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 次の日も暑い日だった。健太は、竹藪に入っても大丈夫なように、厚手の長袖に長ズボン。そして帽子を被っていた。真夏にこの格好は暑苦しかった。朝の十時前でこの暑さだということに、健太は気が滅入った。

 健太が町内会館に到着した時、恵子は縁側に座っていた。昨日と同じ麦わら帽子を被っていたが、昨日のワンピースとは打って変わって、紫色の割烹着を着ていた。敷石に置かれているのは黒の長靴だった。


「おはよう」


「おはよう。本格的な格好だね」と健太は言った。


「うん。おばあちゃんが、竹藪に入るならこれ着ていけってしつこく言うからさ」と恵子は俯いて言った。自分が非常にダサい格好をしているという自覚があるようだった。健太は恵子の今日の格好について何も言わないことにした。


「それで、政さんは道具を持って来てくれたのかな?」


「玄関の所に置いてあった。健太君も見た方が良いと思う」

 玄関には乱雑にいろいろな物が置いてあった。健太の目を引いたのは大きな道具箱だった。道具箱の上には墨で灯祭用と書かれていた。箱を開けた健太は道具の種類に圧倒された。竹が材料なのだから、ノコギリとか鉈がある程度であろうと思っていた。だが、予想に反して、分差し、竹を均等に割っていくための竹割り器、(のみ)の数も刃の太さが違うのが十本あった。何に使うのか健太には分からない道具が幾つもある。藁紐も二巻ほど置いてある。また、コンクリートブロックが二つ置いてあった。恐らくそこに竹を乗せてノコギリで切り、長さを整えろということなのだろう。


「本格的過ぎない?」と健太は鉈を手に取りながら言った。鉈は、古い物ではあるようだが、丁寧に手入れされていた。


「私もそう思った」


 健太と恵子は、机の上に巻物を広げた。恵子は持参したノートを見ながら「まだ最初の部分だけしか分からないけど」と前置きをして、健太に巻物に書かれている内容を説明し始める。重要なことはまず、胸高直径が十一センチの竹が材料になるということだった。


「まずは竹の伐採から始めよう」と健太は言った。だが、竹の伐採は健太が思っていたよりも捗らなかった。胸高直径が十一センチの竹が見つからないのだ。竹藪の中は、竹以外の雑草は背が低く竹藪の中を動き回ることに苦労はない。しかし、実際に分差しで竹の直径を測ってみると、多くの竹の胸高直径が十三センチを越えていた。やっと胸高直径が十一センチの竹を竹藪の真ん中あたりで見つけた。直径が十一センチと十三センチ、分差しで測ってみると明らかに違うが、健太の目で見た限りでは気持ち太いかな、という程度だった。誤差の範囲のように思えた。


「吉崎、竹の太さって重要なのか? この竹藪に直径十一センチのは少ないぞ」と健太は言った。恵子は少し考えてから「多少太さが違っても、影響はないと思う」と答えた。

 竹の直径にはあまりこだわらないという方針に決まった。


 そしていざ、竹を伐採しようとするが、鉈では竹は切れなかった。鉈で直径十三センチの竹の桿を一刀両断することは出来なかった。そして、健太の技量では、何度も同じ場所に鉈の刃を入れることができなかった。竹藪は静かだった。蝉が存在しない夏のようであった。鉈と竹の桿がぶつかり合う音がやけに響く。健太は竹取物語を思い出した。健太が連続して鉈を竹に入れた時に響く音は、竹の悲鳴のようでもあり、赤ん坊の泣き声のようでもあった。竹取の翁が、かぐや姫を竹の中から見つけるという突飛な話は、実は自然な話の筋だったと健太は気付いた。竹取物語もSF(サイエンスフィクション)のような話であるが、そうでも無かったのかも知れないと健太は思った。そして、今自分が原始的な行為をしていることからして、ロボット製作もSF(サイエンスフィクション)の類ではない気がしてきた。


「ノコギリでやるわ」と健太は道具を変えた。ノコギリを引くたびに竹を切断していくことは出来たが、竹をどこまで切断すればいいのかが健太には分からなかった。全てを切断すれば竹が倒れるのは道理だ。だが、竹が自分の方に倒れてくるのではないかと思うと、いつでも倒れてくる竹を避けられるようにと腰が引ける。腰が引けているから、竹の稈を半分切断したあたりから、ノコギリの刃は進んで行かなくなる。


「健太君が切っている間、私が竹を反対側へ押しているね。そうすれば、健太君の方には倒れて来ないと思う」と健太の様子を見ていた恵子が加勢をした。

 健太はノコギリを引いていく。やっと竹が切断できた。だが、切った竹の笹が隣の竹の笹にひっかかり、地面に倒れなかった。切断された竹が隣の竹に寄りかかってしまったのだった。健太と恵子は寄りかかった竹を左右に何度も揺らして、竹はやっと地面に落とした。自らの重量で(しな)った竹は、かつて地球上を跋扈していたブラキオザウルスが死に、その長い首が地面に首の根元から順に頭までずどんと落ちたようだった。


「やっと一本か」と健太はほっとしながら言ったが、「要領掴めば、早いと思うよ」と恵子は楽天的だった。恵子の着ている紫色の割烹着と軍手が、なんだかさまになったように健太には思えてくる。

 竹を切り倒す作業を協力してやった後、それぞれが鉈を使って笹を落とした。

 竹五本を切り倒して笹を落としたら、昼を回っていた。


「お昼にしようか」と恵子が言った。健太は昼ご飯を持ってきていなかった。


「そうだろうと思って、健太君の分も持って来たよ」

 二人は、縁側に腰掛けて昼ご飯を食べた。健太と恵子の間には漆で塗られた重箱が置かれる。恵子は台所の勝手も分かっているらしく、お茶も淹れてくれた。おにぎりは高菜だった。胡麻の香りが食べたときに健太の口に広がる。


「健太君は、竹を切り揃えてもらっていいかな。私は、健太君が切ってくれた竹の桿に(のみ)で穴を開ける作業をするよ。節ごとに一個穴を開けるんだって」とおにぎりの重箱の横に恵子はノートを開く。几帳面な文字だった。巻物に書かれたいた内容を読める文字にして書き写したようだ。長さごとに必要な竹の本数が書かれていた。長さの単位もセンチとメートルの単位に変換してある。ノートの隅のほうに掛け算をした跡が残っていたので、分かり易いように長さの単位を変換してきてくれたのであろう。


「どうして、穴を開けるんだろうね」と健太はおにぎりを食べながら言った。


「分からない。最初は、その開けた穴に縄を通すのかと思ったのだけど、工程を見る限り、そういうわけでも無いみたいなの。でも、不可忘(わするべからず)だって」と恵子はノートを健太に見せる。恵子なりに重要だと思ったのだろう。鉛筆で『不可忘』と書かれ、その文字は目立つように赤丸で囲まれていた。学校で先生が「これはテストに出るからな」と言った個所みたいだった。


「出た、漢文。返り点とかないのに良く読めたね」


「これは基本だと思う。『初心忘るべからず』って、漢文の教科書の例文になかった?」


「そうだっけ? その言葉は知ってたけどね。ところで、吉崎は、鑿とか使えるの? 俺がやってもいいけど」と健太は言った。巻物に書かれていたことを丁寧にノートに書き出していくのに数時間はかかっただろう。昼ご飯のおにぎりも、恵子が作ったのかは聞いていないがご馳走になったことは確かだ。男らしく働かねばならないと思った。


「大丈夫だと思う。この丸鑿を金槌で叩いて突き通すだけで良いだろうし」と、恵子は実際に丸鑿を左手で持ち、右手を金槌に見立てて軽く丸鑿の柄頭を叩いた。

 昼食後、健太は竹を切断する作業を恵子との打ち合わせどおり行った。棹高二十メートルはある竹であったが、切ってみるとまだロボットを作るのにはまだまだ竹の量が足りないと分かった。

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