21.魂泉の器、その主
「お前とは初対面だが。お前が身に着けている首飾りをずっと探していた」
白露は、飄々とした顔持ちの青年に対し、そう声を上げる。
「ふむ。この首飾りを?」
ようやく声を出した、魂泉の器リーダーの声は、まだ幼さも取れていない、青年の声だった。
「貴方が、この首飾りに入っている魂の身内というわけか」
「そうだ、話が早い。その首飾りに、人の魂が入っているってこと、分かってて使ってたんだな」
「そうだよ?」
男はあっけらかんにそう語る。
その間も、白露と日加は、敵に間合いを詰めていく。
二人は、人の道理の効かない狂気を語る相手に対し、敵意を抱きながらも、姿勢を強張らせる。
それぞれ共に、魑魅境として幾多の敵と戦いを続けてきた。街中でアーティファクトを中心核に魑魅魍魎の覇を唱えようとするものを、周知の事実になる前に鎮圧することもあれば、人間社会に浸透し、益の為に惨劇を起こそうとした侵食企業との抗争も繰り広げ、勝利を収めてきた。
だが、それゆえに分かる。
目の前のこいつは、やばい。
「戦う前に一つ聞く。お前らの目的はなんだ」
「目的?」
「理由だよ。あちこちの妖怪から妖力を奪って、動けない廃人を作り出し。人間尊位なのかと思えば、俺のい……人一人を素材に使ったアーティファクトを、平然と使いこなす。お前が殉ずる場所は、いったいなんなんだ」
「殉ずる場所ねぇ…」
青年は、少し考える様子を見せる。
そう考えながらも、いつでもこちらに攻撃をするという気配が、消え去らない。
「逆に聞くけれど。誰かのためとか、そんなこと意味ある?」
「なんだって?」
「何かをするには、誰かの為である必要が、あるかって聞いてるんだよ。魑魅境なんて、自分の死後も奉仕する慈善団体に居すぎて、他者愛でしか何もできなくなったのか?」
青年は、白露に向かって、あざ笑うような不吉な笑顔を見せる。
「強くなりたいんだよ、僕たちは。ただそれだけ。この首飾りにどんどん生命力を集めて、魂を強くし、より強いアーティファクトとなる。それが、僕たちの目的。ただそれだけさ!」
その言葉を聞き。一瞬、場が静かになった。
身を強張らせ、警戒していた白露と日加の姿勢が緩やかになった。それは、いつも敵と戦うときの出だしでもある。機敏に動けるようにするための、スタートに余裕を持たせた姿勢だ。
「…調子を合わせろ、白露」
「了解。……そんな事の為に、俺の妹をこき使ってんのか!!」
二人が、一斉に飛び掛かった。戦いの皮火が切って落とされた。
白露と日加、それぞれが左右に回り込み、鎌と拳を叩きこむ。
青年は、その攻撃を嘲笑するように、口角を上げながら左右に手のひらをかざした。その瞬間、それぞれの手のひらを中心に、不可解な漢字が羅列される。それらは文字が歪みあい、蚕の繭のように繊維状に絡まり、広がっていく。
攻撃が着弾すると、繭は、青白い光の糸で構成されたバリアのように変貌し、二人の攻撃を防いだ。
「! 思述壁か!!」
思述壁。退魔師が妖怪からの攻撃を防ぐために展開する、盾の役割を担う基本的な術だ。並みの退魔師は、これを展開することで、敵からの妖術を防ぎつつ立ち回り、起死回生の封術を持って、妖怪を討つ。
しかし、それが左右の手から球場を成し、青年を包み込んでいるという事に、日加は驚いた。こんなことができるなんて、そもそもがおかしい。
例え、限りないエネルギーに、それを全身に行きわたらせる供給源があるとしても、それをうまく使うには、気を操る才と言うものがあり、腕前というものが必要だ。
なのにこの青年は、左右同時に術を展開し、それどころか、それぞれから発生した思述壁を相互干渉によって崩壊させることも無く、一つの術式として展開させた。こいつには、あふれ出る妖力に神力を、制御するだけの才がある。
「甘い。甘すぎるわ、貴方たち。ただ体からにじみ出ているだけの、生まれ変わりもった肉体だけで、勝てるって思いこんでる事が、ほんと笑える!!」
「っ!」
白露は、全身の毛が逆立つのを感じる。とっさに拳を軸に体を横へそらした。
次の瞬間、白露の胸元すれすれを青い繊維で構成されたトゲが掠った。白露の胸元を少し斬ったそのトゲは、目の前の思述壁から、生えるように現れている。
「こいつ! 防護の術から、攻撃の術に転用した!?」
白露は近くに着地し、日加の方を見る。
日加は、胸元に鎌を構え、トゲを受け止めていた。鎌に少しのヒビが入り、日加は壁にたたきつけられ、少しよろめきながら着地する。
「日加にいちゃん!」
部屋の入り口で加昼を抱えながら見守っていた加夜が、叫び声を上げる。
「近づくな! 自分らの身を守る事だけを考えろ!!」
日加は加夜に叫ぶ。
そこに、青年が駆け出してきていた。
「鎖鎌!」
青年は、コートの内より、何かを射出する。
「なっ!?」
その攻撃に、日加は着弾前に動揺してしまった。
青年が射出してきたのは、常に見覚えのある、加昼の鎌だった。
加昼の物であったはずの鎌が青年の懐から、日加めがけて飛んでいく。おまけに、鎌の根元には、まるで鎖であるかのように先ほどの思述壁を成していた青い糸が縛られ、さながら鎖鎌のようになっていた。
青年が、手元に繋がっている青い糸をくいとひねる。すると、鎖鎌は不可解にうねりだし、日加の視界から消える。
日加がどこかと探し、気づいたときには、日加の首めがけて、横から鎌が振り下ろされてきていた。
「やらせるかぁっ!!」
「! 白露!」
日加の目の前に、突然影が現れたかと思うと。目にもとまらぬ速さで姿を見せた白露は、鎖鎌を蹴り、横へ吹き飛ばした。
「ひでえぜ、加昼の鎌まで!」
「すまない、助かった…」
「お互い様だ。それよりも、おい!」
白露は、日加をかばうように、再び青年に向き直る。
「大勢から奪った力を、神力に置き換えて自在に操るだけの能力。そして、初めて使ったとは思えない程の、人の能力までも使う腕前。てめえ、いったい何もん
なんだ!」
白露の言葉に、そこまで落ち着きを払っていた青年は、息を吹き出すように笑い出す。
「ぷっ、あっはっはっは! そうそう、そんな顔! 私たちは、そういう顔が見たいんだよ。強くなればなるだけ、異質な何かを見たような、軽蔑するような情けない目! 最高だ!!」
青年は、さながら人をもてあそび、いじめるのが大好きな悪ガキのようにあざ笑う。そして、一通り笑い終えると、胸元の首飾りを手のひらに持ち、その赤い輝きを見せながら口にしだした。
「最初にも言った通り。僕たちは魂泉の器。そしてそのリーダーである僕の名前は、土岐。限りなく妖魔共の生命を吸い上げ、この首飾りを、さらに、さらに上へと鍛え上げていくことこそ、僕たちの使命」
土岐と名乗った青年は、狂気を孕んだ目で、胸元で輝く首飾りの光に、魅入っていた。




