01話-「ミカダさんの視えないトモダチ」
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「“セカイ”を決めるのは、誰だっけ!?」
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********序幕********
心ない人たちは、こう揶揄した。
―――「ミカダさんの家のお嬢さんは、おかしい」
視えないものを、信じるのは、たいそうしんどいことだ。しかし、個人的な意見を述べさせていただくと、視覚情報なんて判断材料にするには、あまりにも根拠がないものだね。
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――「わたしには、カシの木に、薬瓶を届ける、大きな任務があったのだ」――
――「しょうがなかった」――
強かった誰かさんは、小鳥のようにこう歌った。
―――「”セカイ”を決めるのって、他の人じゃなくてね、自分なんだよ」+*。
セカイ。世界。ワールド。ワイド。宇宙。地球。わからないな。なんでしょうね。セカイ。世界。もしかしたら、どこかのチコダヌキが棲んでる、あなぐらの中の話かもしれない。はっきりしているようで、非常にあやふやだ。
そもそも”セカイ”ってなんだろね?きっと誰もがわかっていて、誰にも分からないモノなのかもしれないね。
我々は分かりやすさに流され、分かりにくさに憤る「どこにも視えない」「分かるように言え」ごもっとも。世に「一般的」とされる皆々様は、まさにそんなカンジだ。困ったな。とても”セカイ”を説明出来る気がしないな。
どんなに長く生きてたところで、これは目に視えるものじゃないからだ。―――困ったな。なんとか”セカイ”をわかりやすくしなくてはね。
だってこれは序詩。賢明な読者を引っ張り込む、序幕・序章・序曲・プロローグ。【ボク】はたまに出てくる語り部。困ったな。これ以上、前口上が長くなると、読者各位が”頁”をはぐるのを投げてしまう。
そうだな、まずは”セカイ” ≒”場所”ってことにしようかね?そういうくくりからなら、まずは明快で明解に”頁”に導けるね。
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**とあるセカイのどこかのだれか**
*”舟守”の少女がおりました*
*お話の出発点は、赤道直下の南の群島*
**不思議なようで、普通の物語***
***
「困ります。」
わたしはへどが出そうになりながら、無表情で、伝票を突きつけた。乾季独特の湿度の低いからっとした南風が港のダイダイヤシ通りの中を、スーイと吹き抜けていく。ゴーンゴーン半島の入江のこと―――
―――わたしは、滔々と規約を読み上げ、まくし立てる仕事の真っ最中だった。
「…当日キャンセル:運賃の100%」
「…海語商工会の規約第17条5項キャンセル料についての取り決め」
「…こういった決まりがあるんですよ」
蝶々猿の下っ端みたいなおっさんは、汚い歯ぐきをむき出しながら、こうのたまう。
「いやね。まさかこんなボクちゃんが「舟守です」って「仕事です」とかって回されてくると思ってなかったからさ」
――またか。
「大切な積み荷を、こんなねぇ、細っこい…」
わたしは、バッヂ付きの免許を付きつけ
「別にキャンセル料をお支払いいただければいいだけですけど?」
わたしは、17歳にして、海語商工会から、銀波のバッヂを付与されるぐらいには、経験を積んだ、舟守だった。
今日も快晴。航海にはもってこいだ。
***
――わたしたちのこの”地球”は赤道付近にある”グース群島”を中心に無数の島々を抱えた、海中心の世界で、交通手段、主な連絡手段は舟だった。小さな移動は定期ボートで行う。中でも海の積み荷をつかさどる仕事。人命をつかさどる仕事は国家職として、一生優遇される。
”舟守”もその国家職の一つだ。
わたしの日常は、子供のころ志したようには、パッとはしなかった。ここ数年ニンゲンと話をしていて、笑ったり泣いたりしたことがないように思う。どうってことない話に合わせて表情をあれこれ変えるのが、もうめんどくさかった。
――しかし、わたしには、”宝物”の”トモダチ”がいた。――
ザアア、ザアア。夕日が舟に映る、風を受けて、波をざんざと切り刻んで、山吹色に、茜色に。美しいわたしの”ジルバ号”
帆で風を操りながら、さっきの猿山の下っ端Aの積み荷を運ぶ。正直海に投げ込んでやりたい。しかしそれは自分の誇りに泥を塗る行為だ。ちゃんと届けよう…。
蒸し暑い船室に風を通し、干しパンをかじる。わたしは、ポケットの瓶から”光黄”のストックをつまんで”トモダチ”にどうぞ、と渡す。
わたしの手からふわっと黄色い光が飛んで、”トモダチ”は翠に大きく光る。「おいしい」そうだ。心洗われる一緒の食事。
「…ねぇ、ジルバ…」
チカチカチカ。またたく光。翠の光。
(わたし、本当に男だったらよかったよね)
言いかけて、飲みこんだ。同意を求めたところで何もならない。慰めを誘導したいだけの台詞だからだ。ジルバは勝手に察して「そのまんまがいいよ」みたいに、海の色でチカチカと3回またたいて、ふんわりとわたしを包む。
これはもしかしたら地球50個分以上に相当する心の財産なんじゃないかと思う。心の奥に瞬く、小さくて大きい、翠の地球。ジルバは、わたしの舟を守る象徴であり、相棒であり、親友であり、家族だった。お母さんが亡くなってから特にわたしの家族でいてくれたように思う。
誇らしい存在。わたしはこの存在を、ほんとうは広く知ってほしかった。しかし、誰かにジルバの話をする時の冒頭は、決まってこうだ。
「信じてもらえるかどうかわからないけど」
――これには理由があった。
ジルバには、見てわかる「カタチ」がなかった。確かに誇らしい親友なのに、わかりやすい”カタチ”がなかった。他の人には視る事の出来ない。チカチカと瞬いてる、小さな翠の光だった。
ジルバは母が育てていた「バジル」という植物から生まれたしずくで。子供のころ、いつの間にかわたしの周りをうろちょろするようになり、飛び回って友達になってくれた。
名前はバジルから生まれたから、ジルバ。単純だ。
視た感じは、違う世界の物語のナニカにたとえると。”ティンカーベル”とかいうヤツが地味になったような感じだ。羽なんかもついてない、光だけ。ジルバは喋らない、基本的に何もしない。周囲を飛び回って点滅するだけ。いつもわたしの腰につけてる革袋におさまって眠る。
たまに怪我も治したりするけど、存在そのものがわたしの癒しなので、役に立つ立たないはどうだっていい。他の人には視ることの出来ない。包み込む癒やしの光。
わたしは、いつしか、うっかり漏らす以外は、この親友の話をしないようになっていった。だってわたしが信じていればいいだけだからだ。
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ヌヌ島には3日でついた。港に舟を舫い。わたしは、舟守のニッカボッカの裾を小さくつまみ、正式な会釈をし、
「ゴーンゴーン岬のポック・ポオさまからの小包を預かってまいりました」
「ご確認ください」
周りにはなぜか人だかりが出来ていた。船乗りの若い男どもが、やいのやいのとわたしをかこってはやし立てる。
船乗りA「あの子知ってる、ちょっと前、海の贈り物誌に載ってた」
船乗りA 「最年少で祝福の試練抜けた子だよ」
船乗りB「へぇーちっこいなぁ。」
船乗りC 「こんな若い女の子が、試練抜けて舟守ねぇ」
船乗りC 「ちっと色気が足りねぇな」
船乗りB「俺は、これ、抱けるね…へへ」
船乗りD「俺の舟で働かねぇか?」
船乗りC 「名前なんていうの」
船乗りD 「っていうか、今晩どう?」
わたしは、背中に背負ってる「櫂」を素早く上品に美しく構え、ABCDどもの眼球の2mm先にピッっと寸止めし、
「失礼致します」
とぶっきらぼうに伝えた。表情筋を動かすのがめんどくさい。今回も仕事は、つつがなく終えることができた。
***
わたしの人生にとって、母とジルバ以外は、すべて”その他大勢”で、男どもの名前は全部アルファベットでいい。
たまにしつこく言い寄ってくる人もいたし、求婚されたりもしたけど、わたしにとって、”男”というくくりはかたくなに、”その他大勢”だった。どうだっていい。わたしの人生にかかわりのない種族。
チカチカチカ…。
帰りの航路で、ジルバが飛びまわって何故か励ましてくれる。「元気を出して」と海の色に光りながら、わたしのまわりをくるくると旋回する。
「…ジルバ」
「別にわたし、落ちこんだりしてないよ?」
チカチカチカ。わたしの優しい親友。わたしだけの宝物。わたしは、黒紅色の暗い瞳をもたげ、海を走らせながら水と干しパンをかじった。ジルバがニンゲンと同じようにあったかい食事を食べることが出来たら、もうちょっと食事の支度も張りきるのにな、なんてことをぼんやりとめぐらせながら。
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――さて、少しはここはどこで、どういう”セカイ”ってちょっとは分かりやすくなっただろうか?
この”恒刊星の書”の、賢明で聡明、清明で明解な読者各位はもう、なんとなく感づいてることと思う。
彼女は、数ヶ月後、この”トモダチ”を失う事になる。
――ん?可哀相?そんなら頁を繰りたくない?
まぁまぁまぁまぁ。そういわず。大丈夫、とろける(?)よう?な(?)ロマンスも、ご用意しております。だってこの物語は、ハッピーエンドの大団円。
さぁさぁ皆さんご着席。
ん…?【ボク】が誰かって?それはおいおいごろうじろ。
――さあ、物語がはじまる。――
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はじめまして。植木まみすけと申します。普段はイラストや漫画を描いています。文章では、少し不思議な、あんまり不思議じゃない物語をよく書いています。文もポリシーを持って読み易く面白く書いていますよ!どうぞよろしくお願いいたします。
造語が多い物語ですので、本編と並行して用語辞典を書いています。こちらに挿絵付で別サイトで続けてある目次も一緒に載せてます。
*グース群島用語辞典*https://note.mu/rk666/n/n4b83daf1e038