12・旅するおはなし(3)
布にくるまれた小さな体が、バナナの葉で編んだ小舟に乗せられて。その体を埋めるように、たくさんの花がたむけられました。
夕暮れ、小舟はカヌーに曳かれ海へ出てゆきます。
島の葬式は、静かで、悲しいくらい美しかった。
*
異様な光景でした。
あわてて駆けつけた、島のいわば保育園、『子供の家』。
その片隅にアリーくんが寝かされてました。大勢の大人や子供に取り囲まれて。
やわこいほっぺを痛みにゆがめ、まるいおでこにはビッシリ脂汗。その左手を、追い込み漁の日に見かけたあの若いお母さんがしっかり握ってます。
右手は……右手は、手首のとこできつく縛られていて、そこから先、普段の倍ぐらいに腫れ上がってました。
すぐそばに鉄鍋がふたつ。中身、片方はたぶんただの水。もう片方は、火にかけられ湯気が立って、気泡がフツフツわいてます。
長老と同じくらい歳をとった、長老と同じくらい刺青だらけのおばあさんが、なにやら呪文を唱えつつアリーくんの腫れた手を……
「なにすんですか!?」
わたしの叫びとアリーくんの悲鳴、同じタイミングでした。
おばあさんが、少年の手を、お湯にひたしたのです。
「来たのかミユキ。落ち着け、黙って見ててくれ」
カイ。いつのまにかそばにいました。彼女に止められなければ、わたし、ババ……おばあさんに飛びかかってたかもしれません。
そのおばあさんは、お湯からアリーくんの手を引き上げ、すぐさまとなりの鍋の水につけました。なにこれ。なにを。
「アリーのやつ、海で遊んでてなにかに刺されたらしい。
海には毒持ちの生き物がいくらでもいる。
子供は弱い。いや、刺されたのが毒貝だとしたら、大人だって危ない」
「そんな……!」
まわりの大人たち、子供たち。みな心配そうに、アリーくんを見つめてます。
わたしを連れてきてくれた子も、ただただ泣くばかりで。
それがなぜか、神経をひどく逆なでしました。
「にしたって、あれは何なんですか。なんであんな……アリーくん熱がってるじゃないですか」
「……魚も貝も、水の中では生きられるが、湯の中では死ぬ。
だから、海の生きものに刺されたら、熱すぎるくらいの湯にひたすのが治療だ」
なにをばかな。
けどカイはあくまで真剣に、
「私も子供のころ、ウナギナマズのとげにやられた。理屈はどうあれ、湯につけると痛みが引くんだよ。頼むから見守っててくれ」
ドクン、ドクン、
あ、やばい。
自分の鼓動が聞こえるのは、たぶん興奮しすぎてる証拠です。抑えないと、でも止まらない。
なにがウナギナマズ、ウナギだかナマズだかハッキリしろ。いつだって良くも悪くもハッキリしてるのがあなたじゃないですか。なんで理屈も分からないような手当てを受け入れてんですか。
無茶苦茶なこと、わめきちらしそうになって、
わたしを止めたのは、知らないおじさん。
いきなり肘のあたりを掴まれ、瞬間背中がこわばりました。
「外のヒト。なにか、ないのか」
必死な顔、真っ赤な目。
「あれ、オレの息子。なにか、湯のほか、ないのか」
興奮、スッとさめて。
そのかわり、まぶたの裏に、じわっと熱が浮かんできます。
「ごめ、
ごめんなさい。ないです。なにも、わたし……知ら……」
わたしは馬鹿だ。なんで一瞬でも、このやり方を責められたんだ。
アリーくんのお父さん、お母さん、わたしを連れてきた子、集まってるみんな。
その悲しそうな目が訴えてました。文明とやらの発展した世界から来たお前なら、お湯と呪いの治療に抗議するお前なら知ってるんじゃないか。これよりほかに、子供が苦しまず、必ず助かる方法を知ってるんじゃないかと。
ごめんなさい。ごめんなさい。
手で顔を覆って、指の間からムダな塩水をこぼすだけのわたしを、カイがそっと人の輪から連れ出しました。
*
真夜中。
アリーくんの治療は続いてましたが、わたしとカイは家に戻ってました。どうせ、できることもないんです。
外は雨。遠くで雷の音。島の夏は雨の季節だと、いつだかベルが言ってたっけ。
「……ねえ、カイ」
「……。なんだ」
「こんな時だけでも、外の世界を頼れないんでしょうか?
飛行機、ううん、足の速い船でもいい。患者を外の病院に運べれば、助かるケースもきっと多いはず」
「ミユキ、昼間も言ったよな。可能性のないことを論じるのが、私はなにより嫌いだ」
返ってきた声、硬かった。けどわたしは食い下がりました。
「だって思わないですか!? 外ではもっと医療が進んでるし、ここで助からないものも外なら助かるかもしれないのに……!!」
部屋の隅で油が燃え、周りを羽虫が舞ってる、いつもの闇の中。
カイが力なく顔を伏せました。
「思うよ。みんな思ってる。だから、頼む、言わないでくれ」
*
明け方、ベル、来るなり大声で、
「おはよ! アリーのやつ、峠を越えたよ!」
*
亡くなったのは、齢九十だというおばあさん。
ほぼ島総出で行われた葬儀を(みな親戚なので)、わたしたち……わたしとベルとカイ、遠巻きで見守りました。子供はあまり死者に近寄らせない、それも掟だとか。
布にくるまれた小さな体が、バナナの葉で編んだ小舟に乗せられて。その体を埋めるように、たくさんの花がたむけられます。
夕暮れ、小舟は、カヌーに曳かれて海へ出てゆきました。西の砂浜から、燃え落ちる太陽に向かって。やがて小舟はカヌーから切り離され沈むそうです。
「水葬、なんですね。初めて見ました」
「……土に限りあり、風と水に限りなし。たしか話したっけな」
憶えてました。二人、カヌーで漁を見学して、タコをもらってしまった日の。
「土は有限だ。必ず、与えたものより少なくしか返ってこない。
風は無限だが、無限なだけだ。永遠に吹きすぎてゆくだけだ、西から東へ、永遠に。
が、水は幾度でも廻る。雨になって、川になって。だから私らは亡骸を海に託す。ハヴァイイ……ふるさとで憩った魂が、いつか戻ると信じて。迷信なのは分かってる」
遠ざかってゆくカヌーを見送りながら、カイの声は穏やかに続きます。
「生まれて、無事に育って大人になって、たくさんの子を産んで。死ぬ前の日まで、元気で、こまごま働いて。理想的な一生だ」
わたしも、あの軽口叩きのベルも、なにも言いませんでした。
「私もああでありたい。
父さんが終の住み処に選んだ島だ。私も、ここで生きて死にたい」
夕陽があんまりきれいで、視界がにじんで困りました。
追記。
アリーくんは、翌朝にはすっかり良くなったとのこと。
遊びに出かけようとして、ご両親にコテンコテンに叱られたそうです。




