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 健太と恵子は、この巻物が何であるか分からなかったが、これが何なのか知ってそうな人が町内会館には沢山いた。だが、老人たちは職人気質な人が多いためか、さきほどまで暢気に雑談をしていた雰囲気が一変して、黙々と作業をしている。そして、提灯から古い障子紙を剥がす人、糊を塗って新しい障子紙を貼る人と、いつのまにか分業体制が成立していて、淡々と灯祭への準備が進められていた。


「どうする?」と健太は恵子に聞いた。老人たちの誰かに声を掛けるのは躊躇われた。健太には分からない秘密の儀式を老人たちがおこなっているようだった。障子紙を破き、こびり付いた紙をヤスリで落とす。提灯の縦の竹骨に篦で糊を塗り、少しだけ提灯を回転させてまた別の竹骨に篦を滑らす。単純に見える作業であるが、健太は中学の時にその難しさを知った。そして、その作業は恐ろしいほど複雑化し、想像もつかないほどの奥行きがあるものを単純に見せているだけに過ぎない。健太には得体の知れないものだった。


「どうするって、どうしよう。お母さん呼んでこようか?」と縁側で立ちすくんでいる恵子が言った。健太の母の姿も部屋には見えなかった。きっと台所にいるのであろう。


「お前等、それ作ってみろ。灯祭には間に合わせろよ」と畳の上で作業をしている老人の一人が唐突に言った。健太はその老人の名前を知っていた。政さん、と呼ばれている町内会の大御所、つまり、町内会のラスボスである。彼を倒す手段は、ゲームのボスのように覇者の剣など特別な武器を手に入れることではなく、ただ寿命を待つだけしかないように思われる。もちろん健太には倒すつもりなどさらさらないのだけれど。


 政さんの言葉で、作業をしていた他の老人たちは作業を止め、健太たちを見つめた。感情があるのかないのか分からない瞳であった。健太は確信した。提灯を運びながら老人たちの視線を感じていたのは、自意識の過剰ではなかったのだと。提灯を倉庫から縁側へと運び出している自分を、老人たちは観察していたのだ。


「作るってこれをですか?」と恵子は政さんに尋ねた。恵子に中学の時から既に備わっている気真面目さがそうさせたのであろうが、恵子は勇気があると健太は素直に思った。健太は恐くてそんな質問を真っ直ぐ政さんの目を見ながら出来ない。政さんはいつも眉間に皺が寄っているような人だ。


「そうだ。必要な道具は後で持って来てやる」と政さんは答えた。そして政さんの視線はまた提灯に戻った。話はこれで終わりだ、と言っているようであった。そして、他の老人たちも各々の作業へと戻る。まるで町内会の会議の議事が進行がして、これを健太と恵子が作ることが決定してしまったかのようであった。


「これは何ですか?」と恵子はさらに質問したが、「作れば分かる」と政さんは作業をしながら言っただけだった。取り付く島もない様子だった。政さんのその態度、そして周囲の老人たちの様子を伺った恵子は、諦めたように大きく息を吐いた。


「どうする? これ?」と恵子は健太に少し困ったように尋ねる。作るか作らないかを問うているのか、どうやって作るかを尋ねているのか、どちらか健太には分からなかった。とりあえず健太は、その巻物を踏まないように縁側を跨ぎ、踏石に脱ぎ散らかしていたサンダルを履いた。健太は恵子の横に立って巻物を眺めるが、正面から見ても、巻物に書かれている文字は読むことができなかった。

 健太と恵子は、縁側に広げた巻物を腰を曲げて足を動かしながら眺めていく。右から左へと移動しながら丁寧に巻物を一通り見た。健太が気付いたことは、図が書いてある右上に漢数字が書いてあり、どうやらそれが作成の順番を示しているようだった。


「ねぇ、これ材料じゃないかな? 材料は竹? 長さがいろいろあるし、切ったりする必要がありそうだけど」


「ロボットって、材料、金属じゃないんだ」

 健太は、恵子の垂れ下がった髪を意識しながらも恵子が指し示している場所を見る。確かに、材料、そして竹と書かれている。竹なら、町内会館の裏側に竹藪がある。裏の竹藪も町内会の所有地だ。節度さえ守れば春に筍掘りを自由にしても良い場所だった。以前行われていた町内会主催の筍掘りに、健太は小学校の時に参加したことがあった。たしか主催者は政さんの奥さんであったような気がする。筍掘りの活動も、政さんの奥さんが亡くなってから開催されなくなったようではあったが。

 健太は平仮名らしき文字はまったく読めないが、漢字は判読できるものがあることに気付いた。

「これは穴を掘れ、ってことだよな?」


「そうだと思う。御神輿のようにみんなで動かしたりするものではないみたいだね。これは、十番で作ったのをその穴に立てろってことじゃないかな?」


「良く分かるね」と健太は感心をした。健太もプラモデルを、付属の設計図を見ながら作ったりした経験はあるが、その設計図はこの巻物よりも分かりやすかった。そして、少なくとも平易な日本語でそれは書かれていた。


「何となくだけどね」恵子は少し照れたように笑った。


「でも、穴ってどこに掘るんだろう? 幅は六メートルくらいかな? これを作れる場所って限られるよな?」

 設計図に書かれているロボットは、人間が両手を水平に伸ばしたような格好をしているように見える。


「うん。私の家の庭では無理かな」


「俺の家も嫌だ。それに、竹はきっと、あそこから取るしかないだろうし、町内会館から離れた場所だと材料運ぶだけでも大変じゃね」と健太は提灯が保管されていた倉庫の裏の竹藪を指差した。


「それだったら、町内会館のそこの敷地が一番楽だよね。でも、作るにしてもいいのかな?」と町内会館前にある広場に二人の意識は向かう。詰めれば小型トラックが二十台は駐車することができるスペースのあるこの広場なら都合が良い。春から広場に伸びた雑草も、誰かが灯祭に向けて綺麗に抜いてくれたようだった。砂利が敷かれている訳でも無く、草もはえていない剥き出しの土。穴を掘るには都合が良い。しかし、再来週の灯祭でその広場は、出発地点として使われるはずだ。灯祭に参加する人がここで提灯を配られ、そして火を灯し、町を練り歩く。それに、灯祭までに作れと政さんは言った。こんなでかい竹製のロボットが広場にあったら、灯祭の運営上の邪魔になるように思える。


「聞いてみるしかないか」と健太は言った。健太としては、このロボットらしき物に興味を惹かれる。古い巻物に細い筆で書かれた平面的なロボットではなく、実際に作ってみたいという衝動に駆られる。実際に見てみたい。しかしその反面、あまり老人会と関わりたくは無かった。


「そうだね」と恵子が健太の言葉に同意した。


「ねぇ」と健太は口を開いた。恵子もこのロボットを作ることに前向きなようではある。だが、どうして前向きなのかが健太には分からなかった。


「これを作るとして、灯祭までに作るのなら、来週の土曜日だけでは時間が足りないと思うんだけど、部活はいいの?」と健太は言った。自分なりに言葉を選んで言ったつもりだ。


「それは大丈夫。部活辞めたから」


「そっか」と健太は言った。恵子は中学で陸上部だった。短距離の選手として県の大会に出場して決勝近くまで行っていたような気がした。高校でも陸上部に入ったと誰からか聞いたような気がする。


「俺も、大丈夫。どうせやることないし。じゃあ、広場に作って良いか訊いてみる?」と健太は言った。健太は恵子に訊いているようで訊いていない。


「訊くまでもなく、作るべき場所が最後辺りに記してあるだろう」と、政さんの大きな声が縁側を越えて響いて来た。やはり健太と恵子の会話を聞いていたらしい。健太は出来れば自分から話しかけなくても、老人たちがこのロボットに関することを教えてくれることを期待していた。そういう意味で、健太は縁側で、畳の上にいる老人たちにも聞こえる声量で恵子と話をしていた。


 恵子は肩をすくめて、そそくさと巻物に移動した。そして、健太と恵子はその該当個所を探した。そしてそれは簡単に見つかった。この人形は、町内会館前の広場で作りなさいという旨が書かれていた。文字は小さいが墨の色が他とは違い、後から追記されたようであった。


「材料も場所もあるっと。道具は政さんが持って来てくれるってことだから、今日の所はやれることって

他にある?」


「無いと思う」


「じゃあ、あれかな。提灯作りを俺はこれから手伝えば良いのかな?」と健太は言った。恵子に訊いているようで恵子には訊いていない。恵子は少しあきれ顔をしていた。


「それを作るんだったら提灯作りの手伝いは要らん。汁物の手伝いも要らん。今日の夜には道具は運んで来ておいてやる」と政さんの声が再び響いた。政さんの中で、どうやら健太と恵子は、このロボットの制作要員として完全に認定されてしまったようだ。だが、提灯の障子紙を貼り替える手伝いをしなくて良いというのは健太にとって喜ばしいことだ。


「じゃあ、今日のところは帰ろうかな」


「そうだね。すみません。この巻物、家に持って帰っていいですか?」と恵子が老人会の面々に向かって言った。政さんが黙って首を縦に振った。それを確認した恵子は巻物を左から巻き始める。

 健太と恵子は、母親に申し伝え、老人会に挨拶をしてから町内会館を後にした。恵子は、木箱を抱えている。


「帰り道こっちだっけ?」と健太は恵子に聞いた。健太の家と恵子の家は別方向だった。


「この巻物の読めない部分が気になるから。まだ図書館開いているし」恵子らしいと健太は思った。


「手伝う?」


「大丈夫。読めないのは平仮名がほとんどだし、昔の手書きの平仮名と現代の、対応表みたいなのを探すだけだし」


「そんなのが書かれた本あるの?」


「分からない。載っているとしたら書道の本だと思う」


「なるほどね。それなら俺も手伝えそうだけど?」


「一人で大丈夫だよ。図書館は友達が勉強していたりするかも知れないから。二人でいて、誤解されたら嫌だし」と恵子は言った。


「それもそうだな。じゃあ、明日十時くらい集合?」


「うん」と恵子は言った。


「灯祭の手伝いに来たんだったよな、俺たち」


「なんか変だよね」と恵子は笑っていた。


「じゃあ、俺はこっちだから」と健太は言った。


「また明日」と恵子と別れた。

 数歩歩いたところで、恵子が健太を呼び止めた。


「健太君、明日はたぶん、裏の竹林に入ることになると思うよ」と恵子が言った。


「分かってる」と健太は少しだけ振り向いて片手を上げた。まずは材料を調達する必要がある。恵子は何を当たり前のことを言っていたんだ、と疑問に思いながら健太は家路に着いた。そして、家の玄関でサンダルを脱いだところで、明日はTシャツに短パン、そしてサンダルでは具合が悪いなと健太は気付いた。

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