第15話 立つ鳥跡を濁す
ある日の事、10万円の不明金が発生した。
そのお金の出所は分からなかった。
フシギさんが一人で残って締め作業をし、毎日業務終了後にお金を合わせていたのだが、彼女さえも理由がわからず暫くそのままの状態で金庫の下に隠しておいたようだ。
この事実を知った院長は激怒した。
フシギさんを他部署に異動させることにし、受付には新しく院長の身内を入れる事を決めた。
「フシギさんのことを他部署はいらないと言っているが、私が決めたらそれに従ってもらう」
「今後はいろんな部署の掛け持ちをしてもらう」
院長からそう言われてフシギさんは退職を決めたらしい。
院長はこうやってスタッフ自ら辞めていくようにするのか?
「他部署からいらないと言われてまでここにいたくない」
私もそんな事言われたら即刻辞めるな。
「ボーナスも減らされたの」
「……」
フシギさんからその話を聞いてふとメガミさんの言葉を思い出した。
メガミさんが退職を決意した時も、ボーナス減額になったと言っていたからだ。
院長は、辞めても惜しくないと判断した社員のボーナスは減らすという事?
この事実は後に私を苦しめることになるのだが、この時点では知る由も無かった。
こうしてフシギさんは呆気なくクリニックを去っていった。 “立つ鳥跡を濁して”
フシギさんがやっていた仕事は主にレセプト返戻だった。
毎月の治療費(1日から末日まで)は診療報酬明細書という形で病院から支払基金に請求される。
支払基金では、この病院から請求されたレセプトが適正であるかどうかを審査したうえで、健康組合などそれぞれの保険元に診療報酬請求を行う。
健康保険組合は、事業主と従業員から納められた保険料により支払基金に診療報酬を払い込み、支払い基金は、毎月一定の期日までに保険医療機関(病院など)に診療報酬を支払うという流れが一般的だ。
これ等に「不備」や「謝り」等があるとレセプトが差し戻される(レセプト返戻)。
戻ってきた返戻分は調べて、正しくやり直し再請求することになっている。
再請求分は2年の猶予があるのだが、返戻分が送られて来たらその都度やらないと溜まって大変な事になる。
フシギさんはこの返戻をためにため100件ほど残して去っていったのだ。
おぞましいことに、二年以上前のものも手付かずのままだった。
しかも、辞める時に、この事実を残るスタッフに知らせなかったため、フシギさんが辞めたあと、普段使わない引き出しからごっそり未開封の返戻分が出てきた時には眩暈がした。
これには流石に院長も「損害賠償請求してやる」と怒っていたが、日ごろのフシギさんの仕事ぶりからして、十分想定できたと思うのだが。
この未開封の返戻処理は、ヤンキーさんが申し出てくれて、「信じられない」とキーキー言いながらも二か月ほどかけて再請求してくれた。
この作業も無給でヤンキーさんはやってくれたのだ。
院長はどうかしている。この時私はそう思った。
院長がこんな考えなので、長く勤めている社員は、プラスアルファーの仕事をするのを嫌がった。
無給で仕事をするだけ損だからである。
因みにパートは、有給も与えないと言われていた。
雇用保険にもなかなか入れてくれない。勿論対象者ではある。
(私は入社5年目にやっと雇用保険に入れてもらった)
通勤途中の怪我であっても労災手続きはしてくれない。
手続きが面倒だからと言うのが理由らしい。
雪の日出勤途中に転んで骨折して二週間休んだパートスタッフがいた。
出勤後、当然の如く労災請求をしたらしい。
「パートはシフトがバラバラだから手続きが出来ない」
という事らしい。そんな馬鹿な……。
こんなに搾取されているというのに、誰も文句を言わないのには理由があった。
以前、雇用保険と有休をめぐって院長と揉めた勇者がいた。
「仕事もろくにできないやつ程、権利ばかり主張する」
院長に散々罵倒されクリニックを去ったと聞いている。
院長は、アコガレクリニックのスタッフが、積極性に欠けていると嘆いていたが、こんな状況で、積極性がでるとは思えない。
独り言
以前、私はフシギさんからこんな話を聞いた事がある。
「メガミさんが珍しく私に話しかけてきて「今回のボーナスは一か月分ももらえなかった。こんなんじゃ生活やっていけないよね?」と言ってきたのよ、でも私はメガミさんの倍のボーナスもらっていたの」
フシギさんは院長に感謝したそうだ。
その話を聞いた私は非常に驚いた。
フシギさんの倍の仕事をこなし、お昼休みもまともに取れずサービス残業していたメガミさんのボーナスが減額され、フシギさんの方が多くもらっている事に。
私は思う。
こんな院長だからいつか私も理不尽な扱いをされるだろう。
その時は迷うことなくここを去ろうと心に誓う。




