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繋ぐ人

あのときあの場所で

作者: ハル

 大丈夫、ごめんね、ありがとう……その言葉を送られてくるメールに返す。

 それで納得する友人達のなか、1人だけは毎日……それどころか30分に1通の勢いでメールを送ってくる。

 先生の話がつまらないとか購買部の新商品をゲットしたとか、まるで彼の生活を実況中継されているようだ。

 最初こそ、そうなんだとか良かったねとか返していたが、そのうち5通に1通だけ返すようになった。

 私が返さなくても彼がそれを気にする様子はない。

 ベッドに寝転び、窓の向こうの顔色の悪い空を見つめる。

 そうしている間にもまた、彼からのメールを知らせるために、携帯電話が震えた。


 彼と出会ったのもこんな空の下だった。

 今は使われていない旧校舎の屋上に出ると、彼が大の字に寝転がっていた。

 その開放的な姿とは反対に眉間に皺を寄せ、額には雨に降られたような汗が流れていた。

 晴れの日は避けていたせいかあの場所で人に会ったのは初めてで、ぼんやりとその様子を眺めて立ち尽くしていたのを覚えている。

 あのとき彼があんな寝言を呟かなければ、私は黙ってその場を去っていたはずだ。

 ーー助けて

 あの時彼は確かにそう言った。

 その言葉を聞いた瞬間に、何故だか身体が彼に吸い寄せられていった。

 揺すられて夢から戻った彼は、まるで人形のような感情のない目で私を見上げ、その一瞬後にはスイッチが入ったように表情を作った。

 篤志、アツ先輩、そう呼ばれるいつもの彼のヘラヘラとした笑顔を。


 天気の良い日に屋上に来ると言った彼は、天気の良くない日に来ると言った私を変わっていると言った。

 それなのに、彼は雨が降っていても来るようになった。

 小さい頃に山に捨てられた話、施設で暮らしていた話、今は同じ施設だった人とルームシェアをしている話。

 そのどれもを、昨日食べた夕食を話すのと同じ軽さで聞かされた。

 彼は私の話も聞きたがったけれど、当たり障りのない言葉で短く返しているうちに何かを察したのか、無理に聞き出そうとはしなかった。


 私がその屋上から飛び降りたあの日のことも、彼には何も聞かれない。


 そんな関係だったから、彼は私のことを“かなえ”と呼んでいたが私は彼のことをどう呼べばいいのか分からなかったし、呼ぶこともなかった。

 いつだったか、ふと思い出したように

「ケータイ教えてもらってなかった」

と言って彼が携帯電話を取り出した。

 まるで交換するのが当たり前という空気で、私はらしくもなく何故だか心がふわっと浮いた気がしながらその流れに乗った。

 慣れた手つきであっという間に登録を終えた彼は、私が未だ登録者名の欄で固まっているのを見て笑った。

 貸して、という彼に携帯電話を手渡す。

 親指があっちにこっちにと忙しなく動いて、携帯電話はまたすぐに私の手元に戻ってきた。

 画面を見て思わず彼を見上げる。

 目を細くして微笑み、自分に人差し指を向けて言う。

「俺のこと呼んでみて」

 たった今登録された名前を口にしてみる。

「あっちゃん?」

「なんで疑問系なの」

 彼が、また笑った。

 先輩なのにって思ったけれど、でもアツ先輩よりはあっちゃんのほうが彼らしくて何も言わなかった。

 どのみちタメ口で話しておいて今さら先輩もなにもなかった。


 ついに泣き出した空を眺めていると、また携帯電話が震えた。

 手にとって画面を表示させると、“あっちゃん”の文字が3つ並んでいた。

 今から昼休みらしい。

 既読済みとあわせてたまったメールは4通。

 あと1通来るのを30分待つのかと思うと急に目が熱くなった。

 慌てて瞬きをすると、まるで私の代わりに泣くように雨音が強くなった。

 最新のメールには、授業が終わるのが遅かったせいでクリームパンしか残っていなかったと書かれていた。

 “残念だったね。”

 我ながら素っ気なくて可愛げがない。

 カーソルを戻して、“あっちゃん、残念だったね。”と書き直す。

 5秒見つめて、×ボタンを何度か押す。

 “あっちゃん”

 その言葉だけを残して送信ボタンに親指を滑らす。


 1分もたたないうちに携帯電話が震えた。

 やけに長い振動は、メールではなく電話の着信を知らせるものだ。

 1回、2回、長い呼吸をして電話に出る。

「かなえ」

 その一言だけで彼の締まりのない顔が浮かぶ。

 明日は学校に行ける、そんな気がした。

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