表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
*ミカダさんのあんまり不思議じゃない冒険*  作者: 植木まみすけ
*第三幕*
32/56

32話-「灰の回廊」

挿絵(By みてみん)



 。゜

  +.

 .

 挿絵(By みてみん)

  *


***side”ミカダ”***



(…お母さんは、)

(花を…かばって)


――ぶわり、景色滲む中。はたはたと、零れた水が沁みた路面。南風に吹かれ、滴の円が薄く渇いていく風景を視たのは覚えている。



次の瞬間、冷え切ったどこかの真っ暗闇の穴倉で、ひとりぼっちで顔を伏せて座っていた。ごつごつした岩の上。少し遠く風だまりがコォオ…と木霊する。


どうも洞窟のようなところにいるみたいだ。


頭に大量のもやが詰まってるかのように重たい。わたしは、どこから来て。どんな経緯で、ここはいったいどこだろう…。



――疲れた…。



顔を起こす気にもならない。


かすかに何かを燃したあとの湿気た匂いがした。消えた灯、焚き火?松明…。再び燃す気力は、なかった。


どうしてこんな寒くて暗いとこにいるのだろう。わからない、けど。とにかく、このまま、いなくなりたかった。


伏せた顔からは、大量の水がこぼれてて、ひざや襟をぐしゃぐしゃに濡らしていた。ごう―――堤防は決壊した。




これは水じゃない。―――”涙”だった。


わたしは、負けたのだ。




――お母さんは、しょうがなかったんだ。


――これは事故だ。


――立派な死だった。



幾度となくいいきかせ続けて、そのうち記憶に封をした。多分”この思いつき”は、違っているから。わたしはお母さんを責めたくなかった。



(…お母さん…)



お母さんは、わたしと野の花を天秤にかけて、花を選んだわけじゃない。これは事故だ。お母さんはそんな人じゃない。



(ジルバ…)



わたしは、大切に出来てると、思ってた。わからない。どう考えて整理すればいいか、まだ見当がついてない、ついてない、つかないけど、きっとこのことも、苦しくて、また封をしてしまうんだろう。お母さんの思い出みたいに。



わたしは、何がしたくて。どうなりたくて。何が欲しくて、どこに行きたかったんだろう…。


(…ロクな事が起こらない人生だった)




 。゜

  +.


――わたしは、舟守…向いてなかった。


――お母さんは、花の方が、大切だったんだ。


――ジルバはわたしが、殺した。


 。゜

  +.




ぐるぐると頭の中。灰の思考の回廊を、脱出する気もなく、敗北感に浸っていた。


(がんばった、つもり、だった、ん、


だけ、ど…な…)



教室の片隅、ひとりぼっち。石を投げられた、みじめな思い出。



(わたしは、ほんとは…)



横隔膜がひくひくとえづいて、つぶされてぎぃぎぃ軋んだ心が、水底から汲み上げられ、せりあがって、せりあがって。喉から目から、ぱんぱんに腫れた膿が湧きだすような涙。子どものような嗚咽だった。



(…ニンゲンの、友達、も、)

(憧れてて…。)



――舟守を雇うような、お客様には、家族や大切な人が、かならずいて…。


(本当は、わたしも)

(大切な人から…手紙とか)

(……一回でいいから…。)


どうして、なんで、ここにいる。


ここまで歩いてきたことに、大した意味なんかなかった気がする。



(…わたしは、ほんとは…)

(…いていいって)

(…必要だよって…)



頬を伝う、劣等感。


(誰かに…)


(……言われたか、っただけ…)


情けないことばかりぐるぐると考えてしまう。まるで回廊の中に閉じ込められた、チィネズミのようだった。



真っ暗闇の中、切り裂くような孤独――。


――それにしても寒かった。



(…このまま凍えて…)

(それも…いいか…)


しんしんと冷えた土、冷めたい星の気配が直接体に上がってきて、体の力が抜けていくのが分かる。


こんな時誰かが、よりそって温めてくれたら…。


それは、焦がれる羨望。わたしなんかには起こりえない、絵空事に思えた。あかし色が、ゆらゆらと、遠くに遠くにかすんで視えた。


考えれば考えるほど、惨めで惨めで、この世界の壁を隔てた向こう側。わたしは、ひたすら、ひとりぼっちだった。





 。゜

  +.

 .

 挿絵(By みてみん)

  *



――気づけば遠くから、何か生き物の声のようなものが聞こえた。


≪ぽ?≫


殺されるのだろうか、それもいいかも。


≪ぽ、ぽ、ぽ?≫


なにかの…。


≪ぽぽー≫


なんだろう、この声…。どこかで聴いた…。鳥の…。


いつの間にか、ふるる、ふるると、声を震わす気配が懐らへんにあった。なんだか胸のあたりが少しだけ温まった気がする。


全てがどうでもよくて、なにもかもがどうでもよかった。きっと気のせいだろう。すこしずつ気が遠くなってきた。


かすかな意識の外、細胞の一声みたいな、耳の奥、内耳の遠く向こう側から、微かな声のようなものが、聴こえた気がした。


――声ではなかった。多分それは何かの”意思”のようなものだった。

――耳を傾け、凝らすと



≪我は……の遣い≫

≪右に剣、左に盾≫

≪一度だけ選べる≫



意味が分からなくて、わたしは、そのまま考えを放棄した。


もういい、わたしは…。眠たい…。疲れた…。




 。゜

  +.

 .

 挿絵(By みてみん)

  *



***side”チロタ”***


真っ青青の空の下、16歳”新品の俺”と傭兵どもは、マコール海軍の帆船に詰め込まれ、駒として戦うしかなかった。


少し離れた位置で、おっさんの俺はゆらゆらしながら眺めていたが、新品の俺を見ていて、首根っこをひっつかみたくなるも、こっちの世界のものは触れねぇみてぇで、イライラするあまり、寝てしまった。


――夢の中の夢。


暗闇の中、俺はずっと手を洗っていた。洗っても洗っても、血が取れねぇ。俺は夢の中、また寝てしまった。寝りゃぁたいがいの問題は解決してるもんだ。手を洗う、とれねぇ。また寝る。


いくつの夢をまたいだ頃だろうか。俺はやおら小刀を取り出し、右腕を切り離してしまった。


―――こりゃまいったな。


左腕を、誰か、ちょんぎってはくれねぇか。もう一本、残ってんだよ。ついでにちんこも頼むわ。こんなんがあるから俺は…。


―――俺は、延々、逃げるしか、なかった。




 。゜

  +.

 .

 挿絵(By みてみん)

  *




****


起きたら、なんだこりゃ、だいぶ時間が進んでるみてぇだ。


「チロタぁ。次の陸の日、さ…」マコールの虎の傭兵仲間の一人が、デッキブラシで甲板の血を落とす途中、俺に向かって”小指”を立てて、ニッと笑う。


「”買い”に行こうぜ」

「あー…」新品の俺は、テキトーに調子を合わせて、空を見上げていた。


もう”新品”とはとてもいえねぇぐらい、体中刀傷だらけになっていた。中古品か。



―――中古っていうか、”欠陥品の俺”は――

―――荒れていた。



そうだ。俺はマコール虎どもの壁役に徹することにした。何人も、海に叩き込んだ。きっと、命があれば、泳いで、逃げてくれるだろう。


俺は直接殺してない。仲間を護らないと、死んでしまうんだ。だから悪くない、悪くないんだ。そう言い聞かせるしかなかった。


―――南半球の果ての空は、すべてがめんどくせぇような気持ちとは裏腹に、スコンと、今日も晴れていた。


同僚どもは陸地に戻っては、町のオンナや娼婦を漁る。愛しい人は、みな、故郷に置いてきたからだ。


そして俺たちは――オスだった。


俺は最初抵抗があったものの、同僚どもにそそのかされるまま、いつのまにか娼婦を買うようになってしまった。オンナの肌や、匂い。やわらかさは、センソウの疲れに傷薬みてぇに染みた。


好きでもねぇオンナを抱く為だけに金で買う。俺は、その行為を軽蔑していた。していたが、次第次第、流されてしまった。俺もオスだった。


娼婦を抱いてて思うことは(愛する人が欲しい)だった。ひでぇ男だ。「それでもいいからまた買って」「一緒にいて」なんて泣かれたりもした。


俺は、戦役中、傷つけてしまったヤツらの事は、なるべく考えないようにしていた。海に戻ったら、また人が死んでいくのだ。全部抱え込んだら耐えられねぇ。家族のため、二年堪えねぇといけねんだ。俺は俺以外のヤツのことなんか考えてなかった。



大義名分をまとったゲスだ。


きっと、ゲスって自分でいっときゃ。わかってますよって顔が出来るから、ゲスだのひでぇ男だの自分で言ってるんだろう。


どこから考えれば俺は「俺が悪くなくなるのか」さっぱりわからなくなってくるんで、途中で放棄したりした。


――それだというのに、俺は何故かよく娼婦にすがりつかれた。


俺の腕をつかみ、娼婦たちはそろって「あんたが好きなの」と喚く。


(…これは”違う”)


俺は、テキトーに流しながら海に戻る。こいつらは別に俺でなくても、相手をしてくれそうな男ならなんでもいいんだとも思った。


――夜風吹きわたる甲板の上、おっさんの方の俺は”欠陥品の俺”の不実ってヤツを、まともに視ることが出来なくなっていた。


寝よう…。寝ればきっと覚める…。この悪い夢から。耳の内側で、どこかから、俺を責める俺の声。


――何、他人みてぇな面してすましてやがる。

――こいつは”俺”だろう…。




 。゜

  +.

 .

 挿絵(By みてみん)

  *




欠陥品の俺が、 遠くに吹かれ暗い海を眺める。ぼそりと


「…愛しい人が…」「欲しーな…」


と一言呟き、小さな羅針盤で、ユーハルディアの方角を探し、目を拭った。


「家族は…」

「…マチルカは……」

「…達者でやってるかなぁ…」涙をためているみてぇだった。



――心が潮風にさらされ、ひりひりと沁みた。

――俺は、何になりたいんだろう。



貧乏で忙しすぎて、自分がやりたい事なんかなかった。働いて、汗水たらして、夢は”ラクな生活”だけだった。


俺は事あるごとにこういい聞かせた。


(しょうがない)


きっと故郷に帰れば、こんな俺でも愛しい誰かに心の底から優しく出来るはずだ。


何度か寝た娼婦が、俺が海に帰った後、自殺未遂を何度か繰り返して、行方知れずになったとあとから聞いた。それは俺が直接の原因じゃないのだ、と言い聞かせて、考えないようにした。


ハディーナ軍の鮫どもは何人、何百人、故郷に帰れず、海に沈んだことだろう。が、それは俺が直接の原因じゃないのだ、と言い聞かせて、考えないようにした。


――戦役よ早く終われ。




 。゜

  +.

 .

 挿絵(By みてみん)

  *




****



――どこかの真っ暗闇の中、俺は気づけばひどく汗をかいていた。


気づけば、俺は、ごつごつと岩だらけ、真っ暗暗と絶望を押し込めたような、洞窟の中一人、突っ伏して寝てるようだった。ここはどこだ? 思い出せねぇ。何せ真っ暗だ。


そうこうしてるうち、視線の少し先、視覚えのある、スリット付きのドレス、愛嬌のあるそばかすの女が青い炎の中、ゆらり、立っていた。


(…お前は……)


遠い港町で、少しだけ心を分けてしまった娼婦だった。首にわっかの痣が何本も、絡みついていた。


――張り付いたような笑顔。


≪捨てるなら、最初から、優しくしないで≫


娼婦は、仮面のような笑顔のまま、涙を流し、俺に向かって一言吐き捨てた。


≪…偽善者。≫


俺は、でけぇ体を折りたたんで、耳を塞ぎ、声を絞り出す。

「もう勘弁してくれ…」


「お、俺は…」



――良く生きよう。


――努力だけは…したんだ…。



 。゜

  +.

 .

 挿絵(By みてみん)

  *


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ