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ガーベラさん、それはちょっと  作者: 海水
はじめましてこんにちは
2/25

第二話 ムネチカ殿は可愛い婿だ

 大陸ツォール北部の霧深き山岳地帯に横たわる魔族の国ユーニタス。

 四方を天に聳える山脈に囲まれた魔郷の秘密のカーテンの向こうに、魔都ゲルベニングは存在する。


 そこには、白を基調とした城壁の四隅に、赤や黄色の鮮やかに彩られた塔を備えた、魔王アザレアの住まうその魔王廟が、ファンシーな佇まいで、異空間を作り出していた。


 通称、悪〝趣味〟の殿堂。


 その、苦痛の城とも称される魔王廟に、もっとも少女趣味で魔族が近寄りたがらない部屋がある。魔王の寝室である。


 薄い桃色で統一された壁と絨毯、レースをふんだんにあしらった天蓋ベッド、脇にある丸テーブル、椅子には小さな妖精が描かれ、さながら部屋全体が絵本のようだ。大きな窓からは柔らかな陽が差し込み、ほんわかとした空気を創り出している、


 三つ目族の姫ガーベラは、細身な紺碧のドレスに身にまとい、そのファンシー極まる部屋にいた。


 人間ならば成人男性をも上回る高身長に腰まで伸びた光沢を誇る橙の髪が彼女への注目を集め、切れ長のふたつ(まなこ)と凛と結ばれた口もとが美貌と言い切れる(かんばせ)が熱い視線を独占し、額に輝く深紅の三つ目の瞳が畏敬の念を抱かせる。


 どこに行っても羨望の眼差しを受ける〝三つ目族のプリンセス〟ガーベラ。そんな彼女が、とある映像を前にして立ち尽くしていた。


「こ、これは」


 三つの目を大きく開いたガーベラが見ているのは、テーブルに置かれた水晶玉から浮かび上がるひとりの男の子の映像だ。かわいらしい顔つきで、少女といっても通用しそうだった。


「この子がムネチカちゃんよ。かーわいー!」


 そんな黄色い声を上げるのは、ガーベラとよく似た顔つきの橙色の髪の女性だ。ニッコリ笑顔で丸椅子に座り、水晶が映し出す少年を、三つの目で見つめている。


「母上、この少年が私の夫となる……」

「そうよー。まだ十歳だって! 抱きしめたくなっちゃう~」


 わななくガーベラに、母と呼ばれた女性が自らを抱きしめる仕草で悶え答えた。彼女こそ、三つ目族ガーベラの母親にして魔族の国ユーニタスを統べる魔王アザレアだ。


 ガーベラよりも低い背丈だが、女性らしい曲線は標準をはるかに凌駕する、ナイズバディの持ち主だ。絶壁に近いガーベラに受け継がれなかったのは悲劇としか言いようがない。


「王都の駐在官がこっそり隠し撮りした映像よ。国王はイケオジだから、この子もかっこいい少年になって、イケメンな青年になって、それでそれでイケオジになるんだわ!」

「そ、そうですか……」


 アザレアはうっとりと、ガーベラは硬い表情で、少年の映像を見つめる。


 映し出される映像の中で、ムネチカは屈託のない笑みを浮かべ、時に眉を下げて困り果て、時に口をとがらせ不平をぶつけ、様々な表情を見せていた。


(私と違って、ずいぶんと愛嬌があるのだな)

 これがガーベラの、所感だ。


 彼女は、魔王を頂点とする魔族の国ユーニタスにおいて、魔王アザレアの娘であり、魔族の中でもエリートである三つ目族を率いる指導者となるべく存在だ。生粋のエリートであるガーベラはその地位に応じた責務があり、そのために徳を積まねばならない身だった。


 思考を悟らせないための無表情を貫き、帝王学や魔法学を学ぶことを優先し、年頃の娘が経験していてもよい色恋などとは無縁だった。


 くるくると色々な表情を見せるムネチカが、ガーベラにとって眩しく見えた。


「かわいらしい、王子、ですね」


 ガーベラは、無意識に、ぼそりと呟いた。

 羨ましいと感じ、そして小動物的な愛玩具合に、独占欲が首をもたげたのだ。


 自分にはないものを、恋愛の相手に求めることはままあることだ。それは人間族も魔族も例外ではない。精神構造が似ているほど、両者の隔たりは少なくなる。


 三つ目族は、その外見から、ほぼ人間と同一の思考パターンを有していた。精神構造も、ほぼ一緒なのだ。


「そーでしょそーでしょ、ガーベラちゃんもそー思うでしょ! ガーベラちゃんに求婚してくるやつらって、魔王の座を狙う捻くれたのか、筋肉バカしかいなかったでしょー? このチャンスを逃したら、イケメン候補はいなくなっちゃうかな~?」


 惚けたようにムネチカを見つめる娘に、アザレアは追い打ちをかけた。


 魔王の娘であるガーベラには魔族からの縁談が絶えないが、その魔族とは様々な種族がの総称だ。容姿も人間らしい三つ目族、淫魔(サッキュバス)の他に吸血鬼など不死者(アンデッド)、獣の姿の獣人、はては小型の妖精もいる。つまり、魔族も一枚岩ではないのだ。


 過去に例がなかったわけでもないが、基本は同種族か容姿が似通っている種族と結ばれる。その慣例を無視してでも、縁談話をねじ込んで来るのだ。それも次期魔王の座のためである。


「最後の、チャンス、なのですか?」


 ガーベラの三つの視線が母親に向けられる。ファンシーな母親の血を受け継いでいるガーベラである。恋愛経験がないとはいえ、本能的に可愛いとか、カッコイイを求めるのである。


「だってー、あたしたち魔族は先天的に女性ばっかり生まれて、男性なんか一割もいないじゃない。三つ目族の男子だって、ほっとんどいないし、いたって年齢的に釣り合う候補はいないもの」


 アザレアがほっぺを膨らましてぷりぷり語る様を、ガーベラは羨望の眼差しで見ている。


 自分にはない可愛らしさ、女性らしさ。


 指導者たれという教育方針に異議はない。将来、一族を率いていくのは、間違いなく自分なのだ。


 それは、わかっている。わかっているのだが、自分も母親のように嫋やかな女の子らしくありたいと思うのも自然なことだった。

 

「んふー、それにねー、年下の彼氏を自分好みに染め上げちゃう、絶好の機会でもあるのよ!」


 アザレアはニヤッと笑いだした。ガーベラは急転直下の如く変わる母親の表情に目を瞬かせるばかりだ。


(まったく、母上は腹の底が読めん。しかし、好みと言われてもだな)

 ガーベラは表情を変えないが、額の赤い瞳が、あからさまに揺れている。思いっきり心の中で狼狽していた。

 厭らしさを含むアザレアの視線に、あなたの好みはなーに、という詰問が含まれているのを感じ取っていたからだ。


 アザレアは、一見夢見る乙女だが、やはり魔王なのだ。


「ふふ、困ってるでしょー」


 アザレアはそういうと、パンと手を叩いた。瞬間、ガーベラの背後に気配が現れる。それはガーベラがよく知っているものだ。


 現れたのは、艶やかな銀糸のざっくりショートボブに可愛らしい顔で、背中から生えた黒い翼に先が逆ハート形の細長い尻尾の、顔に似合わないムチムチのボディを漆黒のお仕着せに無理やり突っ込んだ、色気振りまく褐色サッキュバス族だ。


「恋のお悩みはキュキィさんにお任せアレ! お嬢様専属侍女として、可愛いショタっ子を掌でクルクルしちゃうっすよ!」


 左足を軽く曲げ、くねっと腰を右に捩じり、右手を天に突き上げたポージングで叫んだ。ガーベラはくるっと背後に向き、額の三つ目をぎろりと睨ませ、侍女のキュキィを見た。キュキィはニカッと悪びれない笑顔で出迎える。


「やはりお前か!」

「心では麗しい乙女になりたいと思ってるお嬢様は、ホントに可愛いっすね!」

「うるさい、心を読むなと常日頃申しておるだろう!」

「お嬢様は単純だから心を読みやすいんすよ!」


 唇の端を噛むガーベラに、あくまで笑顔を崩さないキュキィ。その均衡を破ったのは、魔王だ。


「っていうわけでー、キュキィちゃんがガーベラちゃんにくっついてアークレイムに行くからね。もうこれで安心ね!」

「ちょ、母上、アークレイムに行くなどと、私は聞いておりませんが?」


 ぱーっと両手を掲げ、楽しそうなアザレアの言葉に、ガーベラは虚を突かれた。


「あら、いってなかったーっけー?」

「母上、それは聞いておりませんが?」

「アザレア様、それ、あたしも初耳っす」

「あっれー、ごっめーん」


 テヘペロっと舌を出すアザレアに、困惑するガーベラとキュキィ。しかし、アザレアの笑っていない目を見たガーベラは悟った。


(これは、既に決定事項で変えることは罷りならない案件なのか)

 ガーベラは瞬時に覚悟を決め、口をきゅっと結んだ。

 

「向こうがさー、まだ十歳のムネチカ君を送り出すのは忍びないっていうからさー、じゃぁ、こっちからガーベラちゃんを送るから、彼が立派な大人になるまでは、食事もベッドも一緒にしてあげてってお願いしたのー!」


 踊りだしそうな勢いで笑顔を振りまくアザレアに、ガーベラは何も口を挟めないでいる。


(食事はともかく、ベッドも一緒だと!?)

 婚約者として赴くのは百歩譲って理解するとして、いきなり閨を共にするなどガーベラの思考の範疇外だった。


(いくら年下相手とはいえ寝所を共になど、わ、私はどうすればよいのだ? 彼に抱きしめられて、も、求められでもしたら、どう応えればよいのだ?)


 恋愛経験のない乙女なガーベラはポカンと口を開け、三つの目を括目させている。ある意味世間知らずの箱入りに育てられてしまったガーベラのために、幼馴染であり淫魔(サッキュバス)のキュキィが侍女としてつけられているのだ。

 そのキュキィは「おおお」っと声を上げた。


「閨の作法も知らぬ男の子を騙しまくってアレもコレもやらせちゃうってわけっすね!」

「それもいいわねー!」

幼気(いたいけ)な男子を嬲って玩ぶなんて、さいっこーじゃないっすか!」

「でしょでしょー! ついでにキュキィちゃんも良い男の子見つけてきちゃいなさいよ!」

「え、いいっすか? ガチムチにベッドで押し倒されてガッツンガッツン攻められたいっす」

「おっけーおっけー、まるっとおっけー! キュキィちゃんだってお年頃なんだから!」


 両手タッチで盛り上がるアザレアとキュキィをしり目に、ガーベラは悶々としたものを下腹部に感じ、茫然と立ち尽くしていた。

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