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もしも魔法があったなら  作者: 湖桜 
星源学園魔法学校
3/5

道中にて

 魔法学校は特殊な場所にある。


 これは、設備も教育も一般的な学校とは大きく異なる魔法学校を、住宅などが多い地区に建てる事が出来ないためだ。

 例えるなら、取扱注意の物品を他の物とは違う場所に保管しておくのと同じようなものである。

 

 住宅地に囲まれていたり、近くにファミレスや公園があったりする一般的な学校とは違い、悠人が向かう星源学園魔法学校は、なんと海の上にある。


 千葉県を越え、太平洋に浮かぶ学校。

 

 文面だけを見れば、海に囲まれている事や学舎がまるごと陸地から離されている事に、特別感や魅力を感じる人もいるだろう。

 事実こういった点を理由に、魔法学校を志望する学生も多いと聞く。

 

 だが、実際にそこに行くとなると、その特徴が良い点だとは一概には言えない。

 

 海を渡らなければならないのもそうだが、多くの者はそれよりもさらに大きな問題を抱える事になるのだ。


 それがーー、

 

「わあ……!!」

 

 ガイダーの案内で進み続け、数十分。

 悠人はその光景に思わず声を洩らした。


 それは迷宮都市、渋谷。

 東京二十三区の内の一つであり、現在日本で最も賑わう街。


 和風な建物がいくつも重なった住宅や、巨木を利用した商店街、工場のような駅など。

 統一感という言葉をまるで知らないこの都市には、雑多という表現が良く似合う。 

 特に、向かい合う建物同士を繋ぐ小さな連絡橋が入り組むエリアは、迷宮都市の通称に遜色ない様相を呈している。

 

 しかし、今真に注目すべきはその景観ではない。


「もしかして、あれ全部人?」

 

 呆然とそう呟く悠人の視線の先、大都市の空中には夥しい数の人がいた。


 その場に何人の人間がいるのか、目視では検討もつかない。

 むしろ人が多過ぎて、渋谷周辺の人間は皆ここに集まっているのではないかと思える程だ。


 一体何故これ程までに人がいるのか。

 理由は分かっている。


 魔法学校の入学式を祝うイベントが渋谷という大都市にて開催されるからだ。

 渋谷は普段から大型テーマパーク以上に人が集中するが、それに上乗せする形でイベント参加者が大勢押し寄せているのである。


「家で話した事が当たっちゃったなあ」


 悠人は苦々しく笑い、目の前に迫りつつある人混みを見据える。


 状態としては、懸念していた交通整理による渋滞とさして変わらないだろう。


 空間的に余裕がある空中に、人が際限無く広がっていき、本来人と人との間にある筈の距離が限界まで埋まっている。

 上下左右、あらゆる位置に人がいる状況で、まず身動きが取れないのだ。


 悠人は視線を手前に引き、薄緑色の猫、ガイダーに視線を向ける。


「大丈夫、だよね……」


 もはや頼れるのはこの場に一人、いや、一匹しかいない。


 錬がガイダーをくれたのも、こう言う場面に遭遇した時のためだ。

 直進が不可能である以上、コース変更を行い、最短で魔法学校まで向かうにはガイダーに任せる他ない。


「あれ?」


 悠人はそこである違和感に気が付いた。


 今も悠人の前を疾走し、先導するガイダーが、一向に方向転換を行おうとしないのである。

 既に余裕を持って人混みを回避出来る距離を踏み越え、そのまま人混みに突っ込まんとする勢いで宙を駆けて行く。


「え、ちょっ!?」

  

 想定外の行動に、悠人の表情が一瞬で焦りに変わる。

 仮に衝突事故なんて起きようものなら、入学式どころじゃなくなる。

 

 悠人は咄嗟にガイダーに手を伸ばした。


 だが、ここまで悠人に追い越される事なく前を走り続けて来ただけあって、ガイダーはその距離を詰めさせてくれない。


 悠人は手を伸ばすだけでなく、翼を大きく羽ばたかせ、加速を得る。

 使用者の安全のために空けていると思われる間隔を詰める事で、その身柄を押さえにかかる。


「あと、少し……!!」 


 伸ばした手の指先が、徐々にガイダーの背に近付く。


 その時、

 

「おわっ!!」


 ガイダーに追い付く事のみに集中していた悠人の意識に、驚愕の声が割り込んだ。

 悠人が顔を上げると、目と鼻の先の距離にこちらを見る大勢の人がいた。


「!?」


 一瞬の内に駆け巡る思考。

 次の瞬間にはその全てを排斥し、慌てて翼を広げた。


「〜〜っ!!」


 巨大な翼で空気抵抗を一身に受け、加速した分の勢いを軽減させる。


 それでも完全には死なないスピードを抱え、悠人は地上に落下した。

 渋谷の街並みがどんどん鮮明になり、建物に激突する瞬間、翼を大きく羽ばたかせる事でようやく静止した。


「っはあ……はあ……危なかった」


 建物の屋上に降り立ち、そのまま座り込む。


 急な出来事に、心臓も疲弊しているのを感じる。

 

 かろうじて方向転換が間に合ったが、あと一瞬でも判断が遅れていたら事故になっていただろう。

 

 悠人は胸に手を当て、乱れた呼吸を整えると、炎の翼を解除した。


「ガイダーはーー、」


 気を取り直し、空を見上げる。

 自分がつい先程までいた場所を確認するが、そこにガイダーの姿はない。


 しかし、悠人の『魔力感知』には、自分と同じ魔力を宿し、移動し続ける小さな存在を捉えていた。


 どうやら、ガイダーは結局人混みを避けなかったらしい。

 密集する人の群れの中を突き進み、その上で、悠人と同じく渋谷の街に降りて行っている。


 一体どうしたというのか。


 ガイダーは渋谷に着くまで、時折向かいから飛んで来る人や鳥など、進路の妨げになるものは避けて走っていた。

 錬やヒノからも、そういう機能がついていると聞いていた。


 にもかかわらず、つい先程の行動には回避の意思を微塵も感じなかった。

 

「早く捕まえないと……!」


 原因は分からないが、ガイダーに何かしらの予期せぬ事が起きたのだとすれば、これ以上問題になる前に止めなければならない。


 悠人は再び自分の体に『身体強化』をかける。


 そして、『魔力感知』が示す、ガイダーと思われる反応の追跡を開始する。


「入学式、間に合うと良いんだけど……」


ーーーーーーー


 入り組んだビル街を、ガイダーは本物の猫のように通り抜けて行く。


「待って!」


 悠人はその後を着いて行くべく、全身の魔力を『身体強化』に回す。

 強化された身体能力をもって、建物の上や連絡橋、通れそうな場所全てに体を捩じ込み、ガイダーを追う。


 側から見ればアクション映画のワンシーンのようで、とても登校中の学生には見えないだろう。


「すみません! ごめんなさい!」


 避けきれず、どうしてもぶつかってしまった人には去り際に謝罪を残し、直ぐに前を向く。

 

 そうして渋谷を走り続けていると、ガイダーが細い路地に入って行くのを目にした。


「これ以上走りにくい所に入られたら……っ!」


 悠人はその後に続き、ガイダーが入っていった路地を曲がった。


「はぁ、はぁ……あれ?」

 

 悠人は路地を再び走り抜けようとはしなかった。

 その必要が無くなったからだ。


 追いかけていたガイダーは路地を曲がり、数歩歩いた所で綺麗に座り込んでいた。


 「どうして急に……魔力切れ?」


 先程までの疾走が嘘だったかのように、その場に静止して動かないガイダー。


 あまりの唐突さに、悠人は首を傾げるが、何にせよ止まってくれたのはありがたい。


 これ以上魔力を消費したくなかったし、再び魔法学校を目指す事もできる。


 問題はガイダーの状態だ。

 悠人はガイダーがどこか故障していないか確認すべく、路地裏に踏み込んだ。


 すると、


「ぅ……ぁ……ぇ……」


 ガイダーの正面。

 明るい照明と賑やかな声が届かない路地の奥から、か細い声が聞こえて来た。


 悠人は顔を上げ、そちらに目をやると、そこにはスーツ姿の男性が一人、こちらに背を向けて座り込んでいた。

 他には誰もいない。


 何故こんな所でじっと座っているのか、悠人は不思議に思い、


「あの、大丈夫ですかーっ!?」


 路地の入り口に立ったまま、街の喧騒に呑まれないように声を張り上げた。

 

 しかし、その声に返事は無い。

 それどころか、座り込んだまま微動だにせず、一切の反応が無い。


 もしや、声も上げられぬ程具合が悪いのだろうか。

 仮にそうなら、そのままにしておく訳にもいかない。


 悠人はそう考え、もう少し近付いて様子を窺おうとした。


 その時。


『目的地に到着しました。目的地に到着しました。目的地に到着しました。目的地に到着しました。目的地に到着しました。目的地に到着しました。目的地に到着しました。目的地に到着しました。目的地に到着しました。目的地に到着しました。目的地に到着しました。目的地に到着しました。目的地に到着しました』


 機械じみた音声が細い路地に響いた。


「!?」


 どこから聞こえてきた声なのかはすぐに分かった。


 壊れたおもちゃのように同じ言葉を繰り返すガイダーに、悠人は先程とは違う意味で目を見開く。


 それもその筈、目的地に設定した筈の魔法学校には依然として到着しておらず、それどころか未だに渋谷さえ抜けられてない。


 怪訝に思い、眉を顰めた次の瞬間。


 背筋に悪寒が走った。

 『魔力感知』に、新たな魔力の反応が現れたのだ。


 ただ、それがあまりに恐ろしく、冷ややかでーー。


「ーー」


 その魔力の持ち主は、路地の奥に座り込んでいた男性だ。

 男性は立ち上がり、こちらをゆっくりと振り返る。


「っ!!」


 悠人は男性の顔を見て、息を呑んだ。


 男性には、顔が無かった。 

 本来ある筈の目鼻口、それ以外の表情を形成する全てのパーツが暗闇に染まっている。

 それは、ただでさえ暗い路地裏の中でも、一際暗く、まるで深い穴を覗いているようかのような錯覚さえ感じさせる程だ。


 魔法?

 病気?

 怪我?


 思い付く要因を考え付くだけ挙げてみるが、悠人が持つ知識の内のどれにも当てはまりそうにない。

 

 よく見れば顔に蟠る暗闇は、男性の体へと徐々に広がっていっていた。

 その侵食が進めば進む程、『魔力感知』が強く反応し、本能が強く警鐘を鳴らす。

 

「あ、あの」 


 本能的な危機感からか、男性の姿に上手く言葉が出ず、悠人は足を一歩引いた。

 

 それが、契機だった。


 ドンッ、という音と共に男性が悠人の視界から姿を消した。


「がっ!?」


 直後、腹部に衝撃が走り、悠人は路地裏から弾き出された。

 体が浮き、斜め上の方向に吹き飛ばされ、向かいの建物の屋根に激突する。


「なんだ!?」


「きゃあああ!!」


 煙と音を立てて落下する瓦礫に、祭りを楽しんでいた人達が悲鳴を上げる。


 周辺の賑わいはものの数秒で混沌とした喧騒に変わった。


「ゲホッ、ゲホッ!!」


 詰まった空気を気道から吐き出し、悠人は上半身を屋根から引き剥がす。


 その背中から炎の翼が現れる。

 屋根に叩きつけられる寸前に魔法を発動し、衝撃を軽減したのだ。


「ギリギリ、間に合った……!」


 痛む腰と腹をさすりながら、立ち上がろうとする。


 そんな悠人に、影が差した。


「!」


 振り返れば、そこにいたのは影法師だった。


 その空間だけ人型にくり抜いたような、光を一切受け付けない闇の体。

 先程は完全な暗闇だったが、今は暗闇の中に浮かぶ目と思しき二つの青白い光が悠人を見下ろしていた。


 もはや面影も何も無くなってしまったが、目の前の影が路地で座り込んでいた男性であり、悠人をここまで吹き飛ばした張本人である。


「ーー」


「わっ!?」


 影は無言のまま悠人の頭に向かって足を振り下ろす。


 悠人は屋根の上をゴロゴロと転がり、それを回避。

 屋根の淵から落ちると同時に空へと飛び上がる。 


「狙いは、僕……?」

 

 その考えを裏付けるように、影は他の人や物には目もくれず、首だけ動かして悠人の行方を追跡すると、建物の屋根をさらに力強く踏み抜いた。


 飛び上がる瓦礫は影の周りを舞い、そのまま宙に静止。

 影が手を前に突き出すと、勢いよく悠人に向かって射出された。


 向けられた敵意と魔力を感じ取り、即座に防御体制に入る。


 『炎魔法 盛炎の羽根』


 魔法の発動と共に、悠人の翼から無数の羽根が空へと舞う。

 それを自身の前に移動させ、盾の形を成す。

 

 瓦礫は悠人の魔法に触れると、超高温の中瞬く間に灰へと姿を変えた。

 結果、悠人に到達したのは焦げ臭い煙のみだった。


 が、真っ赤な炎幕の中から漆黒の影が現れる。


「!?」


 灰に変化する事なく業火を潜り抜けた影は、その手に集中した魔力を解き放った。

 

 内側から破裂するように爆散する炎の羽々。

 同時に、悠人本人もその中から後方へ吹き飛ばされる。


 風だ。

 大気をかき混ぜるような暴風。

  

 気を抜けば悠人もその大気と同じようになりかねない程の乱気流を纏い、影は空を無茶苦茶に飛び回る。

 

 つい先程まではガイダーを追っていた悠人が、今度は追われる側に変わった。

 堪らず上空へと退避する悠人を、影は猛スピードで追従して来る。


 建物の合間に滑り込めば、影はその間をゴリゴリと抉り広げ、迷わず直進。

 少しでも空間的に余裕がある所に出ると、すぐに攻撃を仕掛けて来る。


 そんな影の手から放たれるは風の砲弾。

 破壊した建物の残骸を含んだそれは、直撃すればひとたまりもないだろう。


 せっかくの晴れ着がボロボロに引き裂かれるどころか、体の肉ごと吹き飛ばされかねない。 


 追い付かれれば、死。

 そんな気配をひしひしと背中で感じる。


「はぁ、はぁ……くっ……!」


 飛行を続ける内に都市の景色がどんどんと小さくなって行き、呼吸のペースも上がって来た。


 そもそもあの状態は一体どういう事なのか。


 服まで漆黒に染まる前はスーツを着ていたし、路地で聞いた掠れた声も人間そのものだったが、今では声も発さず、ただ暴れ回る獣に変貌している。


 魔法属性は一人につき一つ、という法則に基づくなら、風を操っている時点であの影のような姿が自身の魔法である可能性は低い。


 仮に何かしらの外的要因であのような状態になっているのなら、その外的要因を発見しなければ、どうしようもない。


 元が人間だった、という確信があるだけに、今がどんな姿であれ、攻撃して鎮静化なんて方法も取る事が出来ない。


「きゃあああ!」


「ぐああああ!」


 そうして悩んでいる間にも、悠人と影の軌道にいるものあるものが吹き飛ばされ、飛行魔法の制御を失った人達が羽根をもがれた鳥の様に次々に墜落していく。


「あ……!!」


 悠人はその惨状に瞳を震わせ、勢い良く飛び出した。


「あああああああああ……ぐえっ!?」


「きゃあああああああ……あっ!?」


 悲鳴を上げながら地面に向かって落ちて行く人々を、炎の羽根で拾い上げる。

 

「はあ……はあ……どうにかしないと、周りの人達が……」


 出せる羽根の量にも限界がある。

 このまま逃げ続ければ、関係のない人が次々に巻き込まれて行く。


 羽根を飛ばし、自身も腕に人を抱えながら、悠人は眉間に皺を寄せる。


 その瞬間。

 悠人の真後ろに暴風が吹き荒れる。


「っ!!」


「ひいいいい!!」


 背筋が凍る。

 すぐ後ろに影が追い付いた事を、『魔力感知』と抱えた人の怯えた表情で悟る。


 咄嗟の判断。

 翼を大きく広げ、影の視界を遮る。

 その隙を突いて、抱えていた人を羽根で逃した。


「良かった。そのままここを離れて……」


 しかし、悠人はその場に留まったままだ。 


 逃げられない。

 真後ろで風が凝縮されていくのを感じ取りながら、悠人は体をこわばらせ、覚悟を決めた。


 そして、そんな彼の背を目掛け、影は風の砲弾を解き放った。

 

 突風と衝撃音が大空に轟く。

















「動けますか」


 体の横を、そよ風が抜けていった。

 全神経が集中していた悠人の背中に投げかけられたのは、風の砲弾でもなければ、建物の破片でもない。


 たった一言だった。


 悠人はゆっくりと振り返る。

 

 そこに影はいない。

 代わりに少女がいた。


 真っ先に目に入ったのは腰まで伸びる綺麗な金髪だ。

 風に揺れるそれは太陽の光を反射し、キラキラと黄金のような輝きを湛えている。

 身に纏ったディープグリーンのコートから伸びる四肢は透き通るように白く、しなやかだ。


 そして特に目を惹くのが、華奢(きゃしゃ)な体に不釣り合いな大剣である。

 細く小さな手に握られた大剣はマグマを無理矢理剣の形に模ったような見た目をしており、その(きっさき)は、片腕を無くした影に向けられていた。


「動けるなら下がってください。『悪人(あくにん)』は私が対処します」


 返事の無い悠人に、少女は魔力を発しながらそう告げた。


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