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*ミカダさんのあんまり不思議じゃない冒険*  作者: 植木まみすけ
*第四幕*
51/56

51話‐「あなたが好きな、花も、空も」

挿絵(By みてみん)



  +.

 .


 挿絵(By みてみん)


  *

 +.



丘を少し下った先、水平線がひゅっと一本描かれただけの、風躍る輝く岬を背に、わたしは、声を張り上げていた。


億年の沙がそのまま幹のうねりとなり、重ね続け、この星と共に歩んできた、分岐の突端、大賢者”智慧のカシ”を見上げ、すくむような気持ちで、一歩前に。


何をいうか、決まってない。決まってないけど、前に出た。わからない、わからないけど、何故だか一歩前に出た。混乱して、泣きそうなのを、ぐっとこらえた。


ザザザン、ザンザ、翠の風。目の裏に、ジルバの残像が瞬いた。星の花揺れる草原の中、チロタが真剣な面持ちで、わたしの横顔を追っていた。


背中から、ビョウと、一陣の強い風。


≪あなたは、どうしてここへ?≫


頭の中に、もう一度問いを浮かべ、すっと、息を吸い、何を言うかまったく計画が立たないまま、声を張り上げた。


「―――わたしは!」


声がひっくり返ってしまった。


「わ……」

「―――わからない!」


ザンザと葉擦れに負けないよう。叫んだ。


――どうしよう、何にもいう事が決まってない。でもきっと、こういうのは決めてからいう事でもないんじゃないか、とも思った。


「ここへ来るまで、何度も何度も、考えました!」

「わたしはどこからきて、どうしてここにいて、どこへ行きたいのか」



「全然、ぜんぜん、分からない!」

「わ、わかってるのかもしれないけど」

「それが()()()()()()()かどうかは」


「――――わからないからです!」


智慧のカシの真ん中、こっちのカシには建ってなかったけど、カシノギさんが棲んでた樹上の家があったあたりの、樹のお腹辺りに届くよう声を張り上げた。


耳の脇を、ザンザ、ザンザと、木の葉時雨。目の端でチロタがうなづきながら聴いてくれてるのが分かった。昼下がりの陽光が、わたしの頬を焼いて、南南西の若草の風が、さらりと熱をさらっていく。



「”ここ”にいるのは、何故かって!?」



「わからない!」

「舟守になって、人の役に立って…」

「つまんないけど、これでいいんだって」


クムド島の教室の片隅、ジルバが寝てる腰の革袋をそっと撫で、孤独に耐えてた、小さなわたしが、叫んだ。


「わたしは、き、きっと…」


お母さんが護った小さな花が浮かんだ。本当は、憎くって、憎くって、たまらなかった彼の花。


───鉛色の”わたし”。わたしが苛め抜いてきたもう一人の”貴方ワタシ”。もうこんなのはやめるんだとばかりに、心の中、同時に叫んだ。


「だ、誰かに必要とされたかっただけ…!」鼻がつんと赤くなったのが分かった。チカチカチカ…。宝物が、心の中、こぽこぽと湧きあがって、声に乗って吹き出していくみたいだ。


「東の海域に向かう途中、大切な親友を一人、亡くしました」


チロタがびっくりしたような顔をして、わたしの方を見たのが分かった。


「後悔しました」

「こんな仕事取らなきゃよかったって」

「自分が決めて、出発したのに」泣きそうだ…。ダメだ、いまは。


ザンザ、ザンザ、ザンザカザ。遠く水平線に、これから春の島に旅立つであろう、海渡ウミワタリの一行が旋回していた。


  *

 +.

  。゜


「わ、わたしは、この冒険で、優しいニンゲンもいるんだって」チロタの方をつい見る。風の中、目があった。いつもなら笑ってくれそうなものなのに、チロタは赤い目をこすり、困ったような、何とも言えないような顔をした。


「し、し、知れてよかったこともいっぱいあって」泣いたらだめだ。


「……えっと」「……えっと」チロタの目を見る。どうしよう。しばらくずっとチロタを見上げてるうち、顔から火が噴いて気温を上げた。


「あの、あのね」言おうとしたらおろおろして、口が震えた。どうしよう、言わないと、今まで散々ツンケンしてきたのに、こんなのちゃんと口に出して伝えなきゃわからない…。


言うって何を?わたしはどうしたいの?この気持ちに名前を付けるとしたらいったい”コレ”はなんなんだろう。


分かってるようでわからない。けど、このまま離れ離れになるなんて、嫌だ。嫌だ、いやだ。わたしは、チロタが……。


チロタは眉を八の字にして、何故だか一緒に泣きそうな顔をした。堪えていた気持ちが潤んで目から今にもこぼれそうだ。どうしよう、わたしは、わたしは…。


「で、でも…」


―――大切な言葉を、こんな流れで言ったら、泣き落としみたいだ…。


「わ…、わかんなくて…」目頭がかぁっと熱くなった。逃げたのか、なんなのか、もう分からなかった。とにかく今は


  *

 +.

  。゜


「わ、わからないというか」

「わかってると思ってたことが」

「…わかってなかったって」


 +.

  。゜


「”()()()()”のだと思います!」


「今いえるのは」

「どうしてここにいるって」


「”この分岐”を」


「”わたしが”選んだから」


―――せめて叫べ!


「あとは」


――声が枯れそうなほど叫んだ。


「後でわかればいいんだと思います!」


「以上です!」


  *

 +.

  。゜


遠くの海渡ウミワタリたちは、次々と空に螺旋を描いては、一匹一匹、スィと雲に伸びていく。遥か遠くの海域に向かって出発しはじめたようだった。ヨーンヨーンと遠ざかる影、風が光った。空の一部、まだ薄桃色や紫苑色の絵具がこぼれたみたいに残っていた。



  *

 +.

  。゜


チロタは聴き終ってゆっくりと拍手してくれた。智慧のカシは、いっそう大きな音を立て、ザンザと翠の歌を唄ってくれた。


「…嬢」チロタがしゃがんで「すげぇよかった」と一言伝えてくれた。


もう滅茶苦茶だった。文意もくそもなかった。――でも、多分これが今の答えなんだろう…。


――チロタにいうべき台詞が、色々あったのに、なんにも言えなかった。


心の片隅でズルいわたしが”泣いてわたしの想いを伝えたら、引き止められるんじゃないか?”とささやいた。だからとにかく泣かなかった。ダメだ。そういうのは卑怯っていうんだ。そう思った。


  。゜

 

挿絵(By みてみん)

 

  +.

  。゜


とりあえずわたしは、深呼吸の後、人として言わなきゃいけないこと、そして必要最低限の伝達事項を伝えることにした。


「オガヤ・チロタさん」


ポンチョの裾をつまんで、正式な会釈をした。ポンチョがひらり、風に踊った。チロタの表情が固まったのが分かった。何かヘンな事を言ったんだろうか?しかし、これはわたしにとって最大限の敬意の示し方だった。


「道案内、ありがとうございました」

「ここまでこれたのは、ひとえにチロタのお陰だと思っています」


――言えた…!

――トオイトオイ島一日目では、言い方もわからなかった台詞が言えるようになっていた。


チロタはしゃがんだまま、いやまぁ、みたいなことを呟き、どういうわけか居住まいが悪そうだった。


「最初、邪険にして、申し訳なかったな、と思う」

「乗組員Bとか」


チロタなら笑うかな。と思っていたのに、わたしをじっと見て神妙な顔をするばかりだった。気まずいまま、黙って頭をぺこんと下げた。


午後の日差しがわたしたちを照らす。もうあと6沙後にはここを発って、また昨日の野営地まで戻らないといけない。



「希望の報酬を言い値で支払いたい、と、考えています」


チロタは、わたしをひたすら見つめる。しゃがんでても、ほんの少しわたしより目線が上だった。


「……ユ、ユーハルディアに」

「…か、か、帰ってしまうとのことで…」


(「読み書き教えに来てよ」とか、チロタから言ってくれたら…)


わたしから「教えます」だなんて、なんだか偉そうだし、ぽかんとされて傷つく展開ばかり頭に浮かんだ。こんなの誰だって言いだしっぺは勇気がいる。皆傷つきたくないのは同じなのに。自分にウンザリしながらなんだかもう訳が分からない。


「…じょ…嬢」

チロタがいつの間にかわたしの肩を掴んで、大きな手でさすっていた。温かさが伝わるたび、涙が出そうになる、困る…。


「出立の時期との兼ね合いを見て、決めていきましょう」

「……嬢」


もう目が見れない。つい伏せてしまう。”智慧のカシ”や森の木々の唄も、なんだか静かになった気がした。きっとわたしが今、この世界を聴く余裕がないんだろう。


「ぼ…冒険も…」

「もうおしまい」


ダメだダメだ。ここで泣いたら絶対ズルいわたしは泣かない。


「一緒に、ごはん食べたり」

「喧嘩したり」


チロタの大きな、フライパンみたいな手。震えながら続けるわたしの両肩を痛いほどつかんでいた。


ちゃんと、こういうのは、笑って言わないと。お母さん、みたいに、ちゃんと。


 。゜

  +*

  .


「あ、ありが…」


  。゜

 挿絵(By みてみん)


―――海からの風、チカチカとまたたく、ちいさな光ととも、わたしの短い黒髪がしゃら、と乱れた。


「ごめ、これ、泣い…、卑怯…」


煮えたぎったような涙かあふれる、気づけば堤防はぼろぼろと決壊していた。目からばらばらと”サミシイ”がこぼれて、はらい落とすのが間に合わない。わたしは…。


「わたし、チロタの」ひっくひっくと横隔膜が痙攣して、泣き止もうと思っても、もうダメだった。チロタの肩をさする手の力が強くなった。


「好きな花と”か”」「ぐ”も”と”か」鼻水が垂れてきた。見られたくないので、手をばたばたさせて、チロタを追っ払おうとしたけど、いつの間にか、掴まれて、がっしと握られ、動けなかった。


「も”っ”と”、も”っ”と”知”り”た”か”っ”た”よ”ぉ”お”お”お”」

挿絵(By みてみん)

声を上げて子どもみたいな嗚咽。もうダメだ…わたしは…。



「…嬢」



チロタは、わたしの頭を撫でたあと、すっくと立ち上がり、智慧のカシを指さして、こう叫んだ。


「おいジジイ!」智慧のカシというより、カシノギさんに向かって言ってるようだった。


「そこで茶飲んで、耳かっぽじいて、よく聞いとけ!」と地の果てから殴りつけるかのように怒鳴った。


ど、どうしたんだろう…。


わたしと同じように智慧のカシの真ん中辺りに向けて怒鳴った。


元々体も声も大きいのに、怒鳴るとまるで兵器のようだ。わたしはびっくりして、恐ろしすぎて涙がいったん引っ込んでしまった。



 。゜

  +.

 .

 挿絵(By みてみん)

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