27話‐「ミカダさんのあんまり不思議じゃない冒険」
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***side”チロタ”***
鉱窟の冷えた闇の中、光々苔が薄く萌黄色に照らす分かれ道。
俺は地図に書いてある通り、でっけぇ”大岩”が阻んでいるポイントに差し掛かった。道のど真ん中に巨人の頭みてぇな岩が転がっていた。
さしあたって左の方に矢印が書いてあったが、こいつは右に迂回でも左に迂回でも、結局一本の道に出るそうだ。両方のルートを確かめたあと、少し岩がごつごつして、歩きにくいが、右の道に迂回の指示を出すことにした。
なんでかっていうと…。左の道は歩きやすい代わりに、壁中になんだかわかんねぇ謎の生き物の顔の石が、あぁあああこのヤロウ。 しこたま埋まっていてだな…。なんか苔で光ってて余計アレだ。
こんな薄気味悪ぃ道を嬢に歩かせるわけにはいかねぇと思ったからだ。俺がぶるってるわけじゃねぇ。ほんとだ。
≪トーポポルルーー!≫ぽとん。ヤマセンドウの”旦那”のケツから碧い光の三角△が落ちるのをキャッチして、早速道に配置する、道というより、この辺は割れた岩の途中って感じだった。
肩に乗った”旦那”にクミルの実を与える。ゴフゴフと毎回慌てて食べる姿を眺めてると、つい和んで笑っちまう。きっとこいつの家庭は幸せだろうな。早く鉱窟を抜けて、帰してやらねぇと。
大岩のポイントを抜けると、急に膝んとこがきつく感じた。軽く登り坂になってるようだった。同時に天井がガンと下がってくる。精一杯かがむが、ザックがひっかかって抜けられない。
俺は出発前に”旦那”に先にいくつか生んでもらっていた予備のしるべを置きながら、もう”旦那”を先に歩かせた。ザックを冷えた岩の道の先に放りながら、肘で進むことにした。
胸に下げた大切な御守を岩で擦って落とさないように松明と一緒に口に噛んだ。こんな暗く険しい道を、あんな心配の塊が歩くとか、もう俺が死にそうだ。頑張ってくれ。。
”旦那”は鳥目なんじゃねぇかと最初心配だったが、ポ?ポ?とかいって先陣切っては振り返り、俺を遠い目で見ている。さすが山船頭とかいう名前がついてるだけある。鳥は見かけによらねぇもんだ。
「あぁ?苔は…」
さっきまで鉱窟内をいい感じでぼやーっと照らしてていた光々苔は、険しいルートに入ってからどこかに消えてしまった。道が狭くて松明の範囲内がやたら明るいだけに、少し先が目が痛ぇぐらい暗く見える。
これじゃ追いかけてきてるちっこいのが泣くだろうが。。
「…おいこらてめぇ」ったくいらいらすんぜ。
「まったくここに生えとけよ!」
≪トーポポルルーー!≫
「せめて俺の許可をとってからいなくなりやがれ!」
≪ポートトルルーーー!≫
「真っ暗暗じゃねぇか!」
≪ルーーポポトトーー!≫
”旦那”は俺の顔をまっすぐ見て”女を泣かせる苔はダメだ”というような目くばせをした。そうだ、まったくその通りだ。俺たちは、思わず顔を見合わせながら、グーと手羽先タッチした。
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ゴチン。
「あいてー!」
たんこぶをさすりながら、松明の橙に浮かび上がる天井を確認すると、透き通った鉱石が上から山ほど垂れ下がっていた。水晶だろうか。よく見ると下にも色んなカタチの鉱石が転がってる。道理で腹がガリガリしてるはずだ。
俺は何とはなしに転がってる鉱石の中で、ざらりと白く削れたさわり心地のいい水晶を一つ拝借した。これは少し桃色なんだろうか?子どもの頬に似てる感じだ。
「…もらっていくぞ」
何故だかその石だけは、俺が持って行ってもいいような気がしたからだ。
ゴチン。
「てー!」
嫌になるほど頭をぶつけちまう。嬢が狭い道があるからってザックを分ける提案をしてくれなかったらどうなってたんだ。助かった。
それにしても嬢はほんと頭がいい。17歳で舟守とかどれだけ努力したんだろう。しかも女だ、さぞかし舐められたことだろう。
初めて見かけた時、あいつは、――”大きな船”の甲板を、抜け殻みてぇな面でブラシ掛けしてて。
黒い髪、伏し目がちのくりくりの黒紅色の瞳。銀兎みてぇな白い肌。”妹”に似てて、びっくりした。
俺たちの家族は、貧乏だとか、そんなのは関係なくて
―――”豊か”ってヤツだった。
苦労して肘で歩いてるうち、闇の奥が、また白ぼけてきた。
――”霧”だった。 もやもやと立ち込める空気が松明の炎でしゅわっといなくなる。
霧はダメだ。早くぬけねぇと…。
――「お兄ちゃん」
――「いっちゃやだ」
霧の中、懐かしい家族の声が聴こえる。ダメだ。早く…。
「……俺は…」
嬢にも言ってあるが濃霧になったら、迷わねぇよう待機だ。こんな坂の途中で寝そべって待機するわけにはいかない。
俺は死にもの狂いで、霧の中這って這って、少し先の広いホールまでしるべを置き終った。霧でよく見えねぇが、今までいたポイントの狭さに比べたら天国みてぇに広い。何かあってもいいように大急ぎで装備を正して、ザックをかろいなおした。
「…おい”旦那”」「…い旦那…」「…那…」木霊の量からして、ここはだいぶ天井も高いみてぇだ。薄気味わりぃ。
「ポ?」「?…」
肩に乗るように指示をだす。鉱の広間のはじっこ、今まで”盾”としてしか使ってこなかった大剣を胸に抱くようにして、俺はどっかと腰を下ろした。ザックの中の燃料の缶や鍋が、がしゃご。と音を立てた。
「――――待機だ」
闇の中そろりそろと忍び寄る、深い深い、霧だった。
(やめてくれ…)
頭の中に忍び寄る。
(俺は、俺は…。)
俺は霧を体のどこからも侵入させねぇつもりで、耳を覆い、目をつぶった。来るな、来るな。入ってくるな。
――「お兄ちゃん。いっちゃやだ」
――「土産を楽しみにして、いい子にしとけよ!」
霧の中、16歳の俺、ぼさぼさの伸ばしっぱなしのなげぇ髪。
ノータリンの間抜け面が視えた。
――どうして。
――どうして、俺は、家を、あけてしまったんだ。
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***side”ミカダ”***
冷え切った闇が蠢く鉱窟の中。松明の橙と碧いひかりの道しるべだけが道を示す。辿りながら歩く。チロタと”旦那”のおかげで、あれからわたしはだいぶ調子よく進めていた。
ヤマセンドウの黄色く光るフンの方を少しずつ落としながら進む。道が分かるかどうか振り返って確認すると、まるで黄色と碧の夫婦が手を取り合って「いってこい」とでも言ってくれてるようだった。
ヤマセンドウの物語は好きでよく読んでたけど、こんなところで神話に出てくる鳥に助けてもらうことになるだなんて、物語の主人公みたいな展開もあるものだ。
――「あった!」
ころんと落ちてる碧い三角錐を見つけるたびに、心の中に細い蝋燭が一つ一つ灯されていくようだった。
圧倒的に漆黒の量が多いにもかかわらず、碧く小さなひかりは、黒界。――全ての色が消えうせる世界。 への門を、遠く視えないところまで押しやっていた。
ぺかり、ちかり。碧い灯が、<嬢、こっちだ>まるで手をぐいと引っ張るように。
こんなで一人で鉱窟を抜けたことになるんだろうか。と思わなくもないけど、今はとにかく進める方法で進むしかないのだ。しょうがない。3つ目のしるべを注意深く通り過ぎたあたりから、松明の光が急にまぶしく照らす地点に差し掛かった。
天井が下がって反射の範囲が狭くなったようだった。わたしには頭の上がすかすかに空いている感じだけど、この辺からチロタはきついだろう。
もう少し先に”名もなき石塊の試練”という名の付いた、羅針盤の儀式の時、筏を運ぶ最難関とされている狭苦しいポイントがあるんだけど、大丈夫だろうか。
それにしても背が高いのは、本当に羨ましい。どうして神さまはチロタ一か所に身長をまとめてしまったんだろう。わたしにあと0.2クムロンでもいいからわけてくれたらよかった。
遥か上空の、わたしとはほぼ無関係な天井を、なんとなく松明で確認し、装備してる頭の頭巾を形だけ確かめた。
しるべはたまに向きがよく分からなくなってるものもあったけど――
(み、右だな…?)
――途中からチロタが途中の鉱石に布を縛ったりして、工夫してくれていたので勇気を持って進めた。縛ってあるぼろ切れは、見覚えのあるチロタの装備のはじっこだった。これだけ見るとまるっきり蛮族の装備だ。
「…汚いなぁ」少し笑ってしまう。
わたしは何とはなしに、途中1枚だけぼろ布を拝借し、右手首にしばりなおした。ぼろ切れがまきついた手首は、少しだけ頼もしく感じた。
「わ。わたしは別に…そんなのじゃなくて」
いったい誰に向かって言い訳をしてるんだろう。。湿度の中、遠くの方で何かが飛び立つような音。歩くたびに頭上にかつんかつんと抜けるような音が響く。
それにしてもチロタは智慧のカシに用があるんなら、一人で行った方が早いのに、奇特な人もいるものだと思う。
目にかかる前髪をちょろっといじる (そんなに妹さんに似てるのだろうか…?)まぁこんな事を一人で考えたってしょうがない。
――首尾よくカシの木までたどり着けたら。もうチロタの言い値で報酬を渡そう…。
あんまり高かったら分割して…そういえばチロタはどこの海域の出身なんだろう。報酬を持って通えるような場所だったらいいのだけど。まだ聞いてないことが山ほどある。
そういえばわたしたちは、まだトオイトオイ島にきて、たった三日しか行動を共にしてないんだった。まるでもう何年も経ったように感じる。
(…なんだか不思議だ。)
”沙”というのは、ひとや場面によって一瞬にも永遠にも感じるものだ。
長く感じるというのは、苦しくてたまらない時もあるし、長く感じるというのは…丁寧に刻んでいる証拠かもしれない。
よくある事かもしれないし、ありえない話かもしれない。海だと思ってたものは、空が入れ替わって遊んでる時もあるかもしれない。わたしはこの冒険は仕事ではなく、何かを探しに来ただけなのかもしれない。わからないようでわかってそうだ。
「――…あんまり不思議じゃないか」
松明の光が途切れるあたり。奥の闇が若干手前に迫って見える。
――少し霧が出てきたみたいだった。
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