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もしも魔法があったなら  作者: 湖桜 
星源学園魔法学校
2/5

門出

 ーーまずい。


 空中を飛び回る彼の脳内は、その一言に支配されていた。


 遥か上空。

 足元に見える都市からは随分離れた空中で、魔法を操作し、背中に宿る炎の翼を大きく羽ばたかせる。


「はぁ、はぁ……くっ……!」


 漏れる吐息は、少年の必死さを如実に表していた。


 止まれば、待ち受けるのは死。

 その気配をひしひしと背中で感じる。


「追い付かれるっ……!!」


 どれだけ魔法を駆使しても、引き離すことの出来ない()()を振り返り、少年は額から汗を流す。


 そんな彼に迫るのは影法師。

 その空間だけ人型にくり抜いたような、光を一切受け付けない闇の体。

 暗闇の中に浮かぶ目と口と思しき、三つの青白い光。

 

 まるで影が自分の意志を持って動き出したかのような容姿のそれは、周囲に暴風を発生させながら、空中を逃げ惑う少年を猛追していた。


「きゃあああ!」


「ぐああああ!」


 少年と影の軌道にいるものあるもの全てが吹き飛ばされ、飛行魔法の制御を失った人達が羽根をもがれた鳥の様に次々に墜落していく。


「あ……!!」


 少年はその惨状に瞳を震わせ、勢い良く飛び出した。


「あああああああああ……ぐえっ!?」


「きゃあああああああ……あっ!?」


 自由落下の言いなりになり、地面に向かって落ちて行く人々を、炎の羽根が拾い上げていく。

 

「はあ……はあ……どうにかしないと、周りの人達が……」


 炎の翼から無数の羽根を飛ばし、自身も腕に人を抱えながら、少年は眉間に皺を寄せる。


 その瞬間。

 彼の真後ろに暴風が吹き荒れる。


「っ!!」


「ひいいいい!!」


 背筋が凍る。

 すぐ後ろに影が追い付いた事を、『魔力感知』と抱えた人の怯えた表情で悟る。


 咄嗟の判断。

 翼を大きく広げ、影の視界を遮る。

 その隙を突いて、抱えていた人を羽根で逃した。


「良かった。そのままここを離れてーー」


 しかし、少年の身はその場に留まったままだ。

 全力で動き回り、その上魔法を酷使し続けた少年の体は限界を迎えていた。


 少年は真後ろで風が凝縮されていくのを感じ取りながら、徐々に薄れゆく炎の翼と共に意識を手放そうとしていた。


 そして、そんな彼の背を目掛け、影は風の砲弾を解き放った。



ーーーーーーー



 遡ること、数時間前。


 四月の初頭。

 霜が溶け、桜が咲いても、冬の寒さが抜け切るにはまだ日がいる時期。

 ひんやりとした空気が窓から入り込み、まだ薄い日の光がカーテンと共に揺れ、寝室をゆらゆらと照らす。


 そんな寝室のベッドの上で、少年は一切の色が抜け落ちたような綺麗な白髪を枕に投げ出し、眠っていた。


 少年の名前は、空木悠人(うつろぎゆうと)

 中学校を卒業したばかりの十五歳男子である。


「うーん……」


 光が徐々に傾き、顔に差し掛かると、悠人はゆっくりと目を開いた。 


「ふわぁ、眩しい……」


 あくびを漏らしながら上半身を持ち上げ、窓の方を向く。

 そして、明るくなった外の様子に、半分しか開いていなかった目を大きく見開いた。


「んー、ついに今日だー!」


 背を思い切り伸ばし、喉の奥から声を出す。

 ベッドから下りると、腕や脚をぐっと伸ばし、凝り固まった体をほぐす。


「体の調子はいつも通りーー、」


 ある程度体を曲げ伸ばしして、その具合を確かめると、指先に『魔力』を集中させる。


 体に宿る魔力が一点に吸い寄せられ、指先に光が浮かび上がる。


 それを天井に取り付けられた燭台に向けて放った。

 飛ばした魔力は燭台に吸い込まれるように消え、燭台の頂点に親指程度の大きさの火を灯す。

 その灯火は大きさに反して、部屋全体を明るく照らし出した。


「『魔力操作』も問題なし!」


 悠人はすっかり覚めた目でその輝きを確認する。


「これで今日の入学式は大丈夫なはず!」


 グッと拳を握り、姿見の隣にかかる真新しい制服に目を向ける。


 その胸元に付いているのは、五芒星と月桂冠をモチーフにした校章。

 窓から差し込む朝日を反射するそれは、全国各地方に一校ずつ存在する狭き門、魔法学校の生徒である証だ。


 魔法が誕生してから数十年。

 科学では解決出来なかった事を簡単に解決し、野生の動物には到底敵わなかった人間単体の力を底上げして見せた魔法を、日本は既存の社会体制とあらゆる技術に歓迎した。

 

 その結果生まれた新たなものの一つが、魔法学校である。


 魔法学校とは、その名の通りカリキュラムの大部分を魔法と結びつけられた、魔法を専門的に学ぶ教育機関の事である。

 誰もが一度は入学を夢見る場所であり、魔法技術の発展を重視する現代において、入学してしまえば将来が約束される超名門校だ。


 当然その入学倍率は凄まじく、毎年多くの受験者が試験に臨むも、実際に入学できるのは受験者全体の約十分の一と言われている。


 つまり、魔法学校に入学出来る者は、その地域の上位に位置する実力者という訳だ。

 

 そして、今日はそんな新入生が集う魔法学校の入学式当日。

 悠人の気分が良い理由はこれだ。

 

「今から楽しみだなあ」


 悠人は制服のシャツやブレザーを手に取る。

 それらを身に纏っていくと同時に、新しい学校生活への期待感も共に増していく。


 最後にネクタイを締め、持ち物を揃えると、軽快な足取りで部屋を出た。


「つめたっ」


 ひんやりとした廊下の床が足の裏に吸い付く。


 悠人は部屋に灯りを点けたように、廊下に転々と取り付けられた燭台に明かりを灯していく。


「おはよう! ヒノ」


 明るくなった廊下を駆け抜け、リビングのドアを開け放つと、温もりのある空気と食欲のそそられる良い匂いが悠人を出迎えた。


「おはようございます、悠人」


 悠人の声を聞きつけ、キッチンから一人の女性が顔を出す。


 真紅の髪に羽のような形をした金色の髪留め。

 ほっそりとした顎に、澄んだ蒼い瞳。

 肌は陶器のように美しい。

 

 人間離れした美貌を持つその女性の名前は、ヒノ。

 悠人の唯一の家族であり、『精霊』である。


 精霊とは、人が魔法を使えるようになったのと同時期に姿を見せ始めた全く新しい生物だ。


 知能は人以上とされ、魔法も扱える。

 肉体全てが『魔素』で構成されているため、姿をある程度自由に変えることもできる。

 今のヒノは本来の姿ではなく、生活のしやすい人の姿で悠人と共に暮らしているのだ。


 そんな彼女は悠人の顔を見て、柔らかそうな唇の端を持ち上げた。


「随分と上機嫌ですね。いえ、無理もありません。憧れていた魔法学校についに入学することができるんですから」


「うん! どうかな、この制服。似合ってるかな?」


 魔法学校の生徒っぽく見えるかな、と。


「勿論です! 外見も当然ですが、悠人はその実力が魔法高等学校に相応しいと認められて、制服を身につけているのです。似合わない筈がありません!」


 前のめりになってヒノは肯定する。


「あはは、ありがとう」


 自分で聞いたくせに、いざ力強く肯定されると何だか照れ臭くなる。

 悠人はうなじ辺りに手を当てて笑った。


「私も自分の事のように嬉しく思います。魔力操作が上手くいかず、家を焼いてしまった頃が懐かしいですね……」


「うっ、思い出したくない……」


 悠人に魔法を一から教えたのはヒノだ。

 魔法属性が同じだったこともあり、その教えを悠人は一つも漏らすことなく吸収することができた。


 しかし、当然最初から上手くいった訳ではなく、ヒノが言うように家を焼いてしまったこともあれば、自分の魔法で火だるまになったこともある。


 先程部屋で使った魔力操作の技術はヒノの指導の賜物であり、今この制服に袖を通せている事実もヒノがいなければありえなかっただろう。


「ですが、それも過去の話。今や魔法学校に入学する程に成長しました。今日はおめでたい日です! 朝食も普段より気合いを入れて作りました。是非召し上がって下さい」


 過去の黒歴史を悪戯っぽく言うと、ヒノは切り替えるように両手を鳴らし、微笑む。


 そして、背後にある食卓に目を向けた。

 それに倣って悠人も食卓を見ると、その上には様々な料理が机の隅までびっしりと並べられていた。


 一体何人分に相当する量なのか、目視だけでは見当もつかない。

 端に追い詰められた皿が今にも机の上から落下しそうだ。


「これ全部作ったの!?」


 食卓に近寄り、目を丸くする。


「はい! 悠人は元々良く食べますし、お客さんも来られているので」


 一体どこに並べるつもりなのか、再びキッチンに戻り、さらに料理を運んで来ようとするヒノはそう説明する。


 しかし、その返事を聞いた悠人は首を傾げた。


「え、お客さん? どこにーー」


「ここだ」


「いだっ!?」


 ゴンッ、と。

 ヒノの声とは違う、低い声が聞こえた直後、部屋を見渡そうとした悠人の頭頂部に鈍い衝撃が走った。


「俺ならお前が部屋に入って来てからずっと目の前のソファに座っていたぞ」 


 悠人は痛む頭を押さえ、うずくまりながら、すぐ背後に立つ声の主を振り返った。


「来てたんだ、錬。いてて」


「もしお前が七時になっても起きて来ないようなら、叩き起こしてやろうと思ってな。悠人」


 眼鏡越しに鋭い眼光がこちらを見下ろす。


 彼の名前は白銀錬(しろがねれん)


 鉄紺色の髪に、銀色のフレームの眼鏡をかけた理知的な外見同様、頭脳明晰である彼は、中学生の頃に東京へ越して来た悠人に初めて出来た友達だ。

 今では食事を共にすることも少なくなく、もはや家族のように親しい間柄である。


 そして、魔法の扱いにも長けている錬は、悠人と同じ制服を身に纏っている。

 今日からは共に魔法学校に通う同級生でもあるのだ。


「それはそうと、悠人」


「?」


 錬は悠人の頭に落とした手刀を解くと、魔法で手鏡を作り出した。


 そして、その手鏡をこちらに突き出すと、


「そのだらしのない髪をいつまでそうしておくつもりだ」


 そう言った。


 鏡には当然悠人の姿が映る。

 しかし、見慣れた普段の容姿とは違った。


 頭の上、透き通った白い髪が綿菓子のように絡まり膨らんだ寝癖がその存在を主張していた。


「あ」


 悠人は自分の髪に手を当てると、いつもと違う反発が手もひらに伝わってくる。


「直して来い。憧れていた学校の入学式で恥をかきたくなければな」


ーーーーーーー


 錬の忠告に悠人は大急ぎで髪を整え、戻って来ると、錬はヒノと共に食事の席に着いていた。


「俺に気付かないどころか、自分の髪型にさえ意識が及ばないのか。随分浮かれているな」


 戻って来た悠人を見ると、錬は呆れたようにそう言った。


「先ほどの髪型もかわいくて良かったんですけどね」


「ヒノさん、式であの髪型は悠人が損しますよ」


 錬の言葉にヒノは、「残念です」と眉を下げ、ティーカップを持ち上げる。


「やはり来て正解だったか」


「あはは……」


 額に手を当てる錬。

 悠人はその隣の席に着くと、いただきます、と手を合わせ、食事の席に加わった。


「にしても、錬は相変わらず早起きだね。いつ来たの?」


「お前が部屋から降りて来る三十分前ぐらいだな」


 お前は相変わらず良く寝ていたようだが、と錬はコーヒーを口にする。


「うん! やっぱり元気な状態で入学式に行きたいし。でもーー、」


「?」


 悠人は、ちょいちょいと錬の肩を叩き、顔を近付ける。


(早く来たなら何でヒノの料理を丁度良い量でストップしてくれなかったの!?)


(無茶を言うな。俺に上機嫌なヒノさんを止められる訳がないだろう。これでも一応伝える努力はしたんだ。だが、)


(だが?)


(結果として、俺は味見と称して料理を目一杯胃に蓄える羽目になった。悠人、お前の胃の中はまだ空いているだろう?)


(!?)


 声を(ひそ)めながら、現在の状況を未然に防止する事は出来なかったのか、と錬に問ただす。

 しかし、友人は首を横に振り、コーヒーを喉に通し続ける。


「おや、悠人。食べないんですか?」


「え、あ、いや、朝からこんなに食べるのは久しぶりだなあ……!」


「よく食べておけよ。学校に飛んで行く時に墜落しないようにな」


 なかなか料理に手をつけない悠人に、ヒノは尋ねる。

 悠人はその問いにすぐさま笑顔を作り、錬は自分は関係ないとばかりにヒノに同調した。


 話が切り替わるまでは絶対に目を合わせない、という意思を錬から感じる。

 悠人は潔く諦めを付け、端から順に料理を消化していく事を決めた。

 

 そして、悠人は話を切り替える。


「でも、墜落って事はやっぱり飛んで行くんだね。魔法学校まで結構遠いもんね」


「何せ千葉の方だからな。ここから歩けば丸一日以上かかる。『雲列車』を使うという手もあったが、飛んで行った方が良いだろう」


「雲列車はダメなの?」


「雲列車は人が多過ぎる。そこに重なって遅延でもしたら今日ばかりはアウトだ」


「最も信頼できるのは自分の魔法による飛行ですからね」


 悠人の疑問に錬が答え、それにヒノが同意する。


 現代の移動手段は大きく分けて二つある。


 一つ目は、自分で空を飛んで行くこと。

 飛行が可能な魔法を所持している者は、それを利用することで宙を移動することが出来る。

 人通りの多い区域以外は飛行経路も定められておらず、ペースや高度をある程度自由に選択し、目的地に向かうことができるのだ。

 

 それに対して、自由度は落ちるものの、安全かつ効率的に目的地に向かうことができるのが、二つ目の公共交通機関の利用である。

 

 現在の公共交通機関は魔法を組み込むことで格段に性能が向上しており、空を飛び、雲の上を走る列車、『雲列車』や、海中を進む『波バス』などがその例として挙げられる。

 加えて、これらの交通機関は誰でも利用することができ、常に学生や社会人で混み合っている。


 以上の事から今回は、遅刻という最大のミスを避けるため、人で混み合う可能性の高い公共交通機関の利用は避け、自由度の高い飛行を選んだのだ。


「しかし、何で行くにしても人は多いでしょうね。今日は都市部で魔法学校の入学式を祝うイベントがありますから」


「確か、新宿と渋谷の辺りだっけ?」


「はい。悠人や錬さんのスピードなら通るのは一瞬でしょうが、あの辺りには商店街もありますし、イベント会場付近はどの高さにも人が溢れている筈です。もしかしたら交通整理に引っ掛かるかもしれません」


「交通整理かあ。それじゃあ、そこだけ通らないように回って行こうかな」


「待て、悠人。前にも同じような事を言って結局迷子になった事を忘れたのか?」


 悠人の発言に静止が入る。


「そう言えば、そんな事も……」


「とは言え、交通整理で渋滞に巻き込まれれば遅刻どころじゃないだろう。だからこれを使え」


 錬は食器の空いた机の上に薄緑色の球を置いた。


「? 何これ?」


「何? まさか『ガイダー』を知らないのか?」


「ガイダー?」


 驚いた様子の錬に、悠人は首を傾げた。

 すると、ヒノが横から説明を挟む。


「それは目的地までの道案内をしてくれる魔道具です、悠人。渋滞や事故などをリアルタイムで観測し、案内してくれるので、今日のような日に非常に便利な代物です」


「空には何の指標もないだろう? お前はいつも感覚で方向を定めているが、今回はかなり距離がある。風の影響もある中、まず真っ直ぐには飛べない筈だ」 


「確かに……行き慣れた場所でもないもんね」


「ああ。仮に迷子にでもなれば、自分で飛んで行くことを選んだ意味が無い。ガイダーには魔力を込めた後、目の前に投げて『星源学園(せいげんがくえん)魔法学校まで』と言え。お前の飛ぶスピードに合わせて誘導してくれる」


 そう言って、錬は立ち上がった。


「あれ、錬は一緒に行かないの?」


「ああ。お前はまだ食べ終わりそうにないしな。ヒノさん、ご馳走様でした」


「お粗末さまでした。随分と早く出られるんですね」


「はい。大事な用事がある時は道中に何があっても良いように、あらかじめ早く向かうタチなので。悠人の付き添いはガイダーに任せます」


 ヒノに向かって頭を下げると、錬は最後に悠人の方を向く。


「後でな、悠人。」


「うん! 魔法学校で」


 それだけ言うと、錬はリビングを後にした。

 残された悠人とヒノは、引き続き朝食を口に運ぶ。


「僕も早く食べて、魔法学校に行かないと……!」


「喉には詰まらせないようにして下さいね」


 しかし、並べられた朝食の半分の量をようやく食べ終え、悠人は気まずそうに口を開いた。


「でも、やっぱり作り過ぎたんじゃない……? ヒノ」


「……そうですね」


ーーーーーーー


 錬が先に出てから程なくして。

 大量の朝食をどうにか胃袋に収め終えた悠人は、魔法学校に向けて出発すべく、ヒノと共に玄関の外に出た。


「うっ、気を抜いたら迫り上がって来る……!」


 外の空気が刺激になり、胃から朝食が顔を出そうとする。

 押し寄せてくる波を漏らすまいと、悠人は口に手をやった。


「大丈夫ですか、悠人? 少し休んでから行っても……」


 心配そうに寄り添うヒノ。

 ヒノは既に消化を終えたようで、同じ量を食べたとは思えない程平然としている。

 精霊は食べた物を魔素に分解するため、様々な工程を踏んで消化を行う人間とは効率から違う。

 

「大丈夫……多分魔力を使えば楽になると思う。それに、せっかく沢山食べたから、またお腹空かない内に行かないと!」


 そんなヒノに、汗が滲む笑顔で答える。 

 胃の状況はあまり良くないが、ヒノが作ってくれた料理を無駄にする訳にはいかない。


 悠人は視線を空に移した。

 

 今朝はよく晴れている。

 雲が丁度良い具合に散らばり、風が春の匂いを運んで来る。

 まさしく絶好の飛行日和と言えるだろう。


 そんな天気の日に空を飛ぶ者がいない筈もなく、水流に乗る者、風を操る者、翼を羽ばたかせる者など、視線の先で多くの人がそれぞれの方法で大空を移動している。


 特に低い空域は相当人が密集している。

 お互いにある程度距離は取っているものの、それでもどこか窮屈そうだ。


「これも魔法学校の入学式の影響なのかな」


「そうでしょうね。去年はここまで混んでいなかったと思いますが、何にせよ関係はしている筈です」


 明らかに普段より多い人通りに、魔法学校の入学式との関連性を考える。

 実際、魔法学校の入学式という一大イベントに勝る催しが、同じ日に他にあるとは考え難い。

 

「どうやら、一足先に出て行かれた錬さんの判断は正しかったみたいですね」


「そうだね。それも含めて、これをくれたんだろうけど」


 悠人は制服のポケットから、薄緑色の球体、ガイダーを取り出した。

 それは、友人の錬が魔法学校へと向かう前に悠人に渡した、道案内をしてくれる魔道具である。


「錬さんは気が利く方です。ガイダーには人混みを避ける機能が付いていますから、これだけ人がいたとしても問題無く魔法学校まで導いてくれます。あとは使い方ですが、」


「確か、魔力を込めてから投げて、目的地を言えば良いんだよね?」


 説明書も何も渡されていないが、記憶の中の錬の言葉を思い出し、ゴルフボールくらいの小さな球に魔力を込める。


 そうしていると、ガイダーが小刻みに震え、淡く光り出した。

 魔力が充分に蓄積されたのだろう。


 悠人はそれを確認し、ガイダーを山なりに放る。

 宙に弧を描くガイダーは上昇を終え、落下に入ると同時に煙のようなものを吐き出した。


 姿をくらましたのは一瞬。

 すぐに煙から抜け出し、地面に敷かれたレンガの上でピタッと静止した。


 しかしーー、


「え?」

 

 目の前に着地したそれを見て、悠人は自分の目を疑った。


 それは猫だった。

 本物のように体毛などは生えておらず、猫のシルエットをそのまま切り抜いたかのような、デフォルメされたフォルム。

 そして、ベタ塗りされた薄い緑。


 もし色まで変わっていれば、目の前の猫の正体が何であるか、すぐには分からなかっただろう。


「あのまま案内してくれる訳じゃないんだ……!」


 球形だった姿を思い出し、てっきりあの状態のまま誘導してくれるものだと思っていた自分の認識を改める。

 視線の先の薄緑色の猫、ガイダーはそんな悠人の驚きには一切反応せず、指示を待つようにただじっと見つめ返して来る。


「ガイダーは猫や鳥、犬や蛇など、様々な動物の外見をモチーフに作られています。錬さんが下さったのは『猫型』のようですね」


 ヒノは悠人の肩越しに姿を変えたガイダーを観察する。


「一応確認なんだけど、猫のガイダーって、空は飛べるの?」


「安心して下さい。『猫型』でも空は飛べますよ。正確には、空を駆ける、と言った方が良いのかもしれませんが」


 機能に大きな差はありません、と。

 悠人はそれを聞き、腰を曲げ、ガイダーと視線の高さを合わせる。


「じゃあ、星源学園魔法学校までお願いしても良いかな」


 そう告げると、ガイダーは微動だにさせなかった体を動かした。

 腰を持ち上げ、まるで見えない足場があるかのように地面から跳び上がり、空中にふわりと浮き上がる。


 向かう先は天空。

 ガイダーは着いて来いとでも言うかのように首だけ回し、悠人を振り返る。

 

「さて、あとはガイダーに着いて行くだけです。忘れ物はありませんか?」


「うん! 携帯も生徒証も、持ち物は全部昨日の内に確認しておいたからね」


 そう言って、悠人は肩に掛けたバッグを見せる。

 ヒノはそれを見て、そうでしたね、と微笑む。


「では、道中お気を付けて! 入学式の様子はテレビで見守らせて頂きます」


「ありがとう! 行って来る!」


「はい、行ってらっしゃいませ!」


 満面の笑みを残し、手を振るヒノに背を向ける。


 『魔力強化』


 身体中の魔力を脚に集中させる。

 ガイダーはその意図を察したのか、青空に向かって駆け出した。


 そんなガイダーに続き、悠人は地面を蹴り飛ばす。

 強化された脚によって生み出される驚異的な跳躍力が、悠人の体を一気に上空へと運ぶ。


 『炎魔法 火炎の翼』


 舞い上がった空中で、魔法を発動する。

 

 魔力が昂ると同時に、背中に炎が宿る。

 それは形を変え、悠人の肩幅を優に超す翼に成る。

 

「よし、行こう!」


 紅に変わる軌道。

 飛行の準備を整えた悠人は、目の前を進むガイダーと共に魔法学校へ翼を羽ばたかせた。

時系列が変わるので、主要な登場人物が一気に変わります。

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