35話‐「歩き出そう、あんまり変わって見えないセカイ」
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***side”チロタ”***
「……ってぇ」「…ぇ」
ただでさえでけぇ体がやけにズンと重く感じた。気づけば俺はやたらごつごつとした暗闇の中くすぶる松明のすぐ横で、剣を下敷きにうつぶせになって倒れていた。
右こぶしの中。指の間から薄桃色の光る石が視えた。手を開くと色だけスゥ…と抜けて上っちまった。
この石はたしか、途中で拾った…さらりとしたさわり心地の、子どもの頬みてぇな石…。ここは…そうだ、トオイトオイ島、孵ノ鉱窟……の、途中…。
ジジジジ…。倒れて消えそうな松明が転がる。あわててザックから予備の松明を引っ張りだし、火を交代させる。灯は、パチパチと勢いよく燃えうつった。
「えーと…俺は…」
ふいに頭の中にせらり、囁き声が響いた。
**傭兵さん、そこの、おっきい傭兵さん**
**カシの木宛に、返答しに来て?**
「…おい待て」「て…」「…」
弾くように振り向き、松明を高く掲げて声の主を探したが、―――見渡す限り水晶しかいなかった。しゃらり、どこかから風が渡る音が聴こえた。
――霧はすっかり、晴れていた。――
鉱窟内をよく見ると、闇の奥、遠い向こう側、ほんの少し天から細切れの光が差しているようだった。山ほどぶら下がってる水晶の柱が、少しだけ地上の光を含んで、薄く光っていた。
さっきまでは霧が邪魔して視えてなかったが、なんとはなしに、窟全体も真っ暗闇というより、若干青味がかった薄闇色に見えなくもない。あともうひとふんばりで出口みてぇだ。
ふと気づく、岩に少し転がってる碧い三角▽のしるべ。
はっと思い出し胸ぐらを確かめる。
「……あった」
嬢が出発前にくれた、平たい革ひもにヤマセンドウのしるべが結わえてある、碧く光る御守りだった。握りしめて、温かさを確認する。
――「もしもの時のための……お、御守…です」
出発前、この御守りをなげてよこした、ぷいっとした頬を思い出して、少し笑ってしまう。
(いや、笑ってる場合じゃねぇ)
霧で待機して、気を失ってたとして、ロスった沙はなんぼぐらいだ。残ってた松明の長さや体の冷え具合からすると、経ってても5沙ぐれぇか?
(中止のゴヌ笛を吹いた方がいいのか…?)
沙の目安として光が切れるのが早いヤマセンドウのフンの方もいくつか持って来てたが、蓄光はまだ切れてなかった。
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そうだ俺は、しこたま悪ぃ夢を視て…。ええと最後は、どこかの祭壇で、髪が長い少女が…。あれは…。
そもそもあれは夢なのか。わからねぇ…。何がほんとで何がウソか、この世界は全部ほんとで、全部ウソなんじゃねぇか?
――そもそも何がほんとなんて、わかってるヤツは、
きっと一人もいねぇんだから。
「嬢は…」ちゃんと追いかけてきてんのか。…もし、俺と同じ目にあってたら…。
ぞっとする。
もしあれが、夢ではなく、本当のことだったとしたら…。今頃一人で暗い中、ぶっ倒れてんじゃ…?しかし遅れてでもこちらに向かっているんであれば、俺は出口に急いでねぇと、一人で鉱窟突破っていう条件が…。
「いや…命あってのってヤツだろ」うろ…うろ…。
「でも…」うろ…。
「………あ”~~~もうどうすりゃいいんだよ」思わず頭をかきむしる。木霊もいつの間にかいなくなっていた。
「ぽ?」
少し遠くの方から、気の抜けたような鳥の声が聴こえた。
「ぽ…」
「ぽぽー」
来た道と思しき方角から、とてとてと、威風堂々とした様子で歩いてくる。まるで「英雄は遅れてやってくるっていうだろう?」というような様相だ。
そいつは俺を見るなり、轟くような声で鳴いた。
≪トーポポルルー‼≫
「ヤマセンドウの… ”旦那”!」
思わず手と手羽先をとりあって喜んじまった。そうだ、どうも足りねぇと、思ってたらこいつだ。
「どこいってたんだよ」
少しの間ののち「ぽぽー」と遠い目をしながら、手羽先で頭をかきあげるようなしぐさの後
≪ちょっと野暮用でな…≫
というような顔をした。なんだ…?何故だか急に後光が差して視える…。さすが神話に出てくるような鳥だ、付き合いが深くなるごと、神に視えて来やがる…。
「なぁ、嬢は…」「大丈夫なのか…」「どこかで見なかったか?」
旦那はしたり顔をキメながら≪……あの根性だ≫≪きっと切り抜ける≫といわんばかりに俺の御守りをちょいと触った。
「…でも、いや、でもよ。」「もしパニクって…」
旦那はまるで何か見てきたように≪大丈夫だ≫というような面をしてみせるんだが、俺は、俺は…。
「……………………………よし」「分かった」
「旦那。急ぐぞ」
ザックを軽く点検し、慌てて出発準備をする。
「ぽ?」
旦那を肩にのせて、クミルの実を喰わせ「特急でしるべ生みまくってくれよ!」と旦那はガーンとしたような顔の後、≪トーポポルルーーー!≫と一声。
しるべの横に出口の方角へ矢印を書きこみ、装備の切れ端をその辺の水晶に巻きつけ。松明の燃えかすの方を分かる場所に置いた。嬢なら必ず拾うし、これでここで待機したことがわかるだろう。
御守りが胸で光っていた。手の中に残っていた”色の抜けた石”は、とりあえず腰に下げた貴重品入れに、大切にしまっておいた。
(プラミオネ島は…。)
(あれからどうなっただろう…)
ありありとかけめぐる、冥府の入口みてぇな、焼かれた村…。 俺の故郷…。思い出したくもなかった。めまいを頭を振って追い出す。
そうだ向き合うのはゆっくりでいい。きっと簡単に答えが出せるものではねぇんだ。
――俺は、とりあえず一旦出口に向かうことにした。
――俺は、なんか、多分。女こどものの能力を「心配のあまり」という大義名分で、どこかで少なめに見積もる癖でもあるみてぇだ。
よくねぇことだ。
でも、あんな、やさしい娘が、あんな、ひでぇ目なんか、合っちゃなんねぇ。絶対あんなこと、あっちゃなんねぇことなんだ。
少女の絶望したような表情が、頭ン中を繰り返しめぐる。思い出すだけで、胸がつぶされそうだ。
この星に生まれた限り、ほんとうは、皆、皆、あったかかったり、綺麗なとこで、優しくされて、うめぇもんと、やわらけぇもんに囲まれて、笑って暮らせるべきなんだ。
――そんなやわらけぇような…何かを……。俺が…。
嬢のどこか寂しそうな横顔が浮かんだ。俺は、しばらく立ち止まったあと、柄にもなさ過ぎて笑って首を横に振っちまった。
(ガサツで、真逆な俺が言えることじゃねぇなぁ…。)
旦那と共に、とにかく出口に急ぐ。
「まぁ…」「俺っちがどう思われようと…」「無事なら…」
(…一旦全部しるべを置き終わってから戻ろう。)
―――今は偽善で上等だ、と思った。
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***side”ミカダ”***
ここは――水上守への昇格試験、羅針盤の儀式の最難関とされている――。
――”名もなき試練”の途中だった。
ゴチン。「…いったた」
――孵ノ鉱窟の途中、わたしは、濃霧が晴れるまでの待機中、気を失っていたようだった。
「これは…」
「…わたしでもちょっと狭いなぁ…」
――霧の待機から起きてしばらく、あれこれ死にたいような気持ちになってたのだけど、しるべの蓄光時間が切れる展開だけは、避けないといけない。わたしは、とにかく心を振るい立たせ、先を急ぐことにしたのだ。
急勾配、松明の照射範囲も狭い道なき道。すぐそこに手が届くような高さの天井からはさまざまな鉱石が垂れ下っていた。碧い光の道しるべ、急ぎ足で辿る。
チロタの方は無事だろうか…。
(先発組の様子はわかりようがないけど…)(チロタなら、多分…)この数日チロタと行動を共にしてひとつ分かったことがある。迷ったりした時も、必ず一回分かるところまで出てから、次の決断を下すのだ。
――何か起こってない限りは、一旦は出口まで向うはずだ。
ごちん「痛っ…」
途中、ザックごと斜面にひっかけるように休憩しつつ、頭を保護する頭巾をもう一枚増やした。 中腰で進む体のあちこちがミシミシした。
ふと目と鼻のあたりがばりばりと乾燥して、引きつっていることに気づいた。
(…ああ…)
それは、水でも雨洩りでもなく、
(……)
(……敗北の雨…)
――涙の跡だった。
目を瞑るとお母さんの笑顔がうかんでは消え、もう届かない遠い彼方、いつまでもジルバと一緒に”魔法の庭”は新緑で瞬いて輝いて、まぶしかった。
(…随分遠くまで来たな…。)
(きっと、歩いた道に…)
(…大した意味なんかなかったんだろう)
”意味がある”ってなんだろう。意味がなさそうでありそうだ。意味なんかないなんて思いこみかもしれない。
せらせらとささやき声響く霧の中、わたしは長い長い夢を視ていた。一瞬で何年も迷子になってた気がする。
夢ではなく、
―――あれは確かに、わたしが歩いてきた”道”だった。
鉱窟の問いを何度も頭の中、繰り返す。
**あなたは、どうして、どうしてここへ?**
(…これは)
黙って頭を横に振る。
懐にしまったジルバの家、”小瓶”を確かめる。
翠の光が目の裏に浮かんで消えた。
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――チカチカチカ…。
(…簡単に答えが出せる問答じゃないんだ)
手のひらで包んで祈りをささげた。目がしらをゴシゴシしながら進む。
大きい布モノばかりの分担ではザックをかろったままでは通過出来ない箇所がいくつもあった。前にザックをほおり投げながら、何とか進んだ。あの大男はこれでどうやってこんなにしるべをちゃんと置いたんだろう…。
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≪ガキでも女ってのは、得だな≫
――気を抜くと祭壇の忌まわしい記憶が襲いかかる。あの獣のような臭いまでありありと頭に浮かぶ、めまいと動悸の中、知らず知らず大粒の涙がこぼれた。「ダメだ、ダメだ…」必死で記憶を追い出す作業をにあけくれる。
そ、うだ…
「…あの祭壇に…」「…もう一人…誰かが…」
≪逃げろ!≫
確かに聴こえた、暖かな、包むような声。
右手に巻いたぼろ布と、胸の小瓶を何回も確認してるうち、少しずつ動悸は治まっていった。――松明の灯の乱反射でまぶしいぐらいの通路の中、松明を何回も伏せて、遠く先に暗い中光る”碧”を確認しながら、ひたすらしるべを追った。
碧い光の道しるべは辿るごと、心の庭で、糸のように紡がれていった。
―――紡ぐ、辿る、黎明に向かって。
わたしは何故だか、鉱窟をでたら――――
チロタの好きな花や、雲の形、空の青。いろんな話を聴きたいと思った。
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