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*ミカダさんのあんまり不思議じゃない冒険*  作者: 植木まみすけ
*第三幕*
34/56

34話‐「護りの灯よ、彼の人を照らせ。」

挿絵(By みてみん)



 。゜

  +.

 .

 挿絵(By みてみん)

  *



***side”ミカダ”***


――どこまでも色のない世界――

――ここはどこだ――


「祭壇から、盗みを働くとはね。」

烟々えんえんむのヤニに混ざった獣の臭気が、鼻先をなぶるように、狭い八角堂に充満して、嫌悪が、体中を締め付けた。


わたしは後ろ手に何か持っているみたいだ。


「…ち…違…」


頭をぶるぶると振りながら、”男”を見上げる、この世の闇という闇を集めたような影。目だけが爛々と、光っていた。


ぐるぐると、残像を、尾を、引きながら、狭く沈んだ無彩色の洪水。灰が、黒が、抜け殻のセカイが、廻る、廻る。


”影”はわたしの後ろ手から、ひょいと”駒”をつまみあげ。へぇ。というような顔をして、ポケットに仕舞い、にやりと笑った。


「…黙っててほしいか?」


後ずさりして、後ずさりして、もう後がなかった。


「なぁに、おとなしくしてりゃ5沙で済む…」


闇をそのままニンゲンの形にくり抜いたみたいな”影” は島の住人じゃないようだった。肩を撫でまわしながらつかんで、そのまま、”影”は、わたしを、祭壇の奥の物陰で、なぞるように、這い回るように品定めをしたあと、頭をぞわりと撫でた。



「ガキでも女ってのは、得だな」



つい睨みかえすと”男”はポケットから”駒”をちらと見せ、何事もなかったように、がさがさの親指で頬をゆっくりと弾いた。


動悸が肋骨を内側から叩くつど、色の抜けた八角堂の風景が、弾けて弾けて、眼前をゆさぶる。がたがたと、もう立っていられなかった。


(…こ、の風景は、何度、も、うなされた…。)


たしか、中ぐらいのわたし、髪の長いわたしは、この後…。思い出せない、息が、苦しい、誰か、誰か…。


――だれか…!




  +.


 。゜

  +.

 .

 挿絵(By みてみん)

  *




***side”チロタ”***




――彗星が弧を描き、南の空に消えてった。ここはどこだ。





文水望ふみの鉱山の、山奥…冷たい小川…。暖かい南南西の風に乗って、どこかから金恋花きんれんかの香りがした。


何時の間にか胸に下げていた、碧い光の、これは…なんだ。御守か?結わえてある皮紐に針でひっかいて、何か書いてある。読めねぇけど。眺めてるだけで、まるで心に細い蝋燭の灯が一つずつ点るようだった。


+*。

――真っ暗闇の中、たどる、辿る…。

+*。


この御守は、たしか、誰かに、貰って、うれしくって鼻の下を、伸ばしちまったやつだ、どこで…。俺は、なんで…。



+*。

――俺は、なにがどうして、どこにいた?

+*。



(俺は、そうだ、この後、文水望ふみの鉱山…の、小川から這い上がって、山を…下りた…)(…プラミオネの疫病事件なんか、信じようとせず…)



+*。

――頭ん中、碧い道しるべを、辿る。

+*。



(消えた家族を…探しに、世界中、不毛な旅を…していて…)


――御守の三角形の碧い光が、頭の中”こっちだ”とでも言ってるかのように。

――道を、組み立てる手伝いを、してるみてぇだった。


(10年ぐれぇ、西へ東へ…一人で…旅を……)

(いい加減、もう受け入れようって…)


+*。

――ここは、たしか、

+*。


(最後の目的地に、神の島を…選んだ…)




眼の裏に、短い黒髪の、マチルカに少し似た、小さな顔、白い肌、くりくりの黒い瞳、どこかのよく泣く心配の塊みてぇな娘の姿が浮かんだ。大きな船の甲板の隅っこ、抜け殻みてぇな面をして、星ばかりみてた娘。


勝手に隣に座って、見上げてみた、東の海域の空は、高くて、遠くて、銀色の星がざんざと降り注ぐようだった。羽ペン座とかいうのが、俺でもわかった。



(その娘の視線の先には、いつも美しい空があって。)

(なんか、こーゆーのは、いいな。って)



+*。

――心の中、灯る、碧い光。追え、追うんだ。

+*。



ふらふらしてて、そのくせ意地っ張りで…。俺は、心配で、心配でたまらなくて…。記憶の片隅、どこかで喰らった問答が聴こえた。




+*。――どうして、あなたは、ここにいる?――+*。




俺は、卑怯で、すぐに逃げ出す、臆病者。だけど…。だけどな――。





「―――…ったんだよ、悪ィか?」




ぼそりと呟くと、急に耳が通った。”音”が戻ってきたようだった。


――ああ、そうだ、ここは、目的の地、神の島。

――誰もが還る、ええと…




 。゜

  +.

 .

 挿絵(By みてみん)

  *


    *.

 ぴちょん


  *。



水滴の落ちる音の木霊。ここはええと、冒険の途中。どこからか、闇の中、頭ん中、声じゃねえような、声が聴こえた。



≪我は……神の遣い≫



それは声というより、なにかカタチがはっきりしねぇ”光”そのものだった。目の前にあるのに、そこにいるのかわからねぇ。


≪右に剣。左に盾≫


暗闇の中、ぼわりと丸く、どこかの八角堂の片隅が浮かんだ。遠くの海域の民族衣装を着た、長い黒髪の少女が、混乱し絶望したような顔をして、震えているのが、視えた。


―「なぁに、おとなしくしてりゃ5沙で済む…」―

彩神の祭壇の物陰、小汚ねぇスケベそうなおっさんに雪隠詰めにされていた。これは、アレだ。ヤバい。



頭の中の”視えない光”は俺に直接呼びかけるような感じで、こう続けた。



≪一度だけ選べる≫



――俺は、なんだかさっぱりわからねぇが、急いで右か左か選ばねぇと、大変なことになるのが、直感でわかった。ぐわらんと、大きなカーブを描くような一瞬。まるで螺旋にジカンが張り付いたみてぇだった。


ぐるぐるとたりねぇ頭を廻らす、盾か?剣か?なんだそりゃ、わかんねぇ。


剣だとか、盾だとか。どっちだってかわらねぇ。大体俺の場合どっちを使ったって、今までずっとなにかを護ってきた、いや、護るって言葉に酔っぱらってたかっただけだった。


わからねぇ。俺は盾で…俺は剣で…。右はどっちで、左は天で。右は剣で、左は盾で…。汗が伝う。早く…早く…。


一瞬だか永遠だかわからねぇようなジカンは遠く大きな弧を描いて、遠く、廻る。あともういくばくも猶予がねぇ。


ふいに頭の中。



+*。

―――チカチカ…チカ…。

―――チ、カチカ、チカ…。

+*。



頭の片隅、瞬き閃いた。何かを知らせたがってそうな、碧い点滅…。青翠。碧…。

そうだ、どこかで碧い光で指し示した、少し険しいけど、”あの娘”が、ちったぁ安心して通ってくれそうな、どこかの、暗い、洞窟の、でっけぇ岩の別れ道…。そうだ、そうだ。


こっちなら、きっとあの娘が安心してくれる。そうだこっちだ。

あの娘って誰だ。


アレだ。黒髪、黒紅色、くりくりした瞳の――


 



       *。挿絵(By みてみん)

  

――”右”の道を問題なく、渡ってくれただろうか…。


     。挿絵(By みてみん)。゜



「…右だ!」


闇の中、声が轟いた。


――沙は、時間は、瞬間は、俺の声と同時にゆっくりと音を立て。次第次第、廻りだした。ぐぅるりと、絵筆を、いろどりを、動かすように。


いつの間にか右手に石を握っていた…なんだこりゃ、さらりと白く削れたさわり心地のいい石。拾った石か?手の中でバチバチと音を立て、闇の中まばゆく、俺の傷だらけの右腕を照らし始めた。



薄く周囲を包むように、巻き上がる風とともに、手の中の、光る石は、火花ととも 勢いよく天を貫き、爆ぜながら、見覚えのあるでっけぇ剣に姿を変えた。


――頭ン中、空気が歪んだみてぇな瞬間。


俺は、くだんの祭壇に、追い風を連れて飛び込んでいた。



「おい!!!おっさん!!!」



轟音――。 声が枯れるほど怒鳴った。祭壇中が震えた。


おっさんも少女も、俺の存在に気づきもしなかった。俺はこっちの次元だかじゃ、いねぇヤツ扱いみてぇだ。くっそなんとかしてやる。なんとかしようとして、なんともなんねぇことなんかねぇんだよ。


――…一度も自ら人を切りつけることのなかった…形だけ剣の…使いこんだ、俺の…盾。


「――ってのは、得だな」


黒髪の少女は、何か言われたようで、睨み据えた目に涙をため、必死でこらえてるようだった。(………許せねぇ)細胞が派手にぶち切れる音が聴こえた。ありったけの気を溜めて、剣に込めた。



祭壇中の気配が、剣が纏った火花ととも巻き上がる。

――だって、こいつは、この子は、この娘は、多分、俺の、大切な…。



恐らく、こっちの次元だかなんだかの事柄に、関渉出来るのは…

――この”剣”のみ…。


「そいつに、手ェ出したら…」


護るだの助けるだの、口に出して言って回った瞬間、偽善だ。でも今は!善だ偽善だ?!くだらねぇ、どうだっていいんだよ。すっこんでろ!


ウオラァアアアァアアアアァアアア‼


――おっさんの肩めがけて、力の限り剣を薙ぎ払った。届け!


「一生ぶっ殺すぞォオォオォオ!!!」 

剣が纏った火花が、勢いよく、おっさんの肩に弾けて当たった。――


――ガタン…!――


剣圧の勢いに反して、

細い棒きれみてぇな何かが倒れるだけの、拍子抜けの音――。



 。゜

  +.

 .

 挿絵(By みてみん)

  *



***side”ミカダ”***


「ガキでも女ってのは、得だな」

にやにやと醜悪に笑い、肩を撫でまわして、二の腕に向かい手を滑らせはじめた。影の前、わたしは惨めさでいっぱいになっていた。


灰色の洪水、祭壇の前。わたしは恐怖で何も言い返せなかった。髪の長いわたし。弾くような動悸の中、体が硬直して、身動き一つとれなかった。


――女なんかにゃ、舟守なんか、できないだろう。

――お前は、体がちっこいから、大切な積み荷は、わたせねぇな。

――お前は、まぁ、女だから、とりどころがあって、よかったな?


わたしをがんじがらめにしてきた、”男”ども、世間、この世界がかけ続けてきた、呪いの言葉。


――どんなに努力したって。

――どんなに、跳ね返そうと、したって。


悔しくて泣くなんて、絶対に、嫌だった。”影”はこらえきれなくなったかのように、わたしの前ボタンを引きちぎり、闇に引きずり込もうと…。


――その時だった。

ちぎられたシャツの内側――



 。゜

  +.

 .

 挿絵(By みてみん)

  *



一瞬、翠の点滅のような光が視えた。



――ガタン…!――


祭壇の向こう側、音を立てて、何かが倒れた。司祭が置き忘れたのだろう。何の変哲もない、壁に立てかけてあった”ほうき”だった。



箒が倒れた先、木製の円い座面の椅子が視えた。どこからか、聞き覚えのある優しく力強い声が、聴こえた気がした。



≪逃げろ!≫


――。一瞬の隙。わたしは夢中で足で椅子をさばいて”男”の脛を弾いていた。退路を通し、祭壇の外に駆け出した。


町外れは夕暮れに沈んでいた。海からの強い風が、わたしの長い髪を煽っていた。走れ、走れ…。



――「こンのガキィ!!」

後ろから男の声。太い怒鳴り声が逃すものかと追ってくる。黒い影。まるで、この世にかけられた、呪いそのものの姿だった。



「誰か!」



往来には人っ子一人いなかった。路地の角を滑りこけるように曲がった瞬間、わたしは、”右手”に何か握っていることに気づいた。


そのままの視線の先、右方。小柄な子供がやっと通りぬけられるほどの、枯れた水路と藪の隙間。そこだけ奥に向かって光るように”道”を示していた。


一瞬町の方に逃げるか迷った。しかし、次の瞬間 、この細く光って視える道を”選択”した。追いかけてくる”獣”の大声は、次第次第、遠吠えになって散っていった。


――夕闇にぶゆりと太った、紅い蠅のような月だった。


わたしは、シャツの襟首をつかみながら、ぜぃぜぃと、浜辺で、気を失ってしまった。むしられたボタンの代わりに、何かを握っているようだった。




 。゜

  +.

 .

 挿絵(By みてみん)

  *




***


ここは、どこだ。わたしは、どうして…。


ぴちょん。闇の中、水滴の音。


右手の内側が光っていた。開くと、そこには、どこかで拾った、燃えるような籐黄色の水晶と、チカチカチカ…一片の青翠。




よく見ると、右手には、ぼろ布が巻き付いていた。石は少し光ったあと、スゥと、水晶の黄と青翠、色たちだけが、天に昇って還っていった。


手に残ったのは、色の抜けた水晶と――小瓶のペンダント。”ジルバの家”だった。




頭の中、せらり、と響いた。



**そこの舟守のお嬢さん**


**カシの木宛に返答しにきて?**



ーパチンー

セカイがはじける。


コォォ、遠くに風溜まり、頬にごつごつと湿った岩の感触。

ここは…?



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