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ガーベラさん、それはちょっと  作者: 海水
はじめましてこんにちは
12/25

第十二話 ガーベラさんは難しい

 謁見も無事に終わり、ムネチカ達は早々に仮初の住処である学園へと帰った来た。先に馬車から降りたキュキィはついてきたザイザル姉妹に歩み寄った。


「さてヘレナ、カテジナ」


 尻尾をピンと立たせたキュキィが三つ目の姉妹に声をかけた。キュキィが背を向けているので彼女の様子はわからないが、相対するザイザル姉妹は緊張から顔が強張っているのが見えた。


「何かあったのですか?」

「うむ、ムネチカが気にすることではない。ちょっとした身内の話だ」

「なるほどー」


 ムネチカの疑問にガーベラがさらっと答えてきたことで、大した問題ではないのだな、とホッと胸をなでおろした。


(よかった。何か不穏な感じがしたけど、ガーベラさんがそういうならきっと問題ないことなんだ)

 ムネチカはまだまだ幼いのだった。


「お嬢様、あたしはちょっと遅れていくんで、ムネチカ殿下といちゃいちゃしやがっててください」

「余計なお世話だが、そうさせてもらう」

「ではムネチカ殿下、また後程」


 キュキィは人懐っこい笑みを浮かべると、ザイザル姉妹の手を掴み、引きずるように連れ去っていった。嬉しそうに揺れるキュキィの尻尾と連行される罪人のような女性二人。

 ムネチカにはそう見えた。


(……本当に大丈夫なのかなぁ)

 不安げな眼差しで見つめるムネチカの手が掴まれた。見ればガーベラが屈んでいる。


「ムネチカは、私()()を見ていれば、いいのだぞ? 胸の大きさが、その人物の価値ではないのだぞ?」


 何やら厳しい三つの眼差しに、ムネチカの背筋には幽霊でも這い寄ってきたかのような悪寒が走る。整った顔ゆえの迫力がスゴイのだ。


 追い詰められたネズミのように、彼は頭の中でふたりを比較してしまう。やってはいけないことを、やってはいけないタイミングでやってしまうのだ。


(キュキィさんの胸は、確かに大きくって目が行っちゃうけど、ガーベラさんの胸だって良い匂いだし柔らかかったし気持ちよかったなぁってああああ僕は何を破廉恥なことを考えているんだぁぁぁ!)

 ムネチカの顔の温度が急上昇して夕陽並に赤くなる。両手で顔を隠し、ブンブンと頭を振り不埒な考えを追い出そうとした。


「やはり、私ではだめなのか?」


 彼の顔が紅潮したことをアザレアかキュキィを想像したととらえたのか、ガーベラがボソリと呟いた。

 そんな呟きは、羞恥心でアッチッチになっているムネチカの耳には入っていなかった。





 夜の帳もおり、耳鳴りがするくらいの静寂に包まれる。昼間は活気ある学園も、見張りの近衛の歩く音が響くまでに静かになった。

 ムネチカは寝る前のトイレに行くためにランタンを片手に廊下を歩いていた。


「ちょっと殿下!」

「うわぁっ!」


 光が届かない暗闇から這い出るようにキュキィが現れた。驚いたムネチカはランタンを落としそうになったがなんとか堪えた。


「はぁ、びっくりしたー」

「驚かせて申し訳ないっす」


 すまなそうに、でも憎めない笑みを浮かべ、キュキィが頭をかく。

 誤魔化すようにキュキィの羽がパタパタ揺れる。ついでにメロンな胸も揺れる。


(じっと見ちゃだめだ)


 胸から視線を外すことに成功したムネチカは、キュキィの褐色の肌が艶々になっていることに気がついた。

(どうして肌が艶々なんだろう?)


 そういえばザイザル姉妹を引き連れてから見かけなかったなと思い出したが、そこに関連性を見出せはしなかった。


「今日のお嬢様は、どうだったすか?」


 キュキィに問われ、ムネチカは今日一日を振り返った。

(謁見の時はかっこよかったなぁ。でも学園に帰ってからは、なんかクールというか冷たかったかな。夕食の時も、たくさん食べてたけど、元気がなかったような気もする)


「疲れてるのかもしれないけど、少し元気がなかったような」

「お嬢様は、謁見の時に、大分頑張ってたっすからね」


 キュキィはその場に屈み、ムネチカと目線を合わせた。

 今のキュキィはいつものお仕着せではなく、寝間着なのだろうか、薄いワンピース一枚である。

 健康的な褐色でむっちりボディが強調されるような服装。それでいて短めのスカートからのぞく官能的とすら言える太ももの間の暗がりが、ムネチカをドギマギさせる。


「殿下、このまま聞いてほしいっす」

「えっと、なにをぷ」


 純情すぎる少年の声は本人の意思を無視して大きかった。彼の口は褐色の手によってふさがれてしまう。

 キュキィの「シー」のポーズに、ムネチカはコクンと頷いた。


「普段は謁見される立場のお嬢様が逆になったのは初めてなんっす、実は」

()()()()うぇ()()うぇ()

「っす。だから、ちょこっとだけでもいいから、褒めてあげて欲しいっす!」


 キュキィの目が訴えてくる。


(ずっとガーベラさんについてるキュキィさんがそう言うんだから、何かあったのかな?)

 ムネチカはまた頷く。キュキィは彼の反応に満足したのか、二カッと笑った。


「あたしがあのふたりに教育してる間に、お嬢様がしょげてたんす」

()()()()()()?」

「そうっす。何があったか知らないっすか?」


 ムネチカは首を捻った。彼には思い当たらないのだ。


「そうっすか」


 キュキィが目を伏せると、ムネチカの心臓がチクリと痛んだ。

(キュキィさんでもダメなら僕が慰めるしかない。だって謁見の時に、僕に期待してくれたんだから)


 ムネチカがそう考えると、キュキィがにかっと笑い「殿下はきっと、いい男になるっすよ」と囁いた。

 そして「ありがとうの時にほっぺにチューすると喜ぶっすよ」と言いながら、キュキィはムネチカの口から手を外した。


「うん、殿下ならお嬢様を預けても、安心だってのが良くわかったっす。さーて、あたしはこれからあのふたりに、たっぷりねっとりぬちゃぬちゃにお仕置きしなきゃっす!」


 彼女はすっと立ち上がり、大きな胸を張って廊下をズンズン歩いていった。


「お、おしおき……」


 何をするのか見当もつかないが、本能的に恐怖を覚え、ムネチカは体を震わせた。

(きっと、僕が知ってはいけないことなんだ。そうに違いない)


「も、もどろう」


 ブルブルと体を震わせた彼は足早に廊下を歩き、自分の部屋に辿りつく。廊下に人影はなく、彼の足音だけがやけに大きく聞こえた。


 いつもなら扉のサイドに近衛が立哨するが、ガーベラが頑強な障壁魔法を練り込んだから無用、と断ってしまっていないのだ。


 ギルベルトは反対したものの、ムネチカは徹夜しなければならない彼らがかわいそうだとは思っていたので、もろ手を上げて賛成した。

 渋々承諾され、はれてこの部屋にはムネチカとガーベラにふたりきりになったのだ。


「あ、寝ちゃってるのかな」


 薄暗い部屋で、ガーベラは既にベッドで横になっていた。


(慣れない土地での初めての謁見で疲れたんだろうなぁ)

 ムネチカは彼女を起こさないように、少し距離を取ってベッドに潜り込んだ。


 もぞもぞと動き、ガーベラが寝ている方に向くが、彼女は背を向けている。

 昨晩は肌を寄せ合ったのに、と寂しさを感じずにはいられなかった。


(キュキィさんには褒めてくれって言われたけど、ガーベラさんは寝ちゃってるしなぁ)

 ムネチカは、彼女の少し丸まった背中を見つめ、今日のことを頭に浮かべた。


(ガーベラさんは、小さな僕を見下すことなく、しかもご先祖の勇者の末裔だと言ってくれた)

 期待している、とガーベラは、言い切った。その言葉に、ムネチカの身体がカッと熱くなる。


(嬉しかったなぁ)

 距離が開いてしまったガーベラの背をみて、申し訳なさに熱くなったばかりの体が冷えていくのがわかる。


(頑張ったら、褒められたいよね。僕だってそうだ。ガーベラさんも一緒に違いない)

 そう思うと、急にガーベラが身近に感じられた。


 彼女は魔族で人間とは違う思考をするのかもしれない。魔王の娘で、自分が想像もできないほど強いかも知れない。

 でも、女の子でもあるのだ。そこは人間も魔族も同じなのではないだろうか?

 ムネチカはそう結論付けた。


「でも寝ちゃってるし……」


 彼の頭に浮かんだのは先程のキュキィの「ほっぺにチュー」だった。ボフンと煙が出そうなくらい顔が赤くなる。


「やややや、まだ早いって! も、もっとお近づきになってから……で、でも」


 どこか寂しそうなガーベラの背中に、何かしなきゃ、と心を奮い立たせた。

 そっと起き上がり、ハイハイで彼女に近づく。静かに寝息を立てるその麗しい横顔を見て、ムネチカは何とも言えない気持ちになった。


(警戒しないで、僕を信じきっているのかな)

 ピクリともしないガーベラに、彼はそう思った。


 会ってからわずか一日。

 それでも彼女は自分を信じてくれていることに、勇気を奮い立たされた。

 自分がやらねばと、再び体が燃えるように熱くなる。


「あの、僕を勇者の末裔だって言ってくれて、ありがとうございます。嬉しかったです」


 静かに顔を寄せ「僕、頑張ります」と囁き、ガーベラの頬に唇を落とした。


「わ、やっちゃったやっちゃった」


 子犬のように飛び跳ね、ムネチカはベッドにもぐりこむ。

 いたずらが成功して興奮さながらの鼓動を感じながら「おやすみなさい」と声をかけ、静かに目を閉じた。


 なかなか眠気が襲ってこなかったが、操り糸が切れた人形のように、ムネチカは眠りに誘われた。


 翌朝、ムネチカは爽やかな気持ちで目が覚めた。ふわぁーと腕を伸ばし、昨晩のことを思い出した。


「ッガーベラさん!」


 彼ががばっと起きた目の前には、正座しているガーベラがいた。つつっと視線をあげていくと、三つの目の下にヒドイ隈をつくったガーベラの顔を見つけた。


「どどどどうしたんですか!」


 慌てるムネチカを彼女は手で遮った。


「大丈夫だ、ちょっと寝てないだけだ」

「ねねねてないって!」

「ちょっと、よいか」


 ガーベラに脇の下に手を入れられ、ぐいっと引かれ、そのままもつれるように倒れた。ムネチカが彼女を押し倒す格好になってしまったがガーベラは抱きしめる力を弱めない。


「ガ、ガーベラさん!?」

「くー、くー……」


 寄せ合う頬から伝わるのは、ガーベラの気持ちよさそうな寝息。彼女のモチモチの肌が、呼吸のたびに吸い付いてくる。


「ね、ねちゃった!?」


 ムネチカを抱いた姿勢で、ガーベラは静かな寝息を立てはじめたのだった。

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