7・わたし島をゆく(2)
たぶん島で一番大きな『家』は、村のはずれにありました。
棒杭の柵で大きく囲われた敷地に、あずま屋をいくつも寄せ集めたような、平屋の低い建物。屋根と柱と床だけで、壁というものが一切ありません。
床の広さだけで三十メートル四方はありそうだけど、あちらが出っ張り、こちらは引っ込みしてるので、四方というのもまた違う感じ。屋根の高さもそろってないところを見るに、おそらく増築に増築を重ねたのでしょう。
そしてそこに、たくさんの女の人と、もっとたくさんの子供たちが群れてました。
ヒラリ身をひるがえし、わたしの前にまわりこんで、大きく腕を広げてみせるベル。すこし得意げな笑顔で。
「ようこそミユキ。あれがあたしらの『子供の家』よ」
*
なぜそんなところに行ったかというと、発端はこう。
「ああああああもう。世界一面倒なの来たあああああ」
家に帰ったら、ベルが、ひざから崩れてべったり床に伏せました。
「タコでしょ? タコよねそれ? なんでタコなんて持って帰ってくるのよおおおおお」
そ、そんな悪いことしたでしょうか。べつにペットとして飼おうってわけでは……
「どーせ海衆からもらったんでしょ? 断りなよカイ、食べもしないくせにー」
「私にだったら断ったさ。だがミユキにと言われちゃ、私が断る理由がない」
「……だいいち、ミユキは食べるわけ? それ」
「そういやそうだ。ミユキ、あんたタコは食えるのか?」
急に二人の注目を浴びて、少々あわてるわたし。
「え、え。フツーに食べますけど……」
「だそうだ。がんばって料理してやれ、ベル」
「あああああああ」
朝ごはんのタロのポイを食べながら、ベルが説明を始めました。文句というか。
「タコってのはねぇ、料理する前にまずヌメヌメをよーっく取らなきゃならないの。塩をバーッと振って、これでもかってくらい揉んで揉んで揉みたおすのよ。そんなたくさんの塩ここにはないし、あったとしてもやりたくなーい」
「っても、ミユキのメシの世話も仕事のうちだろ。……私も、ま、そこまでして食うものかとは思うけどな」
うーん、タコ不人気。
籠のふたを開けて覗いてみたら、気の毒なタコくんは、籠の底でグッタリグンニャリ平たくなってました。
「……ねえカイ。やっぱりこの子、逃がしてあげましょうか?」
「さっき海で言え。もう弱ってる」
ですよね……。
と、急にお椀を置いて、ポンと手ぇ叩くベル。
「てか、そーだ、もうミユキごはんも『家』でよかったんだ。あそこで料理してもらおっと」
家? なにそれ?
訊く前にカイが、大あくびして座を立ちました。
「私は付き合わないぜ。今度こそ帰って寝る」
*
「ようこそミユキ。あれがあたしらの『子供の家』よ」
子供の家というのは、よく分かるネーミングでした。もっと簡単に言えば、そこは託児所、または保育園。
お姉さんおばさんおばあさん、老若まちまちな大人の女性たち(腰布で大人と見分けました)が、赤ちゃんにお乳を含ませたり、おむつ替えたりあやしたり、離乳食と思しきものをスプーンで食べさせたり。
また別の一角では、かけっこやケンカで大騒ぎの少年たちを叱ったり、こづいたり。あちこちで、大人を囲んで子供たちの車座ができてるのは、語り聞かせでもしてるのでしょうか。
そして、しばらく眺めていてわかりましたが、未成人(腰布で以下略)でも年長の少女は、大人を手伝って年少組の面倒を見てるようでした。
やがて、南国の夏の陽射しをものともせず駆けまわっていた男の子が、わたしたちに気づきました。ほかの子たちも、あるいは大人たちも次々と。
大人たちは手招きしたり、笑顔を見せてくれたり、打ち解けたリアクション。宴会で顔合わせ済だからかな。
けど、子供たちはみな押し黙って、探るような眼でわたしを見ています。
うーんどうしよう。ここはわたしから歩み寄るべきでしょうか。こう手なんか振ってみせたりして、年長者の余裕もただよわせつつフランクさも見せてく感じで
「おーいチビども、これが噂のミユキだよー! 思いっきり歓迎してやんなー!!」
えっ。
ベルの号令とともに、子供たちがワッと歓声を上げて駆け寄ってきました。
思いっきり歓迎されました。
*
「ううう。ひどいですベル」
「あはははは、ごめんごめん。もみくちゃだったねミユキー、人気ものぉ」
「物理的にもみくちゃにされた……子供だからいいけど……」
タコの籠を、料理番だというおばさんに託しての帰り道。わたしは、ぶちぶち言いながらベルと並んで歩いてました。
「でもま、にぎやかで楽しかったでしょ」
「にぎやかはにぎやかでしたけど……」
あのあとわたしは、ガッチリ子供につかまって、やれ遊んでくれのお話聞かせてくれの×◇●◎△(島言葉なので不明)だのと、文字通り引く手あまたの目にあいました。新しいおもちゃにお目々キラキラのちびっ子たちを振り切るパワーはわたしにはなく、ベルが強引に連れ出してくれなかったら、しあさってくらいまであそこにいたかもしれません。
「って、あの子たち夜は? みんなおうちに帰るんですか?」
「帰る子もいるけど、半分以上はお泊りかな。もちろん、大人もついてるから安心よ」
お泊りつきの保育園。
「それに、島のみんなのゴハンも、おおかたあそこで作ってる。家ごとに煮炊きは面倒だし、火も危ないし」
しかもセントラルキッチンまで兼ねていると。
「うーん……本格的ですね。すごいです」
手放しで感心したのは、わたしが母子家庭で育ったからだと思います。
「大人と年長の女の子で、ちっちゃい子たちの面倒見るんですよね?
わたしの国では、家族単位で子育てするので、特に母親の負担が大きくなりがちで」
うんうん、大きくうなずくベル。
「そ、持ち回りで炊事やら子守やらする代わりに、そーいうの完全オフな日もある。あたしの母さんも休みみたいね。いたら紹介したんだけど」
完全オフ。日本のお母さんたちが聞いたら遠い目になりそう。小さい島、全員が親戚みたいなコミュニティだから成り立つシステムなのでしょう。
この島の皆が人なつっこい理由も、少しわかったような。誰でも小さいころ、家族よりも大きな輪の中で、人見知りするいとまもなく育っているのでした。
……それと。子供を『家』に預けておけば、夫婦して気兼ねなく島の人口増加、さらなる発展にチャレンジできるわけですねフフフ。なんてねフフフフフ。
「ミユキ」
気づいたら、ベル、まあるい目でまっすぐわたしを見てて。
「? はい、なんでしょう」
「今あなたが考えてたこと、その通りよ」
耳まで真っ赤になるのが、自分でわかりました。
「なななななんのことですか。わたしなーんにも考えてなんか」
「子供を預けておけば夫婦気兼ねなく〇ッ〇〇できて島の人口も増えるとか考えてたでしょ。その通りよミユキ」
「魔物ですかあなたは!」
「おーいみんな聞いて! 今ミユキがねー」
いきなり走りながら大声で広め回るベル。追って、殺す!(殺さない)
*
かわいそうなタコは、遅めのお昼のおかずになりました。わたしも忘れかけてたのを、三十過ぎくらいのほっそりした女の人が、わざわざ『家』から届けてくれたのです。その人は、島の言葉でベルと少し話をし、こちらに控えめな笑顔を見せて帰ってゆきました。
心の中で手を合わせて、いただきます。
ぶつ切りのタコ、大根みたいな半透明の野菜とともに炒め煮にしてありました。恐る恐る食べてみると、タコはプリプリ、野菜は、それ自体無味でシャクシャク繊維質。塩加減もほどよく、未知のスパイスがピリリと来て、暑い中でも食欲がわきます。
「初めて食べたかも。この野菜なんですか?」
「バナナの茎」
「うそ!?」
「ホントホント。ふつうは蒸し焼きにすんだけど、煮てもおいしいね」
食べながら訊いてみました。
「ねえ。女の人は交代で『家』で働くわけでしょ」
「まーだいたいそうね。貝を拾ったりとか、そとの仕事もあるけど」
「男の人は? やっぱ漁か畑仕事?」
「か、山で狩りとか、炭を焼くとか。あたしの父さんも、今日は山」
「……カイのご両親は?」
「さっきの人が、カイのお母さんだよ」
はいっ!?
「あ、あ、あのほっそりした人? だったら紹介してくれればいいのに!」
ベル、窓の外遠く目をやりました。眠たげなほどゆったりした動作で。
「カイのお母さんも、英語はできる。でも、島言葉であたしとだけ話した。ならたぶん、今はその時じゃないんだよ。……ま、そのうち、ね」
まるっと納得したわけじゃないけど、わたしは黙りました。
こういうとき、この少女は、年齢よりいくらか大人びて見えるのです。
*
朝昼はベル、夜はカイ。わたしの付き添いと、ごはんの担当です。
日暮れ、お芋や魚の蒸し焼きを持ってきてくれたカイに、残ったタコの煮物をすすめてみました。
カイ、ひょいと口に放り込んでモグモグ。
「……意外に食える。吸盤がキモいから敬遠してたが」
それから付け加えて、
「母さんの料理だな。今日は『家』で働いてたのか」
「えっ、わかるんですか!?」
「味付けに覚えがあるし、煮物ってのも島じゃ珍しいしな。父さんが……タコは絶対食わなかったが、煮物は好きだったんだ」
「……お父さんが食べないから、カイも?」
「そうだな。家のメシに出てこなかったから食わず嫌いしてた」
あとはしばらく、ふたり静かなおゆはんタイム。カイは、おしゃべりなどせず真面目に食べる派。
済んでから、訊いてみました。なるべくなにげない調子で。
「カイ。お父さんって?」
なにげない調子で、答えが返ってきました。
「死んだ。四年前に。もういい歳だった」
*
真夜中、ふと目が覚めると。
カイがすぐそばで、めずらしく居眠りしてました。壁にもたれて座ったままで。……今朝、眠いのに連れまわしちゃったからかな。
いつもはキリッと、大人びて見える顔。こうして眠ってると、すごく幼い。
なんとなく指を伸ばして、頬に触れかけて。ふと我に返ってやめました。なにしてんだわたし、起こしちゃったらかわいそうだろ。
寝返り打って、目を閉じて。
晩ごはんの時の会話を思い出して、気づきました。
お父さんのいないカイ。お母さんとも、一緒に暮らしてないんだ。
ミユキを小島に隔離してる間は、カイとベルは人の多いところには行かず、ミユキのごはんも個別に作ってました。




