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ガーベラさん、それはちょっと  作者: 海水
はじめましてこんにちは
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第一話 ガーベラさんは怖い人らしい

 ムネチカは不安でいっぱいだった。


 俯き、前髪で目元を隠しながら、春の日差しから逃げるように足を速める。細やかに剪定された宮殿の庭園を抜け、朱色の柱が林立する廊下にスルリと入った。

 美しい木目の床を鳴らせば周囲の目が彼に集中する。


 ムネチカはまだ少年といえる年頃の、やや頼りない面持ちの男の子だ。背が低く、〝カッコイイ〟ではなく〝可愛い〟と口走りたくなる、ある意味整った容姿をしている。


 アークレイ王国第二王子。

 それがムネチカの肩書だ。


「まだ若いのに、おかわいそう」

「相手は魔王の娘なんだって?」

「噂では殺戮姫とか」


 密やかに紡がれる声に、あどけなさの残るムネチカの顔が引きつる。


(僕は、生贄なんかじゃない!)

 ムネチカはぎゅっと目を閉じ、心に耳栓をした。墨を思い起こさせる黒髪を左右に振り払い、頭から雑念を押し流す。


 悪意のない刃から逃げるように歩を早め、廊下を抜ける。息を弾ませ、つきあたりの、衛兵が立哨する両扉の前に立った。


 空色の前合わせな衣装のズレを直し、こげ茶色の帯をずり上げる。艶やかな黒髪を手で撫でつけ、二度三度深呼吸し息を沈め、ゆっくり扉を開けた。


「お、遅れて申し訳ありません」


 ムネチカは深く頭を下げた。


 



 世界唯一の大陸ツォール。ツォールでは魔族と呼ばれる種族と人間族と呼ばれる種族がそれぞれ国を造り、暮らしていた。


 魔法を得意とし、様々な種族が混在する魔族の国ユーニタス。圧倒的多数という優位性をもつ人間族の国アークレイム王国。


 精鋭に対し雲霞。

 生存に対する手法は違えども、生き様は似通ったものだった。


 大陸北部の山岳地帯を支配する魔族の国ユーニタスと大陸南部の平野に位置する人間族の国アークレイム王国。我れこそが大陸の覇者とならんとし、昔から争いが絶えなかった。


 だが五年前、相対した両軍が全滅するほどの戦闘を最後に、和睦が成立した。被害が甚大で厭戦の機運が高まったのである。

 両国は再び戦火を交えないようにと、王族同士の婚姻を結ぶことにした。


 アークレイム王国王都ラシャスにある宮殿の会議室で、国の重鎮たちはその問題で頭を痛めていた。


「やむを得ぬとはいえ、婚姻自体は、いいと思うのですが」


 口火を切ったのは恰幅の良い大臣だ。国王クニツナ・ミムラの席を頂点とした円卓に肘をつき、額に手を当て額に大量の汗をかいている。ムネチカはその言葉にびくりと肩を跳ね上げた。


「種族に関しては前例がないでもない。年齢差など政略結婚にはつきものではないか」


 国王クニツナは掘りの深い顔をこわばらせ、オールバックの白髪を撫でつけた。ムネチカは父親を見あげ、そのしぐさを凝視している。


(気苦労が絶えないのですね)

 クニツナは齢四十ではあるが、続く戦乱による心労で黒髪から白髪になっていた。ムネチカは、すぐ傍でその変化を見ていたのだが、一気に白くなったのはここ最近だったと感じている。


 だが今は別な問題で父の老化が早まりそうで、ムネチカの心に責として圧し掛かっているのだ。


「第二王子ムネチカ殿下は御年十歳であらせられます。相手の三つ目族の姫ガーベラ・ヴェニディウム殿は二十歳。魔族は寿命が長いと聞いておりますので、十程度の差は問題ないでしょう」

「ではなんだと?」


 汗を拭きながら続けた大臣に対し、クニツナは浮かぬ顔の額に皺を寄せる。


「ガーベラ殿はひとり娘故に嫁にはやれぬ、殿下を婿入りさせろと言うのはどうかと思うのです」


 太った大臣は、国王の横で小さくなっている第二王子ムネチカを見た。

 アークレイム王国にはふたりの王子しかいない。兄の第一王子ヤスツナがいるが、既にお妃を娶っていた。魔族の、それも姫に値する女性を、側室にすることは憚られた。必然的にムネチカが婿候補になった。


 十歳の婿に対して二十歳の嫁。


 年齢差のある婚姻は珍しくはないが、それにつけてもムネチカの頼りなさが不安の材料だった。

 

「向こうの言い分は当然だろう。大事な跡継ぎを国からは出せまい」


 クニツナは背もたれに体を預け深くため息をつく。己の身として考えれば相手からの要求は至極まっとうだった。


「まだ成人前で、王立学園にて勉学に励んでおられるムネチカ殿下をユーニタスへ送るのは、私としては反対です」

「五年前まで覇を争っていた敵国に息子を送るのは、理屈では正しいと理解できるが、送りたくないのが本心だ」


 強い口調の大臣に対し国王は苦虫をつぶす顔を見せる。ムネチカはふたりから責められているようで、情けなさに俯いた。

 国王は脇で縮こまっているムネチカに顔を向け、宥めるように彼の頭を撫でた。


「それについては、先方から提案が来ておる。素直に受け取ってよいのか迷うところだが」


 クニツナの言葉に、ムネチカは顔をあげた。彼をじっと見つめ、次の言葉を待っている。


「ムネチカが成人するまでは、ガーベラ殿が、こちらでムネチカと寝食を共にするそうだ」


 ため息交じりのクニツナ。信じられないと言わんばかりに目を瞬かせたムネチカは、あんぐりと口を開けた。話を聞いた重鎮たちも声を出せないほどの衝撃だった。


(ちょっと待って、寝食を共って、どどどーゆーこと?)

 会議室は驚嘆の空気で満たされ、誰も話すことができない。戸惑う王国の指導者たちの中で、我に返った大臣のひとりが身を乗り出した。


「し、寝食を共にとは?」

「言葉通りであろうな。魔族はあまり冗談を言わないと聞く。此度も本気の申し出だろう、とは思う」


 国王が努めて冷静に返すと、大臣たちは腕を組み唸ってしまった。

 冗談を言わないというのは戦で知った彼らの特性だった。力が支配するユーニタスでは、実直、言い換えれば単純な種族が多い。ウィットを嗜むほどの知能を持った種族は上級種であり、前線には出てこないことからあまり実態が知られていなかった。


 和平プロセスの会合で、ようやく上級種族の三つ目族や淫魔(サッキュバス)、獣人、妖精族が姿を現した。そこで魔族の本当の特性を思い知らされたのだ。


「ガーベラ殿は魔王アザレア殿の愛娘であり魔法の達人と聞く。向こうからすれば我らの喉元に剣先を突きつけていることにもなろう。下手な対応をすれば王都が灰燼に帰すやもしれん」


 クニツナの目は真剣だ。再び会議室は言いようのない緊張感に包まれた。みなが息をのみ、微かな唸り声が聞こえるのみだ。

 ガーベラを送ることは相手の譲歩ともとれるが、その真意は見えない。楔を入れることこそが目的かもしれないのだ。


「彼女は従わぬ者には容赦ない恐怖の権化だとの噂ではないか」

「まさか和平は演技で、実のところ我が国を滅ぼすつもりでは……」

「だが、縁談を破棄すれば、それこそ戦端を開く口実にされかねん」


 勝手な意見を述べる重鎮らを、ムネチカは膝の上に乗せた手をぎゅっと握り耐えていた。彼らの意見を聞くごとに、不安が実体化して圧し掛かってくる息苦しさを覚えていたのだ。


(そ、そんな恐ろしい女性と……)

 己の両肩に積み上げられる責務に、潰れてしまいそうだった。


「だが、いまさら戦乱へ戻ることはできぬ。民も疲弊している。これ以上の負担は現在の体制にも影響するだろう。彼らの言い分を信じる他あるまい」


 威厳ある国王の声に、ムネチカはハッと顔をあげた。

 もはや引き返すことはできないのだと悟らされた。


(僕が人質になってユーニタスへ行けば問題はなかったんだ)

 だがこの決断が彼には荷が重すぎたのも事実だ。


 未知の土地での生活はムネチカにとって相当のストレスになるだろう。それ故に、苦渋の決断だったのだ。

 ムネチカは、それを、たった今、理解した。

 唇を噛むほど悔しかったが、それでも魔族の国に行く勇気はでなかった。


 自分は、頼りなくとも王子である。王族として、この国のために尽くさねばならぬ義務がある。ムネチカは幼き頃から繰り返し聞かされていた掟を思い出した。


 自分がやらなければ、また戦乱に戻ってしまう。それを防ぐためには、やらなければいけないのだ。


(やらなきゃ、いけないんだ!)

 ムネチカは椅子から立ち上がり、バンと円卓に手をついた。突然のことに驚く重鎮をじっくり見渡し、震える唇を開く。


「僕、国のために、頑張ります!」

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