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魂取の首飾り  作者: 斉木 明天
第二章:灰色の朽ちる吐息
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8.妖魔達の夕食会

 明かりも点々と距離を置かれ設置されていて、薄暗い魑魅境ビルの内部を白露はとぼとぼと歩いていた。


「いつっ……く、ない。全身完治してるのに、身体が痛みを覚えている……」


 ビルの高層階から、下の階の方へとゆっくりと降りていく。

 しばらくして、背の低い建物が窓の外に見えたあたりで、廊下を歩き始める。

 その先に、木彫りの看板が上部に付けられたドアが見えてきた。オフィスビルをそのまま転用したような外見の魑魅境ビルと不釣り合いなその看板には『銀母食堂(ぎんぼしょくどう)』とだけ書かれていた。

 白露は柔らかくも食欲をそそる匂いが鼻先に来たのに気が付く。その時だけは先ほどの痛みを忘れ、銀母食堂の扉を開けた。

 扉を開けたその先には、宴会場のように横に拾い部屋に、無数のテーブルが並べられた、旅館のお食事場のような光景があった。


「ひゅう。ほんとここは豪華だねぇ」

「お、白露ー」


 暖色の光がゆったりと充満する部屋の雰囲気に、白露がリラックスしていると、近くの席から呼びかける声が聞こえた。

 白露は自分を呼ぶ方に目を向ける。そこには、向かい合って座る卯未とエリカが居た。


「やっほ。昼間ぶり」

「大金星だったな、お前。こっちも食事始めたばっかりだしさ、一緒に食事しないか? お祝いって事で」

「おっけー。飯取ってくる」


 白露は卯未に軽く声を掛けると、部屋の奥側にあるカウンターへと向かった。

 近づくにつれ、熱気と感覚的な寒さが肌に来るのを感じる。カウンターについてみれば、台の向こう側は真っ暗な暗闇が広がっていた。


「えーーっと……三札(みふだ)のばっちゃーん!! 肉マシマシ生姜マシマシ、そんな感じの定食おねがーい!!」


 と、白露が声を言った直後。カウンター向こうの電気も付いていない暗闇から包丁が伸びてきて、白露の目の前のカウンターに突き立てられた。


「うひゃっ!」

「いーかげんなこと言うでねーわ、この馬鹿犬がぁ!! 見た目よりもわけーわ!!」


 ぬっと暗闇から顔を出してきたのは、ぼさぼさの銀髪を後ろの方でまとめた、割烹着を着た、女性の山姥だった。


「すまんすまん! こうでも言わないと出てこないからさ!」

「全く。来ないんだったら、お行儀よく待つって礼儀見せてくれても、嬉しいんだがねぇ」


 カウンター上の包丁をそのままに、三札は腕を組んでむすっと不貞腐れる。その姿は、みてくれから感じられる歳と比べて若い。顔つきを見て見れば、相田よりも若く、二十代最初とも言えた。


「ほんじゃ、そこで待ってろ、すぐ作っちゃる」


 三札はそう言って包丁を抜き取り、暗闇の中に消えていった。

 それから数分、中から何体かの怪物が暴れまわっているような音が響き、フライパンに掛けられた火がぼっと見える。

 そして、ぼんやりとその光景を眺めていた白露の目の前に、突然生姜焼き定食がドンっと置かれた。


「うおっ! あ、ありがとう、三札さん。ありがたく……お?」


 トレイを手に取って、白露は気づく。トレイの上に盛られている生姜焼きは、肉が普段より3枚多く盛られていた。


「言った通りに盛るのは意外ってかい」


 ぬっと、三札が暗闇から顔だけを出す。


「そいつはお祝いだ。依頼解決したっていのと、任務が終わった後、余計な犠牲者を防いだ事へのな」


 白露はぎょっと三札の顔を見返す。


「さすが、みんなの料理作ってるだけ、知るのも早い……」

「ふん。しっかり食べて、大事な時に備えてでもいな」


 三札はそれだけ言うと、暗闇に戻っていった。


「ありがとー!」


 白露もまた、一言感謝を述べると、二人の元に戻っていった。




「お待たせ」

「ああ、待ってたよ。うぐっ……」


 白露が卯未達の居る席に戻ると、そこではエリカがテーブルから身体を乗り出して、卯未の翼をせわしなくいじっていた。

 よく見て見れば、テーブルの端には卯未が非難したであろう、ワインが注がれたグラスが一つ置かれている。エリカの頬も、青白いそれが紅潮して、酔っぱらっているようだった。


「飲んだの?」

「エリカ、徹夜……徹昼(てっちゅう)? だったんだよ今日。昼間の任務だから、私と白露で何とかするって言ったのにさ……」

「ん~、うみぃ だめー? ほんとうにだめ~? くつ受け取ってくれたんですから、私の翼カバーも受け取ってもいいですわよ~? 翼が抜けるから毛布無理って言ってたから、寝るときだけ被せる翼カバー作ってるのにぃ。ぐっすり毛布で寝れますわよー? ふふん」

「うあー、だから、さすがに翼まで付けたら、本当に大事な時動けないんだってー! 自分で取り外しするの、まだうまくできないんだからー!」

「ふーむ……つまり、寝不足で頭も限界だから、ワインで頭ぼかして乗り切ろうって、飲んだって事?」

「当たり!」


 卯未はぴょんっと席から跳び、テーブルに倒れるエリカをよそに、エリカ側に回って開いているイスを3つ横に並べる。 そこに、白露がエリカを持ち、そっと卯未が用意した椅子のベッドに寝そべらせた。


「えへへ、ふふ、すっごい床固いんですけど~、驚きですわ~、ひっく」

「……卯未。相棒の健康、大事にしろな」

「スマホ使う練習してるから、覚えたらまず管理するさ……」


 卯未は口元を綻ばせ、軽く息をつく。


「全く……。エリカは、マイペースで落ち付いてるように見えてさ。結構強がって、無茶する事ばっかなんだよ。自分の身体二の次でさ……私もその分、頑張らないと」


 その傍ら、仰向けに紅潮とした笑顔で寝そべっているエリカの頭を、自分の翼で優しく撫でていた。


「……しかしまあ、羨ましいぜ。卯未はいつも一緒なパートナーが居てさ」

「そうか? 白露だって居るだろ? ずっと一緒に居る人とか、守りたいと思う人とか……というか、普通に私らとか、他の魑魅境とも居るだろうし」

「はっはっは。生憎、おまえらみたいにずーっと居る、って感じの相棒はまだできてないなー。お前のお隣さんの牛とか馬合いそうだけど……それに――」


 白露は両手を軽く上げながら、けらけらと笑いつつ語る。しかし、それにと続いたところで、その口が少し止まってしまった。


「……」


 それに。守りたいっていう意味なら、妹は今、何処に居るかも分からなくなっちまってるからさ。

 そう言葉が続きそうになって、その言葉が出せなかった。


「? それに、なんだ?」

「……いや」


 白露は、固まっていた自分に動けと念じ動かさせ、天井を少し見て笑顔を見せる。


「俺には夢があるからな。同じ夢追えるやつじゃねーと、釣り合わねえって」

「へえ? 夢ねぇ……食事でもしながら聞こうか」

「え? ……お、おう!」


 自分の席に戻る卯未に合わせて、白露もまた、自分の席につき食事を始めた。

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