八日目 雪ん子、篭城する
美亞葵君のバカ!バカ、バカ、バカ、バカ!バカァァァ!!
勇気を出して会いに行ったのにあんまりだよ!私を忘れてるなんて!
「バカ、バカ……許さないんだから」
今、私は春風家を陣取っている。
元より居候ではあったのだけど、仕事から帰ってきた彼を追い出し、閉め出した。
春風家の皆はある程度事情を把握しているようで、家主が戻って来られないこの現状になにも言ってこない。
「美亞葵君なんて……大嫌い」
昨日、暴走してしまったのだけど、気が付けば春風家の私室に寝かされていた。
私を忘れていると言うのなら、何故、ここに運んだの?どうして、素直に追い出されてくれたの?
憶えているの?忘れているの?どっちなの?
「チュー……」
「チュー!」
「ハルちゃん、ユキちゃん……」
ハロルドさんの家を飛び出した後、ユキちゃんはひとりでここまで戻ってきたらしい。
気を失っている私の側にずっといてくれたって、侍女さんが言ってた。
「春姫様、外に坊ちゃんが来ておりますが如何しましょうか」
「何しに来たの」
「ただ、一緒に散歩がしたい、と」
散歩?彼からすれば、今の私は得体の知れない女でしょう?なのにどうして。
「そこまでは……」
「散歩はいや。お話ならしてあげる。ここに連れてきて」
「では、そのように伝えて参ります」
やがて、五分もしない内に彼は来た。
「お体の調子はどうですか」
「…………」
「春姫さん」
さん付け、か。前までは呼び捨てだったのに。
布団から出ないまま、話だけを聞く。
「ハロルドから、聞きました。あなたは私が保護した少女だと」
小さく頷く。
「それから、雪女であるということ」
「…………」
「それを隠していたということ」
うん。美亞葵君にだけは知られたくなかったから。
「私の発言で、家出をしたということ」
怖かった。美亞葵君にまで、彼らと同じ目を向けられるんじゃないかと思うと、じっとなんてしていられなかった。
「この国遥か昔、雪の精霊……雪女が大勢暮らしていたそうです」
「そう、なの?」
聞いたことがない。母様だって、私たち精霊は里にしか住まないって言ってた。
真実は違ったってことなの?
「はい。それゆえ、この国住む者たちの大半は雪女の血を継いでいます」
だったら、最初会った時に教えてくれれば良かったのに。気にしなくてもいいって。仲間がいるよって。
「そうですね。しかし、以前の私はその判断ができなかった。あなたの心を傷つけまいとして、言えなかったのでしょう……あなた以外の、純血の雪女が既に存在しないことを。記憶が無いので憶測にはなりますが」
けれど、私は美亞葵君から逃げた。優しさから、逃げた。
彼は伝えようとしていたかも知れないのに。
私は、臆病だ。
「できるならば、貴女を思い出してあげたい。精神的な負荷が原因なら必ず思い出せるはず……」
ねぇ、美亞葵君。
「はい」
「美亞葵君は……私が怖く、ない?」
あぁ、言ってまった。言うつもりはなかったのに、自然と口が開いていた。
答えを聞くのが怖くて、布団に潜って耳を塞ぐ。
「……少なくとも、私にとっては可愛らしい女の子ですよ。人間かどうかなんて、関係ないんです」
それじゃあ、どうして会いに行った時、あんな目をしてたの。
「職務上、初めて会う人物には警戒を怠ってはいけませんからね。一種の職業病です」
一番最初、保護してくれた時は、困惑した様子ではあったけど、警戒はされなかったのに。
「それが何故かは、私には分かりません」
そうだよね、分からないよね。
「けれど、わかる気もします。」
「……?」
どういうこと?さっきは分からないって。
「もちろん記憶が戻らない限り、真意は分かりませんが……おそらく、貴女のその目で判断したのではないでしょうか」
私の、目?
確かハロルドさんが、この目は雪女にしか無い色だって……。
「そうではなく。透き通る濁りのない、清らかなその瞳を見たからでしょう。私もその目を見てからは、警戒を解きました」
最後まで嫌な目だったのは?
「なんだか、引っ掛かったんです」
引っ掛かる?何に?
「奥底の古い記憶……」
そこまで呟いて気絶した。突然どうしたのか、倒れて息を荒げている。
「熱い」
そっとおでこに触れてみると、火傷しそうなくらい、熱かった。高熱だ。
誰か呼ばないと!立ち上がりかけたその時、袖を掴まれた。
「いか、ないで……はる、ひ……」
「──!」
意識は無く、苦しそうにうわ言を呟いている。
「ごめん、なさい……ごめ」
「大丈夫、ここにいるから」
記憶が残ってるんだ。心の深い場所に、美亞葵君はいる。
ユキちゃんに必要なものを書いた紙を咥えさせ、侍女さんに持って行ってもらった。
「もどって、きて」
「いるよ。私はここにいるよ、美亞葵君」
零れた涙を拭って、布団に入れる。
「はる、ひ……?」
「うん、ただいま」
ほんの数秒だけ目が合った。すぐに寝てしまったけど、あれは確かに、元の美亞葵君だった。
「キュー……」
ハルちゃんも美亞葵君が心配なんだね。
枕によじ登ろうとして転倒を繰り返している。顔の隣に置いてやると、彼の頬をぺろぺろ舐めだした。
な、なんて羨ま、じゃなくて。
「ハルちゃん、何してるの」
「キュッキュッ。キュー」
ごめん、何言ってるのか分からない。心配してるんだってこと?
今度はおでこにベタっとくっついた。
絵面が、面白い。何がしたいのか意味不明だけど。
「春姫様、お持ちしました」
侍女さんから美亞葵君の着替えと看病道具を受け取る。
発熱すると当然汗をかく。着替えさせなきゃいけない。裸を見ることになってしまうけど……許してね。
「んしょっ……んしょっ、よっ!」
意識の無い人の着替えは大変。軽いはずなのに、やたらと重く感じる。
なるべく下は見ないようにした。
「ぅ、ん……」
「!」
まずい。起こ、してはなかった。危ない、安眠の邪魔をするところでした。
「熱い」
ハルちゃんを剥がして額に触れてみると、さっきよりも熱が高かった。
人間ってこんなに熱くなるんですね。でも、限度はあるはず。どこまで大丈夫なんでしょう。
再びハルちゃんが張り付くと、美亞葵君の顔が和らいだ。不思議な現象です。
「お邪魔します」
布団に潜り込んで寄り添った。
体を冷やすには雪女の私がくっつくのが一番効果的なのでは、と思ったが故の行動である。
「おやすみなさい」
早くよくなってね。




