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ガーベラさん、それはちょっと  作者: 海水
はじめましてこんにちは
16/25

第十六話 ガーベラさんはショックを受ける

「……貴女、やっぱりバカですの? それともわたくしをバカにしているので?」


 ユキシロはその幼い顔を歪め、パシンと掌に扇を打ち付けた。


「いや、本気だぞ。我が魔族はほぼ女しか生まれない奇妙な生き物でな。たまに男が生まれると、子孫を残すために種をまかねばならぬのだ」

「ム、ムネチカは家畜ではありません」

「私とてそう思っておる。人間にも独自の慣習があろうが魔族にもソレがあるのだ。我が夫となるムネチカも例外ではない。特に人間に近しい形態の魔族はその相性も良い。ムネチカを狙うのはわれら三つ目族だけではない。淫魔も、妖精も、竜蛇族も狙ってくるだろう。ムネチカが勇者の血を引いているならばなおさらだ」


 真摯な三つの目に見つめられ、ユキシロはぐっと口を噤む。


「ムネチカが魔族に嫁ぐと聞いて調べたのですが、その悍ましい因習は本当なのですね」

「そう感じるかもしれぬが、その方らの権力者も伴侶を複数持っておろう。それと何が違うというのか」

「それは……」


 言いよどむユキシロに、それはそれとしてだ、とガーベラは続ける。


「ムネチカを独占はしたいがそれは許されそうにもない。魔王の娘とて、魔族全体を考えると、断れぬのだ」

「だから、なんなのです!」


 語勢を強めたユキシロを宥めるように、ガーベラは「落ち着け」と小さく声をかけた。


「苦しみを分かち合うのならばだ、同じ想いの者が良いと思ってな。ムネチカへの心が強い貴殿ならば、うまくやっていけるだろう。もっとも手加減はせんがな」


 魔王の娘は凍える笑みをだす。清楚な幼女は見る者に恐怖に与えるその笑みに、真っ向挑んだ。

 両者の間に挟まれた時は止まってしまった。沈黙の幕が落ち、開演される気配もない。

 ムネチカなら耐え切れずにわたわたしそうな張りつめた空気を破ったのは、ユキシロだ。


「まぁ、ムネチカが他の女にとられるのを、黙ってみているほど、わたくしは優しくありませんけども?」


 扇子をひろげ口もとを隠しながら、そう強がった。


「奇遇だな、私も同じだ。ムネチカをかどわかす魔族は私が塵にしてくれる」


 三つの目を細め、ガーベラは同意する。

 どちらともなく差し出された右手。

 二十歳のガーベラは百八十を超える身長。片やユキシロはまだ九つを数えたばかりで、背丈もムネチカを指一本分上回るだけである。


 年齢差十一歳、身長差五十センチ。


 ガーベラは、懸命に腕を上げるユキシロの手をがっしりと握った。


 固く握り合う両者。

 ここに、ムネチカを共有する、人間と魔族の協定(非公式)が発足した。





「まず、私にどのような問題があるだろうか。もちろん、多いと自覚はしているがな。ムネチカに近く、また人間であるユキシロの目から見て、率直に答えて欲しい」


 晴れて同盟を組んだユキシロに、ガーベラは身を乗り出して訊ねた。邪魔者を抹殺するのも大事だが、それよりもまずはムネチカの意識を己に向けねばならぬのだ。


「申し上げにくいのですが、全て、でしょうか?」

「全て、とは?」


 ガーベラの額の目がギロリとユキシロを睨む。ユキシロは筋しい顔でお茶の入ったカップに口をつける。

 自らを害する存在ではなくなり、恋敵兼協力者になったからの余裕だ。

 幼女がとる態度ではないが、そこがユキシロという少女なのだ。


「レディとしてのお淑やかさ。異性へ向ける微笑み。あふれ出る優しさや母性。女性を形作る中でも重要と思われる要素が、欠如しておりますわ」

「な、なんだと?」

「今のままでは、ムネチカを恐怖で縛り付けていると思われる恐れも」

「……それほど……なのか」


 ガーベラはがっくりと項垂れた。捨てられた子犬のように、フルフルと肩を震わせて、だ。

 力がすべてと言い切れる魔族では威厳が重要視される。当然魔王はその体現でなければならない。

 でなければ魔族と束ね、国家としてまとめ上げることはかなわないのだ。


 アザレアは、外見こそ問題ありと思われるがその実、冷酷な判断を、容易に下す。たとえその対象がガーベラと言えど、必要な場合は抹殺も企てるだろう。

 国家と家族。

 比べられるものではないが、その責務の大きさはけた違いだ。


 頭で理解しているとはいえ、はっきり言われればガーベラもショックだ。もっとも、信頼するユキシロの言葉だからそ耳に入れるのであって、これがどこぞの馬の骨ならば魔法で灰にするだけだ。


「ですが、ムネチカが嫌がっていないのは分かるので、そう落ち込むことはないですわ。悔しいですけども」


 ガーベラの肩がピクリと動く。ガッと顔を上げ、「それは、本当か?」と不安げな声色で問うた。

 彼女の記憶にでは、ムネチカが畏怖を感じている表情や態度で接してきていると感じている。

 だが、昨晩のアレを忘れてはいない。


 ガーベラの頬には、まだあの感触が生々しく残っている。夢ではないかと何度頬をつねり頭を叩いたことか。

 痛いと感じ、思わず魔力が暴走しかけたが寸でのところでルッカが飛び出してきて事なきを得た。彼が出なかったらば今頃王都には巨大な穴が開いていたことだろう。


(アレは、夢ではなかった。ムネチカは、私の頬にキスをしてくれたのだ)

 思い出すだけで体が熱くなり魔力が漏れ出す。彼女の魔力が大気が揺るがし大地が律動させる。

 紫に光るガーベラを見たユキシロが、唖然と口を開けたことにも気が付かない。


「ちょ、ちょっと落ち着いてくださる? 地面が揺れているのは貴女のせいなのでしょう?」

「ぬ? 私としたことが、己を失ってしまったか」


 バツが悪そうに肩をすくめ、誤魔化すためにカップを口にする。

(イカンな。ムネチカのことを思い出すと魔力が暴走するなど。己を制することができねばムネチカの横にはおれぬな)


「まったく、王都を壊すおつもりで?」

「そのつもりはないのだがな」

「真顔で言われても、こちらは困ってしまいますわ。まぁ、今ので貴女が表情をつくれないのはよくわかりました」

「わかってもらえたか」


 ガーベラは、ホッと胸をなでおろした。


「嬉しい時でも笑顔になれないのは、辛いですわね」

「そ、そうなのだ。ムネチカを褒めると目を輝かせて嬉しそうに笑み浮かべて、それを見たときに私もこう、胸が熱くなるのだが、この顔は全く動かんのだ……」

「……惚気を聞かされているようで腹立たしいのですが」

 

 はぁ、とユキシロが小さく息を吐く。幼いながらも仕草は立派な大人だ。


「まぁ、ムネチカの小さいときの可愛らしさを知っているわたくしにもアドバンテージはあるのですから、焦って嫉妬しても仕方がないのですわ」

「なるほど。たとえ天変地異が起こって古の魔神が目覚めても女はドンと構えていろということか」

「いちいち例えがぶっ飛んでいるのを直すのが先決ですわね……」


 脱力してしまったユキシロはそのか細い指で眉間を解したのだった。





 その頃、授業へと向かっていたはずのムネチカは、王宮へと向かう馬車に揺られていた。

 教室へ戻った瞬間、血相を変えたギルベルトの出迎えを受けたのだ。


 至急、王宮へ。


 学園と言えども勅命を断ることはできない。それが学園で学ぶ王子を呼びつけるものならば、なおさらだ。

 ムネチカは腕を組み、唸っていた。


「火急の用事って、なんっすかね?」

「うーん、思いつかないなぁ」


 さも当たり前のように、ムネチカの左にはキュキィが座っている。ムネチカの向かいに陣取るギルベルトのこめかみには、窮屈が原因ではない血管がはっきりと浮き上がっていた。


「キュキィ殿が、何故、ここにいるのですかな?」

「お嬢様は今、戦いの真っただ中にいるっす。殿下をお守りする命を申し付かったからっす」


 苦虫をすりつぶすような唸り声をこぼすギルベルトに、にへらっと気の抜けた声で返すキュキィ。

 ギルベルトの不服ボルテージは上がりっぱなしだ。

 ムネチカは不穏な空気の原因を知っているだけに、諌めることもできずにいた。


(ギルベルトの父上の戦死が、淫魔との相討ちだったからなぁ)


 淫魔を仇と見ているギルベルトは、キュキィにあからさまな敵意をぶつけている。当のキュキィは知ってか知らずかマイペースを崩さない。そこが彼にとって、また嫌う理由にもなっているのだろう。


「ガーベラ姫の護衛はいいのですかな?」

「王都には、お嬢様に手を出すような不埒な人間はいないっすよね?」

「も、もちろんだ!」

「なら心配ないっすね?」

「ぬぅぅぅぅ」


 質問に質問で返され、そしてたたみかけられ、ギルベルトの顔は今にも火を噴きそうになっていた。

(仲良く、とは言えないけど、もっと外交的に振る舞ってよー)

 何があってもキュキィから手を出すことはないという、謎の安心感があったからか、ムネチカは比較的冷静だ。


 それは、ガーベラが真意を語ったこともあり、またキュキィも彼女の意をくみ、和平を最優先に考えていることを知っているからでもあった。

 逆にアークレイム側は、個人の感情をむき出しにしてしまっているギルベルトがいる状況で、叩かれてもおかしくないのだ。

 

「ギルベルトもそこまで。もう王宮につくよ」

「みゅー」


 頭の上にルッカを乗せたムネチカが言葉を差し入れた。

 




 ムネチカは王宮の廊下を歩き、王族専用の応接室に案内された。胸にルッカを抱いてソファに腰かけ、背後に立つギルベルトの気配を感じながら、呼ばれた理由を頭の中に捜していた。


(僕が緊急で呼ばれるほどの用事かあ。父上は健在だし。兄上も壮健だし。母上も父上とラブラブで夫婦げんかする様子もないしなー)

 ムネチカは胸元のミニドラゴンの頭に顎を乗せ、そこから入ってくるであろう部屋の奥の扉を眺め、呑気にそんなことを考えていた。

 ちなみにキュキィはムネチカの影の中に隠れている。彼女なりの気の遣い方だ。

 ムネチカの視線の先の扉の向こうから話し声が漏れ、ガチャリと開けられた。姿を見せたのは、ムネチカの兄ヤスツナだった。


 いつもは優しげな兄の顔に、わずかな陰を見つけたムネチカはぐっと口を結んだ。

(あまりいい話ではなさそう)

 もぞもぞとお尻を動かして浅く腰掛け、背筋を伸ばす。

 そんな弟の様子を見たヤスツナは、ふっと口もとを緩ませた


「忙しいところ悪いな」

「いえ、緊急の用事とあらば、駆けつけるのが役目ですから」


 弟の模範的な解答にやや苦笑しながら、ヤスツナはムネチカの向かいに腰かけた。真剣な眼差しのムネチカと視線を合わせたヤスツナが口を開いた。


「要件を先に言おう。ムネチカ、南のラーヤーンへ行ってくれ」

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