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*ミカダさんのあんまり不思議じゃない冒険*  作者: 植木まみすけ
*第二幕*
22/56

22話-「紅い蠅が視ていた」

挿絵(By みてみん)




 *.

挿絵(By みてみん)

 ****




 ―――チカチカチカ


 ここはどこだ。懐かしい光。暗闇を照らす翠の灯。暖かな親友。きっと責めてない光。


 ―――ギィギィギィコ…軋む音。


 これはなんだ?勝手な弾劾、過剰な糾弾。贖罪贖罪。誰が責める、自分が、わたしが。責める、さいなむ、勝手に。


 ―――チカチカチカ


 眼前に追ってくる、記憶の扉。ここはどこだ。これはなんだ、開けたくない。視たくない。助けて。誰か、誰か…。



 ―――チカチカチカ。チカ…チカ……チカチカ…チカ…。光が、爆ぜる、白く、灰に、闇に、弾ける。はじける…。



 *.

挿絵(By みてみん)



 ここはどこだ。


 小さなわたし、後ろに長い一本の三つ編みのわたし、11歳のわたし。ああ、そうだ、ここは、読み書きの学校、クムド島。どこかの他人たちの棲みつく島。



 海語うみがたり商工会の隣の敷地、ちいさなクムド島にはそぐわない立派な教室。天井まで高く麻羽根を編んだ三角屋根の風通しのいい建物。草の匂いにまじって、潮の香りが”教室”にも渡る。乾季は窓ごと外してしまうので、虫の音、鳥の唄も同居する中、カンカン照りの通りの向こう。冷たいモモ茶売りの「ポーーヌーー」という客寄せの笛が聴こえる。




 ――毎日、毎日。うんざりするほどの快晴だった。




 わたしは、ダイダイヤシ揺れる空色の海。海色の空の遠い水平線を横目に、放課後も、猛然と舟守の座学の本、実技のコツの本を読み漁り、毎日ノートに本を書きうつして勉強していた。同じ年代の子供たちが必要としてる、基礎の読み書きなんかとうの昔に卒業していた。



 男子生徒ABCが毎日の日課のように、勉強にいそしむわたしをからかいにきた。



 ―――じるばぁ~~。


 似てる。 おい、可哀想だからやめてやれよ。



 抜け作どもの声が響く。



 わたしは、気にせずノートに書きとりを続けた。今日は海図の読み取り方の本を丸ごと一冊写している途中だ。ノートは高い、1行だって紙を無駄にはしない。


 ――クムド島は、グース群島にしてはめずらしく、住人の性質が一様に陰湿で、観光地として開発している割に、閉鎖的な島だった。島長の人格が作ったヌケガラの島だ。腰につけてる革袋の紐をほどくと、翠色。癒しの光がチカリ、ゆっくりと瞬く。(……ありがとう)革袋をかるく撫でる。


 ジルバは学校で飛びだしてくると、わたしがどうしても反応して話してしまうので、最近はずっと隠れていてくれるのだ。



 *.

挿絵(By みてみん)



「わあーー。きれい!」ふいに前列から、女の子たちのわいたような声。

「お父さんが仕事で”葉国ようこく”にいってね」「お土産だって」嬉しそうに笑うふんわりとした編み込みの女の子。この子はわたしにも分け隔てなく話しかけてくれる子だった。



 ちらと横目で見ると、机の上、やけに彩度の高い、いくつかの美しい色が映っていた。


「それ。奉納した後遊べるやつか」男子がまざる。桔梗色。空色、青翠。薄紅。4つほどある小さな駒の色は全部違っていて、それぞれちいさな羽根が軸のところにあしらわれていた。海図の本に視線を戻しても、残像が目の裏に鮮やかに刻みこまれていて、煩かった。



 どうもグース群島の中央海域に浮かぶ王政の島。”葉国”の方で流行ってる供物用の飾り駒のようだった。彩神さまは寛大だ。祈りを捧げる時必要なことは、色彩への敬意だけで済む。この星の住人は皆、彩神さまの神話が大好きだった。



 俺も買ってもらおう。わたしも父さんに頼もうかなぁ。そんな雑音が山ほど聴こえてくる。さすがにうるさくて勉強に集中できず、わたしはそっと教室を離れた。



(”葉国”の流行りか…)



 ”教室”を出る時、必ず借りてた本を返さないといけないので、今日の勉強は中止になってしまった。迷惑だ。



(くだらないな…)


 *.

挿絵(By みてみん)

 ****


 しょうがないので港の親方に頼んで、今度は勉強した内容を、実践でおさらいさせて貰った。船舶実技の方だ。祝福の試練用の出場用の装備は高い。毎日港で遅くまで働いた。操舵法を習った時は、いったん給料を全額いただいた上で、その中から授業料を支払い直すようにしていた。なぁなぁでピンはねさせないためだ。



 すっかり藍に暮れた港、 親方がいう。

「そんなに必死にならなくったって、いいと思うんだがなぁ。」

「…………………… …… …… ……そうですか…? 」



 後ろの方からひそひそと聞こえる声、

 ―――賢い子は何考えてるか、わかんねぇなぁ…。

 ―――あの子は、裏通りで、いつも独り言を…。

 ―――まぁ、あそこの家は、ちょっと可哀想だったから…。



 気にしない、心無い噂、退屈そうなねずみどもの餌。わたしは全然気にしない。そんな時いつもわたしを救ってくれたこの呪文。お母さんがわたしに託した一つの光。



 ―――「”セカイ”を決めるのって、他の人じゃなくてね、自分なんだよ」




「ジルバ!おいで。」

 ―――チカチカチカ。暖かな真実。わたしには視えるもの。

「ジルバは光黄ごはんを食べて帰ろうね」



 帰り道、なるべく雑草が生えた道を選ぶ、”黄色”は土からも摂取出来る。道すがら、今日勉強して面白かった箇所の話、空がきれいだった話を聞いてもらう。



「今日は妙に雲の境界がはっきりしててね」「ちぎって食べれそうだったよ」


≪今度空に遊びにいこうよ≫

 チカチカと瞬いて笑ってくれる。つられて一緒になって笑う。



 さぁ、またがらんどうの家でノートを読みながら復習だ。1週間もすれば、この単元は終わる。終わらせたら、合間を縫って語学の勉強だ。語学は水上守みなさきもりからは必須単元だけど、舟守でも使えたらきっと差をつけることが出来る。船舶実技だけが得意で、語学や座学が、からきしな舟守が多いからだ。



 乱雑に水場の隅に積み上げられた、鉄製の大きな鍋。

「…水と干しパンでいいや。」



 ここ半年釜に火が入ることはなかった。調理技術は、バイト先で磨けばいい。わたしは本を片手に、味のないパンを食いちぎった。





 *.

挿絵(By みてみん)

 ゜+。



 ここはどこだ。


 何日か後、澱んだ空気の夕刻だった。わたしは、わたしは――



 ――いつの間にかどこかの狭い八角堂。彩神さまの祭壇にひとり、たっていた。



 色の洪水のはずの祭壇は、その時何故か灰に染まって、心に一切映らなかった。祭壇にはどこかで見たような色鮮やかな駒が捧げられていた。妙に彩度の高い、ぎらぎらとした駒だった。セカイは駒の色以外を消してしまっていた。



 ――床にひとつ、桔梗色のナニカが落ちていた。



 ジルバはどこにいったのだろう。色が消えうせた虚ろな世界を、ちいさなわたしひとり、動悸を抑えながら彷徨う。



 ギィ、板の軋む音。



 気づくと後ろに”ニンゲン”が立っていた。”男”に分類される、種族だった。

 ――「――――――。」



 何か言ってるみたいだけど、そこだけ耳が詰んだみたいに聴こえない。まるで記憶に封をしているようだった。



「――、――――――――。」

 わたしは後ろ手に何か持っているみたいだ。


「ち、違…」


 祭壇中が凍って外界から閉ざされてるように感じた。無意識に後ずさりしていた。”男”は島の住人じゃないようだった。気づけばすぐ眼前。脂を流したような影が覆う。



「―――――――?」



 闇をそのままニンゲンの形にくり抜いたみたいな”影”。この世の悪意そのものだった。わたしは、追い詰められて――。


≪ガタン!≫どこかからの物音。

 …わたしは瞬間、目に飛び込んだ祭壇の小さな木の椅子を足でさばいて―――。



 ――「――――――――…‼!!!」



 ”男”の脛をはじいて退路を作り、駆けだしていた。

 大声が追いかけてくる。早鐘のような動悸。わたしは違う、わたしじゃない。 わたしは何もしていない。逃げる、逃げだす。



 ――「こンのガキィ!!」



 島の住人じゃなかったとはいえ、軽率だったろうか?いや、わたしは自分の身を守った。護った。それだけだ。あのまま祭壇にいたらわたしは…。ひとり、町外れ、走る、駆ける。 後ろから追う大きな声。男の太い怒鳴る声。



 走る。走れ、ふいに目に飛び込む、枯れた水路の隙間、ちいさな抜け道、そうだ、相手は大人だ、体が入らない隙間を抜ければいい。こっちだ、右だ。こっちの道だ。 案の定だ。まいたみたいだ。



 わたしはそれでも力の限り駆け続けた。暮れる路地すり抜けながら。浜辺の砂と草、蹴散らしながら。駆ける。駆ける。まるでこのセカイにわたしが信じて安らげる場所など一辺の煉瓦分の敷地だって存在しないかのように、駆け続けた。



 ―――「”セカイ”を決めるのって、他の人じゃなくてね、自分なんだよ」


 違う、違う。わたしは、違う。信じて。わたしが”そんなこと”をするはずない。それは自分への裏切りだ。むしられたシャツの襟首を握りしめ、走る、空洞を見つめて。靴はいつの間にか片方脱げていた。



 ――夕闇にぶゆりと太った、紅い蠅のような月だった。

 ――形の崩れた月だけが、駆け続けるわたしを視ていた。



 ここはどこだ、これはなんだ。目の前が灰一色。見えない。視えない。大きな声、男の声が頭の中で鳴り響く。まだ近くにいるのか、逃げなきゃ。まいたのか。居たら。居ない。分からない。


 くるな、来るな、わたしの心から、でていけ、出ていけ、出て行って!…こないで、こわいこと、しないで。わたしは違う、 わたしは何もしていない、たすけて、息が…。



 わたしは、息が、出来ない。息が、助けて、たすけて。誰か、ジルバ、お母さん、お、母さん、誰か、ジル、バ、ジルバ…。わたしは、わたしは、違う。悪、くない、悪くな、い。おおきな、こえ。わからない、わか、らない。きこえな、い。たす、………




 *.

挿絵(By みてみん)

 。


 ゜+

 *.



 た…すけ…て








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