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*ミカダさんのあんまり不思議じゃない冒険*  作者: 植木まみすけ
*第三幕*
29/56

29話-「どうしてわたしは”ここ”にいる」

挿絵(By みてみん)




 。゜

  +.

 .

 挿絵(By みてみん)

  *



***side”チロタ”***



天井の高ぇ真っ暗暗の鉱石の間――


**傭兵さん、傭兵さん。卑怯な卑怯な傭兵さん**


「なんだ…こりゃ…」「んだ…こりゃ」「りゃ…」



――俺は霧に閉じ込められて、幻覚だか、わかんねぇどっかの少女のささやき声と、木霊になって返ってくる、俺の薄気味悪ぃ輪唱を聴かされていた。闇がさわさわと這いまわるようだった。



俺は霧の中、歯ぎしりで、血が出そうなぐれぇくいしばり、霧の向こう、中心をみやった。頭上遠く木霊が跳ねて広がる、ひそひそ話。はやす声。



「… … 誰… だてめぇ…?」「…だてめぇ …?」「…… ぇ…?」

剣の柄を握ろうとするが、力が入らねぇ。



**誰でもないよ、誰かだよ。誰かというとあなたかも**

**せせらせら。せせらせら。あなたは”みない”。あなたは弱虫。 あなたはへなちょこ卑怯者**



**取り柄と言えば体がおっきい。それだけ、それだけ?**

「…るせぇ…」「ぇ…」



ふらふらと立ち上がり、死ぬ気で声の方向に松明をかざすと、霧の向こう、水晶みてぇな石が壁面中植わってるのが分かった。ナニカがささやくたび、水晶が鈍く光っているようだ。



霧が詰まって。息が、詰まって。声の主がわからねぇまま、俺は情けねぇことに、胸ぐらをおさえて、膝をついてしまった。息が…。



**どうしてここへ?**

**《どうして、なんで、あなたはここへ?》**



せらせらとうるせぇささやき声は次第に頭の中に充満し――

**いったい何を、しにきたの?**

――ちくちくといばらで締め上げるように――笑い始めた。



**あの子を、護るぞ?傷つけるものか?大義名分?英雄気取り?**

**あの子は誰かにそっくり、それは誰?誰ってそりゃあ**

**妹代り、家族代わり?懴悔?弁明? 悔恨?償い?贖罪?**



(……違う…)

**ほんとはほんとは、あの子を助けて**

せらせら。くすくす。闇の中、霧が、小さく波打つように、笑う。



**いい人ぶりたいだけなんじゃ?**

(……違う…違う…)



やめてくれ。やめてくれ。そんなじゃない。最初はそうだったかもしれねぇが。今は違う、そんなじゃない。


――俺の”出立”を、暖かに、見送った、俺の、大切、な、家族…。

――「お兄ちゃん」

――「センソウなんかいっちゃやだ」


鉛の塊が腹に詰まって吐きだせねぇ。 どこか、穴ぼこは、ないか?吐いて、吐いてさっさと、埋めねぇと。俺は…。


――洞の底。 鉱窟の暗がりが、霧たちが、靴底の隙間から忍び寄り、脳みそのしわに沁みこんで記憶をバラバラにして並べて、晒して、責めたてる準備をしてるみてぇだった。



――「いっちゃやだ」



気づけばここは淵。落ちる、堕ちる…まるで永遠にゆっくり落ち続ける悪い夢。そうだ、これは夢だ、夢魔だ。俺は10年前から、夢の中、ずっとずっと、落ち続けてきた――



あぁ?ここはどこだ。堕ちた先、ハァハァと息を切らし、霧の中、俺は、走る、走る、のどを枯らして。ここは鉱窟、孵ノ鉱窟。嬢を、あいつを、あいつが、怖い目に、あわないよう、助けて、いた、途中。



これは、なんだ、霧の中、遠くの方に透き通った海が視える。遠くに。おかしいここは鉱窟だったはず。俺は嬢を助けなきゃいけないんだ、早く、早く鉱窟に…。これは夢だ。悪い夢だ。



深い霧の中、走る、走る。ぜいぜいと息を切らし、見上げるとそこは、見覚えのある尖った山。ここはどこだ、そうだこれは俺の故郷、ユーハルディア諸島、プラミオネ島の船着き場。



――桟橋で、小型船の上の俺に手を振る家族。まだ出発したばかりなようだ。青臭い面の”俺”は、べそをかきながら追いかけようとするマチルカに笑いながら「危ないから走るな」みてぇなジェスチャーをしていた。



そうだ、これは傭兵志願の朝――待て、行くな。てめぇ。いや、俺。



マチルカが小さな体を震わせて叫ぶ。

――「家族みんないっしょなら、きっとなんでもだいじょぶなんだよ」



青くせぇ方の”俺”はしばらく、デコを触ったり、目をそらした後、

「土産を楽しみに待ってろよ!」と満面の笑みで返した。



おいてめぇ。今すぐそこから海に飛び込め、引き返すんだ。引き返してくれ…。じゃねぇと、俺は、家族は…。頼む…。頼む…。



****



 。゜

  +.

 .

 挿絵(By みてみん)

  *



****




***side”ミカダ”***


**せせらせら。せせらせら。舟守さん、出来損ないの舟守さん**

押し込めたような漆黒の窟の途中、”名もなき石塊いしくれの試練”に差し掛かる入口あたりだった。


わたしは、松明の灯の結界の中、次第に充満してくる霧の中、闇の底、響くナニカの声を、狭くごつごつとした割れた岩の間、挟まるようにしゃがんで震えてやりすごしていた。



――チロタの装備のぼろぎれが巻いてある、細い岩に背中をびったりと護らせて。

櫂を握る手も空しく、何故だかわたしは戦う気力を、奪われてしまっているようだった。



**あなたは、どうして、何故ここに?**

――闇の奥底から届くどこかの少女のささやき。



わたしは額の汗を手の甲で拭いながら精一杯強がって返す。

「あなた…に関係…な…」



**仕事が、任務が、大義名分、綺麗ごと**

**ほんとにほんと?**

**チカチカ光るオトモダチ。ほんとにトモダチ?犠牲?踏み台?**



「…そんなんじゃ…」わたしは貝みたいに耳を塞ぎ、頭を振った。冷えた漆黒の中、背中に、腿の裏側に、汗が伝う。動悸。息が、苦しい。これは、なんだ。霧が、内耳に、喉笛に、まとわりつく、これは…。



――今度は耳の奥、どこかから、言い訳じみた独白が聴こえる。


―わたしには、カシの木に、薬瓶を届ける、大きな任務があったのだ―

―しょうがなかった―


**くすくすくす**

**随分トモダチ甲斐のない**

**自分がよければいいのかしら?**



「…違…う…」


頭の中、わんわんと、頭の芯に、直接呼びかけるような尋問。


――この依頼をのんだら枯れそうだ。――

――”わかっていた”のに出発した。――


**信じるもの?視えるもの?ほんとにほんと?そうかしら?**



目をぎゅっとつぶり、体をなるべく縮こまらせ、追ってくるような動悸を抑えようと、必死で深呼吸しながら――



「……誰か…しらないけど…勝、手にあ…れこれ」

――ふりしぼるように、声をせり出した。胸に抱いた櫂は、もう武器というより、握りしめて、体を支えるための、命綱みたいだった。




**誰でもないよ、誰かだよ。誰かと言えば、どなたさま?**

**せせらせら。トモダチ?親友?ほんとにほんと?**



「…わ、たしは……。」頭の、芯、が、じんじ、んする。誰か…。



**「信じる」「視える」ほんとう?ほんと?**

**わたしは特別、わたしは”違う”わたしはお前らなんかと違う?**

「…や、めて…」



せらせらと、少女の声。頭の中をミシミシと反響する。

首が千切れそうなほど、頭を振り、 旅の途中、記憶の底、荒れた花壇、土をかぶせ、目を背けてきた、大切な…トモダチの、想い出…。ジルバ、は…。わたしが、わた、しが



―――わたしが殺した。



霧の中、強く目をつぶった暗闇のセカイのなか、何重にも灰がにじんで一気に”道”のカタチになった。わたしは吸い込まれ、気づけば、吐き出された先の空間。天幕に針で穴を開けて、灯りが漏れてるみたいな無数の点滅が視えた。


――満天の、夜空だった。


ここは…。


ここは、そうだ、グース群島、紅鳶海域…。海と空しか美しくない、わたしの故郷。クムド島…。陰湿な、ヌケガラの島…。覚めたような藍の空。裏通りに抜ける、潮風。


ここはどこだ。これはなんだ、霧の向こう、トオイ街の灯り。ここはどこだ。町の往来で色とりどりの灯明が燈る夜。



そうか、これは芒語すすがた祭の夜。記憶の中、小さなわたし。得意げなわたし。



周りには近所の人や子供たち。あれ、ここはトオイトオイ島じゃ…。靄の向こう…。ここはいったい。。霧を抜けると、遠くで楽しそうなコーディの音色が響いていた。旅の楽団が稼ぎに来たのだろう。



小さなわたしは、少し緊張しているみたいだった。そうだ、この日はわたしから発表があるって触れまわった日だった。



―――今日は、あたらしいお友達を、みんなにごしょーかいします!

チカチカと光る、美しいわたしの親友。ああ、そうだここは、何度も夢でうなされた…。



―――ジルバっていいます。

―――きいろくひかってるのはうれしいときなんですよ!



「…は…?」怪訝そうな顔をして通りすぎていく大人たち。

―――「ミカダさんの家のお嬢さんは、おかしい」





―――”視えない”連中は、わたしを笑った。



霧が足先に、首に、走っても走っても、まとわりつく。助けて。これはなんだ。記憶の中、夕暮れ時。少しおいしいパンを買って帰る。意気揚々、10歳ぐらいのわたし。



今日の夕暮れはおかしなぐらい深緋こきあけにぶるぶると揺れていた。まるで彩神さまへの供物みたいだ、ああ、だめだ、そっちは、視たく、ない、だって、そ、こから先は、お、お、おか、あさ、んが…。


――全てが緋に染まる夕暮れ。


「お母さんは旅に出たんだ」


読み書きの先生は、無表情のまま、しばらくうちに泊まりなさい。と、手をつかみ、どんどん先を歩く。

「いつ帰ってくるの?」



先生は、ギギガゴと、音を立てながら振り向き、こういった。




「も、う帰ってこ。ない」




先生の顔の中心はいつの間にか、大きな穴が開いていて、向こうの道が、よく見えた。逢魔が時、赤い月が視えた。狭い路地、誰かが落とした、茜露かねつゆ林檎が一つ、往来に小さい影を濃く、ぽつり、刳り貫いていた。せせらせら。顔のない顔で笑う。



これは、いったい悪い夢?それとも深淵。……わたしは…。どうして”ここ”に…。違う、ちがう…わたしは、ジルバを、親友を、殺す気なんか…。霧の中、不協和音。ここはどこだ。ここはどこだ。



**あらあらこのこは、いつも結局ナニカのせいね**

せせらせら。”黒”が笑う。



**疎外、孤立、孤独、劣等感、劣等感、惨め、みじめ、どれだけやっても惨め**


くすくすくす。澱みがさえずる。



**どうして舟守?女のくせに?**

**大義名分、言い訳言い訳。誤魔化しマヤカシ?**

**ほんとはあなたは?ほんとのあなたは?**



(…やめ、て…)


**いまのいままで**

**視えること。信じるナニカ**

**しがみついてきただけなんじゃ?**


わたしは、廻る廻る、笑い声の中。一人、割れそうな頭を抱え、冷えた汗の沼の中。声にならない声を、叫ぶ。


***ようこそ、ようこそ、舟守さん***


――≪ここは、誰もが還る、家路いえじ黄島おうしま。孵ノ鉱窟≫――


頭の中、わんわんと、頭の芯に、直接呼びかけるような、少女のささやき。



**トオイトオイ言い伝え***

**ここから出るには、トオくて近い。チカくて遠い。**

**さてさてあなたは答えを探せる?**



**《あなたは、どうして、どうしてここへ》?**



**いったい何をしにきたの?**


「……わ、わたしは…」




――「”セカイ”を決めるのって、他の人じゃなくてね、自分なんだよ」




「……わた、しは」

――どうしてわたしは”ここ”にいる?!





 。゜

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 挿絵(By みてみん)

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