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第23話 シズカさんの退職理由

 私が社員になることについてヤンキーさんやシズカさんはどう思うだろうか?


 これまでパートという同じ立場で苦楽を共にしてきたヤンキーさんは元より、二人の社員さんが辞めて受付が大変な時、一緒に乗り越えてきたシズカさんの気持ちも大切にしたい。



 そこで私は、院長から社員になって欲しいと言われていることを二人に話し、意見を求めることにした。


 まず初めに、病気の休職から復帰してきたばかりのヤンキーさんに電話をかけた。


 「えっ? ハナコさんマジで言ってるの? 私ならそんな話し引き受けないけれど、ハナコさんがいいなら反対しないよ」


 ヤンキーさんは病み上がりなので、私が社員になって毎日クリニッにいてくれることはありがたいらしい。


 次にシズカさんにも電話をかけて意見を聞こうとした。


 ところが、シズカさんの口から思いもよらない言葉が告げられる。


 「実は私ここを辞めようと思っているの」

 シズカさんは、最近ここでの自分の評価が納得できないそうだ。


 このままアコガレクリニックでダラダラと時間を浪費するより、整形外科以外の職場も経験してキャリアを積みたいと考えているそうだ。


 その気持ちは私にもわかる。彼女は若いから尚更そう思うのだろう。


 シズカさんは、何事も冷静に判断し、仕事もテキパキこなす。

 ミスはほとんどしない。

 その上余計な言動もしない。

 とてもバランスがいい人間だ。


 それなのに、時給がいつまでも最低賃金のままではモチベーションが下がってしまうのも当然である。


 「頑張っているのだから時給アップしてもらうように交渉してみたら?」

 私はシズカさんより少しだけ時給が高い。


 「交渉しなくちゃ時給を上げてくれないというのは嫌なの、評価しているなら、こちらが催促しなくても時給を上げてくれるものだと思う」

 彼女はここでの自分の評価が低いことに納得がいかない様子。


 四年働いているのに、新人さんと同じ時給なのは我慢ならないそうだ。


 「もっと自分を高く評価してくれるところで活躍したい」 

 そう考えるシズカさんを私は引き留める気持ちにはなれなかった。


 彼女には言っていなかったが、私も、同じような気持ちで、転職活動をしたのだから……。

 

 「あなたがどんな選択をしたとしても応援するよ、自分が納得する道を選んで」

 気づけば私は、シズカさんが新しい職場へ挑戦することを後押ししていた。


 その後シズカさんは、ヤンキーさんからも「応援する」と肩を押してもらったようだ。


 ヤンキーさんも私と同じ気持ちだったのだろう。



 暫くして朝早くシズカさんから連絡がきた。


 「今日院長に退職したいと言います。契約書には一か月前と書いてあるので、ちょうど一か月で辞めさせてもらうつもりです」

  

 私はその日午後からの出勤だった。


 重い足取りで職場につくと、院長とセッカチさんとイケメン課長が私を待っていた。


 「後で相談があるから」

 院長から言われ、セッカチさんを見ると目が潤んでいる。


 私は初めて事実を知ったふりをして、セッカチさんからそっと目をそらした。


 セッカチさんにとっては、“まさか”の退職願いで大打撃なのだろう。

 ちょっと後ろめたい気持ちになった。


 仕事が始まってもセッカチさんは、身が入らずどんよりした空気の中午後の業務が終了した。


 セッカチさんは、シズカさんが「辞めたい」と言ったことに対して納得いかない様子である。


 「なんで急に辞めるなんて言うの? そんな様子少しも見せなかったのに。不満があるなら言ってくれればいいじゃない。もう転職先も決めちゃったなんて酷い」

 そう言って再び瞼を潤ませた。


 そんなに辞められるのが悲しいなら、セッカチさんが院長にシズカさんの待遇を良くするようアドバイスすればよかったのに。と言いたい言葉を飲み込んだ。


 これまで私は、セッカチさんにそれとなくお給料の低さを伝えていたのに「ふ~ん」と言うだけで“辞めるわけない”と高を括っていたのだから。 



 その後、院長とセッカチさんとイケメン課長と私の4人で話し合いとなった。


 「もう知っていると思いますが、シズカさんが退職したいと言ってきました。今後のシフトをどうするか、良い案があったら教えて欲しい、受付に新しく募集をかけたくないのでクリニック内で探したい」

  

 院長がそう言うと、三人が一斉に私の方に顔を向けた。 

 

 私が社員になれば全て上手くいくという雰囲気が漂う。


 「申し訳ありませんが次男の受験が終わるまでは社員になる事は考えていません」

 勇気を出して断る。


 シズカさんが受付にいるのといないのとでは、私の気持ちも全然違う。 

 ここは安易に返事などできないな。


 ふと、リハビリ助手の”ノンビリさん”の顔が頭に浮かんだ。


 ノンビリさんと私は時々帰りが一緒になる。


 つい先日一緒に帰った日、「二階の人と馴染めない」と言っていた。


 リハビリ助手は、前からいる人同士で仲良くしていて、一人浮いている感じで辛い。


 理学療法士さんたちも、他のベテランスタッフには自ら挨拶するのに、自分にはこちらから挨拶しても返事が返ってこないことが多いので疎外感を持つそうだ。


 「ノンビリさんはどうですか?」

 私は三人に提案してみた。


 この機会にノンビリさんを誘えば双方が丸く収まるのではないかと考えたからだ。


 イケメン課長の顔が一瞬 えっ? と驚く表情を見せたのだが、院長とセッカチさんは「そうだね、ノンビリさんに聞いてみよう」と言って話がまとまった。



 その日の夜、ノンビリさんに院長から声がかかった。


 「何の話だろう?」と心配しているノンビリさんに、私はシズカさんが辞めてしまう話と、院長との話合いの内容をざっくりと伝えた。


 ノンビリさんは恐縮しながらも、良い機会だから頑張ってみると気持ちよく答えてくれた。


 こうしてノンビリさんは受付へ部署異動することとなった。


 しかしこの選択はノンビリさんを苦しめる事になる。


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