表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
*ミカダさんのあんまり不思議じゃない冒険*  作者: 植木まみすけ
*第三幕*
33/56

33話-「”色の消えた世界”」

挿絵(By みてみん)



 。゜

  +.

 .

 挿絵(By みてみん)

  *




***side”チロタ”***


醒めたような闇の中、どこかの冷えた洞窟に突っ伏す”おっさんの俺”の眼前に、見覚えのある、尖った山。霧の船着き場が丸くぼわりとくり抜いて視えた。


―――霧の中、満身創痍、”18歳の俺”は、降り立つ。二年ぶりの故郷、ユーハルディア諸島、プラミオネ島。


コル乳のような靄を抜けた船着場。金貨のたっぷり入った革袋を腰につけ、意気揚々と町を見渡した。


おっさんの方の俺はひゅうひぃとかすれた声をあげ、耳を覆い、突っ伏して叫ぶ。――視たくねぇ。視たくねぇ!誰か!”ここ”から出してくれ!!


瞑りすぎて顔が半分なくなっちまうんじゃねぇかというぐらい、力を込めて目をつぶった。瞑っても瞑っても、頭の中に浮かんでくる、深い霧の中、ひとりきょろきょろと見渡す、刀傷だらけ、欠陥品の俺―――。



****



 。゜

  +.

 .

 挿絵(By みてみん)

  *



***side”ミカダ”***


気づけば、ここは、どこだろう。ここは、…灰色の回廊の奥。

わたしは、たしか、とても寒い、洞窟かどこかに、いたはず。ここはどこだ。



――ゆるやかに下に向かう螺旋の最深部。”黒の扉”が視えた。



瞬間、ぎくりと大きな音が、体の内側全体から聞こえた気がする。心臓をつかまれ、床に叩きつけられたようだった。細胞中、血の気がザァと引く音が聴こえた。


(…これは、多分…開けなくても、いい扉な、はずだ…)


わたしは、心を落ち着けながら、後ずさりして…。まだ、大丈夫だ、逃げよう…。これは、逃げてもいい…やつ…。そぅっと…。そう、動悸が、聞こえたら”黒”につかまってしまう…。


――振り向くと、わたしは、どこかで見た、夕暮れ間近の薄暗い八角堂。小さな祭壇の前に、一人立っていた。


――祭壇には色鮮やかな”飾り駒”が捧げられていた。妙に彩度の高い、ぎらぎらとした駒だった。


――床にひとつ、桔梗色のナニカが落ちていた。


――祭壇からこぼれたと思しき、どこか見覚えのある、流行りの駒だった。


「…あ…あ…」全身が震える。


扉を見つけた時、すでに、わたしは、この扉を、開けてしまっていたようだ。

ぐるぐると辺りの残像を後引くようなめまいの中、辺りを見回すと、退路は断たれ―――全ての色は、消えうせていた。



ジルバはどこにいったのだろう。色が消えた虚ろな世界。幼いわたしひとり、動悸を抑えながら彷徨う。”大きなわたし”はいつのまにか”小さなわたし”に取り込まれていた。



後ろで大きな一本の三つ編みにしていた黒髪が、ずしりと肩に、心に、のしかかるようだった。


ギィ。板の軋む音。

「――見ぃちゃった」


気づくと後ろに”ニンゲン”が立っていた。”男”に分類される、種族だった。

どこか、男の声が、頭に木霊して、響いて、響いて、いつの間にかわたしの頭の中、占領していった。これは誰だ、これはなんだ。幻聴、幻覚。蓋をしてきた記憶。


ここはどこだ、ここは祭壇。暗闇、漆黒。どこだ、どこだ。


――すくんでしまって、動けない。誰か…。


わた、し、は、ただ、駒が、おちてたから…。ほんとうは、きれいな、こまが、うらや、ましくて、ほしくって…。だれか、だれか、だれか、


わたしは、手に何か握り締めていたようだったけど、目の前に迫る男の影に、ただ、ただ圧倒されるしかなかった。




 。゜

  +.

 .

 挿絵(By みてみん)

  *




***


***side”チロタ”***


――久しぶりの故郷だというのに、まるで異世界に降り立ってしまったみてぇな感じだった。


(…島を間違えたか…?)

いや、船着き場の配置は変わってねぇ。ここだ。


霧が深くて、島のどこからでも、でかでかと見えるはずの、文水望ふみの鉱山は、影すら見えなかった。


(土産…)


(ハズしてたらどうしようかなぁ…)

ザックの中のたくさんの土産。俺の2年間の結晶だった。



家族が迎えに来てるかもしれねぇな。と思い、ひとりで乗ってきた”小さな舟”を舫るまで、期待して、どんな風に土産を渡そう。マチルカの前では泣かねぇぞ。とそわそわしていたのに…。



――船着き場には、人っ子一人いなかった。



屋根の輪郭がかすむ。霧の中、 どこかから、異臭と煙。


(…?なんだ??)

(…やたら村がくせぇな?)


がしゃがしゃと、ザックを鳴らしながら、俺は不安な中、次第次第に駆け足になっていった。


――遠く爆ぜる木端の臭い。冥府の吐息みてぇな町の気配。ぽつぽつと焼かれた家が並ぶ中、枯れ木の天辻がところどころ靄を貫いていた。


村に何かあったのか。 霧の中、俺は走る、走る、走る。心の臓が叫ぶように胸をたたく。寒ぃ汗がだらだら流れた。


つんのめって走る。靄の中、村はずれ、灰に染まったような、我が家がぽつん。俺が中途半端に増築したままの姿で、がたりと建っていた。


――前金で少しだけ買った畑は、枯れていた。


「マチルカ!」


――ドアを乱雑にあけると、家全体がガタガタと震えた。


「おふくろ!?」「親父!?」


火のともらない家。がらんどうだった。なんだこれ、なんだこれ、何が起こった。いったい何が…。


家の中は、まだそんな蜘蛛の巣みてぇなのは、張ってねぇ。ヒトが消えてからそんなに経ってねぇはずだ。


土産が入ったザックを、ガタつくテーブルに乱雑に投げ置いた。ザックの端、がらんと、柄にもねぇようなでっけぇリボンのかかった包みや、西の海域産の缶詰。マチルカに買った藍白ラムネの丸い瓶がこぼれた先――



風に舞って、テーブルから落ちちまった様相の、おふくろが書いたと思しき手紙を見つけた。風化しにくい、キト紙の封筒だった。


≪――――――るチロタへ。≫


「くそ…俺の名前しか読めねぇ…」


落ちたものいっさいがっさいポケットに突っ込み、ふらふらと走った。この世とあの世を隔てる、分厚い壁のような曇り空の中、走った。


「誰か…」


手紙が読めるニンゲンを、震えながら、探した、探した。よたよたと、彷徨うように。


人なんか、喋れそうなヤツなんか、見渡す限り残ってなかった。



────そうだ煙の方向だ。火を起こしてるヤツがいるはずだ。



ふらふらと、岩だらけの採石場の入口、くすぶった炎が上がる。煙の主は俺を見つけてこういった。



「よぅ…英雄………」

「……凱旋……か…」


抜けっ歯だらけ、めくれた皮膚の浮く男。疲れ切ったような笑い。


「ちょうど、いい…」

「俺を、焼いては、くれねぇか…」


何を言ってるのか、左耳から右にそのままぬけていくように、意味がわからなかった。


「まっさきに…逃げた…役人に…」

「焼、かれ…、るのは…癪…じゃねぇか…?」




****************************

――流行病がプラミオネ島をさらったあとだった。


役人。村で金を持ってるやつ。動ける奴は、皆早々に他の島に逃げた。


――島に取り残されたのは、発症者と、生活能力の薄い貧乏人。

体が不自由な、大人――

*****************************



俺は霧の中、声にならない声を絞って走る。わからねぇ。わからねぇ。俺は、俺は…。


これはいったいどういうことだ。どうしてこんなことになってしまったんだ。

空っぽの故郷を走る、走る。声にならない枯れた、絶叫、絶叫。後悔、懺悔、悔悟。わからねぇ、わからねぇ。俺は、俺は…。


流行病?なんだそりゃ、聞いてねぇ、聞いてねぇぞ、俺の許可をとってから流行ってくれ。


山を抜け、駆けて駆けて、捨てても、埋めても、殴って捨ててもついてくる亡霊。しつこい亡霊を振り切るように。いままで自分についてきた嘘。言い訳。言い訳。すべて、全て、振り切るかのように。走った。



何故俺は、人の、いや、大切な人達の話を、聞かなかった。聞かなかった!?


傭兵出発前のマチルカの声がどこかから、響く。責めるように。



――「家族みんないっしょなら、きっとなんでもだいじょぶなんだよ」



俺が家族と一緒なら、筏だろうが、密航だろうが、なんでもやって、島から助けることが、出来たはずだ、出来たはずだろ。俺はなんで家を空けた。


二年も…。二年も…。人を殺しながら、誰かの人生を、奪いながら。二年も…。娼婦たちを傷つけながら…。



 。゜

  +.

 .

 挿絵(By みてみん)

  *



ぎりぎりと音を立て瞑る目から、大量の涙があふれた。あふれた涙だけが、熱かった。


───気づけば俺は、山の中、どこかの浅い小川で転んでいた。


「………」


すりむいた膝、小さな傷に清水がしみてやたらと痛く感じた。川のささやかな流れは、俺の体温を急激に奪っていった。


――もういい、このまま、俺もそろそろ、ラクになろう…。


(なんのために…俺は…)


涙以外、なにもかもが、冷たかった。


(…アホ…くせぇ…人生…)


目を瞑ると、これまで渡ってきた人生が、ざあざぁざんざと音を立てながらめまぐるしく流れては消えて、消えては流れた。


(これが…走馬灯ってやつか…)



汚れ腐ったボロを着た、狼の子どもみてぇな、ガキの頃の、俺が視えた。


――「なぁ、俺っちほんとに親父とおふくろの子なのかよ?」ガタつくテーブルの上、薄いスープをすすりながら聞いた夜。



――家族の中で、俺だけ頭の色も違ってて…。体も…おかしなぐれぇ、ひとりだけでかくて…。俺は、内心、なんか、わかってた、俺には、多分違う血が、流れてるって。


――親父は、悪い足を引きずりながら、わざわざ俺の目の前まで来てこう怒鳴った。



「こんなくそ可愛いヤツが、俺の子供じゃないわけないだろうが‼バカヤロウ‼」親父が泣くほど怒ったのは、後にも先にもその晩しかなかった。



――マチルカが生まれた時、金もねぇのに、家族全員で、喜んで、歓迎して。


慣れねぇ手つきで抱っこしたら、泣かれて困ったっけ…。しばらくすると、小さな手で、俺の指をつかんで、くしゃくしゃと笑った。


――俺はこの”宝物”に、恩返しが、したかった。



(マチルカ…)

(…お前の話を、聴けば、よかったな)冷たい小川で夜空を仰ぎながら、情けねぇ嗚咽をもらす。




――「家族みんないっしょなら、きっとなんでもだいじょぶなんだよ」



そうだ、お前が正しい、マチルカ。兄ちゃんは、周りを見る余裕が、なかったみてぇだ…。


小さなお前と一緒に過ごせる、かけがえのねぇような、2年間。人殺しばかりしてただなんて――。でけぇ俺の体の隅々全てがまるで錆びた鉄くずのように感じる。



――流行のドレスを着せたお前の想像図が、

――あんときの俺には、生きがいみてぇに、輝いてみえたんだ…。



後悔という名の鉄くずの塊。腐れて腐れて、蒸発して、天に向って上っていっく。やけに美しい藍の空。彗星が連続で流れた。ひぃふぅみぃ…4人家族の流れ星。


(…早く……)

(――早く迎えに来ては、くれねぇか…?)



 。゜

  +.

 .

 挿絵(By みてみん)

  *

    。


  。 +

   +゜ 

  *



ふいに、温かい南南西からの風が鼻先をかすめた。

金恋花きんれんかみてぇないい匂いがした。


(なんだ?)


体を起こす気もなく、そのまま浸かってると、顎の向こう、胸元に碧い光の、三角形の何か、光が視えた。


胸んとこが妙にあったかく感じた。これは、たしか、どこかで、大切な誰かから、もらった…。


手で探ると、なにか針で刻んだような字が書かれた皮紐で結わえてある、何かの、碧く光る石だった。


(――首飾り?)

(…いや、御守か?)


――どこかの誰かが、俺の頭を撫で、抱きしめてくれた気がした。





俺は、いったい、どこで、どうして…。

挿絵(By みてみん)

  *

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ