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ガーベラさん、それはちょっと  作者: 海水
山の向こうへ行きましょう
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第二十一話 やっぱり釣り合わないんだ

「ムネチカが起きていると、我らが彼の策略を見抜いているとばれてしまうだろうからな」


 ガーベラの、容赦ない言葉がムネチカを襲う。存外、邪魔であると公言されたのだ。

 ムネチカの頭を重い何かが貫通する。


(僕じゃ役に立てないって、こと?)


 足元が崩れていき、身体の力が抜けてしまった。

 睡眠魔法の影響で動かせない身体には、底の見えない闇に堕ちていく浮遊感。


(軟弱な僕じゃ、やっぱり釣り合わないんだ)


 ムネチカは必死に奥歯を噛みしめ、こぼれそうになる涙をこらえる。

 自己否定が強いムネチカに、ガーベラの言葉は効きすぎた。

 彼女は親友の魔法の強さを疑わず、ムネチカが寝ていると信じている。だからこその強い言葉だったのだろうが、ムネチカは起きているのだ。


「ガーベラ殿は、己が伴侶を信頼できないと申されるのですか?」


 屹然(きつぜん)とユキシロが声を上げた。三つの視線がユキシロに向かう。


「そうは言っていない。ムネチカのことは信頼している」

「言っているも同然です」

「だが、ムネチカは感情が顔の出やすい。頭では理解していても、目の前の滑稽さを噛み殺せるのかわからぬ」

「確かに、ムネチカはわかりやすい性格をしております。ですが、それとムネチカを信頼するしないは別なのでは?」


 ユキシロに強く反論され、ガーベラの三つの目がやや開いた。


「ムネチカがこのことを知ったら、自分は信頼するに値しない人間なんだと、深く傷ついてしまいますわ」


 キッと目を尖らせながらも端に悔しさを湛えたユキシロ。

 自分よりもムネチカを知る彼女の剣幕に、ガーベラも「む」とたじろいだ。


 ガーベラからすれば、作戦を失敗させる要因を排除したいがための処置だった。

 また、ムネチカが怯えないようにする配慮でもあった。

 あとで説明すれば理解してもらえるだろうと考えての上ではあったのだが、思わぬ反対にあってしまったのだ。


「ムネチカの身を危険から遠ざけるつもりではあったのだが……早計であったか」


 わかりやすく肩を落とすガーベラ。

 企てがばれたと知った時、ラーヤーン側がどのような行動に出るか不明だった。ガーベラ、キュキィは魔法でなんとでもできるがムネチカは違う。

 ガーベラは、ムネチカがうまく演技できなかった場合を考え、一番安全と思われる策に走ったのだ。


「ムネチカにとって危険かもしれませんが、その程度の危機を乗り越えられなければ、魔王の伴侶として生きていくことはできないでしょうし」


 ユキシロは、ガーベラがやりたかったことを理解した上でそう進言した。彼女の表情に険しさはない。


「そう言われてしまうと、言い返すこともできんな」

「夫婦になるのであれば、お互いを尊重する方がよいのでは」


 ユキシロに笑みを投げかけられ、ガーベラはなおシュンとなってしまった。


 彼女にはユキシロが大人に見えていた。

 見かけは可愛らしい幼女だが、ムネチカを深く理解している。

 周囲に気を配れる、母である魔王のようにも感じた。

 ムネチカにはお似合いに思え、胸の底に敗北感を覚えずにはいられない。


「私もまだまだ、だな」

「いえ、立派なレディですわ」

「ガワだけはな……」


 ガーベラの沈んだ声を聞いたムネチカは動揺した。

 信用されていないことはショックだったが、それも自身の安全を考えての措置でもあったわけで。


(これも、僕が弱いせいだ)


 自身の特性が、これほど憎く情けないと感じたのは初めてだった。

 諦めが支配しつつも身体能力以外で何とかするんだ、とは考えていたが、そこも否定された気がして。


(あああ悔しいなぁぁぁ)


 ムネチカは、行き場のないやるせなさにうめき声を上げた。


「あら、ムネチカ?」

「む、なにごとだ」


 唸ったからか、ムネチカの身体に自由が戻ってきた。指を、腕。ムネチカは少しずつ動かした。


「起きたのか!」

「ままままじっすかってイッたぁ……」


 驚愕に三つの目を開くガーベラと、急に立ち上がって馬車の天井に強かに頭を打ちつけたキュキィ。

 ユキシロがゆっくりと体を離していく中、ムネチカはへラッと笑った。

 あくまでも、自分の感情を殺して。


「あの、なんか、寝ちゃったみたいで……」


 ムネチカは馬車の床にペタンとお尻をつけた。

 ばつが悪そうな演技をするムネチカを余所に、キュキィは信じられないという顔をしていた。


「躾けのなってない暴れ竜だって、あたしの睡眠魔法には抗えないんすよ……少なくとも数時間は起きないはずっす」


 尻尾と翼ををだらんと下げ、茫然自失状態のキュキィ。精神に訴えかけるような魔法を得意としている彼女にとって、絶対の自信が砕かれてしまったのだ。


「あの、キュキィさん?」


 ムネチカは首を傾げてキュキィを見上げた。焦点があっていない瞳は、ムネチカの頭上を見据えている。


「キュキィの魔法を破った者のは、私以外では母上しか知らぬ……かつての勇者には、我らの魔法の一切が通じなかったという伝承もあるが……」

「まぁ、ムネチカは勇者の直系の子孫ですし。伝承が正しければ、ですけど」


 ガーベラとユキシロがムネチカの顔を見つめている。演技がばれまいと、ムネチカは後頭部に手を添えた。


「あはは、なんか、よくわからないけど」


 照れ隠しの笑みを演じながら、ムネチカの心は浮き上がっていた。

 キュキィが絶対と信じていた魔法が、まったくではないが、ほぼ無効化してしまったことにだ。


 ひ弱な体で自分に期待するところが無かったムネチカに、誇れるものができた。

 それが、遠い先祖からのもらい物だとしても。

 ムネチカには嬉しかった。


「さて、ムネチカも起きたことですので」

「そうだな、茶番を観劇するとしよう」


 ガーベラが床に跪き、ペタンとお座りしているムネチカの膝の裏に腕を差し入れた。ふわりと、こともなくムネチカは持ち上げられ、お姫様抱っこでガーベラに()()()()とホールドされてしまう。

 魔族特有の高い体温と、香料であろう柑橘系の匂いに包まれ、ムネチカの鼓動は乱れ打ちの如く速まる。顔と言わず体全体が熱くなり、額には焦りと羞恥の汗がにじんだ。


「だ、大丈夫ですから」

「勇者の末裔といえどもキュキィの魔法から解けた直後だ。無理はさせられぬ」

「歩けますって!」

「ならん」


 顔を真っ赤に染めたムネチカの訴えも、ガーベラにはスルーされてしまう。実際は起きていて全ての会話を聞いていたムネチカは、彼女の心配も理解できるし嬉しいと感じてはいる。

 が、彼も男なのである。

 さすがにお姫様だっこはキツイ。さらにはユキシロもいるのである。

 公開処刑と言えよう。


「私の贖罪と思って受け入れてくれ」


 真摯な三つの紅い瞳に見つめられ、ムネチカは沈黙した。こうまで言われては拒否できない。

 相手は魔王の娘だ。過度の断りは無礼にあたる。

 ムネチカはそう思い至った。


「す、少しだけなら……」

「そうか。ありがたい」


 しおらしくなったムネチカが答えると、安堵からか、ガーベラが頬が少しだけ、ほんの少しだけ緩んだ。


(ふぉわぁぁぁぁぁぁぁ!)


 初めて見るガーベラの緩んだ顔に、ムネチカは心の中で絶叫した。





 ガーベラに抱えられたまま、ムネチカは馬車の外に出た。御者席ではギルベルトがそのマッチョな肉体で突っ伏していた。

 馬車の周囲にはラーヤーンの騎兵が、地に伏せている。目と鼻の先には見慣れない形状の馬車が二台。

 幌付で荷馬車を装っているが、その幌の中には革製の鎧と武器を手にした男たちが横たわっている。


「あの男たちが、あたしたちを襲う手はずになっていたっす」


 萎れていた尻尾もにょきっと天を向き、茫然自失からちょっとだけ回復したキュキィが説明する。


「襲う側は十人で、騎馬が四人。劣性でも打ち負かすってシナリオっしたね」

「ルッカだけでもオーバーキルだな」

「馬車ごと燃やしちゃうからそれはできないっすねー」

「手先が不器用だからな」


 頭上でふたりが交わす呑気な会話を耳に入れながら、ムネチカはその光景を眺めていた。


 何も知らずにいたら、自分はどう思ったのか。

 目の前の武勇に心躍って畏敬の念を抱いただろうか。

 自分は、簡単に騙されてしまっただろうか。

 ガーベラは、ユキシロは、それをどう思ったのだろうか。


 尽きぬ問答がムネチカの頭を占めていた。


「ちゃっちゃと終わらせるっす。さー出番っすよー」


 ばしっと翼を広げたキュキィがパンパンと手を叩き、まったりした声をあげる。


「お、お、お、お」


 馬車に横たわっていた男たちとラーヤーンの騎兵がのそのそと起き上がり、腰に吊るしている剣の柄を握った。御者席で突っ伏していたギルベルトも、窮屈そうに縮こませていた筋肉を軋ませ起き上がる。

 が、みな一様に目は閉じられ、頼りない足取りで動き出し、そして抜剣した。


「あれで、いいんですか?」


 ガーベラからの脱出をあきらめたムネチカが呟いた。脇に立つユキシロも不安げな顔になっている。

 ふたりの心配はもっともで、男たちは酔っぱらいの足取りで剣を頭上に掲げているのだ。転んで刃が顔にでも当たればそれで大怪我になる。

 ラーヤーンの騎兵はともかく、ムネチカの護衛を担うギルベルトも同様に酩酊状態なのだ。それだけが心配だった。


「まぁ、見ているのだ」


 ガーベラはふたりに目配せをした。


「はーい、がんばるっすー」


 キュキィがピーッと指笛を鳴らすと男たちは一斉に瞠目(どうもく)した。


「うわぁっ」

「きゃっ」


 ムネチカはガーベラの胸元にしがみつき、ユキシロは彼女の背後にさっと隠れた。それほど異様な光景だった。

 男たちは雄たけびをあげ、剣を振り上げたまま走り、お互いに剣を打ちつけたのだ。

 ほぼ同時に、悲鳴にも似た硬質な金属音が響き渡る。


「あわわ」

「ひっ」


 ムネチカはガーベラの首に抱きつき、ユキシロは彼女の腰に手を回した。

 キュキィに操られ、男たちはひたすら剣と剣を打ち合わせる。だが、怪我をしないよう必ず一対一になっていた。

 彼らの手はずでは、怪我人は出ないことになっていたのだ。齟齬は回避する必要がある。


「記憶を弄ってもいーんすけど、それじゃ意味ないんすよねー」


 キュキィは腰に手を当て、尻尾をうにゅろんとくねらせた。


「実際に戦っていう証を体の疲労という形で残すっすよー」

「記憶があいまいでも体が覚えてるということで、万が一バレそうな時も疑問に思わなくなる」


 ガーベラはふたりにしがみつかれたまま、キュキィの言葉を引き継ぐ。

 見渡す限り緑の街道を、激しい剣戟の音が占拠する。操っているとはいえ、彼らの全力なのだ。

 ムネチカは「ふぇぇ」とこぼしユキシロは「ひっ、きゃっ」と剣劇のたびに体をビクつかせている。

 ふたりとも、ガーベラにヒシと抱きついているのだ。


「……ふむ、なんというか、ふたりに縋られるというのは、意外といいものだな」


 ガーベラは胸元で怯えているムネチカと、背後から腰に抱きつきぎゅっと目を瞑っているユキシロを眺め、呑気に呟いた。

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