、はい。
✻ ✻ ✻ ✻
「何をどうしたら、こんなに傷を作れるんですか」
「……染みるぅ」
「自業自得ですよ」
「うぅ……動きづらかったんだもん」
「だからといって、身の安全よりも動きやすさを優先しないでください」
早速お説教が始まった。どれも正論であるが故に、反論しづらい。
「ひゃあっ!」
みみみ、美亞葵君の手が太股に!あわわわ!
「美亞葵君?!」
「綺麗な肌なのに……こんなに傷を作って」
あう。まだそこを突きますか。どうして私よりも、美亞葵君の方が痛そうなんです?
それに、この程度の怪我は日常茶飯事だし、そこまで気にしなくても良いのに。
「なら聞きますけど、貴女は……誰かが怪我や病気になったら放っておけますか」
ごめんなさい、無理です。放置するなんてこと、良心が許しません。
「それと同じことです」
「う……」
さっきから言い負かされているような気がしないでもない。
「それに……」
「?」
「さ、終わりましたよ。帰りましょう」
「???」
え。あの、え?美亞葵君??
頭から疑問符が生えそうなんですが!?生やしても良いですか!?
「歩けますか?」
私の疑問は置いてけぼりなんですか。そうですか。分かりました。大人しく立ち上がって側に行く。
逃走しないようにか、しっかり手を握られながら春風家に帰った。