第22話 迷い
新しい人が辞めて暫くすると、私は院長から呼ばれた。
「今回は二人も辞めてしまって、ここの受付が誰にでも務まるわけではないという事が分かった。そこで相談だが、ハナコさんを常勤にしたいと考えている」
「……」
私を社員にしたいって事?
二人が辞めたからってそれだけの理由で?
何か私には不利な条件でもあるんじゃない?
疑いの目を向ける。
私の反応を確認して院長は続ける。
「以前寸志を下げた事は謝る。今は社員になって欲しいと思うほどハナコさんを評価している」
忘れかけていた嫌な感情がよみがえる。
評価していると言われても、寸志を減額された時と、私の仕事ぶりは変わっていない。
評価されるほどの変化はないはず。
首をかしげていると院長は微笑んだ。
「実はセッカチさんに僕の仕事を手伝ってもらおうかと考えているんだ。ゆくゆくは事務長にしたいと考えている。それにはセッカチさんの代わりに受付をしっかり守ってくれる人が必要だ。是非ハナコさんにやってもらいたい」
今までには見られないほどの懸命さを感じて、一瞬、挑戦しようかな? と頭をよぎったが、これまでの仕打ちが思いだされて我に返る。
そもそも私は社員になりたかったわけではない。
転職も考えている。
社員になったら土日出勤のうえ平日1日しか休みが取れない。
絶対無理だわ!!
しかし心のどこかで院長からの言葉を嬉しく思う気持ちがあったのか、思わず「よく考えてお返事させて頂きます、次男の受験が控えておりますので、それが終わってからお返事させて頂いても宜しいですか」と答えてしまった。
「いいよ、いいよ、よく考えてからで、一年くらい待つ気持ちでいるから」
私の肩をポンと叩いて満面の笑顔を見せる。
すると、不思議なことにまるで口説かれたような心地よい気分になり私は浮かれてしまった。
家に帰り、主人に相談すると案の定、間髪入れず否定される。
「寸志の時あんなに怒っていたのに単純だね。社員になったら大変だよ。今のままでいいじゃない」
“穴があったら入りたい”
自分の浅はかさに恥ずかしくなった。
やっぱり断ろう。
次の日、セッカチさんから声をかけられた。
「院長から社員にならないかと言われたでしょう? この間、院長から事務の社員雇おうかと相談されたから、それなら今いるスタッフを社員にしたらどうか? と私が言ったのよ。そして院長はハナコさんを選んだの」
なるほどそういう事か。
セッカチさんの根回しだったのね。
「ありがたい話だけれど、主人が反対しているから難しいな」
パートのままでいい。
「すぐに決めなくていいから、次男さんの受験が落ち着いたらもう一度ゆっくり考えてみて」
優しく微笑む。
その後セッカチさんは、パートより社員の方がどれだけいいか。
私の年齢では社員になりたいと思っていてもなかなかなれない。
ハナコさんは今社員になれるまたと無いチャンスだ。
院長の気が変わらない内に早く返事をした方がいいと付け加えた。
社員にならないか?と声がかかってからというものセッカチさんは私に気を遣うようになった。
他のパートさんと差をつけるようにもなり、受付同士の関係もギクシャクしてきた。
今思い返してみると、この様なセッカチさんの言動には問題があったはずだが、当時の私は、必要とされているという喜びが大きく正しい判断ができずにいた。
折につけてセッカチさんは、耳元で囁くようになった。
「ハナコさんが毎日そばにいてくれるだけで私は安心する」
「社員になってくれれば私があなたを支える」
「社員になったことを絶対に後悔させないから」
このような言葉を懸けられたことがない私は有頂天になってしまい、セッカチさんを好きになっていた。
そしていつしか、こんなにも望んでくれるのだからその思いに答えてあげたい。
と思うまでになっていた。
こうして私はセッカチさんにマインドコントロールされていく。
独り言
いつの日か私は人の引き立て役に回ることが多くなっていた。
いわゆる副リーダーの存在だ。
リーダーの仕事がスムーズに進むよう陰で調節するのが得意なのだ。
だからリーダーはどんどん輝いていく。
これはこれで遣り甲斐を感じるし、性分に合っているんだと思う。
だからこそ尽くす人間は選ばなくてはならない。




