心の異世界
「駄目だ! 主人公よ! 今そっちに行くんじゃあない――トラックが迫っている!」
作者の心の叫びによって、コンビニ帰りの主人公の足が止まった。
「どのような形でも彼を異世界に向かわせなければ、貴様は未来永劫苦しむだけなのだ! それが何故わからん!」
もう一人の自分という忌々しい存在が主人公を歩かせようとする。
「嫌なんだッ! ようやく気づけたんだ! 俺は心の底では嫌だったのだ。
現実に生きている人間を理想郷に放逐させるような残酷な事はしたくない!
理由なく力を授けるような無責任な事もしたくない!
不自然な持ち上げで彼の正当な努力をふいにしたくない……多数の女性に好意を持たれる等、不自然だ! 以ての外だ!
彼の積み上げてきた人生を――無かった事に――するわけには……行かないんだ!!」
道路の上を、主人公が引っ張りだこの人形のように行ったり来たりし始めた。
「身も蓋もない事を言いやがって! お前のような、心の痛みを忘れるための空想一つ書けないような人間は、もう終わりだ。精々、死ぬまで苦しみ足掻き続けるが良い!」
寸でのところでトラックが主人公の体を掠める――彼は終に轢かれなかった。
「ああ、よかった――これでよかったんだ」
顔にぴちゃり、と何かが張り付いた。
主人公が自らの意思で、自分に唾を吐きかけたのだ。
「――余計な事をしやがって」
そう一言だけ呟やくと、主人公は二台目のトラックにあっさりと身を投げ出して――その場から消滅した。
「駄目なんだよ……それは駄目なんだ……。
君は僕じゃないから……異世界でどう活躍しても――最後に戻ってくるのは絶対に此処なんだよ……」
果たして、いつか彼がコンビ二から自宅に帰る日は来るのだろうか?
それともトラックに轢かれ続けるのだろうか?
君と僕、一体どっちが正しいのだろう。
どっちも間違っているのかもしれない。
それでも――僕はもういいんだ。コンビニから帰ることが出来たのだから。
そして、もうトラックを見る事も無いだろう。