表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/37

21・決断(2)

「え?」

 よほど驚いたのか、構えた弓を揺らすトーニ少年。いいですね、いい反応。さらにたたみかけていく!

「トーニくん、一緒に逃げませんか。

 ()とやらに従って好きな子を撃つくらいなら、逃げちゃったらどうですかこんな島」

 やはり意表を突かれてポカンとしてるカイにも、ポカンとしてるうちに言い含めます。復活のセールスレディスマイルで。

「あのね。この件でわたし、優先順位を決めてるんです。

 自分が日本(くに)に帰るのは、二番目。

 一番は、ケガ人死人を出さないこと。

 トーニくんはもう、あなたが島を抜ける気って知ってます。なら、誰も傷つかないためには彼を巻きこむしかない。でしょ?」

 場がシンとして。

 やがて少年の、うなるような声。

「勝手なこと言うな、よそ者。俺は次の山長(やまおさ)だ。義務を捨てて行けはしない」

「あなたが逃げても、ごめんね、他の人が代わってくれますよ。

 誰かがいなきゃ回らない仕事なんてほとんど無い、母が言ってました。だから、本当にかけがえのないものを優先しろって」

「お前ら日本人(よそもの)が、おれたちの何を知ってる!

 ……いやそもそも、こんな議論に意味がない。三人で逃げる? そこから不可能だ」

「……どーしてでしょう。ワンチャンないですかね」

「足が遅い、布をかぶってすら肌の色が目立つ。お前が足手まといだよ、よそ者。

 この闇の中、三百歩離れてもなお、追跡はたやすかったぞ。その生っ白い足を目当てにな」

 さっき、カイに手を引かれてなんとかついてったのを思い出します。そういえば別のどなたかにも声かけられました。トーニくんの言うこと、ウソや脅しじゃない。

 それなら――

「次善策もあります。わた、ゴホン失礼」

 声が震えたのを、咳払いひとつでごまかしました。

 次善ってか、ある意味最後の手。

「わた、し、島に残ります。

 あなたたち二人、でなきゃカイだけでも逃げてください」


   *


「おいミユキ!! なに言ってんだあんたは!?」

 カイ、怒ってくれました。

 ね。何言ってんですかねわたしアハハ。でも今さら引っ込みもつかないし。

「落ち着いて聞いて。くりかえすけど、優先順位ですよ。

 自分が日本(くに)に帰るのは二番目。一番は、誰も傷つかないこと。

 トーニくんの、狩人としての判断がそれなら、わたしは残ります。

 もちろん、首尾よく外に出られたら、わたしのこと誰かに伝えてくださいね」

 しばらく誰も口をききませんでした。

 やがてカイの、苦しそうな声。

「……忘れたか。あんた、十七だってバレてるんだ。

 私やトーニが急に消えたら、長老は、あんたが無関係だとは決して思わないだろう。

 それこそ明日の身も知れなくなるぞ」

 ですよね。うう胃ぃ痛い吐きそう。でも微笑みだけは絶やしません。

「なるべーく大人しくしてますよ、周りを刺激しないよう。で助けを待ちます。

 まーなんなら最悪、子供の二、三人も産んだろうじゃないですか。死人が出るよりマシってやつです」

 そして、言葉を失くして口だけパクパクさせるカイを、あやすように抱きしめました。

 背中を手のひらでポン、ポン、たたいて。短い髪をサラサラなでて、ほっぺとほっぺくっつけて。祖父(じっちゃ)の家で飼ってた猫たちをなんとなく思い出しながら、なつかしみながら。

「長老の言うとおり、わたし、この島がなければ生きてませんでした。

 そのわたしのせいで別の誰かが傷ついちゃ、厄病神すぎて寝覚め悪いじゃないですか。

 ましてや、十五の男の子が好きな女の子を撃つなんてあっちゃいけない。絶対に」

「ミユ、キ……」

 どのくらい、時間がたったんでしょうか。

「おい、よそ者」

 やや存在を忘れてた(ごめんなさい)トーニくんの声、横合いから。

「仮に島を出られたとして、その先どうする。どうやって別の土地を目指すんだ」

 あっはい、そこは大事ですよね。

「これ()()()っていうんですけど、世界中どこにいても、現在位置が分かる仕掛けになってるんです。地図も出ます……ホラこの通り。

 ちょっと説明すればあなたたちにも使えると思います。カイを、あなたも、海の上で干からびさせたりはしません」

 まったくもって、現代文明と、旅行前にナビアプリをインストールした自分をほめてあげたい。『あんたは迷子になるんだから』との母の警告、当時はカチンと来たけど、今となっては感謝したい。

「……優先順位、とか言ったな。一、二は聞かせてもらった」

「はい」

「それ以降はあるのか?」

 ああ、はい。

「三、できれば長老は一発殴る、以上です」

 拳を突き出したら、少年は意外にも大笑い。目のはしに涙を浮かべて、弓を下ろして。

「カイ、カヌーはどこだ?」

 一瞬間を置いたけど、カイはたぶん正直に答えました。

「すぐそこ、プアアの入り江だ。マングローブの森に隠してある」

 少年はうなずいて、

「バカなよそ者。おれが、山長の息子が島を出るはずあるか。

 ……が、時間をとらせた埋め合わせはしよう。

 今夜を逃せば、明日からはもっと警戒が厳しくなる。行くなら今すぐがいい」

 そしてさっさときびすを返しました。

「浜にはもう人手が廻ってる。足手まといを連れていくなら、山の中を迂回するしかあるまい。おれが先導する」


   (幕間15)


『島抜けは許さん。よそ者の娘はともかく、カイはきっと捕えます』

 それだけ言い残して、山長は闇のむこうへ消えてった。岩がしゃべったような、太くて重い声だった。

『やれやれ、頭の固い男だ』

 見送って、あきれ笑いのじいちゃん。

 疑うわけじゃないけど。あたしは一応訊いてみた。

『……うまく行ってるんだよね?』

『まあな。ちっと誤算もあったが』

 誤算? ちょっとちょっと、気になるんだけど。

 でも、長話で時をムダにはできなかった。じいちゃんが、しわしわの手であたしの背を叩いたからだ。

『さ、わしも行かねばならん。

 ベルよ、おまえも一仕事だな。せいぜい人数を集めてくれよ』

『……。あのさ、じいちゃん』

『ほい? 何だね』

 時間をムダにはできないけど。

 これだけはってこと、いっこ訊いた。

『……大人になったら、いつもこんな風に、やらなきゃならないの?

 こういう……やりたくないこと、さ』

 向けられた笑顔、優しくて、少しさみしそうで。

 あたしは突然、ほんのこのひと月ほどで、じいちゃんが急に老け込んだのに気づいた。

『まさにそうだよ、かしこいベル。大人になるとは、したくないことをしながら生きることだ』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ