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*ミカダさんのあんまり不思議じゃない冒険*  作者: 植木まみすけ
*第三幕*
36/56

36話‐「邂逅」

挿絵(By みてみん)




 。゜

  +.

 .

 挿絵(By みてみん)

  *




***side”ミカダ”***


ついに勾配が少しゆるやかな道に差し掛かった、”名もなき石塊いしくれの試練”の終わりだった。わたしは広いホールのような空間に出た。遠くに地上の明かりが細く届いていた。奥に向かって、大小の水晶の間がいくつも連なってる。


(ここが…)


(”竜胆遣りんどうつかいノねぐら”か…)


どこかから仄かに洩れる地上の光を反射して、壁中の水晶が青紫に染まって見える、美しい広間だった。まだだいぶ暗いが、ぎりぎり松明なしでも歩けそうなぐらいだ。


この竜胆遣りんどうつかいノねぐらに一年に一度どこかからが日の光が差しこむ日があるそうで、羅針盤の儀式の日は、必ずその日に開かれる。水上守みなさきもりの称号を得るための”陽”の洗礼だった。



「ん?」



ホールの向こう側、碧いしるべと共に、何かが転がっていた。火の消えた松明。チロタのぼろ切れも近くの水晶に巻きつけてある、


(ここで待機してたってことは…)


(地図通りなら…)

(もうそろそろ出口だ…)


――わたしは落ちてる松明を回収して先を急いだ。


(チロタは…)

(大丈夫だったかな…)


霧の中、チロタも私と同じ目にあったんだろうか。


頭をよぎる、昨日の夜、星を編むようにとつとつと語られた、チロタの傭兵志願するまでの昔話。


――「……………… 採石屋のまま」

――「地道にやればよかったな……… 」


震える声での”それ”は懺悔だった。あんなにおっきな体の人が、まるでこのまま縮んで消えそうだと、思った。



モカモイ島、碧雁の風光る月の浜辺でチロタに問うた。


――「……トオイトオイ島に渡って、何をするんですか?」


――「妹の…。」

――「いや、きっと笑うから…。」


真っ赤になって鼻をごしごししながらそっぽを向いてしまった。カシの木のもとに無事辿り着けたら、話してくれるだろうか。そういえば最初わたしは「乗組員B」とか呼んでたんだった。思い出すと少し笑ってしまう。



(村人Aみたいに呼んで失礼極まりなかったのに、チロタは大笑いして…)



足早に進む体とは裏腹に、再会したら、なんて言おう。とそればかり考えて、どうすればいいか分からなかった。


別に大した話があるわけでもないのに、わたしは心の準備をしないまま、もう鉱窟を抜けてしまうことに若干焦りを感じていた。


「…今は………ん?」


あと8クムロンで出口といった角のことだった。


光の中から、どったどったと下り坂を走ってくる、いかにも重そうな物体が視えた。馬車…いや、大岩転がし…。


 。゜

  +.

 .

 挿絵(By みてみん)

  *


ドタドタドタドタドタ…。


「うぉおおおおぉおぃいいいいいいい、嬢~~」

「チ、チロタ!」


ドッタドッタと満面の笑顔のまま慣性の法則まで引きつれて、わたしの元までまっしぐらに走ってくる、「無事だったかぁあああ」まるで轢きにくるような勢いで駆け寄ってきた。



わたしは驚いて、ついひらりと身をかわしてしまった。



おっとっとっと、としばらく行き過ぎたあと、わたしが身をかわしたポーズのまま固まってるのを見た途端、そのまま大きな声でワッハッハと笑い始めた。


「冷てぇなぁ、嬢」笑いながらよたよたと近づく。


「こう、もうちっとさ」

「『チロタァ~大丈夫だった~!?』とかよ」はっは。

「よけるなよ~」ワッハッハ、鉱窟中に木霊する。



チロタはなにもかもツボに入る病気にでもかかったかのようにずっと笑う。



よく見るとチロタの装備の、おなかのところが適当な感じでだいぶ破かれていた。破くにしても、こう…もうちょっと…やり方はなかったんだろうか。わたしは、釣られて笑いそうになりながら、


「チ、ロタ…」「おなかの布…?」


「岩に巻いてた布って、それ?」腕のぼろ布をさわりながら

「これね…」「なんか…」


「…汚くて、助かったよ」


――わたしも言い終わる前に吹きだしてしまった。


もうだめだ、病気が伝染してしまった。 なにもかも面白い気がしてくる。もし周りで見てる人が観たらきっとポカ―ンだろう。


「チロタのって、すぐ分かったから」「助かった」「便利だった」あはあは「物持ちがいいんだよ、このやろ」転げて笑う。


「これあとでなんでこんな笑ったか意味わかんねぇやつーー!」死にそうなチロタと顔を見合せ、笑う。




光の爆発ととも、よたよたとおなかを抱えて、鉱窟を転がり出た”白”の中。わたしたちの笑い声。蒼と翠。風渡る山頂、秋空のもと、喜びの唄を響かせていた。



 。゜

  +.

 .

 挿絵(By みてみん)

  *



――わたしたちは、かえれ鉱窟こうくつを無事、通り抜けたのだ。


「嬢ーーー!」


外に出た途端、真っ赤な顔でチロタはわたしを抱きしめた。もう泣きながら笑う。ソロ抜けの条件を気遣ってか、鉱窟内では一応出るまで体に触らずにいてくれたみたいだ。これでダメならもういいやと思った。


どさくさにまぎれて頭をぐしゃぐしゃにしてきた。わたしはもみくちゃにされるのを諦めつつ、心の底から笑った。男の人なのに不快でも怖くもなかった。


「…よかった」

「……よかった」


チロタが転がって笑いながら何度もいう、わたしもなぞるようにおいかける。


「「よかった!」」


風が煽って包み込む、天高く木の葉とともに。冷たい秋風を空に還しに舞い上がる。ヒョウロリと、高く高く。



出口で待っていてくれたと思しき旦那も≪トーポポルル!≫――ボクもまぜてくださいよ。後生ですから、と加わった。あはあはは。ワッハッハ。ポーッポッポッポ。






空に放り投げるように三人で叫ぶ。



   *。挿絵(By みてみん)



「「「よかった!」」」


    。゜



   。゜

    +.

   .




ざんざかと山頂の樹たちも大きな体を風に踊らせ、唄う、笑う。木端が弧を描き、遠く、海に吸い込まれていった。


鳥たちがそれぞれに、若草。山吹。苔色。茜。空の青を曲線に切って結ぶ。結んでは走る。まるでこの世界そのものを讃えるかのように。自由自在に。


たくさんの笑い声が響く。どこまでも、天までも。




――こんなに笑ったのは、生まれてはじめてだった。




 。゜

  +.

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 挿絵(By みてみん)

  *




****



やっと少し笑いやんで、わたしたちは山の澄んだ空気を嗅ぎながら、水筒の果実茶でささやかな乾杯をした。旦那は何故かわざわざ遠くに水を飲みに行ったみたいだ。居ていいのに。


チロタは真顔で、もう一度呟く。


「よかった」

「無事で」


心底安らかそうな顔だった。わたしは途端に心臓をぎゅっとつかまれたみたいになってしまった。


「えっと…」「あの…」


混乱しつつ、途端に赤くなった顔を隠しながら。


「そ、そうですか」と、平常心を保ちつつクールに返答した。きっと感じが悪かった。だいぶ考えて、考えて、考えたあと。


「しるべ、助かりました」

「ほ、ほ、報酬は言い値で支払いますので」

「か、考えておいてくださいね」


と絞るような声で伝えた。感じが悪いってわかってるのに…。どうしてわたしは…。チロタはふっと笑いをこらえたような顔をして、くしゃっと頭をなでて


「報酬、覚悟しとけよ」


と仰向けに寝転がった。鼻先を、瑠璃紺が吹き抜けていった。



――(ああもう…)わたしは、ほんと、もっと、ちゃんと…。



笑いつかれて仰いだ空に、昼間の月が白く薄く、溶けかけの氷のように浮かんでいた。わたしたちは、やってきたんだ。ここはチカイチカイ山のいただき


山の中心に向かい、眼下にはすり鉢状の森が広がっていた、

少し遠く三日月型の湖が浮かぶ。

透き通る翠。どこまでも永遠が映りこむ湖。



――えにしの湖だった。



 。゜

  +.

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 挿絵(By みてみん)

  *



****



チロタが、一旦湖まで降りて、波名ナミナ地点の船着き場に、羅針盤の儀式の際、司祭たちが使う用と思しき”筏”を一艘見つけてきたのは、それからたった3沙ほど経ったことだった。


儀式用のものより大きく3人乗りぐらいのサイズだった。護りの森までのルートは大きくわけて、ふたつあった、カルデラの淵を歩いて進むか、カルデラ湖――えにしの湖を舟で直進するか。


少し拝借して、簡単に帆を張れば、日暮れまでに”護りの森”の入口までいけるんじゃないか?という話になり、急いで少し遅めの昼食を取ることになった。




――わたしたちは、自分たちが感じた長さより、だいぶ早く鉱窟を抜けていたみたいだった。



 。゜

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 挿絵(By みてみん)

  *



****


ヤマセンドウの”旦那”は昼食にたっぷりとクミルの実をたいらげ、チロタの分のチーズも奪い合いつつたいらげ、わたしの干しパンもきっちり半分たいらげた。



ゲェフとお礼をいいつつ、”旦那”は名残惜しそうに遠い彼方を見やった。秋空が高く遠く広がっていた。


「旦那、行ってしまうのか」


見晴らしのいい大きな岩の上にすっくと立つ”旦那”の手羽先をチロタは何度も握った。眼下には薄い雲の中、森が広がっていた。


「ぽ…!」≪ヨメが待ってるからな≫というような顔をして握り返した。


わたしも片付け終わって急いで旦那の元に走った。


「本当にありがとうございました」ポンチョのすそを軽くつまみ正しい形の会釈をした。


「…ぽぽー」


手羽先をぱさっとふって、どこを見てるのかよく分からないような点目なのに、圧倒的色男のような表情をうかべながら≪水臭いのは無しですよ、ガール≫とキザに返した。



――悔しいことにちょっとカッコいいと思ってしまった。



そういえば、と、わたしは、胸ポケットから黄色と碧、二色の美しい羽根を取り出して、


「旦那のですよね?」と聞いてみた。


不思議な事もあるもので、鉱窟の中、霧の中の待機から目が覚めたら、わたしのポンチョの胸のとこに1枚ひっかかっていたものだった。


旦那は大きく羽を広げた。次の大きな風に乗るつもりだ。


「ぽ」≪一生懸命生きてると≫


「ぽぽー」≪たまには不思議な事が……≫


言い終わる前に ゴウ、突風が旦那を捕まえ、木端たちと共、天高く吸い込み、投げるように巻きあげた。他の鳥たちも上空で合流し、紺碧の空も巻き込み、大きな螺旋を描きながら、上昇気流に乗って―――



――しばらくの旋回ののち、眼下の森に向かい滑空を開始した。



南南西からの煽り風。わたしとチロタは髪を乱しながら叫ぶ。


「旦那ーー!」「帰り、よるからなーーー!」

「旦那ーー!」「ありがとうーー」


――あれだけ苦労して抜けた孵ノ鉱窟も、風に乗れば、ものの2沙でもう愛する家族の待つ森だった。


「「ヨメさんと幸せになーーー!」」


遠くから、かすかに返事。

≪トーポポルル--!≫


見えなくなるまで二人で手を振って、振って…。呆然と見送る。





 。゜

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 挿絵(By みてみん)

  *




「…いっちゃった」


鼻をごしごししながら、チロタ。「…なんかよ」

「うん…」


「あれで超カッコいいんだよな、あいつ」

「そうそう、そうなんだよ…」


「「神話の鳥ーーって感じだったね」」と顔を見合せて 声をダブらせ、また笑った。



寂しいけれど、いよいよだ、 こうしてはいられない。日暮れまでにえにしの湖を渡って、カシの木に会う準備をしよう。



 。゜

  +.

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 挿絵(By みてみん)

  *


**第四幕に続く**

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