一話「触発されて」
2021.06.24
二章更新開始です!
一章の感覚を考えて、三日に一本更新していきます!
よろしくです!
「__だあああぁぁぁ、もおぉぉぉっ! なんなのよこれェ!」
ストレスが限界を迎えた少女の絶叫が、鬱蒼とした森の中を木霊する。
今の今まで、霧が立ちこめる森の中を駆け回っていた第三小隊だが、ついに痺れを切らした杏果がキレたのだ。
地団駄を踏む杏果の背後では、共に森の中を駆け回っていた響弥が苦笑を浮かべている。
「んな叫んだってしょーがねーだろ? ここは落ち着こうぜ」
「落ち着いて! いられるかってのよ! もう何時間経ってると思ってんのッ!?」
何とか響弥が宥めようとするが、杏果の腹の虫は収まる事を知らない。
それでもなお、暫く進行を止めていると、霧の中から静音が現れた。
その表情はあまり明るくない。
「……どうだったって、改めて聞くまでもなさそうね?」
「まあ、これはちょっと厳しい状況だね」
難しい顔で腕を組みながら、唸るように返す静音。
彼女は先程から、繰り返し偵察に出歩いていた。
だが、普段と違いあまり遠くまでは動けないでいた。
それもそのはずで、この濃霧の中ではすぐに二人とはぐれかねないからだ。
静音一人になるのは戦力的に問題だが、杏果と響弥二人でも、索敵能力はそこまで高くない。つまり、はぐれた時点で三人は詰みだ。
無論、静音の偵察能力は決して低くなく、自他共に認めるくらいには優秀だ。
本来なら、濃霧如きで苦しめられることは無いのだが。
「……森を覆い尽くすほどの霧の結界、ねぇ」
「とんでもない規模だよ。この前の事があったばかりでこれだから、ちょっと考えちゃうよね」
「だよなぁ……」
そう、この濃霧は高度な結界なのだ。
範囲が広いだけならまだしも、入った者を閉じ込め、迷わせ、挙句魔力感知まで鈍らせる。
そのせいで、距離が空くと感知範囲から外れてはぐれる可能性が高まり、自由に動けない。
せめて助けを呼びたいところだが、通信妨害までかけられている。
高度、とは言ったが、あまりに効力が多種に及び、尚且つ強い。
確かに、嫌な予感が脳裏を過る展開だ。
まだ先日の、上級クラスの吸血鬼との戦いから、一ヶ月も空いていないと言うのに。
「……まあ、通信妨害は予想されてたことだしな。異変に気づけば、すぐ助け寄越してくれんだろ」
「それが不味いんでしょうが……」
流石に落ち着いてきたのか、或いは状況の悪さに気落ちしているだけか、杏果が嘆息混じりにそう言う。
任務で聞かされたのは、霧の立ちこめる森の調査。
もしかしたら結界の可能性があるから、通信妨害の可能性を考慮して定期的に連絡を入れること、と言われていた。
具体的には一時間周期くらいで、という話になっていたので、もう三時間以上が経過した今、恐らく異変には気がついているだろう。
だが、こんなに強力な結界だとは恐らく知らないだろう。
となれば、救援に出向してくる魔術師の実力が足りない可能性がある。
救援に来たはずの魔術師がかえって足手纏いになるなど、冗談ではない。
「出来れば高位序列の先輩か、自警団の人達が来て欲しい所なんだけど……」
「それが出来りゃー、そもそも俺たち学園生にこの任務が振られてたりはしねーだろ」
「そうよねぇ……」
意外にも聡明な響弥のツッコミに、杏果はますます肩を落とす。
とはいえ、このまま突っ立っていてもしょうがない。長丁場となるのであれば、拠点が必要だ。
面倒な事になった、と第三小隊の三人は現状を嘆きながらも、拠点に出来そうな場所を慎重に探し歩くのだった。
無造作に振り下ろされる斬撃は、正確な薙ぎ払いによって弾かれて大きく体勢を崩す。
その隙を見て、リンが声を上げた。
「将真くん! 交代!」
「おうっ!」
リンの横を駆け抜けて、将真が小さな渦を纏わせた棒を突き出す。
その一撃は、容易く相手の体を貫き、血飛沫が散る。
将真の棒には、ヒビ一つ入らない。
目に見えて、上達した証拠だった。
相変わらず、剣の形にはならないが。
「二人とも、伏せるッスよ!」
背後から莉緒の声が掛かり、指示通りに二人は屈んで姿勢を低く保つ。
莉緒の方に視線を送ると、幾つかの炎の矢を形成しているのが確認できた。
「森の中ッスからねー、威力控えめで……、〈フレイムアロー〉連射!」
省略された詠唱の後、二人の頭上を火矢が飛んでいき、異形の群れ__いわゆる、コボルドと呼ばれる者たちに突き刺さり、断末魔を上げさせた。
それでも、まだ倒す事は出来ない。
尤も、怯ませることが目的だったので、今回はこれで十分だった。
「喰らえッ!」
「せい__ッ!」
距離を詰め、将真が叩き伏せ、リンが貫いて、コボルドたちを瞬く間に倒していく。
残されたコボルドたちは、やられた仲間たちの様子を見て後退り、遂には逃げ始める。
だが、逃がす訳には行かない。
今回の任務は、コボルドの討伐だ。
「将真さん__!」
「了解! ……悪く思うなよ」
一言だけそう呟くと、将真は両手で棒をしっかり握り、意識を集中させる。
棒が纏う黒い渦が、その勢いを増す。
荒れ狂う魔力に将真は顔を顰めるも、暴走させることは無い。
そして構えたまま、慎重に歩みを進めてその一撃を振り下ろした。
「__〈黒嵐〉!」
莉緒と響弥によって名付けられた、将真の一撃。
それは、炸裂の瞬間に竜巻の如き荒れ狂う魔力が撒き散らされる、広範囲に影響を齎す技だ。
あれだけ暴走し、彼の腕を容易く焼け爛れさせていたこの技は、時間をかけて制御が及ぶものになっていた。
それだけでなく、威力を抑えてさえいれば、常時武器に纏わせておけるくらいの制御能力も身についた。
非常に大きな進歩である。
とはいえ、決め手として高威力で放つには、中々の集中力を要求するのだが。
距離をとっていた為に直撃こそしなかったが、それでもあの魔力の奔流はそれだけでコボルドたちを容易く蹴散らした。
これでも、直撃させられなかった個体は倒せはしないが、もう動く事もままならないようだ。
ここからはゆっくりと片付けていけばいい。
「……ふぅっ」
「ふふっ、将真くんお疲れ様」
「任務完了ッスね」
ため息をつく将真に労いの言葉をかけるリン。
そんな二人の元に、少し離れていた莉緒が駆け寄ってきて、三人は互いの健闘を称えて手を叩き合わせた。
「いやー、将真さんだいぶ良くなったッスね! 威力を抑えれば常時使えるくらいにはなりましたし!」
「そうだな。慣れればだいぶ使い勝手が良くて戦いやすいよ。リンと莉緒と、響弥たちのお陰だ」
吸血鬼との予期せぬ邂逅から、既に三週間以上の時が経ち、その間に将真は仲間たちに稽古をつけて貰っていたのだ。
その甲斐あって、今では気を抜かなければ、暴走させて自傷ダメージを負い、心配や迷惑をかけるという事は殆ど無くなっていた。
その際に練習台に使われる魔物や魔獣、低位魔族には罪悪感を感じないでもないが、そもそも討伐任務が出るのはその対象が危険だからだ。
或いは、現状は脅威ではなく緊急性はなくとも、放置しておくことで問題を発生させることもあるため、都合が良かったのだ。
(今更だけど、死んだら地獄行きになりそうだな……)
まあ、そんな事さえ考えなければ、外での戦いにはかなり慣れてきたのだが。
「……あんなもの見せられたからな。どうしても早く強くならなきゃって、思うんだよな」
「焦る事は無いんスけどねぇ」
「気持ちはすごくわかるけどねー」
そう言って、三人が思い出すのは、吸血鬼との遭遇で入院し、怪我もほぼ治って退院出来るとなった日の事だ。
報告を受けた翌日、怪我もほぼ治ってきた将真たちは、予定通り退院出来るということでその準備をしていた。
そんな様子を見に来た柚葉の元に突然、緊急を要する連絡が入る。
『__柚葉、今大丈夫!?』
「あら、あなたがそんなに慌てるなんて珍しい。……何事かしら?」
連絡を寄越してきた人物。
その声は女性のもので、どうやら柚葉と顔見知りの相手のようだった。
柚葉を呼び捨てにするという事は、友人なのかもしれない。
そんな事を、将真たちは呑気に考えながら話を聞いていたのだが。
『吸血鬼の襲撃だよ! 数は三体だけど、多分上級で血装も使えるレベルだと思う!』
「なぁっ!?」
訝しげな表情を浮かべていた柚葉が、予想外の報告で思わず声を上げる。
驚いたのは将真たちも同じだった。
なにせ襲撃に来たのは、先日総戦力で当たって、手を抜かれた上でようやく倒せたくらいの強さの吸血鬼が三体。
十分すぎる脅威だった。
更にタイミングを考えると、この前の戦いと無縁だとは思えない。
『自警団でも今、動けそうな人員を呼び出すなり準備するなりで直ぐには動けないんだけど、生徒で動かせそうな子とかいないの?』
「……そう、ね。悪いけど、ちょっといないわね」
襲撃の情報に驚いていたはずの柚葉は、いつの間にか別の画面を表示してそれをひたすらスクロールしていた。
おそらく、生徒の名簿だろう。
生徒たちの状況を確認し、戦力的に十分かつ今すぐ動ける小隊を探していたのだ。
幾ら前哨戦でキングオークと戦って疲労があったとはいえ、将真たちの中隊ですら一体の吸血鬼相手に満身創痍にさせられたのだ。
下手な実力では何人で組んだところで、無惨な死体の山ができるだけだろう。
とはいえ、自警団員ならば誰でも出撃出来る訳では無い。
任務で都市の外に出ていれば呼び戻すことも難しく、例え都市に残っていたとしても、実力が足りなければ戦力として換算しにくい。
それでも時間稼ぎくらいなら可能だろうが。
経験値は学園生よりあっても、実力は足りない自警団員も実は少なくない。
まして、近年学園生の質が高水準である為、余計にその傾向が顕著になっていた。
「……いざとなれば、私が出るけど」
『そうしてくれるならありがたいけど……』
だが、そんな柚葉の提案に横槍を入れるかのように、新たに通信が入る。
その相手は__
『__学園長、おはよーございます』
「……名草さん?」
〈百期生第二小隊〉のメンバーの一人、美緒に近い、おっとりとした雰囲気の少女。
その名前を名草真那と言った。
将真たちも、その名前は知っていたので顔を見合わせる。
何せ彼女は、学年序列七位という好成績を残しているのだから。
そんな彼女が、こんな時に一体なんの用だろうか。
「どうしたのかしら。今ちょっと大変だから、手短にお願いね」
『……それってもしかして、吸血鬼?』
「……なんでそれを?」
『任務帰りだったんですけど、目の前で結界壊そうと暴れてますし』
「現場にいるの!?」
思わず声を上げる柚葉だったが、それは彼女の身を案じるより、むしろ好都合と言うようなものを含んでいる。
「ねぇ、ちょっといいかしら」
『私もそのつもりで通信飛ばしました。……私たちでやっても大丈夫?』
「……えぇ。むしろ願ったり叶ったりだわ」
『了解です』
柚葉の方から要請しようと思っていたのだが、真那から先に提案される。
その提案を飲むと、真那はすぐに通信を切った。
そして柚葉は、そのまま繋げてあったもう一つの画面の方に声をかける。
「そういう事だから、あなた達もいざと言う時に備えればそれでいいわ」
『……そう。分かったわ、ありがとう』
それだけ告げると、自警団員と思われる通話相手も通信を切る。
柚葉も画面を消し、将真たちの方に目を向ける。
「……なにその顔」
「……いや、俺たちが言うことじゃないけどさ」
「名草さんたち、大丈夫かなって……」
その場にいた、柚葉以外の全員が将真とリンと、同じ思いだった。
確かに第二小隊は優秀だと聞いているが、流石に上級吸血鬼を三体も相手にするには戦力不足ではないかと。
だが、柚葉は心配無用だとばかりに首を横に振る。
「第二小隊は一年の中で、一番安定した実績と実力のあるチームよ。まあ全員が十席なのだから当然かもしれないけれど」
「いや、でも上級吸血鬼だぞ? しかも血装とかいう能力があるんだろ? 莉緒や杏果ですら、あんだけ手こずったのに……」
「……そうね」
将真の言葉に柚葉は頷く。
だが、それは納得した訳ではなかった。
柚葉は、何処かに通信を入れると一言だけ相手に要請した。
「映像を繋げて頂戴」
暫くすると、柚葉の画面に外の様子らしき物が映し出された映像が届く。
それを、九人に見せるように拡大して。
「__じゃあ、一回見てみるといいわ」
第二小隊は、たった一ヶ月で上級生にすら知れ渡るほど優秀な成績を誇るチームだ。
受注する任務は、大体が難易度Bランクオーバーで、場合によっては数日間に渡るものもこなしている。
正直、上級生にも彼らほど動ける小隊はひと握りだ。
そのメンバーは、柚葉が言うように全員が一年の十席に入っている実力者であり、将真でも知っているのは必然だった。
序列十位、黒霧紅麗。
十席戦で棄権し不戦勝となったから、莉緒は他人よりは彼女を知っていた。
序列に興味がなく、主席である遥樹とは戦うことを避けるために、上位十名に入ると戦おうとしない。
その為、明確な実力は不明だ。
将真は彼女の戦いぶりを目にするのは初めてだったが、その強さはやはり学園生とは思えないほど尋常ではない。
特に驚いたのは、吸血鬼と同様の能力、血装を扱えるという事だった。
それも、将真たちが戦った吸血鬼よりも血装の扱いが上手いように見える。
尤も、手を抜かれていたものだから、明確な事はわからないが。
柚葉の話では、あまり大っぴらには出来ないが、どうやら吸血鬼との混血という事らしい。
襲撃に来た吸血鬼よりは実力が上のようで、伸縮自在の細剣で薙ぐように切り刻んでいく。
吸血鬼の高い再生力すら間に合わないほどの、息つく間もない連続攻撃で。
序列七位、名草真那。
先程、柚葉に一報を入れてきた、おっとりとした少女。
実は彼女こそが、佳奈恵や静音と同じ、一年生で三人目の多属性の魔術師だ。
彼女が扱う魔道具は、小柄な彼女の体を隠せそうなくらいに巨大な銃器だ。それも、両手にそれぞれ一つずつ、二丁構えている。
余りに大きいそれは頑丈で重く、盾としても、そして鈍器としても使えるほど。
序列戦で戦った杏果は知っていたが、その銃器以外の目的でも使える魔道具を持って、近接戦闘まで可能という万能型な彼女。
だが、本来の戦法はやはりと言うべきか、魔力を込めた特殊な弾丸を装填し打ち出すという、魔道具を本来の用途である銃器として扱うものだ。
流石に全属性に適性があるだけあって、打ち出される銃弾の属性は多様に渡る。
血装すら吹き飛ばしかねない衝撃を与えながら、彼女は吸血鬼に近づくことを許さない。
そして、第二小隊のリーダー。
学園生は勿論、自警団員ですら、場合によっては一般人さえも知る少年。
序列一位、風間遥樹。
柚葉の秘書である楓の実家、〈美空家〉と同じ〈四大名家〉の一つ、〈風間家〉の次期当主。
将真同様、剣を振るい戦う魔術師のようだが、その練度が違うのは戦いぶりを見れば一目瞭然だ。
吸血鬼も猛攻を仕掛けるが、その尽くが防がれ、または回避され、かすり傷一つ与えられない。
信じられない光景に将真は目を見開くが、驚くのはまだ早い。
吸血鬼はダメージを与えられないのに対して、遥樹のカウンターは吸血鬼を正確に斬りつけていく。そうして吸血鬼の体に刻まれた傷は、出血もしないが再生すらしない。
ただ、焼けたように傷口から煙がたっていた。
「……あれは?」
「彼は〈聖人〉と呼ばれる体質を有しているのよ。聖人ってのは、魔人の対みたいな存在でね」
魔属性同様、まだ分からない事が多い〈聖属性〉なる属性。
魔人に比べれば多少数はいる聖人だが、それでも少なく、特殊事例であることに変わりはない。
ただ、今ハッキリとわかるのは、吸血鬼にとっては相性最悪の属性であるということだ。
真那の銃撃の通りがいい時は、遥樹の魔力を込められた弾丸を使用しているから、という事だった。
圧倒的で一方的な光景を見せられ数分後。
第二小隊はたった三人で、上級クラスの吸血鬼を三体、難なく撃退した。
あくまで相手が吸血鬼だからここまで圧倒出来ただけで、そうでなければ、ああも容易く片付く事は無かったそうだ。
だが、個人の実力だけならそこまで差のない莉緒たちですら、実力差を強く感じた。
その要因は、小隊としての練度だ。
コボルドたちの魔石を回収し、一段落ついたところで将真は体を大きく伸ばす。
「くあぁ〜……、と。これで全部片付いたか?」
「そうだね」
「二人もだいぶ、手慣れてきたッスねぇ」
莉緒の言葉に、将真とリンは顔を見合わせて苦笑する。
相手が人類の敵であっても、命を奪うというその行為に慣れたとは、まだ思えない。
まして今回のような、人間に近い魔族を相手にする場合は抵抗がある。
「……コボルドから取れる素材って、魔石くらいしかないのか」
「まあ魔族全般に言える事ッスけどねぇ」
「魔物とか魔獣のに比べると、結構いいものみたいだけどね」
それでも、リンも嘔吐く事はなくなったし、将真も胸中に重いものを抱えずに済むようになっていた。
初めて外での討伐任務に望んだ時に比べれば、確かに多少、慣れては来ている。
それが良い事かと言われると、素直に頷く事は出来ないが。
「じゃあ、帰るッスかねー」
「うん」
「そうだな」
今日の任務を終えて、第一小隊は足早に〈日本都市〉へと帰還した。