06話‐「“視えない”ヒトたち」
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動力部、炎振の整備を終え、これから夜通しキザンに向けて駆ける。その時だった。
――ボォー。同じ航路を貿易船が近づいてくる。黒い煙をあげて。
「”大きな船”だ!」
わたしは、転がるように梯子を駆けあがり、デッキから飛び出しそうな勢いで手すりをつかんで、双眼鏡で確認する。”大きい船”の中でもだいぶ規模が大きいタイプのものだ。こういう船にはベテランの水上守も、かならず乗ってる。
ふいに毟れた心にあたたかい手をかざしてもらったような気持ちだ。遥か遠く水平線を見やる。
――何か糸口が見つかるかもしれない。
待ちに待った展開だ、まるで道端で拾った石ころが神様だったとか、もうそんな気持ちだ。必死で手旗信号と、ランプを駆使して、両手いっぱいあげた、もう空が触れて雲や太陽が手に引っかかって落っこちてきそうなぐらい手を伸ばした。
「おおーーい!」
「おおーーーーーーーい」
あんな大きな船にどんなに叫んだところで聴こえるわけがないのに叫ぶ。満身の力を込めて。しばらくの後、暮れなずむ、暗痣紅色の空、光る一筋の糸が垂れた。
カカカ・トントントン・カカ・トン
信号が返ってくる。気づいたみたいだ!とにかく、絶対糸口にしてやる。もうもたもたしてる暇はないのだ。このままじゃジルバが…。
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”大きな船”から小さなボートが離れ、こちらに一艘向かってくる。遠くの方から「おおーいどうしたい?」と声がかかる。わたしは、ボートが近づいてくるまでの間、大急ぎで、上から、体格を隠せる装備をつけ、顔を”炎振油”で汚して「化粧」し。目深にフードをかぶった。
大きく深呼吸の後、出来るだけ低い声で…。
「おおーい、たすけてくれーい」
「凪で困ってるんだ!」
近づいてくるボートに向かい、自己紹介する。
「俺は、グース群島紅鳶海域 。クムド島マルタ浜町出身、ミカダ・ダンド。船乗り見習いだ!」精一杯敬礼する。
”舟守”と名乗ると、免許を確認されて詐称がばれてしまうので、ここは”船乗り”にしておく。小型ボートの乗組員は3人。3人とも屈強な海の男で、少し頭が悪そうだった。夕暮れの中、カンテラでわたしの顔を照らし、品定めをはじめた。男?女?女じゃねぇ?いや、でもさ、色気が…そんな声が聞こえる。
「こんなちびっこい坊主一人でこんなとこまできたのか?」
「…か、風が通る航路を知らねぇか?」
わたしは祈るような気持ちで聞く。
「凪はこの辺ずっとだぁな。」
「ちっこい舟は難儀だよなぁ」
「こっちはしょんべんが遠くにとばねぇとか、そんなもんだけどよ」
ひゃひゃひゃ。品のない笑い声が響く。ちょっとやっかいな船みたいだ。より好み出来る立場ではないので、交渉を開始する。
「…種火を譲ってくれるでもいい」このぐらいで…。と指を両手分つかい、2本と5…。と立てる。どうする、こんな坊主にちかっとだけ売ってもなぁ。いちいち…。まぁいいけど。いやでもさ。そんなひそひそ話。黙って指を3本に変える。来ると思った。
「んーー親方がなんていうかねぇ?」
「でっけぇ船ってめんどくせぇのよ」
ピンはねするつもりだろう。3本と5…。4本と1……。交渉しながら、徐々に立てる指が増えていく。相手のペースに乗せられてるのは、わかってる…。ほんとは3でも少し多いぐらいなのに。
目の端に映るジルバが眠る革袋が、ごそごそと、鈍く光り始めた。どうしたんだろう。出てきちゃダメだよ。マントを上からそっとかぶせる。
(ジルバ……)
わたしはこの時やっぱり、少し焦っていたようだった。
―不意に口を突いて出てきた台詞は、自分でも、予想外なものだった。
「し、新鮮な琥珀草を積んでたら…」
「これだけ出す!」わたしは指を8本立てた。もういい、全財産だ。
「…草ァ!?」
雁首そろえてぽかんとした顔。
「琥珀じゃねぇの?」
「は?草?」
「んなもん何に使うんだい?」
――しまった。
口から放たれた狼狽が、わたしをさらにうろたえさせる。一瞬こう言おうとした。
――「なぁに、燃して遊ぶんだァ。」
しかし、逡巡ののち、
わたしの口から出た台詞はこうだった。
「…と、トモダチが…」
だめだ、落ち着け。こんな奴らに話したところで…。
心と裏腹なまま、言葉はそのまま凪の空気を編みはじめた。
「…俺の…トモダチが…」
「…びょ、病気なんだ!」
「こ、琥珀草がないと…」
「このままじゃ…」
――大切なトモダチが。
――そうだ。
震えをおさえながら目を前に向け、しっかり言葉を放つ。もういい。胸を張れ!
「俺の、大切なトモダチが!」
「病気で、困ってるんだ!」
――だってこの会話は
――“ジルバ”が革袋の中で
――聴いてるんだから!
ぎゃっはっは。あっという間に嘲笑がわたしを取り巻き、子供の頃から何度となくよく見てきた風景が広がる。
「どこにその”オトモダチ”とやらがいるんだい?」
「凪で頭やられちまったのかい?」
乗組員たちは、しょうがねぇな。という感じで、ひとしきり笑った後、
「よくわかんねぇけど」
「そんなら牽引してやるから、乗って行けよ?」
はっと我に返る、そうだ、この展開はよくあるし、予期していたことだったじゃないか。
「…そ、それは」
わたしは、経験上、こういった船になるべく乗らないようにしていた。色々と物騒なのだ。どうすればいいんだろう…。しかし、もしかしたら、女ってばれずに済むかも知れない。乗組員Cが後ろの方で、わたしの顔をじろり、もう一回のぞきこむ。
「……そうだなァ…」戸惑いに気づかれただろうか…?
「…でけぇ船ってぇのは、ちょこちょこ”小物”出してくるのが一番手間なんだぁよ?」「ちっこい舟ひっかけて走るぐれぇなら、話とおしやすいからよ?」
一瞬だけ巡らせ。1秒後に決めた。
――悩んでる暇は、もうなかった。
「…頼んます」
――その時だった。
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チカチカチカ!
チカチカチカ!
チカチカチカ!
急に革袋の中からジルバが懸命に点滅しながら、飛び出してきた。
チカチカチカ!
≪だめ!≫
赤の点滅だ。
チカチカチカ!
「ジ…ジルバ!」
”大きい船”の反対方向、船尾に向かって飛び出す。
チカチカチカ!
≪乗っちゃダメ!≫
チカチカチカ!
早鐘を打つように光る。危険を知らせる点滅。
そりゃあこの話は危ないのは分かってる。でも今はジルバの方が…
チカチカチカ!
――よわよわしい旋回のなか、全力疾走だ。
チカチカチカ!
チカチカチカ!
「ジルバ!どこにいくの?!」
チカチカチカ!
チカチカチカ!
点滅が、走る、走る。死んでも捕まるものかという勢い。
「待って!」
チカチカチカ!
ジルバはわたしの手のひらをすり抜け、船首の方に向って走る。だめだ。そっちは海だ。今の状態で海上に出たら、蒼に全部黄色を吸われてしまう。
「ジルバ!だめだ!」
――賢明な追いかけっこを終えて、息を切らし、ふと気づくと、乗組員ABCどもは、頭のところでクルクルというジェスチャーをしながら、口々に薄気味悪ぃな。みたいなことを吐き捨て、”大きな船”の方に、こぎ出していた。
遠ざかる一筋の蜘蛛の糸。叫ぶ。届け!
「待って!」
「待って!」
「トモダチが!」
「病気なんだ!」
――叫ぶ。
「待ってくれ!」
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――気づけば、闇。
甲板には、ABCどもが投げ込んでいったらしき、食糧や水の包み。固形燃料。どうでもいい航海の手引書、少しの種火の黒い包みが散乱していた。
――セカイ中の墨が注がれたみたいな、真っ暗暗な夜がやってきた。
――”視えない”やつらは笑う。心なく笑う。
愚鈍なニンゲンどもは、”視えないもの”を信じようともしない。
”信じる”って、きっと”視えない”ものなのに、だ。
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