吹奏楽の秋が始まる
初投稿作品です。学生時代を思い出して読んで頂けたら幸いです。
19番、県立柏崎高等学校、銅賞
祈りを込めて繋いでいた先輩の手から力が抜けていくのがわかった。銅賞。世間一般の感覚では素晴らしい成績なのだけれど吹奏楽は違う。底辺、参加賞と一緒だ。項垂れる部員の中で前を向いていたのは部長とチューバの綾音だった。部長は涙を浮かべながらも部員を鼓舞し、出口まで誘導した。綾音は颯爽と会場を後にした。賞には興味が無かった。3年生の中には後輩に支えてもらいながら歩いてる人もいる。それほど悔しいのか。練習しなかったのは自分たちのせいじゃないか。綾音にはたかがコンクールで悔しがる意味が分からなかった。受験を言い訳にして部活を休んだのは誰だ。3年より上手い下級生がいるのに年功序列を武器にしてソロを奪ったのは誰だ。個人練習もせず合奏を長引かせてたのは誰だ。みんな「夏が終わった」とか言ってるけれど、とっくの昔に終わっていただろうと綾音は思った。
「綾音、アンコン出よう!」
3年生が引退した翌日の練習で、トランペットの和葉から声をかけられた。
「...は?」
私は出る気なんて毛頭無いのだ。だって面倒くさいから。まあ、でも、一応聞いておく。
「曲は?編成は?」
「金五で後藤元春作曲の『last Prelude』やる」
そこまで決まっているのか。それで綾音はやっと理解した。ああ、チューバが欲しいのか。
「じゃあ顔合わせ兼自己紹介ということで!」
「いや、俺たち殆ど同学年だし、する必要なくね?」
「こういうのは最初が肝心だからね!それに1年生もいるし。まず私から、2年トランペットパート、村上和葉です。趣味はスイーツ巡り!よろしくね!」
「はいはい。2年トランペット、金井悠人。趣味は野球観戦。よろしく」
「2年トロンボーン、森岡美奈。下手な奴はとことん置いてく。やるからには金賞。以上」
「じゃあ、次、かれんちゃん」
「は、はいっ!」
美奈の隣で小柄な生徒が肩をふるわせた。
「い、1年、ホルンパートの深崎かれんです...。しゅ、趣味は映画鑑賞です、よろしくお願いします...」
めちゃくちゃ萎縮してるじゃんか。何で1年入れたんだよ。
そんなことを和葉が気にするはずもなく、遂に自己紹介が綾音の番になった。
「2年チューバパート、椎名綾音。やるからには真面目にやるけど、正直いってみんなの熱量にはついていけないと思う。私は金賞とか正直どうでもいい。それでもよければ、よろしく」
視界の端で、美奈が睨んだ気がした。
「じゃあみんな、試しに合わせてみようか!」
和葉はそう言っているが、誰一人として首を縦に降らない。特別仲の良い関係でも無いので、皆気まずいのだ。見兼ねたように、和葉が続けた。
「Dの前までならどう?ゆっくりでいいからさ」
それでも少し沈黙が続いたが、やがて美奈が口を開いた。
「いいよ、やろう。みんなそこまでなら難しくないし大丈夫でしょ」
その言葉にかれん以外は頷いた。
「かれんは?」
「で、出来ます...」
「だったら反応して。そうじゃないと分からないよ」
相変わらず性格キツいなあ、なんて思いながら綾音は楽器を構えた。
「1、2」
和葉のカウントにみんなが息を吸う。曲はトランペット2人のシンフォニーから始まる。和葉と悠人のユニゾンだ。安定した和葉の音色と歯切れのよい悠人の音色がこれから始まる物語を彩っていく。鮮やかに、それでいて繊細に。『last Prelude』の名に相応しく、最期を紡いでいく。やがて2人のメロディーが分岐していくと、そこにトロンボーンが入ってくる。美奈の音色は憎たらしいほと荘厳で傲慢だ。終焉を目前にした人々の喧騒を、太陽のように照らしていく。生き生きと、映し出していく。実はここ、チューバもトロンボーンとほぼ同じメロディーを吹いているのだが、気づいているのか?次はホルンと2ndトランペットとの掛け合いだ。自然の循環をイメージして、2つの楽器によるメロディー渡しが続いていくのだが、どうも上手くいっていない。トランペットの方は拍通りなのだが、ホルンが合っていない。聞こえない、の方が正しいかもしれない。段々とメロディーがもつれ始めてきた。自然が淀んでいく。間もなく全員の音が小さくなっていった。
「ストップ」
美奈がそう言って目の前のメトロノームを止めた。
「何で止めたかわかる?」
全員の視線が移動するのがわかった。
「...すみません」
「ごめん」
消えるような声でかれんと悠人が言う。
「悠人はいいよ。合ってたし。ねえかれん?最初聞いたとき、出来るって言ってたよね?」
「言いました」
「今、どうだった?」
「全然、出来てませんでした」
かれんの声が震えているのがわかる。
「だよね。.......個人練してきて」
「...はい」
「ちょっとそれは...!」
かれんが荷物を纏め始めた途端、和葉が叫んだ。
「その言い方はないよ。まだ練習始めたばっかりだし、1年生なんだから出来なくても仕方ないじゃん。これから上手くなっていけばいいんだよ。...それに、練習範囲の指示をしてなかった私も悪いし」
確かに和葉も意見も最もだ。だけどこれであの、森岡美奈が納得するとは思えない。
「残念だけど今は合奏の時間なのよね。合わせられるクオリティに個人でなってないんだから、練習してきてよって話じゃない?」
「それも分かるけど...」
「私最初に言ったよね。下手な奴はとことん置いてくって」
相変わらず何様美奈様お嬢様だなあ、と綾音は思った。視界の端でかれんはずっと震えている。和葉でさえも言い返せなくなり、沈黙が走った時、かれんが口を開いた。
「いいんです。私が出来てないのが悪いので。迷惑かけてすみませんでした。個人練習してきます」
涙を堪えながらかれんは音楽室を去っていった。
美奈は
「泣くくらいなら真面目に練習してきなさいよね」
と追い討ちをかけていた。流石に言い過ぎではないだろうか。
「私、あの子の練習見てくる!」
突然和葉がそう言って、焦ったように音楽室を飛び出した。
「綾音、あとはお願い!」
と、言伝を残して。なぜ私に言うんだ。
和葉の去った教室で美奈が「早く進めなさいよ」と言わんばかりに視線を送ってくる。
「じゃあさっきと同じ所から」
メトロノームをかけ、チューバを抱きしめる。
「1、2」
3人が一斉に息を吸う。和葉のいないトランペットが鳴り響いた。
次回はいよいよオーディションが始まります(多分)