46話-「ミカダさんの結構不思議な冒険」
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護りの森の――多分冒険のゴール間際だった。――秋なのに、この空間だけ新緑の部屋。蔦と野草、草花、小さな梢のドームの真ん中。
ガタガタと愛嬌のある手作りの椅子が囲む、思ってたより小ぶりで可愛いような切り株――"太陽の円卓"を前に、わたしとチロタは、神域の奥、不思議な展開に立ち往生していた。
≪あ、ごめんごめん、かけてて≫
初老の男性のような、軽くしわがれた声がどこかから響く。聴くからに品がよさそうで、ほがらかな感じの声だった。きっと紳士なんだろう。
落ち着いて音を辿ると、太陽の円卓の横に蔦の絡んだ根っこの送話器のような装置がつなげてあり、そこから聞こえているみたいだ。こんな山奥、しかも神域に人が棲んでるんだろうか?
「あ、あのわたし、えっとあの、わたし、薬、くすり、びびび」
どうもこの事態に盛大にテンパっていたみたいで、なかなか言葉がまとまらなかった。横でチロタが少し吹き出しながら
「よう、誰かわかんねぇけど」
「このお嬢さんがカシの木に薬ぶっかけにきたんだとよ」
と一切フォローになってないような助け舟を出してきた。
送話器の向こうからわっはっはという声とともに
≪今、手が離せなくって≫
んーーと思案してるような声の途中、おっとっと、と、何か違う事の対応に追われているような声が漏れる。
≪そこからもうちょっと歩くんだよねぇ…≫
≪ちょっと案内を、誰か…≫
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≪おーい、今入口?≫
≪ちょっとさ、お客さんが来てて≫と誰かと連絡を取り始めた。
少しして。
≪ボクの友人が今そっちに行くから≫
と伝え、慌てて奥の方に走っていく音の後、通信が終了した。
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チロタは首をかしげながらも
「まぁ、今不思議がっても意味が分かるでもねぇし」
と一番サイズ的に座れなくもなさそうな椅子を選んで、どっかと座ってあ”~~とかいって首をゴキゴキ言わせ「あちぃ~」と肌付きをばたばたさせた。
「……」
わたしは、チロタの方が肝が据わってる事実に、ついジリジリ来てしまい、黙って椅子に座った。椅子は見た感じ通りガタガタとあまり器用な人が作った物ではなさそうだったが、何故か座ると同時に行軍の疲れがスゥ…と抜けた。
「あのお爺さんのご友人が迎えに来るってことは」
こんな僻地なのに結構人が訪れるんだろうか?司祭とか?海語商工会の幹部とか…?
あらためて森を見渡すと、さっきまでの不思議な森の雰囲気が、———そこらへんの厨房のあまり物でまかないでも作って食べてる時みたいな落ち着く雰囲気に変化していた。
「ね…この森…」
「さっきまでと全然雰囲気…」
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≪それはなー≫
よっこい、と、目の前の椅子に、小動物のようなものが座ってきた。
「!?」
謎の老紳士の次は何だろう…。わたしとチロタは、つい固唾を飲んでしまう。
――ぽこぽーん!
という擬音ととも、赤いベレー帽をかぶった、小さなチコダヌキが、花を持った手を円卓にぺし!とつきながら、顔を出した。
――ベレーからカールした冬毛がくるんとはみ出しており、どうも、女の子のタヌキみたいだった。
≪おじいがフンイキスイッチを調整したんじゃ≫
≪おきゃくがキンチョーせんようになー≫
へっへーんというような様相。
タヌキと切り株のテーブルを囲んで会話するだなんて、ここは物語の扉の向こう側なんだろうか…?この人(?)が声の老紳士がいってた”友人”なんだろうか?
≪またせたなー≫ばらばらとクサイチゴや食べれそうな木の実をテーブルの上に撒いて、
≪我のおやつじゃ≫
と、んむんむ言いながら全部目の前で食べてしまった。
一瞬くれるかと思ってしまった自分が少し恥ずかしくなってしまったけど、ジワジワ来てしまう。だめだめ…きっと笑っちゃだめなヤツだ。
「分けてくれるんじゃねぇのかよ」とチロタはたまらなくなって噴き出した。
チコダヌキは点目をしばらくぱちくりとさせ、恥ずかしそうにした後、≪でっかいし、ずーずーしいのう≫と、ぷいと、椅子を降りてしまった。やっぱり気に障ったようだ。笑わなくてよかった…。
≪いくぞー≫
ドームの端にぽこぽんと歩いて行った。「なんだぁ?」チロタがくっくっくと笑いながら後に続き、親指をぐっと立てて、ついていこう、と合図した。
このチコダヌキの女の子は手足がぴょこんと短くて、中でも特に小さい部類みたいだった。
つぶらな点目。帽子とポシェットしか着けてないのに、見るからにセンスがよさそうだ。唸るようなオシャレ感だった。そこらのタヌキとはオーラが違った。
わたしはひょこひょこと跳ねるように歩くチコダヌキの後姿を眺めてるうち、たまらなくなってボソッと呟く。「…か…可愛い」
チコダヌキはくりんと一回転したあと、ベレー帽を正して
≪そうかー≫
≪我、褒められたなー≫と、うひひと照れながらわたしのブーツに手をぺんぺんさせた。
……な…なんて素直な子なの…!!
たまらなすぎて、ついチロタに(可愛い、可愛すぎる…)と目で訴えてしまう。チロタは何故か真っ赤になってわたしの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。な、なんで!?
≪我も採集で忙しいんじゃけども≫
≪先ほどは”こいつ”を助けてもらったからのー≫
掲げた小さな手には白い花の蕾が握られていた。
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――この花はさっき森の入口で見た…――。
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(…ほ、ほんとにチコダヌキだったんだ…)
―――どうやら、先ほどの”もう一人のワタシ”との対話の途中、咄嗟にかばった、プクラカエデをかぶってた小さな丸い石と、白い花の蕾みたいだった。
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チコダヌキは梢のドームの囲いの部分。えらく中途半端な所に立って、一回ぺちんと手を打ち鳴らした。その後ひぃふぅみぃ…とわたしたちの人数を勘定しかけて
≪そこのでっかいのは、ひとりで、3人分ぐらいおるんかの?≫
と言いながら2人と3人とで5カウントしたあと、お互いの影を踏ませた。
途端にさっきまでただの茂みだった場所が「通れそうだ」というような雰囲気にガラリと変わった。
≪こっちじゃ≫
チコダヌキを追って茂みにぶつかる感じで入っていくと、茂みに見えていたところが、透けた絵のようにスィと抜けれた。お、面白い…。
チロタは一人で茂みがなかなか抜けられなくて、がっさがっさ音を立てながら、「嵩で勘定するんなら、タヌ子が1人分っていうのも違うんじゃねぇか?」と大人げなくわたしに助けを求めてきた。
「全体の容積?がいくつかわからない?から大目?に取った?んでしょ?」と激しくつまらないような返し方をした。しかも言っててよく分からなかった。
チコダヌキは≪ちっこい方はやさしーのう≫ぺちぺちとまたブーツを叩いてうひひと笑った。もう扶養したい…。
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その後、要所要所で≪この木と木の間をジグザグに歩いて、6回手を鳴らせー≫などのジンクスのような指示を出しながら、とてとてと前を歩いた。次第に道の勾配がきつくなってくるのを感じた。
途中何回も夕焼け色の葉っぱや、夜の帳色の木の実、空色のキノトコ、特に美しい色の森の仲間を見つけては
≪ちょっと手伝ってくれー≫と話しかけて、丁寧にもいでは、ポシェットにぽこぽこ放り込んでいった。
「何に使うんですか?」と質問すると
≪仕事用じゃ≫と白い花の蕾をビシィ!と構えた。どうやら花の蕾はこの子の大切な仕事道具だったみたいだ。助けてよかった。
わたしとチコダヌキに関しては、まるで坊主山でも登ってるみたいに、傾斜以外何一つとして道を邪魔する要素がなかった。風景だけが茂みの映像という感じだ。
チロタだけが、常になにかに頭をぶつけながら、かがんでひぃひぃ言って歩いていた。
もしかしてチロタが引っかかってる理由は、先ほど我々の嵩の勘定が足りなかったのだろうか?気づけば少しだけ下り坂のような感触。どうも丘を登り切ったみたいだ。
≪連れて来たぞー≫
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――ざんざと、暖かい風が耳の脇をすり抜けた。木立の唄。下り坂の少し向こう、眼下に輝く紺碧の海が見える。
いつの間にか森から海沿いの生態系に移っていた。足元には、苔を割って白い小さな花、フユジロリンドウのような花が群生しており、海に向かってまるで星が咲いてるみたいだ。
「…………これは…」
そして、少し先。風を、海を、この星を、あたたかく抱きしめるかのような幹、ごつごつとうねる大きな大きな常緑。”智慧のカシ”だった。――よく来たね。と、やっとたどり着いたわたし達もろとも受け入れ、そびえたっていた。
岬側の分かれた幹の方にはどうも樹上の家が建ってるようだ。塗むらのある赤い屋根が見えた。
普通防潮林が生えてるあたりに海に向かって、風見鶏がついてる百葉箱がいくつも設置されていた。風は、何故か潮風ではなく、この季節なのに若草の香りがした。
智慧のカシってどんなに威厳に満ちているんだろう?なんどもこの冒険中空想しては恐れ多さに震えていたのに、――まるで家の勝手口から立ち上る、夕飯の湯気みたいなオーラ。おおらかでほっとする、毛布で包まれてるような様相だった。
星の草原で、海と雲に吹かれていると、次第次第、懐かしい、小さな頃、お母さんがいた頃、小さなしっくい造りの我が家を思い出す。
嫌な事しかなかった故郷だったのに、智慧のカシの前で風に吹かれていると、美しかったクムド島の空海原。よかったことが頭の中駆け巡った。
たまに仕事の合間、時間を作ってお母さんが作ってくれた、バターの焦げたモロコシスープ。お母さんはいつも「失敗しちゃった」って恥ずかしそうにカップに注いでくれた。
わたしは何回もお母さんに伝えた。
(…お母さんのスープはね…)
「……せ…世界……一。…なんだ」
つい口走ってしまった。呟きととも、ぽろぽろと涙が頬を伝った。
――ここは、トオイトオイ島、誰もが還る――…家路ノ黄島。
「………」
「こりゃぁ……」
「…………」
光る風が頬を撫ぜた。
チロタは横で黙ってずっと智慧のカシを見上げていたが、ふと上を向いて目頭を押さえた。
―――チロタも家に帰れたのだろうか?
≪おお、よく来たねェ≫
老紳士の声がすぐ近くで響いた。
≪おじい~ついでに”空タブレット”かりるぞー≫
といいながら、チコダヌキだけ先に岬の方に駆けて行った。ふと振り向いて
≪そうそう、ちっこい方≫と、白い花の蕾をピッと構えて、
≪借りは返すからな≫
≪でもなー≫
≪おぬしが一番護らにゃいかんもんって、もうわかったな?≫
ぴょこっと飛んで≪花ではないよな?≫。
じゃーな、と裏手に走って行った。
───これはこの子も苦労して向き合って弾きだした解答なんだろうか、言葉は重く、わたしの胸に深く、いつまでも、刺さった。
「やぁやぁ、遠かったでしょう?」
「お茶が入ってますよ」
智慧のカシの前、がたっとした建具だけおいてある状態の扉の中から、ルーペ付き眼鏡の、オールバックに広いおでこ。すらりと長身の職人風の老紳士が出迎えた。ポケットだらけのエプロンで手をごしごしやった後で
「ようこそ、マドモアゼル」
ひざまずいて、わたしの手の甲にキスをした。声のイメージ通り、品のよい白髪のお爺さんで、洗練された立ち振る舞いに、つい顔が赤くなってしまった。
チロタは「おいこらジジイ!!!」と何故か怒っていた。老紳士はわっはっはと、楽しそうに笑った。
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