37話-「波、時めく」
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――フフフフフフンcalendar girl♪…フーンフン~calendar girl…♪
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ん…?あぁ!?もう【ボク】の出番か。 おっとっと、いけない。おおーい、小道具さん、すみませんこの辺片づけて…。”蓄音機”も一旦脇へ…はいありがとうね。スポットこっち。オッケーイ!
いい加減覚えてくださいましたでしょうか?【ボク】は物語の端々に出てくる【語り部】
今度こそ蝶ネクタイで決めてみましたよ。そこの貴女、ファンレター、プレゼント等は「語り部さんに手作りクッキーとかForeign Love!」係まで!
ん?さっきのバタバタは何だったんだって?いやぁ、ちょっと細工物の内職がたまってて、全自動頁めくり機を起動させながら、舞台袖で、ノリノリで仕上げを…。はっはっは。すまないね【語り部】以外の副業がいっぱいあってね。
さてさてようこそ頁の前の皆々様。よくぞここまで振り落とされずに、やってきましたラストステージ。舞台はついにトオイトオイ島のチカイチカイ山の頂。…何ィ?地名が雑だって?何をいまさら、はっはっは。
縁の湖を渡り、目的地には薬瓶の配達先、”智慧のカシ”が鎮座↑まし↓まし↑ているそうだねぇ。伝承によるとこのカシの木の根本に、この”セカイ”を総べる大賢者が眠るとか眠らないとか。
読者各位、3章‐孵ノ鉱窟編はどうでした? 体の小さな舟守の少女と体の大きな元傭兵の物語。
ぼかぁ3章ばかりは頁を繰りながら「傭兵ーいけ!そこだ!チューだ!」つい口走っちゃったねぇ。チューしなかったねぇ…。なんであそこでチューしないかなぁ…。ああ二人の物語をずっとずっと読んでいたい。
しかししかし、どうしてどうして、物語には、必ず、始まりと終わり。おもて表紙、裏表紙。天と地と、前書きしたなら後書きまで。
走って歩いて一休み、綴じて一冊。 ここでようやくひとつの”セカイ”も綴じられて、なんとか読者の皆々様のお手元に。そういうもの。
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寂しい?いいんだ、また始まるから。
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セカイ?セカイ、世界、ワールド、ワイド。宇宙、地球。最終幕なのに、わからないな、わからないね。
脆かった誰かさんは、空に投げるよう、こう唱えた。
―――「”セカイ”を決めるのって、他の人じゃなくてね、自分なんだよ」
はっきりしないようで、非常に明確だ。そもそも”セカイ”ってなんだろね?セカイ?世界?もしかしたら、どこかのチコダヌキが見た、大海原、風を切った夢かもしれない。
きっと誰もがわかっていて、誰にも分からないモノなのかもしれないね。ほんとはウソで、嘘はほんとで、セカイはボクで、ボクは主観で。ほんとは皆ちっぽけで。小さいようで一番偉大?
全てが間違い?何が正解?それじゃあボクたち、いったい何を信じて空を仰げばいいんだろう?
さぁさぁ皆さんご着席。頁の前のそこのキミ。暖かい紅茶、とびきりのケーキをご用意ください。
第四幕のはじまりはじまり。
おっと、言い忘れ。
……まだしばらくは、終わらないよ。(ciao!)
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***第四幕***
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チカイチカイ山の山頂。大きな西日の橙がまばゆく遠くの尾根尾根を照らし、縁の湖を深く燃え上がらせていた。この山は、この星の始まりの”使者”――ちいさな双葉――を乗せた天の舟が、錨を下ろした最初の地といわれていた。
孵ノ鉱窟の途中、道の分岐、右と左に分かつ大岩。”錨ノ台岩の”の物語だ。
”外界の槍”から”錨”を護った戦のなごりとして、三日月型の湖”縁の湖”と、小さな居待ち月型の湖。”欠片の湖に分かれてしまった。という言い伝えがある。
便宜上”カルデラ湖”と呼ばれていたが、学者先生曰く、チカイチカイ山に関しては、すべてこの星の成分と、若干異なるもので構成されているそうで、解明されてないし、別に解明しなくていいんじゃないか。という感じだ。
この星には、ロマンチックな伝承が数多く点在していて、住人達は、皆子どもの頃から、事実より、物語を大切にして暮らしていた。
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追い風に乗って鼻先に届く、細かな水飛沫。
「うひゃー」
―――わたしとチロタは、筏の上、茜色の透明を映した”縁の湖”の、ど真ん中だった。
「早ぇえー。この三日が嘘みてぇだ」
急ごしらえの帆だったけど、山頂の風だまりをパンパンに受け、順風満帆。櫂を操るわたしの黒い短髪を乱していた。海風と違って、風は緑の匂いがした。
久しぶりに生き返るようだ。ジルバのほか、風や海、舟や櫂も、またわたしのトモダチ達だった。
わたしの足元辺りから、筏のバランスを崩さないよう、這いつくばってザックを保定しつつ、はしゃいでる大男の声が響く。この小さな筏でチロタが起きて乗ると、あっさり転覆してしまうのだ。
さぁああ、ざぁさ。海とは違う、波のしらべ。
「今どの辺だ、嬢」わたしの眼下にぼさぼさの金炎の髪がなびていた。景色が眺めたいのだろう、頻繁に頭が動く。
「もう、星納小島を過ぎた辺りだから、地図通りだったらあと4沙ぐらいかな?」
「な…なぁ。嬢」
「ちっとだけなら起きても…うおあっ」途端に筏全体がぐらぐらと西日輝く中、躍った。
わたしは、落ち着いて櫂を操り、体中を駆使し、”軸”を取り直した後――
「泳いで渡りたいの!?」と叱りつけてしまった。
少し濡れた服や頭を、已む無く這いつくばらせ「すまねぇ…」みたいな声の後、2沙程経ってから、今度は後ろからくっくっく、とコケコーのような声が聞こえた。
「…なんですか?」わたしは黙々と帆を操る。風が耳の後ろをチロタの笑い声と一緒にくすぐっていくようだった。
「いや、ごめんな、なんかさ、なんでだろう、すげぇなって」くくく。
――何故笑われてるんだろう…?
「嬢、あんたやっぱ」
「…プロの舟守なんだなぁ」くくく、筏を小刻みに揺らす。
わたしは、平常心を保ちながら、
「トっ…トーゼン…」と返したあと、うつむいてしまった。何故か顔が熱い…。
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鴇色。退紅。薄桃色。染まる空の下。前方にカルデラの淵と、少し離れた高い丘の先、深緑が近づいてきた。欠片の湖と智慧のカシの錠前。”護りの森”のシルエット。
この筏を借りた、波名地点船着き場と同じく、この塔ヶ丘地点船着き場にも、小規模の舟倉庫が隣接しており、桟橋の奥の方に、予備の司祭用の筏や、運搬用の”小さな舟”が、陸にあげて結わえてあった。
舫った筏から慎重にザックを運び出したあと、「ありがとさん!」 とチロタに背中をバンとはたかれて、転びそうになってしまった。「わわ…ごめん」とすぐさま大きな手が伸びてきた。
――こんなことが前もあった気がする。
この大男に手をつかまれると、手というか、もう腕の真ん中辺りまでかぶさる感じだ。起こしてもらった後、目が合った。「き、気を付けてください」と下にそらしてしまった。
湖から少し離れた、一人だけ葉の色がすっかり違う、金色の落葉樹の下に野営することにした。まだ紅葉は半々ぐらいなのに、こいつはせっかちなのかもしれない。
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山頂の宵。凛と透き通る空気。――二日月の他は、小さな銀熱鉱のカンテラ3つと、松明の灯りしかない藍の空。
モカモイ島の道具屋の旦那さんおすすめの、空気を含んであたたかな羽燈布で出来たケープをやっと出した。いちいちしまうのが大変な嵩なので、必要になるまで、ザックの底に詰め込んでいたものだった。
今夜は、起こす火が少なくて済むメニュー。クヌの実によく似た木の実と干しパンのみの簡素な夕食にした。最低限の野営道具以外、鉱窟入口の藪に隠してきたからだ。何が起こるかわからないから節約しないといけない。
「銀柘榴っぽいのこれしかねぇよな?」
明日の儀式で使う実を選別しながら、足りない食事の続きで端物を見つけては次々と口に放り込む。「銀色がついた木の実なら使えるはずだから、これでいきましょう」
智慧のカシに近くなればなるほど、話に聞いていた通り、葉のカタチや、実の色が、少しずつ見慣れないものにすり替わっていくようだった。
チロタは「あー!んまかったァ」とおなかのあたりを大げさにさすってみせた。薄いトウジン湯を銀のマグで揺らしながら飲む。いままでよりいっそう濃く白い湯気が天に還っていった。
夜露の中、ほぅ。と手の中に吐いた息が白かった。こんなに白い息を吐くのははじめてで、チロタが後ろを向いてるときなんかに、こっそり何回も息を白くさせた。はぁ、ほわり。ほぅ、ほわり。
ひとしきり感動していると、ザックの整理をしながらチロタがまた笑い出した。
くっくっく「いや、なんでもない」…み、見てたんだろうか…。赤くなる顔を隠しながら、わたしは、冷徹な感じで桶を指さし「…先に体を清拭してきてください。」
チロタは「へーい」とふざけたように生返事をしつつ、ザックの中から、ラベルのはがれた、小さなラムネの丸い空瓶を取り出して、優しく撫でて寂しそうにふっと笑った。なんだろう…?中に手紙みたいなのが入ってるみたいだ、しばらく眺めた後、大切そうに仕舞った。
(チロタって、不思議な人だな)いつも豪快に笑ってるけど、その実すごくデリケートな部分がある感じだ。むしろデリケートな方が本体かもしれない。
(きっと色々あったんだよね…)
また、チラと盗み見る。
鼻筋の通った、精悍な顔立ち。顔のあちこちに走る大きな刀傷。右目は潰れたのか、傷とともに瞑っていた。南向海域辺りの顔立ちに見える。あともう少し離れた海域だったら、言葉が通じなかったかもしれない。
(…こんな風に…)
(…わたしも、強くあれたら…)
目が合いそうになって、慌てて顔を伏せた。――そのあと続く、柄にもないような思いつきをすぐさま頭から追い出す。
だって、薬瓶を配達し終わったら、
――わたしたちは、またそれぞれの仕事や生活に、帰っていくのだから。
「食ったらあちぃ~」
チロタはこの寒いのに羽燈布のケープを脱いでしまった。どういう体の構造をしてるのだろう…。
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