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*ミカダさんのあんまり不思議じゃない冒険*  作者: 植木まみすけ
*第三幕*
26/56

26話‐「碧いひかりの道しるべ」

挿絵(By みてみん)




 。゜

  +.

 .

 挿絵(By みてみん)

  *



****side”ミカダ”****



―――かえれの鉱窟こうくつ前―――



チカイチカイ山の中腹。深い深い”亀裂”の前だった。山の断面は、仰ぐと寸法の感覚がおかしくなりそうなほど、めりめりと力任せに圧倒してくる。


そびえるむき出しの地層に抗うように天を貫く針葉樹たちの縦のラインが、まるで鉱窟を護る錠前付きの柵に見える。


見上げれば見上げるほどすくんでしまうので、もう手元の砂時計に集中することにした。


遠くせせらぎの音。 わたしは、入窟前に一人で待機してる間、他のアクシデントが起こらないよう、藪の奥に隠れ、ひたすら砂時計とにらめっこしていた。


(そろそろだ……)


冷や汗が背中をつたった。砂時計を置き直し、足元の土にがりりと6本目の棒を引いた。一瞬か永遠かわからないままもう6沙も経ってしまった。



――わたしはすでに武者震いで、死にそうになっていた。



チロタについていって楽をすればよかった。と後悔の渦。みっともない”わたし”を振りほどいて、震える体を起こし、鉱窟前の小さな橋に移動した。


少し前「一人で抜けてやる」なんて意気込んでいたなんて、この待ち時間の間に、とうてい信じられなくなっていた。


(…しっかりするんだ。)


カシの木がもし”応え”なかったら、この薬瓶は配達完了できないのだ、そうだ、これは仕事なんだ。


――チチカ島市場で”仕事を依頼”してきた不思議な装備をつけた”異国の少女”。


≪あなたになら、この薬瓶を託せそう≫

頭の芯に直接響くようなざらりと心地よい声。


≪報酬は、小さいようで、大きい…≫


――少女はふわりと口元だけで微笑みながら”印”を切って――


≪この報酬は、”自分で気づいて、大切にしていくもの”ですからね≫ と笑った。




――耳の奥に封じ込められた”報酬の話”――


どんな報酬だったっけ。。道中何度も思い出そうとしたけど、もう一歩のところで思い出せない。


(こんなあやふやな依頼で、”東の海域”くんだりまで来て…わたしは…)


「ダメだダメだ!」


頭から切り離していた、焼けつくような後悔が一気に噴きだしそうになる。だめだ。今は落ち込んでる暇なんかない。そろそろ出発の時刻なんだ。



装備の最終点検を行い、試しに櫂術の中でも、得意な立ち回りをいくつか繰り出してみる。落ち葉を撒いて落ちる前に、一枚、また一枚と確実に弾いて行った。唯一腕に覚えのある武術だ。 いままでこの機動力で屈強なならず者たちも沈めてきた。



きっとすぐに通り抜ける事が出来るはずだ。道順のメモもある。チロタも先陣切ってしるべを置いてくれている。大丈夫だ…。



――7回目の砂時計の星が落ちる。



冷えて汗ばんだ手で大きく膨れたザックを背負いなおす。


覆いかぶさるような山肌。まるで大きな獣に飲みこまれにいくようだった。


「い、いくぞ!」



――かえれ鉱窟こうくつ入窟だ。



 。゜

  +.

 .

 挿絵(By みてみん)

  *




****


小さな橋を渡り、ロープの結界に印を切って、入口の小さな祭壇に”供物”を捧げた。

色鮮やかな橙瓜ダイダイウリ の実だ。”灯"の色を捧げておけば、何かあったとき彩神さまが”守護色”を遣わせてくださるという言い伝えがある。古くから夜通しの行軍の前なんかに行われる”灯の儀”だ。


コオオオ。オオ。ォォ……――遠くの風溜まりの残響音。


――中に踏み込むと、見渡す限りの”闇”だった。


「お邪魔しま…」


わたしは誰に言うとはなしに、”窟”に向かって挨拶をした。松明を持つ手が震えていた。灯りが余計ちらちらする。




――”そこ”には、押し込めたような”漆黒”がいた。




出発前に予想した通り、内部は若干横にひしゃげていた。思ったよりも、狭かった。とはいえ頭上は20クムロン程空間があるようなのだけど。



闇が迫って迫って、喉や目がつまりそうだ。 松明を高くかざすと目の端に映る、鉱物の影が笑ってるような錯覚を覚える。見ない、視ない…。億年分の闇が押し込められてるみたいな圧だった。



カツン、カツン…。空気を震わせて歩く。松明の光が陰る少し遠い向こう側、墨を流したような”黒”



おかしな動悸が上がってきた。どうしよう、おさまるまで止まらなきゃ。でもここであまり、もたもたして沙を重ねるのは…。チロタは今どの程度進んでるんだろう…。



わたしは、入口からすっかり圧倒されていた。そうだ、ここは、ここは…多分小さいころ読んだ、彩神さまの神話に出てくる …。



――すべての色が絶望の渦に帰す、”黒界クロノカイ

――色のない世界”への門――。



ぞわりと、”黒”が私の首筋を舐めた。



松明は、持ってる。持ってるはず。灯りがある、大丈夫。

鉱窟内は、――湿気ばんでて、冷え切っていた。



「さ、寒いな…」



チロタが出発前、腹巻を巻けとしつこかったので、待ち時間の間にだいぶ装備を増やしたのに、カチカカと、歯の奥が当たって鳴っていた。



チロタに渡した御守の皮紐には、古代バスニール文字で≪護りの灯よ、彼の人を照らせ≫という意味の護符を彫りつけておいた。舟守の勉強中にどこかで読んで、気に入って暗記しておいたものだ。


(お…御守なんて、柄にもないものを…)

迷惑だっただろうか…。



――ピチョン。



「キャアアアア!」「……ァアア!」「…ァア…」わんわんと鉱窟内を響きわたり、木霊がせせら笑う。首筋に雫が垂れただけなのに、頭を抱えしゃがみこんでしまった。な、情けない…。



(…だ、めだ、止まろう…)必要以上に怯えてしまっている。落ち着かなきゃ。とどまったわたしをみて、影がケタケタと笑う。誰だ…いや、ただの岩の影だ、落ち着け…。



理性と裏腹に、わたしは、小さいころ読んで震えた「”黒界クロノカイ”の錆男」の物語を、頭から追い出す作業に必死になっていた。



(む、かし…)

(こど、もの、頃…)


動悸が胸を締め上げる。色のない世界。空虚。空っぽ。灰色…。だめだ、だめだ。そっちは…



(、あれ、。むか、し)

(ど、こかで…)

(…色が消、え失せた…)

(恐ろし、いセカイを…)



締め上げる。暗い、黒い、闇が、灰が、漆黒が、無彩色が、虚ろな、空洞が。


(…視、た気、がする…)


戦慄わななきが音を立てて積みあがり、瞬く間にいびつで堅牢な”塔”に育った。全身から冷えきった汗が流れて落ちてぬかるみを作り出すようだった。

細切れの記憶が目の奥で瞬く。



*―いつの間にかちいさなわたしは彩神さまの祭壇にひとり、たっていた―*


*―色の洪水のはずの祭壇は―*


*――その時何故か”灰”に染まって、心に一切映らなかった―*



(こ、こは…?)



*――祭壇にはどこかで見たような色鮮やかな”駒”が捧げられていた。――*



めまぐるしく、どこかの祭壇の風景が消えては浮かび、浮かんでは消え、点滅のさ中、気づけばまるで怒鳴りながら扉を叩くような動悸だ。呼吸が、息が…。



震える体を支えきれず子どもみたいにうずくまる。だめだ、だめだ、あっちにいけ。。



わ、わ、わたしは、こ、こ。ここに、しごとで…。

やりとげな、きゃ。

*――わたしは、うまく舟を操縦出来ていると思っていた。 ――*



視界がぎゅぅと灰に狭まる。たすけ、て。だれ、か…。キィンと耳鳴り。セカイ中が凍った泥のように感じる。



――いつの間にか胸にさげた”小瓶”を紐が千切れそうなぐらい握りしめていた。

――この、瓶、は…。

凍てつく虚の世界のさ中。この”掌”だけは温かさが残っているように感じた。

心の奥底に、火花の塵のような”翠”が爆ぜる。



――この、瓶は…。

――”家”



そのほんの少しの灯を、握りしめ、握りしめ、助けを求めるかのように。



――わたしは、

そうだ。わたしは、

――この瓶にかけて



周囲はまるで泥の渦だった。 わたしは、 迫るような動悸の中、こらえてこらえて、薄目をあけ、闇の中、忌まわしい記憶の奥底、さらに奥。チカチカと眠る暖かな存在、包む盾。”灯たち”が視えた。



わたしは…

そうだ。わたしは…

――仕事、を完遂…

―――……しに、きたんだ。



目を凝らした。

どこかから、海の色、菜の花色、青翠。蒼い。碧い。。



――チカチカチカ…。

頭をなでるような、懐かしい光。


―――「”セカイ”を決めるのって、他の人じゃなくてね、自分なんだよ」

冷や汗のぬかるみの奥。目の奥、遠く遠い闇の向こう――




――碧い光が、視えた。



―――ねむれまよいご 月に星に…

―――16面鳥も 町長さんも、よいこも兄さんも



「…あ……」


道なき道を照らす、それは。


…そうだ、これは、



チカリ、ピカリ。光る、包む。 あの光をたどれば、そうだ。そうだ、そうだった。膝で這って転げるように、碧い光のもとまで走る。まるで心に太陽の光がさすようだ。あっちだ、あっちだ。。 夢中でつかみに行く。



――チロタが撒いてくれていた、碧く示すヤマセンドウの”道しるべ”だった。


三角錐の碧いしるべが進行方向を指すよう、 道の中でも若干高い位置の岩の上に、なるべく綺麗に、よく見えるよう…2つ並べて置いてあった。チロタはヘンな所が細かくて、丁寧だかガサツだかわからないような所がある。



(………チロタ)


しるべを手に取って、包んで、頬ずりしてしまった。目のあたりが熱くなって、水が出てきそうだったのでごしごし拭った。



光を眺めている間に、気づけばすっかり動悸はおさまっていた。



——振り返ったらなんてことはない、永遠に感じた沙や締め付けてくるようだった道のりは、たった、ほんの少し、一つ目の角にやっと着いただけの些細な、ちいさなものだった。



(…こんなで、一人で抜けてやるだとか言ってたなんて…)

恥ずかしい、あきれてしまう…。



角を曲がった奥に目を凝らすと、また遠くの方に、チカリ、ぽわりと碧いしるべが視えた。松明の角度を細かく変えながら、目を凝らして進む。



まるで碧い光から≪嬢、こっちだ!≫とチロタの声が聞こえてくるようだ。

次の角まですすむと、急に天井が下がってきた。チロタは頭をぶつけてないだろうか。


碧い光をたどる、まるで、よちよち歩きの、海渡ウミワタリのひなのように。



――言い聞かせて進む。



――今はこの”光”を、

――信じるんだ。




コォォォオ。風溜まりが木霊して、闇の奥底、蠢いていた。



 。゜

  +.

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 挿絵(By みてみん)

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