15話「トオイトオイ…あれっ!?」
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おーい、幕を少し引いてくれたまえ。そうそう、少しスポットも。
オーケーオーケー。
ネクタイは曲がってないかな?いけない、眼鏡が木片だらけだ、しまったズボンは寝間着じゃないか。……まぁいいか。
――さぁさぁ読者の皆々様。胸が急くような物語もやっと中盤。
頁をはぐるのはなかなか骨でしょう。 よくぞここまでいらっしゃっいました。よければ読者各位も、ボクが入れたお茶を飲んでいってくれるとうれしいですよ。
ボクはお茶を入れるのが、大してうまくもないけど、得意でね。大して高くもないお茶だけど、ほぅら、なかなかいい香りだ。
おっと、うっかりしていた。久しぶりの登場で、そもそもボクは読者各位に忘れ去られてるんだった。失敬失敬。
ボクは物語の端々にたまにでてくる語り部。序幕・序章・序曲・プロローグ。ほらほら、いかにもな感じの謎の”語り部”が出てきてたでしょう?
――どなたさま?だって?ええ~この自己紹介でも思い出せない?しょうがないな。困ったな。登場しなさすぎたなぁ。
――鬱陶しいからさっさと進めろ?……しょうがないな…”そこのキミ”にはあとで、ボクの方から400字詰め原稿用紙560枚の凄惨極まる呪いの手紙を。…いやいや、冗談、冗談ですよ。
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さてさて、やっと本題だ。
孤独な少女は、歯噛みし、低く呻いた。
――”信じる”って、きっと”視えない”ものなのに――
チカチカチカ…。少女が”信じた”光るナニカ。バジル…もとい”親友ジルバ”。他の人には視えないという…。これはあやふや?絶対?真実?
彼女は半分依怙地で、そして半分正解だ。三分の八思い込みで。宇宙一正しいともいえる。
真誠?真理。信念?なんだそれ。妄想、妄言。思い込み。事実が真理。そういう人からしてみたら、そうともいう。
正解?解答?先生答えは?なんだろうね?なんだろうな。ボクには分からない。だってこれを答えるのは”キミ”だから。
≪ あなたになら、この薬瓶を託せそう≫
≪トオイトオイ島のカシの木宛てです≫
――忘れちゃいけない、”視えてる”ような異国の少女。薬瓶の配達の依頼主。
≪道中…あなたは…たいそう…苦しむことになります≫
不思議な事に彼女の予言どおりになった行軍。耳の中に封じ込まれた報酬は何だろうね?さてさて。そろそろ二幕のはじまり。
舞台は、ついに目的の島。東の海域、朱の航路。トオイトオイ島。小さな体のいじっぱり舟守と、ひょんなことから同行することになった、大きな大きな体の元傭兵。
ちょっと前まで赤の他人。もともと大した因果もない。セカイは元々9999. 9割他人だらけ。しかししかし、どうしてどうして、大河の一滴。砂漠に花を。”キミ”には路傍の名もなき花を。縁というのはなかなか計り知れないものですよ?
…おっと。そうそう。幕が上がる前に読者各位に、もう一言。
――「わたしは大丈夫。」
いじっぱり舟守の口癖。――大丈夫。――大丈夫?”そこのキミ”はどうだ?「――大丈夫ですって!」
まぁまぁ そう怒らないでくれたまえ。 ”キミ”がそう思うからそうなんだろう、いい子だ。学校、勉強、仕事、取引、納期。雪でも出勤。なるほどそれは、大切なこと。
大丈夫なのに眠れない。頭の中で鳴り響く”わたしは別に悪くない”
そういう時は、ほんの4沙、砂時計4沙分…。
――おっと。4沙はこちらの世界で言うと、いわゆる”休憩”ぐらいの”ジカン”ことを差しますよ。用語辞典*1もたまにはチェックだ。テストに出ます。
空と一緒にあたたかいお茶でもどうかね?What a Wonderful World。「一杯の温かいお茶はセカイだって変える」ちなみにこれはボクの名言だ。テストに出します。
ゆっくり一杯、紅茶を飲む。星はいくつ見える?お気に入りのカップはどの子だろうか、ついでに入浴剤はいかがかな?天気がいい日はマットに暖かな空をひるがえし映そう。
よく見るといかにも頼りにしてほしそうな面々じゃないか。こいつらだけは頼ったっていいんだ。だってこれらは”キミ”なんだ。みんなみんな”キミ”の親友。あなたに優しいキミ。キミのそばにはあなたがついてる。
おっと…そうそう…ついでに、真黒に焦げたコカの実パンケーキはいかがかな?…いや……これは単にボクの失敗作なんだけどね。
さてさて紳士淑女、皆々様。ご着席願います。
どこかのセカイの舟守の少女、あんまり不思議じゃない冒険。再開再開。
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――*第二幕*――
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「大丈夫か。滑るなよ…」
「……………………………… 大丈夫です…!」
――厳重にジルバ号を舫った、朝もや深い、無人でうすら朽ちた船着き場を発ってから、5沙、いや8沙ぐらい経った頃だろうか。
幸い視界はすぐ晴れた。 わたしたちは、苔むした大きな岩を乗り越えながら、地球の動力部の大きな大きな管みたいな樹が林立する森を進んでいた。
はらり、落葉。常緑樹にまざる、山吹色の木々、不思議な色の木の葉がちらほら…。……しているらしかった。
今日は美しい曇り空。わたしたちは、旅の装備がパンパンに詰まった山みたいなザックをかろい、翠色のおおきなポンチョ姿のわたしの前には、焼けてボロボロになった穴あきマントを纏った、蛮族みたいな大男。少し下の岩からわたしの手を取ろうと待ち構えている。
森…そう、ここはどうやら森の中らしかった。
高い樹冠のてっぺんには、白鼠、絹鼠、真珠色の雲がちらり。ちゃんと見上げたら、さぞかし色とりどりの無彩色たちだろう。
「やっぱ岩んとこ、もうちょい北よりだったんじゃねぇかなぁ…。ほらほら滑るぞ」とっさに手と腰をかかえられ、わたしはすぐさま払いのけ、離れる。
「………違うと思った時点であなただけ道を外れてくださいよ…。」
「バカか!!!!」
「こんなちっこいの放っていけるか!」
怒号が森中に響き渡り、鳥たちが一斉にゴギャアゲゲゲみたいに鳴きながら飛び立っていった。
「…… ど、怒鳴らないでください…」
体も大きくて、何もかも大きいのに、さらに大きな声で怒鳴られると、混乱してしまうし、言ってる内容が把握出来なくなる…。
顔の横でやれやれめんどくせーなという感じの溜息が聞こえる。
「さっさと俺を正式に用心棒として雇ってくんねぇか…」
――…今、わたしの視界には手帳しか見えない。
「ちょっと地図見せてみ」
「………――――ちょっと黙っててくれますか」
わたしは、事前に、図書館や資料館で、綿密に地図を手帳に書き写して、休憩しやすい地点。崖になってて危ないチェックポイントなんかも書きこんで……。
ここは、船着き場からの、第一ポイント、休憩の予定が組まれている、錆ノ原貯塩湖…な、はずだった。森?森っていうと、こっち。もしかして彫洞の森なんだろうか…。
目印の岸岸岩を左手にした時、羅針盤は《《だいたい》》北だった、その角度のまま直進してきたから、間違いないはずなのに…。
「んーー。」「もし迷ったんだったら、引き返すと余計迷うからなぁ…」「………………… … …大丈夫です」
「一回森を抜けるか…?」
「……………… … … … “きっと”こっちです」
少しの間の後。
「……なぁ、あんた…」
「…………………… … こっちで……“当たって”ますから!!」
顔の横でどこかの蛮族が、ぽかんとしてるような空気を醸し出している。どうしてだろう…。
「…もしかして」
指で尺寸をとりながら、手帖とにらめっこしてるわたしの横顔を見ながら、乗組員Bじゃない、なんとかさん、じゃない、チロタとかいうぼろをまとった元傭兵は、顔いっぱいの笑顔で、
「…そんなに手帳に書きこんでるのに」
「…………――ほ――本当に黙っててくれますか…」
わたしの下調べは、完璧だった。
「はっは、その書きこみ、あんた。」
「…………――い。 …いえ、目印があれば、大丈夫ですから…」
「全部、方角わけわかんないで書きこんだんだな」
わっはっは。わっはっはっはっはっはまじかよ、うける、わっはっは。まじうける。わっはっはっは。大音響は、あっという間に森中に反響し、品のない笑い声の主が遠く近くにどんどん増える。わっはっは。はっは。まじか、はっは。はっは…うける…はっは…
――木霊が束になって大量にとどめを刺しにくる。
そうだった、―― わたしは、陸地だと、途端に方角のネジがはずれてしまう病気だった。
風きりりと吹き渡る島、地球の宝石箱みたいな島。トオイトオイ島の1日目。わたしは震える手を、見つからないよう、ポンチョの奥に引っ込めた。
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「グース群島用語辞典」
https://note.mu/rk666/n/n4b83daf1e038