04話‐「異国の少女」
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今まで見たこともないような、不思議なカタチ。不思議な材質の装備をつけた、腰までの暗い色の髪。異国の少女。
ぎこちなく笑いながら、こう言った。
――「 この翠の光は”地球の種”なんですね」
少し離れた遠くの方で、市場の明かりや、喧噪が響く。空は遠くから順に、青藍に滲み、徐々にうす紫のたなびきを覆っていく。風が藍色に染まり始める時刻。
異国の少女は、うっすらと微笑みながら、ふわり、ふわり。石畳の階段を3段飛ばしで降りてきた。オーラというやつなんだろうか?彼女の周りは、ほわりと、薄く、白く光って見える。
チカチカチカ…。
ジルバは”挨拶”の光り方で返す。黄色と翠交互に点滅している。≪こんばんは≫とでも言ってるのだろう。ジルバの対応は、何故かフツーだった。
異国の少女は、うっとおしい前髪の上からさらに目深にかぶったフードの向こう。フ。と優しげにうっすら口角をあげた。手をジルバの方にさしのべ、いとおしそうにこう囁いた。
「…お前はこの舟守にわかってついてきてるんだね」
チカチカチカ≪あたりまえだ≫といわんばかりに、青く光る。私は正直ぎょっとしていた。ジルバの姿がここまではっきり視える”ニンゲン”は今までいなかったからだ。
「…み、視えるんですか?」
わたしははっと気づいて、やっとこの質問を投げる。
それにしても、なんて不思議な装備だろう。短すぎて下半身が裸みたいに見える灰色の腰巻みたいな…。上から羽織った装備は…これは、どこかの国の雨具かなにかなのだろうか?くすんだ苔色の布地は頑丈そうだ。ちらと見える白い肌着にはどこかの文様が墨で刻まれていた。
上着の合わせの淵に非常に細かいだんだらの飾りがついていて、おそらく有名な道具鍛冶の作品かなにかがあしらわれた、高級な装備なのだろう。むきだしの細い足からそのままつながる、バックル付きの若草色の長靴は見た目はどかっと大きいのに、足取りはやけに軽そうだった。
はだけた足が、歩くたび、ゆらり、ゆらり。正直色っぽすぎて正視できない。短い腰巻?の裾の方をよく見ると、引き裂かれたようになっていた。
――も、もしかして、これは異国の装備とかそういうのではなくて…。その…。
「あ、あの!」
慌てて舟守の碧チーフを腰から外しながら、小さな声をあげ、こう切りだす。
(服…)(それ…)(下の…)(あの…)
(もしかして…)
(なにか、こう…あの…)
(…ら、ら…乱暴されたとかで…服…それ…)
少女の腰にそのままチーフを巻きながら、必死でささやく。これで多少見えなくなった。初対面の女性にこんな事を言ってもいいんだろうか…?と思ったが、もしほんとにそうなら、大変だ。
「…?」素っ頓狂な顔でわたしを見つめ、しばらくしてから、ああそうか、この格好。なんて独り言をぶつぶつ言いながら。
ふふっと笑いながら「…大丈夫ですよ」 「優しいんですね!」と、チーフを突っ返されてしまった。恥ずかしい。そのまま死んでしまいたくなった。
少女はわたしの肩にとまるジルバとわたしを交互に眺めながら、耳元にスイと近づき、ふわり。オーラを揺らしながら こう続けた。
≪ あなたになら、この薬瓶を託せそう≫
彼女の白い手は、苔色の雨装備の懐から何の変哲もない茶色い”薬瓶”をとり出した。護符が貼ってあるようだ。
指先で不思議な印を切りながら、不思議な声、どこかで聴いたような、少し低くて小鳥がさえずるような彼女の声が、内耳にすべりこむように広がる。
≪ トオイトオイ島のカシの木宛てです≫
≪ …枯れそうな箇所があります…≫
≪きっとあなたには、彼の元までこの”薬瓶”を 届けることが出来る≫
――わたしは、話を聞きながら、幼いころどこかで読んだような絵本をぼんやりと思いだしていた。たしか、老木にプレゼントを届けるような物語。憧れたような記憶がある。
少女は重い前髪の奥から軽くうなずき、手をふわり、また印を切る。
≪ 報酬は、小さいようで、大きい…≫
≪ 道中…あなたは…たいそう…苦しむことになります≫
≪ でも…≫
≪ この冒険が終わるころ ≫
≪大切な……………… ことでしょう≫
わたしは、報酬の話を、耳打ちされてるうちに、頭がぼーっとなって つい息をのんでしまう。気づけばわなわなと震えていた。あまりにも魅力的な話だったからだ。
(ほんとうに、この薬瓶を届けたら、そんな素敵な…?)
(でも、どうやって…?)
(もし、そんなだったら、どんなにいいか…)
――はっと気付くと、少女は、暗闇の中、わたしの右耳の前で手をくるりと結んでいた。
「この報酬は、”自分で気づいて、大切にしていくもの”ですからね」
「配達完了まで、”ちょっと封”をしておきますね」
少し笑って、ごめんね。というジェスチャー。
「…あ……」
異国の少女が、最後に印をきゅっと結び直すと、わたしの中には、胸の高鳴りと、依頼内容の断片だけが、頭にこびりいて、残っていただけだった。
「それじゃあ”薬瓶”をお願いしますね」
少女は、わたしの肩をぽんと叩き、ジルバに、バイバイと軽く手をふり、階段の方にふわふわとかけていく。彼女が歩くと、まるで空間が揺れるみたいだ。
「あ…あの!」「お名前は!?」「発注伝票…!」
口元で、シーというジェスチャーをしながら、振り向きざま、彼女の”心を読ませない砦”のような前髪の奥から一瞬覗く、深い淵みたいな色の瞳。
うすい光を放ちながら、階段をぽんぽんと踊るように、軽やかにかけあがる。2段飛ばしだ。
「…………!」
慌てて追ったが、広場には藍色の風と闇しかいなかった。まるで、”異国の少女”なんか元からいなかったかのように。
―わたしには、もう報酬が何だったのか、はっきりと思い出せなくなっていた。―
ざんざかざ、風が囃す。追い風に、葉は踊る。胸に映る、憧憬を乗せて。
――少し遠くの市場では、後片付けが始まっていた。皆、帰る家、暖かい家庭、家族たちがいるのだろう。
わたしのそばで、ジルバだけが光る。
チカチカチカ<≪いこうよ、いこうよ≫>と
ジルバの瞬きが、手に握られた一見何の変哲もない薬瓶と、わたしの胸に残る、もうどうして高鳴っているのか思い出せない、鼓動をチカチカと照らしていた。
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わたしは、ラブレターの配達完了伝票をジナルさんに無事届けたあと、海語商工会に、休暇の連絡を入れ、旅の準備を整えた。トオイトオイ島は、緯度が高い。”寒い”に耐えうる装備をそろえないといけなかった。
本当はジルバが心配だった。ジルバは風が代わることに少しだけ弱いところがある。トオイトオイ島は大幅に航路が違うし、補給しながら進むとしても、3週間はかかる。わたしは何度も念押しする。
「ねぇ、ほんとうに、大丈夫?」
「わたし、ジルバが一番大切だから…」
チカチカチカ…。翠の点滅。
≪わたしはあなたがたいせつなんだよ≫
チカチカチカ…。
≪いこうよ、いこうよ≫
わたしは、なんだか、よく分からないけど、この時あまり深く考えてなかったように思う。肯定の台詞が欲しかっただけなのかもしれない。
この5年、遠い国への配達も、なんとかふたりでやってこれた。きっと大丈夫だろう。それにトオイトオイ島のカシの木が枯れたら、来年からの羅針盤の儀式は?舟守を親を持つ子供たちの憧れの的、どんぐり付きの羅針盤のペンダント…。
多分トオイトオイ島にいきたい本当の理由は、そんなことじゃないのだろうけど、わたしは、外堀からも、理由を探し出し空欄を必死で埋めて、解答をはじき出した。
――…あやふやでも、なんでも、とにかく行ってから考えよう!――と。