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ガーベラさん、それはちょっと  作者: 海水
山の向こうへ行きましょう
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第二十二話 癒しになりうるのだろうか

 アークレイムを南北に流れる大河バスグラットが夕陽に映える。反射する光がガーベラの顔もオレンジに染める。

 朱色をこぼした空には鳥の群れの影。夜を前にねぐらに帰るのだろう。

 ガタゴトと揺れる馬車。僅かに開けられた窓からは水面からの風。 

 ガーベラは窓枠に肘をつき、穏やかな景色に魅入っていた。


 彼女の脇にいるムネチカがウトウトと船をこいでいる。ユキシロも睡魔と格闘していたが負けたようで、静かな寝息を立てていた。

 向かいにいるキュキィは口を開けて爆睡中だ。


(平穏とは、コレを言うのか)


 魔族の国ユーニタスの魔都ゲルベニングにいた時は常に気が張っていた。ガーベラの地位はたとえようもなく魅力的で、存在自体が羨望と殺意を集めていた。

 魔王の娘たるもの、簡単にやられることはない。自らの強力な魔法と、キュキィというお付の壁は厚い。


これ(平和)にずっと浸っていては、国に帰った後が大変だな)


 すぐにではないが、いずれムネチカを連れてユーニタスに帰国する。ムネチカは格好の的になるだろう。

 以前よりも他魔族からの圧力は増す可能性が高いが、人間との融和は待ったなしなのだ。


 今はガーベラの母アザレアが抑えているが、戦いで一族の主だった者たちを失ったことからくる不満は渦巻いている。

 魔族内での内乱は、厭戦に傾いている人間側の野心に火をつけかねない。


(ふん。ムネチカを害する者は全て焼き払う)


 ガーベラは、首をカクッと落としてはむにゃむにゃと口をもごつかせるムネチカの肩を抱き寄せた。





 一行の乗せた馬車はラーヤーンの騎兵に先導され、王都に近いガレッシュという都市の石門をくぐった。

 ガレッシュは、大河バスグラットに縋りつくように建設された都市で、アークレイム王国の中でも大きな規模を誇る。

 王都に近い都市であり、それゆえ国防上最後の砦でもあるが故、周辺含め国の直轄地となっていた。

 ほぼ正方形の石壁に囲まれたガレッシュには軍も駐屯している。東西にある入り口は砦も兼ねており、そこに兵士たちが詰めているのだ。


 ガレッシュに入った馬車は夕刻でにぎわう大通りを走っていく。道の両側には木造の建物が並び、ざわついた空気は夕餉の煙と食欲をそそる匂いで満ちていた。

 騎兵が先導する豪奢な馬車は衆目を集める。だが、その視線はすぐに他へと移った。

 国内の貴族や大商人も同じように私兵を雇い、都市や街を往来する。

 それ故、一行の馬車は、それほど目立たたないのだ。


 ガレッシュに入りひたすら奥へと進んでいくと、人気(ひとけ)が無くなる地域に入った。建物も装飾にこだわりを見せ、高貴な住人が住まう地域だとはっきりわかる。


「うーん、王族用の屋敷にはいかないんだね」


 いつの間にか起きていたムネチカがうーんと腕を伸ばしている。ユキシロは扇で口を隠していが、ふわぁと欠伸が漏れていた。


「まぁ、この旅をラーヤーンが手配したならば王族の屋敷は使えないでしょう」


 ユキシロがパチンと扇を閉じる。ムネチカは「そりゃそっか」と軽く同意した。


「ふむ、専用の屋敷があるのに使えないとな」


 ふたりのやりとりにガーベラは口を挟んだ。


「僕たちが貴族の領地で宿泊する際は当該貴族の屋敷に世話になるんだけど、ガレッシュは直轄地だから管理は国で、貴族はいないんです」

「直轄地ゆえ貴族はおらず、だが普段使えるはずの専用の屋敷も使えず、か。では馬車は何処へ向っているのだ?」

「貴族が休むための施設がこの先にあるんです。そこだと思います、たぶん」


 ガーベラの疑問にムネチカが答える。

 ガレッシュの他にも王国の直轄地はある。そのすべてに王族用の屋敷があり、そして貴族用の宿泊施設もある。

 ムネチカが主体であれば王族用の屋敷を仕えたはずだが、この旅はラーヤーンによるものである。

 よって屋敷は使えないのだ。


 学園で質素な部屋で寝泊まりしているムネチカは気にしていない様子で、それはユキシロも同様である。


「その地の仕来(しきた)りには従うべきだな」


 色々無駄だ、と思うガーベラだが、その言葉を口には出さず、そう結論付けた。





 騎兵に先導され軽快に走る馬車はとある屋敷の前で減速し、止まった。御者席から飛び降りたギルベルトが恭しく扉を開ける。

 扉に一番近いキュキィがスカートを押さえながら飛び降り、一瞬で周囲に目を走らせた。

 煉瓦を組んだ壁と木の柱を組み合わせた三階建ての屋敷。大きめのガラス窓からは柔らかな光が漏れている。

 両開きの重厚な扉の前には使用人と思われるお仕着せの女たちが六人が並んでいるが、キュキィの翼に驚いたのか、姿勢こそ崩さないがその表情を隠せていない。


「妖しい魔力及び気配なし、大丈夫っすね」


 ニカッと笑うキュキィに対し、馬車の扉からゆっくりと顔を覗かせたガーベラは「あったところで粉砕してくれる」と周囲を一瞥する。


「ヒッ」


 使用人の誰かが漏らした悲鳴がガーベラの耳に届く。ガーベラが三つの目を向ければ、彼女たちの震える肩が見えた。

 魔族を前に恐怖を感じているのだろう。ザイザル姉妹の賜物である。


「あ、僕が先に降ります!」


 言うが早いか、ムネチカがガーベラの脇をするりと抜け、馬車のステップに足をかけ降りてしまう。


「殿下、急いでは危ないです」

「ガーベラさんを先に降ろすわけにはいかないよ!」


 ギルベルトの(たしな)めを跳ねのけ、背伸びをしたムネチカは馬車に向かい手を伸ばす。


「ガーベラさんどうぞ!」


 笑顔のムネチカに催促され、ガーベラはその小さな手を取る。ステップに足を乗せ、わざとゆっくりと降りた。


「感謝する」


 小さな男の子がガーベラを誘導したのが意外だったのか、使用人たちの顔は恐怖とは違う表情に変わる。


「ユキシロも」

「ありがとうムネチカ」


 ガーベラの後に続くユキシロにも、ムネチカは手を差し伸べている。

 ガーベラとユキシロ。分け隔てなく、ムネチカは紳士だ。

 小さい男の子が、同じく小さい女の子をエスコートする。

 微笑まし光景だ。

 顔を向けてその様子を見ていたガーベラは、何とも胸が暖かくのなるのを覚えた。


(このふたりを見ていると、心が安らぐ気がする)


 その親密ぶりが羨ましくあるも、ガーベラの気分は害されない。むしろ癒されているとすら感じる。


(私は、ムネチカの癒しになりうるのだろうか)


 そんな疑問が浮かぶ。


 夫婦とは何か。

 ガーベラは知らない。


 気がつけば母親であるアザレアしかいなかった。父はあまり記憶にない。記憶にあるのは孤高の存在である、母親だけだ。

 魔王であるアザレアの隣に、父の姿はなかったのだ。


(ムネチカにとっての私とは)


 最初に抱かれていた恐怖は薄まったと感じている。ガーベラと話す表情も、明るい。

 だが、いま目の前にいる幼きふたりのように、微笑ましい関係になっているかと言われると、否と答えざるを得ない。


 年齢差、身長差。

 種族、外見の違い。


 ムネチカが成長し、ガーベラと肩を並べたころに、どう見えているのだろうか。


 魔族故の長寿で外見は釣り合っているだろう。

 だが中身は。


 想いを通じあわせ、ふたりのように屈託のない笑みを浮かべているだろうか。

 彼の笑顔を向けられるような存在になっているのだろうか。


 導き出した答えに、ガーベラの眉間にしわが寄る。


「ガーベラ、さん?」


 ムネチカに声をかけられ、ガーベラは思考の罠から抜け出した。ハッと顔をあげれば、「ヒッ」と半歩後ずさる使用人たちの姿。

 声の主と横に立ち尽くす少女は不安げな顔をしていた。


「あぁ、少々考え込んでしまったのだ」

「あはは、なんか怖い顔になってたから、屋敷が気に入らなかったのかと思っちゃいました」


 ムネチカが安堵の笑みになるが、それが本心からなのか、ガーベラにはわからなくなってしまった。


(ムネチカは、抜けているようで聡い部分もある)


 ガーベラは、馬車から降りる際のエスコートを思い出していた。

 最初会ったときは邪険に扱っているように見えたユキシロにも、ちゃんと気を配っている。


(私のしたことは許されざるほどの早計であったのかもしれん)


 魔法で眠らせてしまったことを、激しく悔やんだ。ぐっと握りしめた左拳に、何かが触れた。


「えっと、立っていても彼女たちが困っちゃうから、中に入りましょう」


 左手が、ムネチカの小さな右手に掴まれていた。


「そうですわ。ムネチカのお腹も空いているようですし」


 ユキシロがガーベラの右手を掴む。いつ間にか、ガーベラの左にムネチカが、右にはユキシロが立っていた。


「僕のお腹は関係ないじゃん」

「先程からずいぶんと不平を申しているようですが?」


 ユキシロに同意するように、ムネチカのお腹がグーと鳴る。


「これは、その」


 恥ずかしいのか、耳を赤くしたムネチカがガーベラを申し訳なさげに見上げてくる。ユキシロの視線も感じる。


(私の反応を気にしてくれているのか)


 ガーベラは昼間の出来事を思い出した。兵士を操り茶番を演じさせている時、恐怖から、ふたりはガーベラに縋った。

 単に近くい似る大人に頼ったのかもしれない。それでも、その感触は心地よいものだった。


 いま手を握っているのは、自分を落ち着かせるためなのだろうと考えた。 

 慙愧で険しくなっていたガーベラを見てのことだろう、と。


 知り合って、戦略上の婚約とはいえ、間もないふたり。

 ザイザル姉妹が広めた噂と初めて見るであろう魔族への畏怖から、表情が固い使用人ら。

 その差は、ガーベラ本人を知っているか否かだ。


(感謝せねば)


「ふむ、私も腹が減ったな」


 両手を握る小さな手を、優しく握り返す。ふたりの顔が和らぎ、ニッと頬を緩ませた。


「わたくしもお腹が減りましたわ」

「ユキシロだってお腹が空いてたんじゃないかー」

「淑女をたてるのは紳士の嗜みですわ」


 ふたりは言い合いながらガーベラの手を引っ張って歩き始めた。使用人たちが一様に体を固くするのが目に見えてわかる。


「都合のいい時だけ淑女淑女ってー」

「あら、わたくしもガーベラ殿も、いつだって淑女ですわ。ね?」


 引っ張っていくムネチカとユキシロは気にも留めない。そして首を少しだけ傾げたユキシロが振ってきた。

 ふたりの仲間に入れてもらえたような気がして、ガーベラは嬉しくなった。


「うむ、私も淑女たらんとはしているぞ。足りぬかもしれんが」


 ガーベラが答えると、ムネチカがキョトンと呆けた顔をする。


「ガーベラさんはユキシロと違って淑女です」


 ムネチカがぐっと手を引き歩きはじめた。


「聞き捨てならないですわね、ム・ネ・チ・カ?」


 ユキシロも合わせるように足を進める。ガーベラもふたりに合わせ歩き始めた。


「ユキシロはまだまだお子様じゃないか」

「それはムネチカも一緒ですわ」

「ユキシロは立派な淑女であるし、ムネチカも紳士だぞ」

「本当ですかガーベラさん!」

「ムネチカをおだててもいいことはありませんことよ」


 やいやい言いながら歩いていく三人を、使用人たちは何とも言えない表情で見送ったのだった。

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