十二話「中隊編成」
B級任務の完遂から、二週間以上が経過した。
都市の外への任務には何度か出たが、それでも比較的難易度が低めのものを受注。外での戦闘慣れと、将真の基礎を鍛える事を目的としていた為だ。
その結果、幾つか分かったことがある。
まず将真の例の異常な攻撃は、彼自身の魔力で周囲の魔素を絡めとって発生したものだということ。
その結果、タダでさえ制御が危ういほどの膨大な魔力が、更に凄まじい勢いで上乗せされていったのだ。
腕のダメージが特に酷かったのは、その攻撃の起点となる膨大な魔力を纏っていた棒を握っていたせいだった。
そしてもう一つ分かったのは、将真自身の異常とも言える成長速度だ。
〈裏世界〉に来て早々に何度も自信を打ち砕かれるような敗北を繰り返し、任務においても現実を思い知らされ足手纏いになっているのではと思わされる、現状に対する危機感。
後は本人の資質もあって、まだ基礎すら未完にも拘わらず、たった一ヶ月程度で急激な成長を遂げていた。
特に顕著なのは、繰り返してきた棒の生成、次点で必要になってきた身体強化。
武器の生成は諦めて、棒で妥協した将真だったが、その中身が伴うようになって、かなり頑丈になった。そのせいか、鈍器という印象の方が強いのだが。
魔力制御を学びながら、リンが何度も手合わせに付き合い、時には莉緒も協力することで、身体強化の習得もかなり早く物にした。
そして今日も将真は、二人から手合わせを受けていたのだが。
「はぁ、はぁ……」
「しょ、将真くん、ちょっとストップ……」
「自分も、少しキツいっす……」
「お、おう……、俺もちょっと休憩……」
その日は休日だったのだが、三人とも早朝から息を切らすほど体を動かしていた。
将真も漸く、マナプラントを叩き折る事が出来るようになり、習慣的なメニューも楽にこなせるようになっていた。
故にそろそろ、内容をキツくしてみようかと本人は考えていたのだが、それはともかく。
将真だけならばまだしも、リンと莉緒まで呼吸を荒らげているのにはちゃんと訳がある。
莉緒は外での任務で何となく察しがついていたのだが、その予想すら軽く超えて、将真の魔力量が尋常ではないのだ。
魔力制御と並行して、将真の魔力量を増やしていく算段だった莉緒。魔力を枯渇寸前まで消耗し、回復を待つと魔力量が増えていくのだ。
「筋破壊と超回復みたいなもんか?」
「……?」
「そんな認識でいいッスよ」
将真の言葉に首を傾げていたリンだったが、莉緒は分かっていたようで、将真に肯定を示す。
初めは良かったのだ。将真の魔力の扱いが未熟で体に負担がかかるせいか、無駄に消耗が激しかったから。
それでも鍛錬が長く続いていた時点で、莉緒は嫌な予感がしていた。
そもそも、将真との手合わせを終える時は、彼の体力が尽きたタイミングであって、魔力が尽きたタイミングではないのだ。
その嫌な予感は、将真の魔力制御力がまともになってくると徐々に明確になっていった。
その結果が現状なのだ。
(まさかここまでとは、完全に予想外ッスね……)
これでは、どちらの魔力が先に枯渇するか分かったものではなかった。
まして、リンと莉緒の二人を相手に手合わせしていてこれなのだ。やはり将真は、今までの編入生とは明らかに違う。
今のところはまだ未熟で目立った長所もないが、このまま鍛えればいずれは間違いなく、リンや莉緒にも匹敵しうる魔術師へと成長するだろう。もしかしたら、それだけに留まらないかもしれない。
とはいえ、それでも今はまだ彼女たちの方がずっと上だ。
一先ず息を整え、一休みを終えて鍛錬を再会しようとしたところで、不意に莉緒の元に通信が入る。
莉緒が宙で軽く手を横に振ると、モニターが出現。
そこに将真とリンが覗き込む形で莉緒の隣に寄ってくる。
通信の相手は柚葉だった。
『__おはよう、みんな一緒みたいね』
「おはようございます、柚葉さん」
『丁度いいわ。今日の授業の返上を許可するから、出来るだけ早く学園長室まで来てくれる?』
「今からスか?」
柚葉からの要請に、三人は顔を合わせる。
鍛錬中ではあるが、緊急の招集であれば断る訳にもいかない。別に鍛錬は中断しても問題ない。
「了解ッス。準備してすぐ向かいます」
『ええ、頼むわね』
「……何だろうな?」
「うーん、なんだろうね……」
柚葉との通信が切れると、三人は再び顔を合わせて首を傾げた。
出来るだけ早く、と言ってもタイミングが悪かったため、結局学園長室に到着したのは一時間後になってしまった。
「すいません、遅くなったッス」
恐らく、一番最後に集まったであろう第一小隊を代表し、莉緒が頭を下げる。
「いいわ。むしろ急に呼び出して悪かったわね」
柚葉の言葉に莉緒は頭を上げるが、その表情は普段と違い引き締まっている。
それは緊張からではあるが、勿論、柚葉に対して今更緊張を覚えるような彼女ではない。
招集されたのは、第一小隊だけではなかった。
一つは、杏果が率いる第三小隊。そしてもう一つは、莉緒と瓜二つの少女が率いる第四小隊。
部屋に入った直後に、第四小隊の一人と思わず目が合った将真。お互いに顔を顰めたのは記憶に新しい。
ここに集まったのは、三つの小隊。その事から、将真はこの後の話について、何となく察しがついた。
ここ一ヶ月の間で聞いた話の一つだが、チームの括りは小隊だけでなく、中隊、大隊と存在するらしい。
尤も、大隊は有事の際でなければまず編成されることはなく、中隊も学生で編成される事は珍しい。
だが、ここに三つの小隊が招集されたということは、中隊を編成した上での任務だということだ。
そして将真の予想は的中する。
「あなた達には中隊を組んで貰い、その上でちょっと難易度高めの任務にで向いてもらうわ」
柚葉に提示された任務は、B級の任務。
ちなみに、小隊、中隊、大隊でそれぞれ任務の難易度が変わってくるため、中隊編成でB級という事は、将真たちが以前受けた龍種討伐任務よりも難易度が高い。
その内容は__
「オークのスタンピード鎮圧? それと……、二年生の小隊救出?」
漢字で猪人と書くほど、その姿は人型の豚か猪かといった容貌をした怪物。ありがちな魔物だが、この世界にもいるのかと将真は驚いた。
更にスタンピード。これもありがちな、モンスターが溢れかえる現象だ。
「ええ。情報では、相当数のオークの集団が発生したみたいなの。規模から考えて、キングがいる可能性も高いわ」
オークのランクは、〈普通〉、〈上位〉、〈王種〉の三段階。特に、キングの強さはハイオークとは比べ物にならず、その危険度はA級だ。
オーク自体は単体ならD級、ハイオークもC級程度なのだが、何分、数が数だけにかなり危険だ。
尤も、どうやらスタンピード自体は〈裏世界〉では珍しくないそうだが。
「難易度は高めだけど、この編成なら多分無傷でも帰って来れるはずよ」
本当は、オークの群れが確認されたその場所には、既に二年生の小隊が派遣されていた。
ところが、三日経っても帰ってくるどころか連絡すら取れない。
確かに距離はあるが、魔術師の足ならば四時間もあれば踏破できる距離で、往復と要件を済ませても、九時間ほどで収まるはずだ。
ちなみに要件とは、オークの群れの調査と、可能であれば討伐、というものだったらしい。
ところが、蓋を開けてみれば群れ所ではなくスタンピードだった事が発覚。
二年の生徒たちが危機に瀕していることは間違いないだろう。
「丁度いい人員がいなかったから経験も兼ねて、ね。勿論、招集はしたけれど強制じゃないわ。判断は任せます」
柚葉のその言葉に、一同は顔を見合わせる。だが、それもそう長い時間ではなく、直ぐに柚葉に向き直る。
始めに口を開いたのは杏果だ。
「冗談はよして下さい。学園長直々に与えられた任務なんて、光栄なくらいですよ」
「うん、こんな機会は中々ない。私達も、参加に依存はない」
杏果に続くように、莉緒そっくりの少女もまた肯定を示し参加の意を表明する。
二人は、それぞれの小隊のリーダーだ。つまりその回答は、小隊の相違でもある。
そしてその気持ちは、第一小隊も変わりはない。
「勿論、自分たちも異論はないッス。是非やらせて頂きます」
「……そう。あなた達が勇敢で、とても助かるわ。ありがとう」
柚葉が一瞬、慈しむような表情を浮かべ視線を落とすが、直ぐに表情を引き締める。その顔は、学園長に相応しい、凛々しいものだった。
「では改めて、あなた達に任務を言い渡します。内容は改めて言うつもりはありません。誰一人欠けることなく、無事に任務を完遂しなさい!」
『__了解!』
柚葉の号令に、一同は姿勢を質す。
本来ならば、一年生がこんなに早く経験することの無いはずの規模の任務が、始まろうとしていた。
「__じゃあ、まずは自己紹介でもするッスか? お互い、顔も名前も知らない相手だっているでしょ?」
という莉緒の提案の元、周囲を警戒しながらも街の外で、互いの自己紹介となった。
と言っても、その内容は簡潔だが。
「自分はまあ、知られてると思うッスけど、鬼嶋莉緒ッス。序列は学年三位。そこの、美緒の双子の姉ッス」
そう言って莉緒が指し示したのは、第四小隊のリーダーで瓜二つの顔をした少女。
莉緒とは違い、髪と瞳の色は青で、ジト目気味な莉緒よりも少しタレ目なせいで眠たげだ。
莉緒自身が言うように、彼女の事は皆よく知っているので、本当なら改めて自己紹介する程でもない。
「えっと、時雨リンです。学年序列一三位です。……えっと、うーん……、あ、甘い物が好きです……?」
「別に無理しなくていいわよ」
言う事がパッと思いつかず悩むリンを見かねて、杏果が口を挟む。結局、中途半端なままリンの番は終わってしまった。
だが、それも仕方が無いことだ。続く将真も大概なのだから。
「……俺は片桐将真。序列は……、何位だっけ?」
「あっ、最近任務こなした事で上がってたッスよ。現在二六一位ッス」
「……まあ、そうらしい。知ってるかもしれないけど、編入組だ」
莉緒の援護も受けて、とりあえず第一小隊の自己紹介は終わりだ。
ちなみに、将真の自己紹介の後、第四小隊の一人が露骨に舌打ちをしたが、気にしたら負けだと将真はスルー。
続いて、第三小隊が自己紹介に入る。
「私は柊杏果。序列は六位よ。リンとは親友で、このバカは幼馴染で、今は義理の兄妹」
「バカってなんだよ、事実だけど。俺は荒井響弥だ。序列は九位。杏果のダチって事で、一応リンとは顔見知り、あと莉緒と美緒も顔見知りではあるな。そんでこの魔道具は俺の自慢の武器だ」
テンポよく杏果が響弥にバトンタッチすると、思いの外長く話を続ける。
そうして響弥が取り出して見せたのは、無骨な大剣だった。リンといい、どこから取り出しているのやら。
その大剣の名は〈ヘビィ・ボルテージ〉。攻撃を加えると、その際に発生したエネルギーを蓄積するのだという。
満蓄積からの全放出は馬鹿げた威力を出せる反面、一度使うと直ぐにメンテナンスを必要とするため、無茶な使い方をする時は状況を考えているとかいないとか。
響弥の長めの自己紹介が終わると、第三小隊最後の一人は、長い紺色の髪と瞳をもつ、将真の知らない少女だ。
「朝倉静音。学年序列は一九位だよ。索敵は任せて」
二人に対して簡素な自己紹介を終える静音。
だが、今までの中で一番まともだったかもしれない。
自分が何ができるかを、しっかり提示したのは彼女だけだ。
残りは、第四小隊だけ。
例によって、最初はリーダーである美緒から自己紹介を始める。
「私は鬼嶋美緒。序列は四位。莉緒ちゃんの言う通り、私は双子の妹。魔術の技量だけなら莉緒ちゃんにも負けないよ」
改めて、美緒は容姿だけなら莉緒そっくりではあるのだが、やはりと言うべきか。性格は違うようだ。
掴みどころがなく、明るい莉緒に対して、美緒は落ち着いているしおっとりしている。そんな雰囲気だ。
続く少女は、これまた将真が知らない人物だ。見た目は肩口くらいまでの茶髪とパッチリ開いた大きな目。
「雨宮佳奈恵です。序列は五八位。珍しいってよく言われるけど、適正属性は多属性です。この人とは初等部時代からの顔馴染み」
明るい印象を与える佳奈恵が言う、多属性。
それは、基礎六属性全てを扱えるという稀有な才能だ。
例年では学年に一人いれば多いところを、今年の一年には三人もいて、その上全員が優秀だ。今年の一年生が規格外と言われている要因の一つでもある。
その内の一人が佳奈恵であり、実は静音もその一人。
ただ、身体能力が低い分、術師としての能力に特価している佳奈恵とは違い、静音は多属性の使い手としては少々劣る。代わりに、総合的に器用で優秀という違いがあった。
ちなみにもう一人は十席というのだから、確かに優秀な遣い手ばかりだ。
そして第四小隊最後の一人。
佳奈恵の昔からの顔馴染みであり、将真に対して露骨な嫌悪感を露わにする少年を、将真もよく知っていた。
「……猛?」
「……御白猛。序列は一一五位」
「……はぁ、しょうがないなぁ」
佳奈恵に促された猛は酷く簡潔に自己紹介を終わらせ、そんな彼に佳奈恵はため息をつく。
第四小隊の一人、猛は将真が初めて戦い、そして敗北した相手だ。
彼の実力はリンと同レベルらしく、本当なら序列二〇位以上でもおかしくは無いとの事だ。
将真は必死で全く覚えていないのだが、最後の最後で彼の腕に一撃、加えていたらしい。
編入生から一撃貰ったという事実を認めたくなかった猛は、怪我を負ったまま次の試合に挑んだそうだ。
相手は莉緒だったらしく、腕の怪我がなくとも負けていた可能性は高いが、それでも瞬殺されたのは腕の怪我が原因で間違いないそうだ。
故に、将真は猛から敵意すら向けられているのだが、理不尽極まりないその態度に抗議したとして、嫌悪感を向けられる事に変わりは無いだろう。そう思い、諦める事にした。
「それじゃ、自己紹介も終わった事だし、役割をはっきりさせましょうか」
微妙な空気になりかけていた所を、杏果が両手を叩いて切り替える。
まず偵察。
これは、その能力に長けた莉緒と静音がまず名乗りをあげる。
「あと他に誰か出来たりします?」
「……えっと、私もできるよ?」
莉緒の問いかけに自信なさげに答えたのは佳奈恵だ。
どうやら、索敵魔法が使えるらしい。莉緒たちのように直接先行して偵察しなくても、そこそこの範囲をカバー出来るそうだ。
「じゃあ自分と静音さんと、あと佳奈恵さんの三人ッスね。出来る限り最短距離を目指して、極力魔物は避けてくッス」
「そうね。万一、遭遇したとしても蹴散らすのに大した労力はかからないでしょうし」
そうして方針が決まると、莉緒と静音が先んじて周囲の偵察に周り、佳奈恵が手に持った本を開いて魔法を展開する。
「……私たちも行こう」
美緒の言葉に一同は頷き、その進行はより素早く、目的地へと向かっていった。