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ガーベラさん、それはちょっと  作者: 海水
はじめましてこんにちは
10/25

第十話 ガーベラさんはすごいんだ

 扉を開いて入ってきたのは、魔族だった。ユーニタスから大使として派遣されているヘレナ・ザイザルとカテジナ・ザイザルだ。彼女たちは三つ目族の双子で、見た目はガーベラと変わらなさそうなだが実年齢は倍ほど違う。


 そして彼女らはドレスではなく漆黒の詰襟で、一切の光を反射しない、闇を纏っているようにも見えた。藍色の髪と相まって闇に光る不気味な三つ目だった。


「姫様、ご機嫌麗しゅうございます」

「姫様、今日は一段とお美しゅうございます」


 ふたりは直立不動から滑らかに頭を下げた。ムネチカもふたりは知っている。駐在大使であり、ガーベラのうわさを聞いたのも彼女たちだからだ。


「こんにち、は……」


 ムネチカも挨拶をしたのだが、ふたりから絶対零度並の視線を向けられ、最後は口ごもってしまった。


(やっぱり僕なんかがガーネラさんの婚約者になることが許せないんだろうな……)

 彼女たちがガーベラの凄さを語っているとき、ほぼ陶酔状態だったのを、ムネチカは覚えていた。同種族のプリンセスを誇りに思っているのだろう。


 ふたりはガーベラ同様魔法を得意とし、特に防御系に特化していると聞かされている。敵地のど真ん中に行くのだ。身を守ることが得意な者を派遣するのは当然だ。


 そんな姉妹ですら尊敬の眼差しで見つめるガーベラの力はいかほどなのだろうか、とムネチカは思った。


「キュキィ」

「わかってるっす」


 思考の海に沈むムネチカを余所に、ガーベラがキュキィに目配せをしていた。


「ヘレナ、カテジナ、お疲れ様っすね。ちょっと後で話があるから、あたしんとこ来るっす」

「はっ! キュキィ司令、了解であります」


 にっこり笑顔のキュキィに対し、ヘレナとカテジナは顔をひきつらせている。


「司令?」

「あぁ、キュキィはユーニタスで一軍を率いる大将でもある。あのふたりは元部下だ」


 首を傾げるムネチカに、ガーベラが答えた。


「大……将?」

「あぁ見えてもキュキィは淫魔族の姫でユーニタスでも指折りの実力者だ。でなければ私の侍女などできない」

「え……」

「私には及ばぬが、この城を淫逸(いんいつ)で包み込んで支配するくらいは容易い」


 ムネチカはあんぐりと口を開けた。


「す、すごいんですね……」


 ムネチカが感嘆のため息をつくと急にガーベラが膝をつき、視線を合わせてくる。


「私だって本気になれば王都くらいなら煉獄に化すこともできるのだぞ?」

「はぇ?」


 ムネチカはあまりのスケールに呆気に取られた。だが、真剣に訴えてくるガーベラがおかしくてムネチカはふふっと笑ってしまった。

(ガーベラさんは怖いけど、ちょっと不思議な顔も覗かせるんだなー)


「いや、大人げなかったな」


 ガーベラがそそくさと立ち上がる。変わらずの無表情だが、ムネチカはそこにほんの少しだけ羞恥の色を見た気がした。

 だが背後に刺さる気配に、姿勢を正した。ザイザル姉妹の射殺す視線が注がれていたのだ。


「急がねば謁見に遅れてしまう」

「あ、そうでした!」


 父に会うだけと考えているムネチカは呑気だがガーベラとキュキィはそうではない。一国の王に謁見するのに遅刻は許されない。逆の立場であったなら即刻消し炭にされても文句は言えないのだ。


「えっと、お手を、どうぞ」


 ムネチカはおずおずと左手を差し出す。

 女性をエスコートするのは紳士の嗜み。そう教育されているムネチカに躊躇はないが、生意気に思われて嫌われるかも、という思考が弱気にさせるのだ。


「うむ」


 ガーベラは、迷いなくムネチカの手を取る。

 ガーベラが百八十センチを超える身長で、ムネチカは百三十センチほど。この身長差で手をつなぐ姿は親子さながらだ。


 だが、躊躇なく手を取ってもらえたことは、ムネチカの胸を熱くした。


(義務と思っているのかもしれないけど、嬉しいな)

 ムネチカは、満面の笑みで応えるのだ。





 大理石の上に毛足の短い絨毯が敷かれた王城の廊下を、ムネチカとガーベラは並んで歩く。背後にはキュキィ、ザイザル姉妹が続く。すれ違うものは壁に下がり、軽く頭を下げている。


 親子のようなふたりを見て、嘲りの仮面を隠す者、口もとに厭らしい笑みを浮かべる者、聞こえよがしに舌打ちする者。みながふたりを祝福しているわけではないことを、嫌でも思い知らせてくる。


 ムネチカは、平気だった。

 いつもと同じだからだ。

 できる兄を持ち、そして自分は貧弱で。劣等感に慣れ過ぎていた。


(ガーベラさん、怒ってないかな)

 手を取ってくれたガーベラだけが心配だった。仰ぎ見てもその表情は変わらず。真意は読めない。


(僕が盾にならなきゃいけないんだよね)

 紳士の矜持だ。だが、ムネチカには全うできる自信がない。劣等感に支配され、やりぬく、という意志が殺されてしまっている

 時折聞こえる含み笑いも、ムネチカを不安にさせる。


 彼が俯いた時、握られた手の力が増した。その力の主、ガーベラを、再び仰ぎ見る。

 怜悧な顔に変化はないが、その三つの紅い瞳は、しっかりとムネチカを捉えている。


 前を向け。


 そう言われているようだった。

 ムネチカは腹の底から熱くなっていくのを感じた。


(しっかりしなきゃ!)

 ムネチカはぎゅっと口を結び、前を向いた。





 王城の廊下を歩き、歴史を感じされる鋼鉄の両扉の前に、ふたりは立った。

 扉の両側には蒼穹の騎士服に身を包んだ偉丈夫がふたり。扉には頑丈そうな錠前がかけられ、何者も通さないと告げている。


「ムネチカ殿下、ガーベラ姫様、謁見」


 ふたりの騎士が開錠し、鋼鉄の扉を軋ませ開ける。扉の切れ目から差し込む明かりが、ふたりの繋がれた手を染めていく。


 拡がっていく視界には赤絨毯の通路が映る。真っ直伸び、そして直角に曲がる。その先の壇上に、君主の権力の象徴、玉座がある。


 高い天井にはドーム型の窓があり、神聖なる朝の光を招き入れている。壁には王権を褒め称える細やかな彫刻が施され、荘厳な空気を創り出していた。


「どうぞ」


 扉を完全に開けた騎士が合図をする。ムネチカとガーベラは同時に歩を進めた。赤絨毯に誘われ、微かな靴音を響かせる。ガーベラとキュキィのドレスが擦る音でさえ、良く聞こえた。


 壇上にはクニツナとその妻で王妃のアンジェリカ・ミムラの姿がある。アンジェリカは栗色の髪に翡翠の瞳のおっとりした顔でクニツナの隣に座り、ふたりの背後にムネチカの兄ヤスツナが控えている。


 周囲には各大臣が顔を揃え、謁見の間の壁面にはぎっしりと近衛が詰め、万が一場合に控えていた。

 謁見の間を支配するピリッとした空気に、ムネチカの顔も強張る。


「ふ、良い空気だ」


 ガーベラが呟いた。


「あたしらを見定めようとする視線が、胸にチクチク刺さるっす」

「お前は黙ってろ」

「はーい」


 ガーベラの呟きも、キュキィの軽口も、口もとはほぼ動かさない腹話術的なものだった。敵地では会話すらも慎む。情報を与えないのは戦略の基本だ。

 ムネチカは、そんなガーベラを見上げてしまう。


(すごいなぁ。父上を見慣れている僕でも緊張するのに、ガーベラさんは全然動じてないどころか、少し嬉しそうに見える)


 カッコイイなぁ、と尊敬の眼差しを受けていることなど知らぬであろうガーベラは、ますます勘違いされていく。当の本人もムネチカでさえも、それが引き越す問題は、わからない。


 この凸凹なふたりは、一歩一歩を踏みしめて、玉座の前にたどり着いた。ムネチカは右手を胸につけ、深く礼をする。ガーベラはドレスのスカートをつまみ、若干深く膝を曲げた。キュキィも同様だ。


「ふむ、ガーベラ殿。遠路はるばる良く参った。顔を見せてくれ」


 ガーベラは面を上げ、クニツナを見据えた。ムネチカは心配そうな顔を隠せず、彼女をチラ見している。マナー違反だが、見逃されているようだ。


「なるほど、アザレア殿とよく似ておるのぉ。その紺碧のドレスも良く似合っておる」


 クニツナは目を細めた。

 彼は和平交渉の段階でアザレアと会っているのだ。泥沼の戦争を収めるには、トップ会談が必須な状況だったのだ。


「年下で頼りないかもしれぬが、ムネチカを頼むな」


 ガーベラは再びスカートをつまみ、一礼した。そして「発言の許可を戴きたい」と声を張った。


 目を見張るクニツナとヤスツナ。アンジェリカはあらまあと扇で口を隠した。諸大臣は眉を顰め、近衛は眦を吊り上げ、佩いた剣の柄に手をかける。


 突然の無礼にざわつく謁見の間。ムネチカもガーベラの意図がつかめず、彼女を見上げるばかりだ。


「鎮まれ。ふむ、ガーベラ殿、なにか不服でもおありか」

「いえ、私に不服などございません。ございませんが、我が夫となるムネチカの扱いに不服がございます」


 睨むように威圧するクニツナに対し、ガーベラは淡々と答えた。


「うむ、発言を許可しよう」

「ありがとうございます」


 ガーベラは一礼し、ムネチカの肩に手を回し、自らの前に抱き寄せた。ムネチカの背後から腕を回し、彼の胸の前あたりで腕を交差させている。

 不安げに見上げるムネチカに対し、ガーベラが小さく頷いた。


「ここアークレイム王国は、かつて群雄が割拠していた時代に、とある若者が平和を求めて国を創ったのが始まりと聞いております」


 凛としたガーベラの声は謁見の間に響き渡る。ざわついた諸大臣や近衛の兵は、己が国の歴史を説かれ、押し黙った。


「その若者はこの大陸ツォールの南部を制圧しはじめ、いつしか勇者と呼ばれるまでになりました。若者は王となり、そして我がユータニスと並ぶ大国となったのが二百年ほど前。当代の魔王が記しておりました」

「ほほぅ。ユータニス側からの建国話は初めて聞くな」


 クニツナは顎をさすり、余裕を見せた。ガーベラはそれを是と解釈、口を開く。


「それから我がユーニタスとの争いの間も、その勇者の血は連綿と受け継がれ代々の王に流れていると、聞き及んでおります。そして我が夫となるムネチカにも、その勇敢なる若者の熱き血潮が脈々と流れておるのです」


 自分の名が出るとは思いもしなかったムネチカは身体を捻り、ガーベラに顔を向けた。彼女もムネチカに視線を合わせる。そして彼の頬を手でなぞった。


「私との年齢差があり、頼りなく見えようが、その血は、魔王である母アザレアをも入滅させることも可能な力を秘めております。今代国王陛下が見事な体躯であらせられるように、我が夫ムネチカも、時が来れば背丈も私を越すであろうことは疑いのないこと。彼はきっと、次期魔王たる私をも凌駕する、勇猛なる男となることを、確信して止まない。今の彼がまだ幼く、頼りなく見えようとも、栄誉あるその将来とは、なんら関係ないことを、言っておきたかった」


 朗々と語るガーベラに、誰も声を発せられなかった。

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