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上階の存在 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやくん、君の通っていた学校って、どんなふうに学年のフロアを分けてた?

 僕たちのところでは、高学年になるほど、高いフロアへ移動していたよ。先生に理由を聞いてみると、「卒業が近づいてくるに従い、景色のいい教室で授業を受けさせたいから」との返事だった。

 その時は一応、納得はしたんだけど、色々な人から話を聞いたところ、「階段だけとはいえ、低学年が高学年のフロアを通るのは緊張するから」とか、「単純に学年の人数と教室の数を考えた結果、この並びになった」とかがあった。

 それに対して、僕のおじさんの学校は逆で、高学年ほど下のフロア、低学年ほど上のフロアに所属していた。その理由に関して、おじさんは先生たちに尋ねることはなかったけど、ちょっと奇妙な出来事と遭遇したことがあるって話していてね。

 その時のこと、聞いてみない?


 おじさんの学校は、2学年ごとにフロアを分ける4階建ての校舎だった。一階には職員室や保健室といった特別な部屋が並び、2階以降は先ほど話したように、どんどん学年が下がっていく。

 4年生になったおじさんたちのポジションは、校舎2階の西の端。当時はまだ新しかった、給食配膳のワゴンが乗せられるエレベーターの扉が、すぐ近くにあったらしい。

 この頃は、ややもすると周りを巻き込んで騒ぎがちだけど、自分たちの真上にあたる低学年たちの騒ぎようといったら、なかったらしい。話し声もそうだけど、「どんどん」と音を立てて飛び跳ねているようで、天上がミシミシと揺れる。

 担任の先生へ「静かにするようにして欲しい」と注意をお願いしたけれど、いつも「言っておくよ」と返されて、改善している様子は見られなかった。

 更に、彼らは帰るのが早い。自分たちが6コマ目の授業を受けている時でも、いつものようにくっちゃべりながら、教室の入り口から見える階段から悠々と下校していく。それをうらやましそうに眺めていると、先生に注意をいただくというおまけ付き。


 ――ずりいな。俺たちが余計に授業している間、好き勝手ができるなんてよ。


 かつて自分たちがその立場だったことをすっかり忘れ、不満をため込むおじさん。

 先生たちがばしっと言ってくれないなら、自分が直々に注意をしてやる。そんなことさえ考えるようになっていたとか。


 そして、ある放課後のこと。

 おじさんは職員室に用事があって、その日はいつもより遅くまで学校に残っていた。自分の教室に戻った時は、すでにみんなの姿はなく、自分の机の上にランドセル一式が、呼び出された時の状態そのままで横たわっている。

 忘れ物がないかどうかを確認。ドアから出ると、給食用のエレベーターへとつながる、校舎の隅の窓からは西日が漏れ込んできていて、廊下の一部分を赤々と照らしていたみたい。

 ふと、頭上から「ずしん」と何かが落ちる音がした。意識せずとも、おじさんの身体が飛び跳ねてしまうくらいで、「なんだ?」とつい頭を天井へ向けてしまう。かなり重いものが落ちたと思われる。

 6コマ目まであった上で、呼び出しを食らった自分が帰ろうとしている、この時間。低学年はとっくにいなくなっているはず。耳を澄ませてみるけれど、先ほどのような揺れはおろか、物音ひとつ聞こえてこない。


 ――もし、誰も気が付かず、備品が壊れたままだったら、まずいんじゃないか?


 その時のおじさんは、自分の目で実際に確かめてやろうって気持ちで、いっぱいだったらしい。


 おじさんは2年前まで過ごしていた、校舎の4階に戻ってくる。特殊な教室をのぞけば、作りは3階とほぼ共通。まだドアが閉められていない部屋、ひとつひとつをおじさんは見て回り始めたんだ。

 かなりの衝撃だったから、ぱっと見て何が落ちたかは、すぐに見当がつくだろうと思っていた。しかし、自分たちの教室の真上にあたる「2-1」はおろか、「2-2」、「2-3」においても、不自然に床に転がっているものは何もない。


 ――震源地は1年生の教室がある、東側なのか? いや、あれだけの衝撃だから、だいたい真上だと思ったんだけどな。


 おじさんは行き先を決めかねて、うろうろ。「もしやトイレの中からじゃ」と足を向けかけたところで、先ほどのものとは違うけど、「ガタン」と大きな音が聞こえてきたんだ。

 源は校舎の端。3階と同じく、4階にもある給食用のエレベーターからだった。左右開きの戸の上には、各フロアの数字をふったランプがついている。

 右端が1階で、左端がここ4階。互いのランプの間には、いずれも三つの小さい目盛りがついていて、中の箱がフロア間を移動していると、ここが光る。


 おじさんが見たところ、1階に止まっていることを示すランプが、すっと隣へ移動。給食当番の時、何度か目にしたのと同じように、明かりはじわじわと高さをあげていく。動きが止まるフロアなら、明かりが点滅し、外の扉が開くようになっていた。

 今、明かりは2階を通過。3階へ向かって上ってくる。もちろん、このエレベーターは、生徒が許可なく使うことはできない。俗にいう「給食のおばちゃん」以外は、車いすを使う人と、その介助人が使用を許可されているくらい。それが給食の時間以外で稼働しているのだから、かなりのレアケースだ。

 誰が使っているのか。興味が湧いてきたおじさんの前で、3階のランプが灯る。

 階段はすぐ近くにある。ここで点滅するようならば、即行で階下にいき、エレベーターの中身を確認しよう。もしも、止まらないようならここで待ち受ければいい。


 やがてランプが動いた。この階へ向かってくることを悟り、おじさんの胸はどきどきしてくる。


 ――あと二目盛り、あと一目盛り……。


 カウントダウンは、なんともわくわくするものだ。おじさんのうずうずは、止まらない。

 そしてついに、「4」の番号が点灯。エレベーターの到着だ。やがて番号が点滅し、エレベーターの扉が開いていくはず。誰が乗っているのやら……。

 番号がまたたく。堂々と正面に待っているのもどうかと思い、さっと近くの柱の陰に隠れ、様子をうかがうおじさん。

 ところがいつもならさほど時間を置かずに開くドアが、うんともすんともいわないんだ。それどころか、いったん点滅をやめて、また光り続ける状態へ戻ってしまった。

 また降り始めるのかと思っていたら、それもなく。灯り時々点滅を繰り返したまま、扉は一向に動こうとしない。「まだこの先にも進む」と言わんばかりに。

 けれど、ランプは4階どまり。これ以上の上となったら、それこそ屋上くらいしか……。


 ふと、おじさんが屋上へと続く階段を見やると、久しく来ていなかったあの大きい揺れが、「ずどん」と音を立ててやってきた。

 今度は身体が跳ねるだけじゃすまない。おじさんはその場で尻もちを着いてしまい、揺れが収まるまで立つことができなかった。そして悟る。

 あの時の揺れは、4階から響いてきたものじゃなかった。屋上にある震源が4階を貫き、3階にいる自分の身体を飛び上がらせたんだ。そうなると、どれほどのものが……。


 おじさんの怖気に反応するように、屋上のドアへ何かが強くぶつかる音。今度は身体こそ倒されなかったが、金属特有の「びいん」という長鳴りが、おじさんの鼓膜を揺さぶった。

 更に一撃、二撃。立ち入りを禁止するため、屋上のドアに巻かれているチェーンが、砕ける音が続いた。さすがのおじさんも、屋上を見に行く度胸はなく、さりとて階段を通って逃げ出す度胸もなく、近くの教材置き場となっている空き教室へ逃げ込んだ。

 すでに西日がだいぶ傾いている。このまま陽が暮れてしまったら、ろくなことになりそうにない。

 目をつけたのは、ベランダ脇からずっと下へ伸びている雨どい。教室の外はすっかり静かになっていたものの、心なしか卵の腐ったような臭いが、ドアのすき間から漏れてきている。

 おそらくは上階からの何者かの臭い。この身体を目の前にさらすくらいならば……。


 必死で雨どいにしがみつき、逃げ去ることができたおじさん。金属製の丈夫なものを使っていたのが、幸いした。

 翌日。登校してみると、四階で騒ぎが起きている。3階と4階、4階と屋上の間の階段。および給食のエレベーター近くに至るまで、水浸しになっていたんだ。

 白い雑巾が、あっという間にまっ黄色に染まってしまうほど濁っていて、やはり腐った卵の臭いがする。水は、昨日、おじさんが逃げ込んだ部屋の中にも、いくらか入り込んでいる。


 その時、おじさんはどさくさに紛れ、初めて屋上の景色を確認した。他のフロアに比べ、奇妙に曲がる階段で、不自然に通路側へ張り出した壁がある。ちょうどその真下は4階のエレベーターのドアがあるところだ。

 外に関しては、落下防止の柵が校舎の輪郭に沿って貼られており、入り口の脇にははしごもあって、上部に貯水槽が設けられている。

 意図的にまかれたと思われる、ラベンダーの消臭剤。それに混じって、あの卵の臭いが漂っている。貯水槽はすき間なく接地しており、その位置もまた、エレベータードアの延長線上にあったらしいんだ。



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