同級生3
店内は静かだった。
お客はカウンターに中年男性が1人手持ちの小説を読みながらコーヒーを飲んでいる。
もう1人は女性がテーブル席で食事をしている。
店内BGMも特になく食事をしている女性も驚くほど静かに食事をしている。
智も流されるように自分のテーブルに運ばれてきた食事を食べる音を抑えていた。
静かな喫茶店は嫌いではないが、あまりにも静かで少し気味が悪い。
咳をするのも憚られる、なんなら自分の呼吸の音さえも周りの人間に聞き取られてしまいそうなくらい静かな店内。
別の席に着いて食事をしていた女性はテーブルの食事を全て食べ終わると店主を呼び何かを追加で注文している。
この静かな店内でどのような会話も通しそうな中、智に聞き取れないくらいの小さい声で注文を済ますと自分のショルダーポーチの中から文庫本を取り出し読み始めた。
智は食事を済ますと店内を見回す。よく見ると店内の装飾のいくつかはベルをモチーフにしたものが多くあった。
女性のテーブルの横に掛けてある絵画はいくつかのベルがもみの木のような木に散りばめられた絵画。
カウンターチェアの脇に一定の間隔で小さなボタンのような留め具がしてあるがそれも全て金色のベルの形をしていた。
そのほかにもテーブル席の椅子も背もたれが中央からシンメトリーの模様の彫刻が入っているがところどころベルが彫られている。
店主がベルに何か強い思い入れがあるのか?と智が思っていると女性のテーブルに追加の品が運ばれてきた。
その品物を見て智は目を疑った。運ばれてきたのは手持ちのベルとグラスに入った水だった。
一体何に使うというのだろうか?女性を観察していると視線に気づいたのかこちらをチラリと見てきた。智は慌てて目を逸らした。何度か観察していたが女性も視線に気づいているようだった。気づいているからか特にベルにもグラスにも触れず再度文庫本を読み始めた。
智はなんとなく居づらくなり席を立ち会計を済ますと店を出た。
会社への道すがらメニュー表に金額未記載の『ベル』というメニューがあったことを思い出す。
あれか・・
一体どういうことなのか?もう一度機を見て立ち寄ってみようと心に決めた。
店主は小声で女性に声をかける。
「志織様お気遣い感謝いたします。もう大丈夫です。」
「いいえ、私にとってもここは特別な場所だもの、このくらいはお安い御用よ。というか私も無警戒すぎたわ。あまりにも来慣れていたせいで、ついいつもの調子で注文してしまったの・・。ここリピーター多いからあの人ももしかしたらって・・。まだ私、全員顔を覚えていないの。士郎さんはいつも来ているからすぐわかるんだけど。」
カウンターで本を読んでいる士郎と呼ばれた中年男性は反応ひとつしない。ベルはすでにテーブルにはないがカウンター越しに店主が士郎の前に置いてある。
「でももしメニューを見て表記に気付いたのならあの人もひょっとして・・・。」
「それは私には分かりません。そして見えていたとしても注文してくるかどうかは本人次第ですので・・。ご注文をいただくようであればご案内は致しましすが、こればかりは本人のご意志、そして何が出るかも本人次第ですので・・。」
「そうよね、私にはとても特別な時間だけれど、人によって違うものね。」
そう言うと志織は運ばれてきた透明な液体の入ったグラスに口をつけ、ベルに手を触れた。
「後、よろしくね店長」
「かしこまりました。」
そう言うと志織はベルを小さく振った。
店内の志織の周りに小さなベルの音が鳴り響く