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終末のレジスタ  作者: 甘味の僕
一章 編入生の未熟な魔術師
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十四話「不幸な遭遇」

 目下の光景を、将真は目を見開いた状態で見つめていた。


「……こんな上手くいくか?」


 作戦通り、莉緒の先行と同時に一同は進軍を開始したのだが、前を杏果と響弥が先導した。その理由は、それが一番速くなるから、だそうだ。

 実際、二人の地属性の魔術によって、オークたちは蹴散らされ、更には道まで作られたのだから、ほぼ戦わずして目的地までたどり着いた。

 正直、作戦以上で驚いたのは将真だけではない。


 そしてその後は予定通り。

 先んじてハイオークを一体始末した莉緒が、できるだけ高所を跳び回ってキングオークたちの意識を自身にのみ向けさせる。

 高い戦闘力を有する四人は、即座にハイオークの討伐を実行に移す。

 その間に将真たちも、二年生徒が囚われていると思わしき洞窟へ潜り込み、その姿を確認。ぐったりとする彼らを急いで担いで連れ出す。

 ある程度回復したらしき佳奈恵も、人一人抱えて連れ出せるだけの腕力がある事に、将真は驚きを覚えた。


 洞窟から飛び出せば、既にハイオークは倒されていて、寄ってくるオークたちを莉緒と美緒以外の面子が迎撃していた。

 将真たちが駆け寄ると一同は美緒を置いて集まり、再び杏果と響弥の魔術で、今度は数十メートルの高さまで足場が隆起する。

 これは、美緒の攻撃に巻き込まれない為なのだそうだ。


 そして。


「〈神気霊装〉第二解放」


 唱える美緒の装いが、少しながら変化する。

 長い丈の綺麗な青い和装を一枚、上に羽織っただけという、莉緒のそれにも近しい状態ではあるが、勿論これも、実態化した魔力の塊だ。

 そして、その彼女から放たれる一撃は。


「__全て凍てつけ。神技〈絶対零度アブソリュートゼロ全開バースト〉」


 一面を、幻想的な氷の世界へと変貌させたのだ。




「……尋常じゃねーだろ」

「す、凄い……」


 呆然と呟く将真。リンですら、同じように驚きを露わにするほどだ。

 単騎の戦闘力だけならなるほど、杏果や響弥も美緒に劣っているとは思わないが、これは魔術のレベルが違いすぎた。

 これなら、ハイオークですら倒せているのではないだろうか。

 残ったキングオークですら、決して小さくないダメージを負っているのだから。


 だが、元より無茶をする、という発言をしていた美緒だ。これだけの魔法を代償無しで使えるはずもなく、その場で膝から崩れる。

 それを確認した莉緒が、急いで足場から飛び出すが、その寸前杏果に言い残す。


「__ちょっと美緒を拾い上げてくるんで、交代で頼むッスよ」

「……なるほど、いいわよ」


 その返事は、莉緒には聞こえていなかっただろうが。

 一瞬で地面に降り立つ莉緒。その目の前にはキングオークが立っている。

 表情は分かりにくいが、皺がより、歪んだ目元から、苛立たしげなように思える。


(まあ、関係ないッスね)


 この後、直ぐに終わる事になるであろうキングオークに、僅かながら同情を覚えた莉緒は、美緒を抱え上げて即座に足場へかけ上る。


「____ッ!」


 その様子を見たキングオークが、怒りに震えるかのように雄叫びをあげるが、それも長くは続かない。

 莉緒が上るのと同時に、入れ替わるように飛び降りる人影__杏果だ。

 彼女は、手に持つ戦斧を大きく振りかぶる。

 その姿は隙だらけのようにも思えるが、戦斧が数段膨張したのを見たキングオークは、動揺したように硬直した。


「く・た・ば・れぇ__ッ!」


 物騒な叫び声と共に、凶悪な破壊力を持つ戦斧が振り下ろされる。

 その一撃はキングオークの皮膚に食い込み、一瞬弾かれるかと思われたが、そのまま肉を食い破り、骨を断ち切り、五メートルを軽く超える巨体を一刀両断した。

 その巨体が真っ二つに割れて倒れ、地面を揺るがす。杏果の一撃はそれだけに留まらず、幻想的な氷の世界に大きなヒビを産んでいた。


「……ば、化物かよ」

「将真くん、流石にその言い方は……」


 思わず口からこぼれた感想を、リンは窘めるが否定はしなかった。

 それだけ、とんでもない光景を立て続けに見せられ、改めて、何度も思うのだ。


 __レベルが違いすぎる。




 足場を降りて、一同は疲れたようにため息をつく。


「いやー、流石にちょっと疲れたッスねぇ」

「そうね。特に莉緒と美緒、あと佳奈恵はかなり頑張ってくれたもの。余計疲れてるでしょ」

「そういう杏果さんも、疲れてないッスか?」

「私はトドメ刺しただけじゃん」


 杏果が言うように、一番疲れているのはその三人だろう。

 どうなる事か、不安も少なからずあった訳だが、蓋を開けてみれば随分あっけなく任務は完遂。後は油断せず〈日本都市〉まで帰るだけだ。


 だが、将真には一つ、ずっと頭の中に引っかかっていることがあった。


「……なあ、一つ聞いていいか?」

「何よ今更。何かある訳?」

「……確か、外の空気って魔術師にも危険なんだよな?」


 外の空気は高濃度の魔力に汚染されている。その為、魔術師ですら対策もなく生身で居座れば、命に関わるとすら言われていたはずだ。

 将真の問いに対し、一同は顔を見合わせる。

 その表情は「何当たり前の事言ってんだコイツ」という感情を含んでいるような気がする。


 勿論、それは将真も理解している。

 では、これはどういうことかと、将真が目を向けたのは人質にされていた生徒たち。

 拘束されているその体は、とても身動きが取れるような状態ではない。


 その状態で三日。

 薬の効果は一錠で一日の効果だと言われている。身動きが取れないまま、薬も飲まずに三日も生きていられるとは到底思えないのだ。

 だが、確かに彼らは生きている。ならば、彼らを延命させた存在がいるはずだ。

 そこまで自分の意見を纏めながら、最後に将真は言う。


「……オークって、そんな賢いか?」


 そんな将真の疑問に、初めはキョトンとしたような顔をする一同は、その意味を理解すると戦慄に表情が固まっていく。

 将真は、本で読み知ったオークにしても、この世界のオークにしても、そこまで賢いとは思えなかったのだ。

 魔術師が、その薬を飲まなければ外では簡単に死んでしまう。それを理解して、人質にしている間に薬を飲ませた。

 そんな事が、オークに出来るだろうか。


 将真は、第三者の存在を感じていた。

 それは彼らが知る由もないが奇しくも、柚葉や楓の予想と同じだった。

 尤も、将真に相手の正体まで察しろと言うのは無理があるが、それでも状況的にオークの協力者みたいな存在がいることを、薄々感じているのだ。

 そして将真でなければ、その正体に心当たりのあるのも当然だった。


「……魔術師をよく知っていて、更にキングオークを唆す事さえ可能な相手?」

「ううん、それならむしろ……」

「スタンピードが、キングオークの発生が人為的なものである可能性もある……ッスね」


 元々、〈裏世界〉は魔物が発生しやすく、それ故にスタンピードが起きやすくはあるのだが、それがここ数年で増えている、という噂がある。

 もしそれが本当で、そして人為的に発生させられるものなのだとしたらなるほど、件数が増えるわけだ。

 だが、それが意味することはつまり。


「まさか高位魔族が絡んでるってのか?」


 あまり賢くなさそうな響弥ですら、その可能性に思い至る。

 少なくとも、莉緒や静音が反応しない辺り、すぐそばにいるとは思えないが、即座にこの場を離れる必要がある。

 美緒が放った攻撃は、余りに目立ちすぎる。いずれ氷が溶けようとも、それは今すぐではないだろう。

 そして莉緒には確信があった。

 高い知性と好奇心。高位魔族の中では圧倒的な遭遇率を誇り、各地で精力的に活動をしている、その正体。


(……高位魔族が絡んでるなら間違いない。吸血鬼ッスね)


 それも恐らく、上級グレーター以上の吸血鬼だ。

 吸血鬼に限った話ではないが、高位魔族の中でも更に強い魔族は種族的な特殊能力に目覚めている可能性がある。

 吸血鬼がそれに目覚めるのは上級からだ。上級なら必ず目覚めるという訳では無いが、その上の超級アークなら確実に目覚めている。

 問題は、同じ上級でも特殊能力に目覚めているか否かで大きく戦闘能力が変わってくる。


 改めて現状を確認する。

 美緒は戦える程回復していない。

 佳奈恵もそうだが、彼女ではそもそも上級吸血鬼を相手取れる実力はない。静音も上級を相手にするには力不足。将真は言うまでもない。

 リンや猛でもまだ足りず、現状は莉緒と杏果、そして響弥ならば、頑張れば上級相手でも単独で行ける。

 だが、特殊能力に目覚めていれば、この面子でも攻撃が通るかすら怪しい。


 上級以上である事は確実。その上で、相手が特殊能力に目覚めていない可能性を考えてみる。

 そして莉緒は決断を下す。


「……今すぐ退きましょう。現状で戦うのは愚作ッス」

「そうね。任務も達成したし、これ以上無理に戦うことは無いもの」


 戦うにしてもこのままではいけない。援軍が必要だ。

 一同はすぐさま撤退行動に移ろうとする。


「__あれっ、キングオークやられちゃってんじゃーん」


 呑気な声が響いたのは、撤退を開始する直前。杏果のすぐ後ろからだった。


「__っ!?」


 驚いた杏果は咄嗟に振り向き、攻撃の意志を見せる。だがそれは、振り向くと同時に彼女の顔面に放たれた裏拳で阻止され、勢いよく吹き飛ばされた杏果が沈黙する。

 骨が砕ける嫌な音が、将真たちの耳にも届いていた。

 声の正体は、若い男のものだった。

 人間にも見えるその姿。だが、人間でない事は今の腕力と赤い瞳、そして口元から覗く犬歯が証明している。


「吸血鬼……!」

「以下にも。付け加えるなら、上級グレーターだとも」


 大きく両腕を広げ、殊更にその存在を主張する吸血鬼に、一同は旋律を隠せない。


(どうする!? 杏果さんは奇襲の一撃で戦闘不能。上級にしてもかなり強い。嫌な予感がするッスね……)


「人質を取れば、他の魔術師が来るとは思っていたけど。君ら学生じゃないか。それでキングオーク率いるスタンピードを潰すなんて、中々やるじゃないか。楽しめそうだよ」


 やはり、二年の小隊を敢えて生かしたのは彼の吸血鬼のようだ。

 任務前にこの可能性に気づけなかった事が、酷く悔やまれる。

 せめて、吸血鬼に有効打を与えられる者がいれば良かったのだが、そんな相性がいい者は少ないのが実情だ。


 事ここに至れば、もはや逃げ道はない。

 莉緒は覚悟を決め、短刀を生成し腰を低く落とす。


「……響弥さん、可能な範囲で合わせて欲しいッス」

「……おうよ、やってやるぜ」


 響弥の顔には、憤りの感情が浮いている。杏果がやられた事が腹立たしいようだ。

 家族同然の仲間が傷つけられたのだから当然だろう。


「……リンさんと猛さんも、サポートよろしくッス」

「……うん、頑張るよ」

「チッ、仕方ねぇ……」


 リンは吸血鬼の登場に萎縮しているようだが、それでも立ち竦む事はなく、構える。

 猛は響弥同様苛立たしげだ。尤も、響弥とは違ってただこの状況の悪さに悪態をついただけだが。


 莉緒たちの戦意を確認すると、吸血鬼は嬉しそうに口元を釣り上げる。


「いいよ、おいで! 私の退屈しのぎになってくれる事を祈るよ」


 両手を広げ、高笑いするその姿は、あまりに隙だらけだ。

 だが、普通の攻撃ならば後出しでも反応できるだけの反応速度を持つ上級吸血鬼。迂闊な行動は出来なかった。

 そう、後出しでも間に合う、普通の攻撃ならば。


「〈神気霊装〉第二解放……。出来ればこれで、片がつくと有難いんすけどねぇ」

「出来りゃ苦労ねぇぜ。……俺も使っとくか」


 炎を散らしながら、制服の上から和装を身に纏う莉緒。そして響弥も、彼女に同調するように力を解放する。

 黄金の篭手と脛当てが装備され、魔道具である大剣諸共、強烈な雷が弾けている。

 驚くべき事だが、彼は地属性に適性を有する魔術師でありながら、〈神気霊装〉の影響下にある間は風属性の派生である雷属性を扱える、稀有な存在だった。

 何せ、彼の〈神気霊装〉のモデルになっているものがその属性に準ずるものだからだ。


「行くぜぇ、〈雷槌ミョルニル〉!」


 叫びながら、響弥が大剣を地面に叩きつける。

 すると地面がひび割れていき、そこから強烈な雷光が天に昇るように迸る。

 呆気に取られた吸血鬼。その首を目掛けて莉緒が地面を蹴る。


(オーク戦で三輪華は使った。そのまま次に移る!)


 莉緒の神技は、かなり特殊な形にある。

 一度の攻撃で、凄まじい速度と共に一瞬で連撃を加えるその技は、いきなり高威力の段階からの発動は出来ない。体を壊しかねないから。

 故に、段階を徐々に上げていかなければならない。どの段階から開始できるかは遣い手の腕によって変わり、鍛錬によっても変わる。

 今の莉緒は、一、二段階目を飛ばし、三段階目からならば発動できる。それをオーク戦で使い、体はまだ固まってない。


「神技〈日輪舞踏〉__“四輪華”!」

「……おっ?」


 目で追う事すら困難なその速さは、狙い違わず吸血鬼の首元へ。

 そして間抜けな声を上げた吸血鬼の首が、いとも容易く宙を舞った。


「……は?」

「あれ……?」


 その光景に、身構えていた猛とリンが気の抜けたような声を漏らす。

 明らかに脱力した二人を見て、莉緒が声を荒らげた。


「二人とも油断はなしッス!」


 呆気ない最期だと、二人の目にはそう映った。

 確かに、普通の吸血鬼ならこれでお終いだ。だが、そうはならない。

 宙を舞う吸血鬼の首がニタリと笑みを浮かべ、次の瞬間、彼の首から零れ落ちる血液が不自然に動きを止めたかと思うと、響弥やリンたちを目掛けて血の弾丸が飛ばされる。


「うぁっ……!?」

「こんの……!」


 まるで無警戒だったリンと猛が明らかに動揺する。

 だが、予め身構えていた響弥が二人の前に飛び出し、大剣を地面に突き立てる。


「こんな使い方もあるんだぜ__〈雷槌ミョルニル〉!」


 響弥の目の前に再び雷光が迸り、直撃すると思われた血の弾丸を瞬時に焼き払った事で、彼の後ろにいる二人は事なきを得た。


「……ごめんなさい。ちょっと気を抜いちゃって」

「いやまぁ、無理もねーよ。気にすんな」

「それより、今の攻撃はアレか? だとしたらヤバいだろ」


 自分の迂闊さと、響弥の手を煩わせた事が申し訳なくなるリンとは対照的に、まるで気にしていない猛が嫌な予感に顔を顰める。

 確かに響弥も、毛ほども気にしていないのだが。

 ともあれ、血の弾丸だ。

 首を切り落とされて尚、これだけの事が出来るならば、もう確定だろう。


「……嫌な予感ってどうして当たりやすいんスかねぇホント」


 吸血鬼の離れた首を繋ぐように、触手のように血液が伸びて、その首を繋げ直す。

 首の調子を確かめるようにゴキゴキと骨を鳴らす吸血鬼は、そのニタリ顔を崩さないまま体に血を纏い始めた。

 それは徐々に、吸血鬼の体を覆う真紅の硬質な鎧へと変質していく。更にはその手に、同じ色をした剣を握っていた。


 上級以上の吸血鬼が使える、種族特性。それは単純な血流操作と言うだけでは説明がつかない物。

 今こうして目の当たりにしているように、血液を硬質化させ武装する事から、魔術師たちは揃ってこう言う。


 __〈血装〉、と。


「あんな呆気なく首を落とされるとは予想以上。そして期待通りだね、楽しめそうだ。だからこちらも、本気で戦ってあげよう!」


 嬉しそうに笑う吸血鬼。

 当然、そんなものは要らない、と内心で悪態をつく莉緒たちだが、どうしようもない。


 最悪の予感が的中し、第二ラウンドが始まる。

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