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健太は町内会館の前の広場に穴を掘っていた。ロボットを作り始めてから五日目の午後だった。首にかけたタオルは健太の汗を吸って重く悪臭を放つようになっていた。深さ五十センチの穴を二つ掘らなければならない。藁縄で竹を縛って作った円柱を、掘った穴に入れてロボットが倒れないように安定させるのだ。円柱の直径は一メートル近い。その円柱はロボットの足となるのと同時に、その円柱の一部はロボットの肩の高さまで伸び、胴体やロボットが地面と水平に伸ばす両腕、そして頭の部分を支える土台となる。
この作業に行き着くまでに、健太は十六本の竹を三メートル五十センチの長さに切った。一メートル五十センチの長さの竹はそれ以上の数を用意した。この長さの違う二つの竹を使って凸型の円柱を作るのだ。凸の下部分がロボットの足の部分となり、飛び出た部分を支柱として、胴体、そして両腕を作っていく。健太が掘っている穴は、ロボットが倒れないようにするための基礎となる部分だった。直径一メートル、深さ五十センチの穴を二つ掘るというのは思ったよりも大変であった。スコップを土深くに沈めようとしても、埋まっていた石がそれを阻む。健太の顔に溢れた汗は、スコップを地面に突き刺すと同時に黒い土へと落ちていく。
恵子は竹の円柱の突き出た部分に藁縄を巻いている。この円柱が崩れたらロボット全体が崩れるのだ。円柱は骨格の役割をしている。
やっと穴が掘り終わった。健太と恵子は円柱を二人で持ってその穴の中に沈めた。円柱の下、五十センチの場所に付けておいた目印が、計算通りの場所に来なかった。
「健太君、これを入れる時に側面の土が崩れちゃって少し高くなったみたい。もう少し深く掘らないと」と恵子は地面と円柱の目印を見比べながら言った。仕方がないので、また穴からその円柱を引き上げる。円柱は重い。おそらく健太の体重を軽く超えているようで、健太でも円柱を抱えて持ち上げることが精一杯だ。健太と恵子が力を合わせてなんとか移動させることができる。試行錯誤が続いた。
「左の方と右の、高さがまだ合ってないね。あと、若干斜めになってる」と恵子が少し離れた場所から円柱を眺めていった。健太も手を離して円柱が倒れないことを確認してから、恵子の立っている場所に移動をした。恵子の言った通りだった。右の円柱が気持ち高いし外側に傾いている。が、気にする程の差異ではないような気がした。
「誤差の範囲なんじゃないかな? 細かすぎない?」高さや角度を調節するためには、円柱を穴から引き上げ、また土を掘り返さねばならない。
「誤差って? 健太君、めんどくさがってない?」
「いや、そんなことはないけど、また高さを調節するのって大変だなと思っただけだよ」
「それを言ったら、これを作ることがそもそも大変なことだよね? さっきから健太君は嫌々やってるって顔をしてるよ」
恵子の言っていることは間違っていなかった。図星だった。
「俺はもともと、そういう顔なの」
「そういう話ではないと思う」
「じゃあ、どういう話?」
「ちゃんとやろうよって話」
「ちゃんとやってるじゃん」自分で思っていたよりも声は大きく響いた。
健太の言葉を聞いて、恵子は一度軽く息を吸った。そして、それを大きく肺から吐き出した。
「今日はもう帰るね」と恵子は言って町内会館に置いていた荷物を持ってさっさと帰ってしまった。健太も、一人ではどうしようもなかったので、町内会館の縁側の窓を閉め、そのまま家に帰った。
次の日の朝、健太はいつもより遅く町内会館に行った。健太が町内会館に着いた時、恵子は縁側に腰を掛けて空を見ていた。青空の中に一塊の雲があった。
「おはよう」
「健太君おはよう。もう来ないんじゃ無いかと思ってた」
「そんなわけないじゃん」と健太は恵子の言葉を否定したが、その弁解の言葉は空しく蝉の鳴き声の中に消えていった。
「明日、陸上部の県大会があるの」と恵子は言った。
「陸上、辞めたんじゃないんだっけ?」
「うん。辞めた」
「じゃあ関係ないじゃん。応援でも行くの?」
「行かない。もう関係ないし」
「じゃあなんなの?」
「一生懸命やることには変わりはないと思うんだ」と恵子は言った。恵子は再び空に漂う雲を眺める。延々と鳴きつづけていた蝉が一斉に鳴くのを止めた。奇妙な一瞬の静寂があった。
「陸上部の活動とこのロボットはずいぶんと違うと思うけれど」と健太は答えた。
「健太君には分からないと思う」と恵子は言った。感情がこもっていない平たい声だった。しかし、それゆえに吉崎は本音を話しているのではないかと健太は思った。
「もう少し私が頑張れたら、私は明日の県大会に出ていたかもしれない」
「辞めたこと、後悔してる?」
「していないと言えば嘘になるかも」
「このロボット、灯祭までには作れるだろうから、明日は陸上部の応援行けば? それに、明日は土曜日だから老人会が町内会館に集まって来るし。縁側とかで休憩しにくいじゃん」
「行かないよ。行かないほうがいい気がする。明日もやろうよ」
「そっか。良く分からないけれど、吉崎がそれでいいならそれでいいよ」
「ありがとう」
「いや、どうせ俺は暇だからな」
「そういうことじゃなくて、正直に良く分からないって言ってくれたことに、ありがとうって言ったの。健太君が簡単に私の気持ちを分かったらそれはそれで嫌だから」
「それ、少し酷くね? まぁ、吉崎が青春してるってことは分かったよ。まぁ、このロボット作りも青春ってやつなんだろうな」
「たぶんそれも違うと思う。ロボット作ってそれを青春って呼ぶのは、男子だけだと思うし」
「吉崎には分からないよ」
「それは分からなくてもいいかな。あと、昨日はごめん。態度悪かったね」と恵子は立ち上がって頭を下げる。健太は、恵子らしいと思った。
「いや、俺の方こそごめん。ロボット、ちゃんと作ろうな」
健太と恵子は円柱を穴から引きずり出した。そして、また健太が穴を掘り、穴の直径を広げた。円柱を穴に入れる際に、穴の側面が崩れないようにスコップを押し当てて土を固めた。円柱が斜めにならないように、深さ五十センチの所で穴の底を水平にした。左の穴には恵子が入って底を踏み固め、右の穴には健太が入って底を踏み固めた。
「やっと、高さ揃ったね。垂直だし」と恵子が言ったのは、その日の夕方近くだった。高さ三メートルまで伸びる円柱の影は長かった。
「完成してないけど、完成した気分だ」と健太は言った。
「その気持ち、凄く分かる」と恵子も答えた。




