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終末のレジスタ  作者: 甘味の僕
一章 編入生の未熟な魔術師
11/118

十話「初任務」

「__ブハハハハッ! マジかお前!? マジかお前!? 最高だなお前! ハハハハハ!」

「笑い過ぎだろ!」


 序列戦の成績が出た後、正式なクラス分けが決まった教室で大笑いする少年に、将真は苛立ちと共に突っ込む。


 少年の名前は荒井響弥あらいきょうや

 将真も同年代に比べれば平均値以上の身長はあるのだが、彼はさらに大きい。おそらく一八〇センチはあるだろう。

 茶髪で天然パーマなのが若干チャラくも見えるが、実際は人懐こく、人がよく、だがお調子者であった。

 響弥もまた、例の闘技場の試合の話を聞いて、将真に興味を持った一人だった。

 まだ数日しか経ってないとはいえ、将真にとっての初の同性の友人だ。

 今まで友好的に接してきたのはリン、莉緒、柚葉と女性ばかりで、男の場合は印象深い相手でも猛、虎生といった、険悪な関係性ばかりだった。

 それ故に響弥の存在は有難かったのだが、今だけはその馬鹿笑いが忌々しい。


 意識が戻ったあと、尚機嫌が宜しくないリンに対して素直に謝った将真だったが、彼女の機嫌は回復仕切ることなく、今もまだ少し怒っているようだった。

 笑われるのは納得いかないが、それでも自分のした事を理解しているので、文句も言えない。簡単に許して貰えるとも思っていなかった。


「分かってるよ、ノックすりゃいいだけの話なのに、慣れてきたせいで何も考えずにドア開けた俺が悪いんだ……」

「んな落ち込むなって。その変わり眼福だっただろ?」

「そんなまじまじ見る余裕あったと思うか?」


 ちなみにそんな余裕はなかったが、見たものを簡単に忘れられるほど将真は器用ではなく、響弥の言葉でフラッシュバックした記憶に顔が熱くなる。


(くそっ、これじゃ俺最低なやつだろ……)


 リンの為にも早く忘れなければ、と思うのだが、忘れようとすればするほど、脳裏に再生される今朝の光景。思春期男子には、あまりに刺激が強過ぎた。


 そしてその下世話な会話を響弥の隣で聞きながら呆れたようにため息を着く少女__杏果もいる。

 虎生との試合に首を突っ込んだことに対しては、盛大なため息をつかれて最後だったが、こうしてクラスメイトになってすぐに顔を合わせることになるとは思ってもみなかった。

 ちなみに、二人は小隊の仲間なのだそうだ。


「はぁ、相変わらずバカなやつ。まあ十分反省してるみたいだし、何も言わないけど」

「……意外だな。むしろお前は鬼の首を取ったように責め立ててくると思ったんだけど」

「私の事なんだと思ってんの?」


 将真の正直な感想に、不愉快な評価だと苛立ちを顕にする。

 尤も、


「私だってそうしてやりたいけど、あんまり私がやり過ぎるとあの子が怒るのよ」

「やっぱそういう奴なんじゃねーか」


 という事だったが。

 そんな二人は放っておいて、どうすればリンは許してくれるだろうと将真は考える。


(……もう一回謝るか? でも蒸し返す方が良くないのか?)


 悶々と悩むが、答えはすぐには出なさそうだった。




 一方で、将真と顔を合わせづらいリンは、授業にも出ずに屋上に続く階段で膝に顔を埋めていた。


「……やり過ぎだったかなぁ」


 そんな風に呟く声は、少し不安げだ。

 誰とも顔を合わせず、一人こうして振り返ってみれば、流石に落ち着いてきた。

 振り返る度に、今朝の状況が脳裏を過って恥ずかしくなるのだが。

 将真の迂闊さが悪い、とは思っている。だが、警戒していなかった自分も悪かったと、そんな事を考えていたのだ。

 将真が聞いたらとんだお人好しだ、と言いそうな発言である。


「__リーンーさんっ」


 するとそこに、授業を抜け出してきたらしき莉緒がやってくる。

 莉緒は、声に反応したリンの顔を見ると、にっと笑みを浮かべて隣に座る。


「……そんな怒る事ッスか?」

「……怒る事だよ、恥ずかしかったもん。……流石にもう頭冷えたけど」

「じゃあ、許してあげたらいいんじゃないッスか?」

「許してないわけじゃないよ……」


 将真は、自分の非を素直に認めて謝罪してくれた。だから、別に許してもいいはずなのだ。

 だから、なぜすぐに許してあげられなかったのか、リン自身分かっていなかった。


(……やっぱり、恥ずかしかったからかな?)


 再び思い出してしまい、その顔がまた赤くなる。


「……どうするッスか? 戻ります?」

「……ごめん、もうちょっと待って」


 赤くなった顔を隠すように、リンはまた膝に顔を埋める。

 苦笑を浮かべた莉緒は、しょうがないといいながら、リンの隣に居座り続けた。




 リンが莉緒を伴って教室に戻ってきたのは、一限目が終わってからだった。

 その後も、暫く顔を逸らされて、謝罪も受け取って貰えなかった将真だったが、改めて昼食の時間にリンに呼び出される。

 何の心境の変化かと思ったが、どうやら今度こそ謝罪はしっかり受けとって貰えたようだった。

 ちなみに教室で謝罪を拒否されていたのは、人の目のある場所で蒸し返されるのが恥ずかしかったから、だそうだ。

 改めて、自分の至らなさを嘆いた将真は、より一層気をつけるように自らに言い聞かせるのだった。


 そして午後の授業を返上して、第一小隊は学園長室を訪れていた。


「__それでいいのね?」

「はい、これにするッス」

「……まあ莉緒とリンがいれば大丈夫か」


 莉緒が受注した任務の内容を見て、柚葉は不安そうに眉を顰めていた。

 主に、将真と任務内容を見比べて。


 任務は、自警団がメインとなっているが、学生たちにもある程度振られるように管理されているらしい。そして、単位にも影響してくるのだそうだ。

 その為、午後からの授業を返上する事も出来る。任務の内容によっては、授業自体を数日間返上する事もできる。

 難度が高ければ高いほど、単位も多く貰えて報酬もいい。だが当然、リスクも高く、実力に見合ったものでなければ受注出来ない。

 ちなみに、任務をこなしていけば、序列戦を待つこと無く、ある程度序列が上げられるらしい。

 勿論、序列が低い者のほうが、その傾向は顕著だ。


 今回、莉緒が受注した任務はC級の討伐系。

 その内容は、龍種の討伐だった。

 龍種、と言うと危険度が高いように思えるが、魔物、或いはその上位にあたるという魔獣には、各々強さの階級が存在するという。

 そして今回相手にするのは〈下等龍種レッサードラゴン〉、龍種としては最弱の枠組みに入るものらしい。それでも魔獣の扱いなのだが。

 青色の肌を持つ、水属性の龍。名をブルードラゴン。

 名前を聞いた瞬間、将真の脳裏に懐かしいアニメが過った。


 とは言え、C級は決して低いランクではない。

 高過ぎるということは無いが、リンと将真の、対魔物への現状の実力を、莉緒が確認してみたいのだそうだ。

 ちなみに莉緒は、数回だが外での任務を経験しているらしい。非常に頼もしい限りだ。


「それじゃあ、行ってらっしゃい。無茶はしちゃダメよ」

「了解ッス!」


 莉緒の意気揚々とした返事に、居合わせた全員が苦笑を浮かべるが、その後将真とリンもすぐに表情を引き締めた。


 初めての任務。非常に重要だった。

 特に、第一小隊にとって。


「__行ってきます」




 自分の足で都市の外に出たのは初めての事だったが、始めのうちは何も感じなかった。

 というのも、鍛錬の時に見慣れたような森があるだけだったからだ。

 高く、見通しのいいところから外を一度見渡しただけだから分からなかったが、どうやら近くの廃墟に行き着くまでも、結構な距離があるようだ。


 現在、将真はリンに速度を合わせてもらっていた。

 莉緒は、偵察がてら木の枝を軽々と跳び移って先へ行く。

 戦闘もこんな風に、少女二人におんぶにだっこ状態になるのだろうか。そんな事を考えた結果、将真の顔が険しく歪んだ。


「……どうしたの?」

「いや、俺が足手纏いになりそうだなぁって思って……」

「大丈夫。何かあってもボクと莉緒ちゃんで守るからね」

「それが不甲斐ないから嫌だって話だったんだけど……」


 将真の表情に影が落ちるも、リンはキョトンとした顔をするだけだった。

 そんな緊張感の足りない二人の元に、莉緒が戻ってくる。


「……思ってたより余裕そうッスね?」

「……悪かったよ、ちょっと気ぃ抜けてた」

「張り詰めすぎよりはいいと思うッスよ」

「ごめんね。ボクもまだ実戦経験がないから、どうにも緊張感保てなくて……」

「そんな二人に朗報ッス。……ここから先に少し行くと、水場があるんスけどね。そこに例のがいたんで」


 そう言って莉緒が森の奥の方を指で示せば、二人の表情は自然と引き締まる。

 莉緒に従い、出来るだけ静かにその場所に近寄り、森の中からその様子を伺う。


 __いた。青色の龍だ。

 その姿は、肉食恐竜のような雰囲気がある。それよりも両手足ががっしりしているように見えるのはあくまでシルエットの話で、体躯は精々が二メートルくらい。

 小さいが角も翼も生えている。なるほど、確かにドラゴンだ。

 遠目で見ている分には、あまり脅威には感じない。


 だが、二つほど問題がある。

 まず一つ。


「……数、多くね?」

「まあ、任務内容にも一匹とは書いてなかったッスけど」


 その数は十一と、魔獣を相手にするとあれば、決して少なくない。

 そしてもう一つは、その内の一体。

 他の龍よりも倍以上の体の大きさを持ち、大きな角と翼を持っている。その体の一部からは氷の結晶のようなものが生えていて、口からは冷気が漏れている__ような気がする。


「……あれ、ヤバそうじゃないか?」

「あー、レッサーじゃないッスね。ノーマルっていうか、まあレッサーの一つ上の階級?」

「何だっけ、アイスドラゴン?」


 明らかに違う一体を見て、三人の警戒度が増す。

 と言っても莉緒はそれほど危機感を覚えてはいない。精々、二人の実力を見る為に傍から見ているつもりだったのが、最初から共に戦うことになりそうだと言うことだけだ。

 無論、莉緒のサポートがあればこの数相手でも十分勝てるだろう。

 万が一を避ける為にも自分の都合を優先してはいられないのだ。仮にも相手はB級寄りのC級の魔獣なのだから。

 先程、周囲を見渡してきた莉緒だったが、その時は他の魔物や魔獣は見当たらなかった。


「……もう一度周囲見て回ってくるんで、問題なければ〈ファイアーボール〉打ち込みます。それを合図に突っ込んで下さいッス」

「うん、了解。……これ、C級任務じゃないよねもう。B級くらいだよ」

「俺ホントに大丈夫か? 足引っ張りそうで不安なんだが……」


 将真とリンがボソボソと話している間に、莉緒がその場を離脱する。

 二人は指示された通り、気配を消しながら龍たちを観察し、合図が来るのを待つ。

 それから凡そ五分ほど。


「……は?」


 惚けた声を漏らす将真の視線の先で、優に十を超える数の火球が打ち込まれた。

 火球は狙い違わず龍の群れを襲い、その顎から煩いくらいの咆哮が放たれる。それは悲鳴と言うよりも、怒号と言うべきものだった。

 呆気に取られていた二人だったが、爆発で正気を取り戻してその場を駆け出す。


「__はぁッ!」


 身体強化で加速していくリン。

 彼女は直ぐに龍に肉薄すると、爆煙で視界がハッキリとせず当たりを見渡す、その龍の瞳目掛けて突きを放つ。

 狙い違わず、槍が急所に突き刺さり、今度こそ悲鳴を上げる一体。

 リンはその顔を蹴りつけ、その勢いで槍を引き抜く。そしてそのまま、次の標的へと向かっていく。

 遅れて辿り着いた将真は、返り血を浴びながら、急所を狙い命を刈り取る冷静さと躊躇の無さに驚嘆した。

 だが、それも束の間。爆煙が晴れてしまう前に、将真は目の前に迫る龍に向かって棒を叩きつける。


「__オラァッ!」


 鈍い衝撃が手に響く。それと同時に、武器にヒビが入る感覚もあった。

 舌打ちと共にもう一撃見舞うと、武器が限界を超えて破砕する。それに動揺する事はもうなく、改めて棒を生成し、再び叩き込む。

 二回の攻撃で体勢を崩し、その姿勢が下がった龍の脳天に、三回目が命中。棒は一撃で砕け散ったが、その直前に頭蓋を破壊する感触が手に伝わっていた。


(この感覚、相変わらず慣れないな……!)


 〈表世界〉でも暇さえあれば山に潜って猛獣と戯れることすらあった将真は、命を奪う経験があった。だが、今でもそれに慣れはしない。

 だからこそ、改めて感じた。

 目の前で戦う、二人の少女との間にある価値観、世界観の違いを。


 将真が一体、漸く倒した頃には、リンは既に三体の命を奪っていた。

 そして爆煙が晴れると、怒りに満ちた表情を森の奥から現れた莉緒へと向けるアイスドラゴン。ブルードラゴンの群れもそうだが、火球であまりダメージを受けているようには見えなかった。


(火球が見掛け倒しとは思えない。属性相性、か……?)


 簡潔にしか魔術を学んでいない将真にはまだ知る由もなかったが、勿論属性相性という物は存在する。

 とは言えそれは、ゲームによくある設定だ。なので思い至った訳だが。

 ブルードラゴンは水属性、莉緒の放った〈ファイアーボール〉は火属性。相性が悪いのは目に見えてわかる。

 そして、アイスドラゴンに効き目が薄いところを見ると、ポ〇モンとは違うようだ。


 将真が少し気を逸らしている間に、リンは更に一体仕留め、莉緒がアイスドラゴンの気を引き付けている。

 どうやら、莉緒が一番厄介な相手を引き受けている間に、二人がかりで取り巻きのブルードラゴンを倒す作戦で行くようだ。

 ブルードラゴンの残り数は半数の五体。

 リンは、五体目を倒した時点で次の標的に風の刃を放っていた。

 それは見事に足に命中し、その進行を止める。

 その間に残りの四体を一人で引き付けているが、将真もただ立っているだけでは無い。

 リンに集中している龍の背後を取り跳躍。先程倒した個体と同じ手順で、棒を脳天に叩きつける。

 再び、頭蓋を叩き割る感覚が手に伝わり、さらに一体が地面に伏せる。


「〈ウィンドスラッシュ〉!」


 一瞬、将真の方に気が散った龍たちの隙をつき、至近距離からリンが風の刃を放つ。龍の首がずるりと、容易く落ちる。

 これで残るは三体。内、動けるのは二体だけだ。足を切られて動けなくなっている一体は後でいい。

 将真とリンは、それぞれ最後の一体ずつを相手取る。


 正直、無我夢中だった事と、視界が開けた状態で龍と向かいあったのがこれが最初だった故に、将真は途中まで気づけないでいた事がある。


(あまり脅威は感じない……、誰だそんなこと言った奴! ……俺か!)


 こうして面と向かい合うと、その迫力は相当なものだった。〈表世界〉で戯れていた野生の猛獣も大概だったが、〈裏世界〉の魔獣はその比ではない。

 だが、足手纏いではいられない。

 ただでさえ、尻込みしているうちに、速さで翻弄して容易に龍たちを仕留めるリンを傍目で見てたのだから。


 噛みつこうと、顎を大きく開いて向かってくる龍の突進を躱し、将真は横っ面を思い切り棒で殴りつける。

 悲鳴を上げて倒れる龍に、将真は一瞬躊躇いを覚えながらも、すぐに足を踏み出す。

 脚をもつれさせて転んだ龍の頭を、もう三度目にもなる振り下ろしで叩き割る。

 断末魔を上げた龍は暫くの間痙攣していたが、やがてぱたりと動かなくなる。


「…………ブハァ、あー、しんど……」


 深く息を吸うと、疲れたように大きくため息をつく将真。実際、緊張感とかなりの集中力を必要とされて、かなり疲れていた。

 加えて、明確な殺意を持って相手の命を奪う行為が初めてだった事もあって、あまり気分は良くない。


(これに慣れてく必要があんのか……。暫くはキツそうだな)


 今後の事を考えて、将真は少し憂鬱になる。

 確か、期待に胸を膨らませて都市の外に出てみたはずなのだが、〈裏世界〉に来てから想定外のことばかり起きている気がした。

 そんな事を考えていると、リンが膝を着いて蹲るのが視界に入り思わず駆け寄る。


「大丈夫か!? なんかダメージ受けてたか!?」

「…………ごめん、ちょっと吐きそう」

「……吐きそう?」

「う、うん……」


 そう言うリンの顔は少し青く、気持ち悪そうな表情で口元を抑えていた。


「……どうしたんだよ」

「……実はボクも、外で戦うのは初めてなんだけど」

「そう言ってたもんな」


 経験があるのは莉緒のような、中等部時代に優秀な成績を残している生徒くらいだろう。


「さっきはもう咄嗟だったし、必要だから切り替えてたんだけど……、いざ思い返すと、あんな躊躇なく命を奪ったんだなって思うと……」


 その言葉に、将真は衝撃を覚えていた。

 世界観の違いを感じていた彼であったが、実際はそんなことは無かったのだ。

 問題は慣れと個人の倫理観。これが最大の違いなのだ。故に将真とリンの間には、実力以外に大した差はないのである。


 そんなリンを宥めていると、断末魔と共に地響きが発生した。

 つい驚いて、発生源に視線を向けると、莉緒がアイスドラゴンを仕留めたところのようだった。


「二人とも、お疲れッス。……リンさん、大丈夫ッスか?」

「……あんまり、大丈夫じゃない、かも」

「吐きそうなら、出した方が楽だと思うんスけど」

「待って、流石に人前じゃヤダよ……。抑えるから」

「了解ッス。将真さんは大丈夫そうッスね?」

「そうでもねーよ」


 ただ、リンほどではないと言うだけだ。

 それに結局、将真はブルードラゴンを三体落としただけで、リンはその倍以上の七体を狩ってみせた。

 莉緒に至っては、上位種であるはずのアイスドラゴンを一人で軽々倒しきってしまったくらいだ。


「……まだまだ全然ダメだって、再度自覚したところだよ」

「そう悲観することも無いッスよ。正直、思ってたより外でも動けるみたいなんで、二人ともあとは慣れッスね」

「つまり回数重ねなきゃダメってこったなぁ……」


 理解はした。だが今日のところはもう正直、早く帰って体を休めてしまいたい。

 任務は完了したし、報告さえ終わらせれば問題ないはずだ。

 少し休むと、リンも動ける程度には回復したようだった。討伐証明に必要な体の一部を切り取って回収し、素材採取に取り掛かろうとする。


 その時に、問題は起きた。

 けたたましい叫び声と共に、森の中から大きな影が飛び出してくる。

 __アイスドラゴンだ。


「げっ、まだいたんすか……!」


 頬を引き攣らせる莉緒は咄嗟に臨戦態勢をとるが、先程は見ることのなかった氷の伊吹を受けて、後方へと吹き飛ばされた。


「莉緒ちゃん! __うぐっ!?」


 つい視線が莉緒の方を向いてしまうが、そんなリンの目の前に迫ったアイスドラゴンは、その鋭い爪を振り下ろす。

 何とか迎撃が間に合ったリンだったが、不安定な体制で受けたために、莉緒同様に後方へと吹き飛ばされる。水面を何度も弾みながら、水上で滑るように体制を整えた。

 そう。水上で。


(……すげぇ、そんな事出来るの!?)


 それどころでは無いのだが、その光景を見てしまった将真の意識が一瞬、アイスドラゴンから逸れる。

 だが、それはかなりの危険行為だ。

 ターゲットのうち二人を吹き飛ばしたアイスドラゴン。その次の狙いは間違いなく将真なのだから。


「……やべぇ」


 その眼光に睨まれて、それでも萎縮しなかっただけ十分だと将真は思わず自画自賛する。それでも、危機的状況にあるのは変わりない。


 咄嗟に将真が思いついたのは、虎生との試合。

 あの技は、ハイリスクハイリターンと言う、使用を忌避させるような性質がある。

 それが、将真が未熟だからか、負担が大きいものだからなのかは判別がつかないが。


「……やるしかねー」


 アイスドラゴンに見下ろされ、睨みつけられる将真は、棒を強く握り魔力を流し込んでいく。

 前よりは負担は少ないはずだ。魔力を制御するための鍛錬は欠かしていない。いくら魔力の扱いの習得が早くとも、その制御までは完璧でないのだからやって当然だ。

 だから、虎生とやった時よりは低いリスクで使えるはず。将真はそう思っていたし、魔力を流し込んだ瞬間は変わらなかった。


 劇的な変化を起こしたのは、魔力を流した直後。

 急に、棒に流し込まれた魔力が大きく渦を巻き始めた。


『……は?』


 将真と、そして離れた位置で見ていたリンと莉緒ですら、思わず惚けた声を漏らす。

 だが、そんな余裕はない。

 棒は魔力を、黒い渦のような形で纏い始めるが、その荒れ狂う魔力は前回使った時の比ではない。

 何かが軋むような音が聞こえるが、それは棒だけではないと将真自身、気がついていた。


(う、腕が折れる……!?)


 凄まじい圧力がかかり、痛みと共に今にも折れてしまいそうな自分の腕。

 その感覚に顔を顰めながらも、何時までも維持できるものでは無いと、すぐさま放出にかかる。


「__う、おおおぉぉぉっ!!」


 振るうだけで、全身が軋むほどの重圧を纏う棒を、全身が壊れる事も構わず振り下ろす。

 その一撃ごと吹き飛ばそうと、アイスドラゴンから氷の吐息が放出されるが、それすらも黒い渦はお構い無しに巻き込み、直撃。


 その直後、凄まじい暴風が吹き荒れて、将真の体は大きく吹き飛ぶ。

 体を殴りつける風と両腕の痛みに耐えきれず、将真の意識は暗転した。

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