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健太と恵子は提灯の運搬作業を続ける。町内会館では食事が終わったようだった。夏だというのに熱そうなお茶を老人たちは啜っていた。
「ねぇ。この提灯、そういえば取っ手はどこにあるの? 持つ棒があったよね?」と恵子は言った。
「竹の棒でしょ? あれも倉庫にしまってあるよ。奥の方に段ボールがあったから」と健太は答える。灯祭で使われるのは長型と呼ばれる胴長の提灯で、提灯の直径に比べて高さがある。そして提灯の上方の重化から、かんツルが伸びている。だが、夜道、提灯のかんツルの部分を手で持って歩くのでは視界が悪い。そこで、竹の棒の先端に提灯のかんツルを引っかけて歩くのだ。
「じゃあ、私が取ってくるよ」と恵子は言って倉庫へと向かう。健太は靴を脱いで縁側に上がり、運んできた提灯を畳の上へと移動させていく。台所で糊を作り始めたと恵子は言っていた。いつの間にか机に置いてあったおにぎりの入っていた丸皿などが無くなっており、障子紙が束で机には置かれていた。何人かの老人たちは、提灯に張ってある障子紙をはがし始めていた。提灯の骨組みの部分である薄い竹の部分は、糊で障子紙を接着している部分であるので、以前の障子紙が剥がれずに残ってしまう。その部分は上手にヤスリで障子紙を擦り落としていかなければならない。強くヤスリを当てると骨組みの竹を削り、傷めてしまうと、細かい指導をされたことを健太は思い出した。
「とりあえず持って来たよ」と恵子が倉庫から戻ってきた。恵子が持って来たのは、見覚えのある段ボール箱。そしてその段ボールの上に長方形の細長い木箱が乗っていた。
「その木箱は何?」
「これは違うの? 倉庫の奥の棚の下にあったから何かに使うのだろうと思って一応持って来たのだけど」
自分が提灯作りの手伝いをしたのは中学生の時だ。自分の見た記憶のある段ボールを使い続けていることの方が珍しいように思える。木箱の中には、使わなかった蝋燭か、その蝋燭を立てるための上真棒のスペアでも入っているのだろうと思った。
健太は、その長方形の木箱を手に取り、蓋を開けた。木箱は年代物のように思えた。木箱の表面は手垢か何かで黒ずんでいた。汚らしい木箱だった。
その木箱を開くと、茶色くなった布が入っていた。
「布?」と恵子もその木箱を覗き込む。布は何かを包んでいるようだったので、健太は布をめくった。
「巻物?」と健太は木箱から出てきた予想外の物体に首を傾げる。
「掛け軸かな? こんな感じの木箱に仕舞ってあるのを家の押し入れで見たことがあるよ」と恵子は言った。布にくるまっていたのは、茶色に変色した紙だった。健太はそれを木箱から出した。紙が何重にも巻かれているのは明らかだった。そして、しっかりと紐で結ばれていた。
「開けてみる?」と恵子が言う前に、健太の手はその紐を解こうと動いていた。
健太は巻物らしきものを縁側の端に置き、そしてそのままクルクルと回して紙を広げ始める。何か分からない図が幾つも書いてあり、その図の横には筆で何か文字らしきものが書いてあった。その文字は、健太にはミミズが這ったような文字にしか見えなかった。古典の授業で源氏物語の絵巻に書いてあっるような文字だ。縁側に広げていく巻物の長さは、一メートルを超える。そして巻物の後ろを見ていくに連れて、これがどうやら設計図らしいということが分かってくる。最初のほうに書いてあった図を組み合わせていって、一つの物を完成させるというもののようだ。だが、その完成させる物の形が奇怪であった。そしてその巻物の最後を見て、健太と恵子は首を傾げるのであった。
「これ、ロボットだよな?」と健太が言った。
「ロボットかは分からないけど、人の形だよね。随分と大きいし」
「大きさ分かるの?」
「この漢字『一丈』だと思うから」と恵子は、ロボットの横に書かれている文字を指差して言った。その漢字の横には、ロボットの高さに合わせた直線が引いてあり、ロボットのサイズを示しているように思われた。
「一丈って、どれくらいだっけ?」
「約三メートル」
大きいと健太は思った。健太は天井に向けて手を伸ばした。三メートルにはさらに腕一本分ほど足りないであろう。町内会館の天井よりも高い。恵子の身長の二倍近い。
「一体なんなのだろうな、これ?」
「分からないけど、灯祭には関係がない物じゃないかな」
「いや、これに人が乗って、提灯を持つのかも知れないよ」
恵子は健太のその言葉を聞いて少し笑った。
「健太君、アニメーションの見過ぎだと思う」




