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魂取の首飾り  作者: 斉木 明天
第三章:妖魔吸収事件
22/23

22.魑魅境が二人、悪魔が一人

「僕たちは、この首飾りの為にある」


 土岐は自らの胸元の首飾りを掲げ、そう語る。

 不気味に揺らめいた赤い光を放つその首飾りは、本当にその中に、自分の妹、時雨の魂があるのかと疑わせるほどに、不気味な情緒を漂わせていた。

 それは、白露の妹が今目の前で蝕まれているという事の事実でもあった。白露の中で、煮えたぎるような憎しみと殺意がこみ上げる。しかしそれを必死にこらえ、今この瞬間も、敵の次の行動を逃さんと目で追っていた。


「前の主は、この首飾りをうまく扱えてなくてね。魂が入り、成長する基盤を手に入れた首飾りの急速な成長に、逆に心がもたなかった」


 結果、使用していたリーダー格が暴走。部下全員を殺して、自分も死んでしまった。

 そう言いながら、土岐は鎖鎌を両手から射出した。

 白露は刃を食いしばり、両方の鎌の刃を、横から蹴り飛ばしはじく。

 そこを、間合いを詰め、目の前に迫った土器が、白露の首に手を掛けようとする。あともう少しで、その首に手が捕まる寸前で、白露は膝蹴りをかまし、腕を弾いた。


「だが、僕がこの首飾りを手に入れた。前の使用者よりも、僕は断然に強く、耐えられる! 僕の体なら、もっと、もっと! たくさんの命を吸い上げて、首飾りをさらに強い域まで高められる!!」


 白露の膝蹴りで弾かれたにも関わらず、土岐は、自分の腕に痛みを覚えた様子はない。目を見開き、恍惚としたまま高らかにしゃべり続ける。

 白露はその笑顔に憎悪をたぎらせる。上げた足を地に着け、その足をバネに、空いた手でアッパーをみぞおちに食らわせた。

 笑顔のまま、土岐の口からそれなりのよだれが飛び、宙へと飛び上がる。


「その力!! 一人だけが独占するにはもったいない!! 早くよこせ。この首飾りに収めて、たくさんの力と一つになれ!!」


 目を痙攣させた土岐は、ガクンと機械のように片腕を天井に向ける。

 その手から、腐食しきってところどころ汚れた、蜘蛛の糸を射出した。糸は、天井に張り付き、土岐も天井にしがみつく。

 今度は、全く知らない妖怪の能力だ。おそらく、土蜘蛛かなにかの能力だろうと、白露は思った。


「ふざけんな! 人も、妖魔も、てめえ一人が強くなるための、餌じゃねえ!! 言葉通う奴の意志も命も、根こそぎ奪って廃人にして、何が最強だ!!」


 日加。白露が名前を呼ぶ。

 日加は、白露が自分の目を見て、手伝ってくれと訴えているのを理解した。

 了解。日加は、頷き返す。


「これ以上、俺の妹をもてあそぶなっ!!」


 白露は低くしゃがみ込み、天井の土岐へと跳びこむ。蹴りを一撃、土岐にぶつけるが。土岐は空いた片方の手で思述壁を展開し、防いでしまった。


「奪われたくないなら、強くなればいい。そんな事だから、自分自身の妹を首飾りに蝕ませてしまったんだよ!」


 土岐は、衝撃が収まったところで思述壁を解除し、白露を掴みかかろうとする。逃げ場の無い空中、土岐にとって、妖魔の中でもかなり上位に位置する、一瞬の瞬発力を誇る白露を捕まえる、絶好のチャンスであった。


「っ!」


 しかし、その手は白露を掴む前に、静止してしまった。

 土岐が急ぎ自分の背中の方を見れば、そこには一つの鎌がしっかりと刺さっていた。


「命中…」


 土岐の意識が白露に向いていたからか、日加がいつの間にか背後に回り込み、鎌を投げていた。


「こい、つ…!」

「やっぱり。痛覚には鈍感なようだが、体はしっかり反応して、隙ができている!」


 白露は、片足を高々とあげ、土岐に向けて振り下ろす。


「これで、落ちろおぉおお!!」


 自分の力をできる限り振り絞って、白露は土岐の肩目掛けて、かかと落としを決め込んだ。

 受けた衝撃のままに、床に向かって土岐が飛んでいく。伸びた蜘蛛の糸は、人体が痛む嫌な音とともにぶちっと切れた。

 土岐は、固い床にクレーターを作り、大きな砂煙を起こしてぶつかった。


「っと。 助かった、日加」

「うむ。多少激高してたみたいだが、しっかりと連携は取れていたな。そのぐらいなら、合格だろう」


 拳を握りしめガッツをとる白露に、日加は静かに満足げに頷いた。

 二人は、並んでクレーターの中心地へと歩いていく。

 次第に砂煙は晴れていくと、二人は揃って眉をひそめた。


「はぁ、えほっ、ごほっ……面白い。本当に面白いよ、お前ら。最高だ」


 片膝をつきながら、よろめきつつ二人を睨む、土岐の姿があった。

 その弱りようは、人間の体故だと思うが、故であるなら、この程度では済まないはずだ。白露は、目の前の人間の弱りようが、この間戦った白紙族の消炭総長と大して変わらないことが、逆に不気味に思えた。


「驚いた…。まだ意識があるということが、不思議なぐらいだ」

「ははっ、は、酷いねぇ。人間が相手なのに、殺す気だったのかい? やっぱ妖魔共は、残忍だねぇ」

「自分の行い棚に上げといて、失礼な事を言うな。我が物顔で奪おうとすれば、それなりの罰もあるだろう」

「ちぇえっ、全く、人間社会に入り込んでる敵を、餌にして何が悪いというんだか、ごほっ!」


 そう言いながら、土岐は口から真っ黒な塊を吐き出した。

 血反吐のようなそれは、地面に落ちるとびちゃっと弾けて広がる。土岐は、体内のそれを吐き続け、床をどんどん汚していく。

 惨たらしい。そう思った白露は、ゆっくりと土岐に近づき、その首元の首飾りに手を伸ばす。しかし、土岐は手で首飾りを隠し、もう片方の手で、弱弱しく白露の足を掴もうとする。それも、白露があっさりと手ではじき返した。


「…首飾りを渡せ、土岐。……それを渡して、もうこれ以上みんなの命も吸い上げないと約束すれば、俺たちも、これ以上攻撃しない。それに、手当だってする。……命まで奪って解決することが、目的じゃないんだ」

「ははっ、は、急に弱弱しいこと言うじゃねえか。相手が剥き身じゃなかったら、それに合わせて、弱気になるのか? あ~?」

「わからない奴だな。お前には、もう抵抗するだけの力が無いって言いたいんだ」


 白露は、そういって、首飾りを隠している手を、手首から掴み、剝がそうと力を入れ始める。


「人を死なせたくもない、早くあきらめて、手当をさせてくれ。 そして、早く、妹に合わせてくれ! お前は分からいかもしれないが、何年も探し続けてきた、やっと見つけられた妹なんだよ…!!」


 白露は、こみ上げてくる気持ちをこらえながら、土岐の手を必死に離そうとする。うっかり掴み返されて、生気を吸い取られないように。力を入れすぎて、土岐を死なせないように。

 早く。早く妹を返してくれ。

 脳裏に浮かぶ、ベッドで目を覚ます時雨の姿を想像しながら、必死に土岐に説いた。


「……ふ、ふふ、あはは」


 その時、土岐は小さく笑い出し、ゆっくりと土岐を見た。


「ほんと、優しいよね、白露。正しい事ばっか考えて、相手を潰してでも奪えるような強欲さも、わがままさも無いから、あと一歩を掴めないんだ」

「えっ?」


 どういう事だ。

 白露がそう言い返そうとしたとき、背後で叫び声が聞こえた。


「うああぁっ! 離せぇえっ!!」


 悲鳴に惹かれ、その方を振り向くと。そこには、真っ黒い沼のような水に半ば沈み、その体を加昼と共に縛られた、加夜の姿があった。


「! 加夜!!」


 とっさに、日加が走り出した。

 黒い水に向かって飛び掛かると、加夜と加昼の体を縛っている黒い水を引きはがした。

 駄目だ、そんなことをしてはいけない。白露の全身に悪寒が走る。

 さっきの蜘蛛糸みたいな能力は見たことないが、この能力を、白露自身、以前のタンカー事件の時に見たことがあった。


「日加、離れろ! 今すぐその黒い水から!!」

「あはっ! もう遅い!!」


 土岐が口元に真っ黒な液を垂らしながらそう言うと、土岐の足元から伸びた黒い触手が、白露のみぞおちを殴った。

 突然の衝撃に白露は痛みで倒れ、手を放してしまう。その瞬間を逃さず、土岐が真っ黒な水で満たされた地面へと、まるで沼に沈むように消えた。


「がっ!!」


 土岐の姿が消えてすぐに、日加が息が途切れるような声をあげた。


「日加…!!」


 痛みにうずくまりながら、白露は何とか立ち上がろうと悶えつつ、日加を見る。

 そこには、首元を、黒い水から伸びてきた人間の手に掴まれ、硬直している日加の姿があった。


「ドッペルゲンガー秘術、通り水」


 日加の目の前の真っ黒な水の中から、土岐が姿を現した。

 白露は、その姿を見て悔やむ。その能力には見覚えがあった。以前、同じ魑魅境であるハーピーの卯未と吸血鬼のエリカが、中心となって解決したタンカー事件で、ドッペルゲンガーという先者達が、その能力を使って凶行を働いていた。

 人間の生命力を吸い上げたり、本人を移動させたりすることができる、独自の通路の役割を担う水を生み出す能力。通り水だ。

 土岐が吐き出していたのは、血反吐でもなく、生成した通り水だったんだ。

 まさか、この土岐という人間が、ドッペルガンガーとも接触していたなんて。白露の心のうちに、絶望がこみ上げた。


「き、さ、ま……」

「安心してお休みしなよ。君が積み上げてきたもんも、ありがたく使わせてもらうからさ」


 そう言ってほほ笑む土岐を、日加は引きはがそうとするが、手首をつかんでもどかせない。

 次第に、日加は弱まり、まるで眠くなってきたかのように、まぶたが降り始めた。


「はく、ろ。加夜をまも、て、くれ。……うばいかえ、せない、あにで、すまない、か、ひる……」


 その言葉を最後に、日加の手ががくんと垂れ、動かなくなった。


「……ああ、妖力も、君を構成するいろんなものも、流れてくるよ。なるほどね、生前、兄弟も養えず、3人揃って死んでいったから。それで今世は、3兄弟で一緒に生きていきたいと願い、3匹で1つの、鎌イタチの後者として生まれ変わった、と。……はぁ」


 少しのため息の後、土岐は日加を、並みの人間とは思えない力で投げ捨てた。


「しょうもない人生だったな! 変に捨てられず、一人生きてるのに欲を出してもう一人も救おうとして、自分までも脱落してしまった! 無計画の頓智気野郎さ!!」


 土岐は動かなくなった日加を見て、高らかに笑った。

 床に倒れ動かなくなった日加。胸元を抑え苦しむ白露。静かに眠る加昼に、怯えたように土岐を見上げる加夜。

 空間内に、重く恐怖が伸し掛かった。

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